第2章 拒絶

第8話 マコラー vs ソルティーライチ

 寮内の暖色がかった照明の下、木の年輪がオシャレな一枚板のテーブルに三人が腰掛ける。

 最大六名が座れる大型のダイニングテーブルだが、今は半分しか埋まっていない。

 三席並ぶ真ん中に僕が座り、その反対側の二席に桃香先輩と栗栖が座る。

 桃香先輩はどこか疲れた顔をしており、栗栖くりすはいつもの変態顔だ。普通にしていれば可愛いのに下心が全面に出過ぎていて、とても残念な仕上がりである。


「では、まず自己紹介からいきましょうか、自己紹介。合コンと言えばまず自己紹介ですよね。ねぇ桃香先輩?」テレビ台の引き出しで見つけた古い有線マイクを身を乗り出して桃香先輩の耳に押し当てる。

「私に振らないでくれる?! 合コンとか行ったことないし! てか、なんで耳?! ちょ止め――普通口でしょ?!」桃香先輩が抵抗するが、僕も負けじと押し当てた。諦めない心。

「真先輩、真先輩、私の耳っ❤︎ 空いてますよ?」栗栖が小さくて少し赤みがかった耳を僕に差し出した。

「ぁ、大丈夫」

「大丈夫ってなんですか?!」


 僕がこの『仲良し寮』に入居してから2週間が経っていた。

 今日は僕以外の寮生が入居する日。

 楽しみに待っていたのだ。待っていたのに。

 来たのは結局お馴染みの二人。

 新しい顔ぶれはいない。がっかりである。


「何がっかりしてんのよ?! 私を無理やり入居させたのは鷺原くんでしょ?!」桃香先輩が僕を指差して声を荒げる。

「いや、そうなんですけどね。でも、二人しかいないのに『ハーレム』って言えるのかなぁって」

「私を勝手にハーレム要員に加えないでくれる?!」

「あ、じゃぁ私、正妻やりまァーす❤︎」

「ぁ、大丈夫」

「だから大丈夫って何なんですか?!」


 聞いた話では、僕含め全部で五名の寮生で共同生活をするということだったはずだ。


「あとの二人はどうしちゃったんですか?」当然の疑問をぶつける。桃香先輩は何か知っているようだった。

「女子の白金しろがねさんは不登校。男子の等々力とどろきくんは多分逃亡」桃香先輩があっけらかんと言う。

「逃亡! 失礼な人ですねぇ、別に取って食いやしないってのに。ねぇ真先輩?」栗栖が口をキュッと結んで可愛らしく顔をしかめた。

「一番取って食いそうなやつが言っても説得力ないぞ、栗栖」

「失敬な! 私は真先輩以外は食いません! マコラーです」


 マコラーてなんだ。マヨラーみたく言わないでくれ。

 この女、『おは〜っで、マコちゅっちゅ』とか言い出さないだろうな? 怖すぎる。


「とにかく」と桃香先輩が強引に話を戻した。

「白金さんと等々力くん、この二人の問題には早急に対応する必要があるわ。そうでしょ?」


 顎を高く上げた桃香先輩の強気な姿勢を前に、『違うと思います』などとは口が裂けても言えない雰囲気がそこにあった。

 有無を言わさぬ眼光に僕は黙り込む。

 だが、このイカれた後輩は違う。

 勢いよく挙手すると、許可されてもいないのに勝手に話し出す。


「真先輩と二人きりになる機会が減るので、永久に不在でいいと思いまァーす。……桜井先輩も」


 良い度胸をしている。空気を読めないとも言う。


「あなたねぇ……!」と桃香先輩がこめかみに青筋を立てながら、拳を握った。

 この先輩は時折、短気を起こすから、見ている方は気が気じゃない。実力行使だけはやめてくれ。


「だいたい栗栖さん、あなた鷺原くんにもうフラれたんでしょ?! あんまりしつこいのはどうかと思うよ」怒った桃香先輩は遠慮もなく栗栖の傷口に塩を塗り込む。

 栗栖のまぶたがぴくっと動いたのを僕は見逃さなかった。

 なんか気まずいのでレフリーでもしようかしら。

 マイクを上斜め45度に傾けて口に近付ける。


「ウォオオオ! 出たァ! 必殺『塗り塗りthe ソルティーライチ!』 栗栖選手追い込まれます。さぁどうでる栗栖!」


 栗栖がキラキラした目で僕を見てから、強く頷き立ち上がる。さしづめ『私……負けない! 見ていてね先輩!』といったところか。主人公になりきっている。


「私はフラれたけど、金輪際関わるなとは言われてませんー。それにセックスはしたいって言われたからセーフですゥ!」栗栖が小さく赤い舌を出して『んべー』と挑発する。


「全く効いていないィィィ! なんというタフネス! なんという頑強さ! セックスOKだけを支えに桃香先輩に立ち向か――あ痛ァ!」桃香先輩に肩をグーで殴られた。男子にグーパンとは女子の風上にも置けない生徒会長である。



ビチグソ事件あの噂は本当だったのね……」桃香先輩は半眼で僕を睨む。

「男とはそういう生き物です」

「あなたは世の男子全員に謝りなさい」


 おっと、そうだった。男が性欲モンスターなのは転生前の世界だけか。こっちでは女が性欲モンスターである。

 その後の桃香先輩の説得にも栗栖はツーンと全く応じず、話し合いは平行線を辿った。


 桃香先輩は『あなたがどうにかしなさい』とでも言うようにジロリと僕を睨んだ。

 栗栖は僕の言うことしか聞かない、という判断だろう。


「栗栖。女子2人じゃハーレムとは言えないだろ? 少なくとも3人はいないと。白金さんは必要だ」

「じゃぁ、私が一人で百面相やりますよ」

「ぁ、大丈――

「――『大丈夫』はやめて?!」


 僕らのやり取りを見て、桃香先輩は頭を抱え込み、ガックリとうなだれた。

 こうして、『仲良し寮』はなし崩し的に白金さんと等々力くんの不登校とサボタージュ問題の解決に乗り出すことになった。





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