第7話 寮生

【side桜井桃香さくらい ももか


 品行方正、清廉潔白。

 それが生徒会長である私への周りからの評価だ。

 誰に対しても優しく、誰に対しても厳しく。

 私は17年間、自分の気持ちは押し殺して、常に正しくあろうと努力してきた。

 生徒会として、全校生徒を平等に取り扱なければならない。

 それは相手が『男子』であろうと例外はない。



 寮担当の教師に彼の案内を命ぜられた時も私は何も思わなかった。

 ただ生徒会長として役割を全うしようと思っただけだ。

 今にして思えば、安請け合いしてしまったのがいけなかったのだ。

 鷺原 真。この男を普通の男子だと思って対応してはいけなかった。

 それを知らなければ痛い目を見ることになる。

 そう。

 私のように。





「きゃァァァァアアアアっ!」



 お尻の真横を何かが勢い良く通り抜けたかと思ったら、気づけば私のパンツは晒されていた。

 ビックリして飛び跳ねた拍子に頭を棚の天板にゴンと打ち付ける。


「いったァァアアっ」


 咄嗟に頭を庇おうとして、鷺原くんの視線に気がついた。

 彼はあごに手をやり、「紫……いや、薄紫……」と呟く。殺意が芽生える。

 やむを得ず、痛む頭を放置して腰に乗り上げたスカートを元に戻した。




「な、な、な、何すんのよ!」



 顔が熱い。羞恥の涙が溢れないように必死に耐える。

 なんなの、この子?!

 男子が女子にセクハラ?! あり得ない!

 普通男子が女子に向ける興味や欲情は極めて薄いもの。

 逆なら分かるが、『男子が女子に』など聞いたことない。

 それをこの男は――


「僕はこの寮にくる女の子、全員のスカートをめくりますよ?」



 はィイィイイ?! 何言っちゃってんの、この子?!

 何この宣言?! バカなの?!

 鷺原くんはバッターボックスに立つ強打者のように片腕をこちらに突き出し、その腕に沿うようにもう片方の手を添える。予告ホームランならぬ、予告セクハランである。


「僕を止められるのは、もう生徒会長である桃香先輩だけですよ?」


 そういう……ことか……!

 この男……寮生を人質にして、私に入寮しろと言っている?!

 なんて子なの!

 血も涙もない! 悪そのものだわ!

 というか、なんで私にそんなに執着するのか。

 鷺原くんのように女子にも――表面的にではあっても――優しい男子はモテにモテるはず。

 私などに執着する意味はない。


「桃香先輩が入居しなかった場合は女子全員を孕ませるとここに誓います」


 ダメだ。この子、常識が通用しない! 完全に頭イっちゃっている!

 ここに入居する子たちを守れるのは私だけ……!

 なんとかしなければ。

 生徒会長として、この寮の女子たちは私が守らなければ。

 そして、守らなければならないのは、このイカれた男もそうである。

 このままではイカれた鷺原くんは常識も知らずに世間に放り出され、世間に白い目で見られる未来が待っている。

 職場はクビになり、街のキャッチに捕まり、風俗男子に成り果てる未来が待っている。

 だから私は鷺原くんの未来を守る! 絶対に鷺原くんを更生させてみせる!



 ◆



「それで」と今し方まで話していた受話器を置いて、寮担任の先生が私に向き直る。職員室はいつもコーヒーと香水の臭いで満ちている。はっきり言って不快な臭いだ。教職者たるもの、香水などで色気付いていないで、もっと生徒の見本になる行いを心掛けてもらいたいものだ。


「教育委員会の出した最終的な『仲良し寮』の寮生は、この5名ってわけね」


 私から受け取った5枚の申し込み用紙をペラペラとめくる。

 その内の一枚は鷺原くん。そしてもう一枚は私のだ。

 先生は一枚を手に取り、読み上げる。


栗栖くりす くるみ、一年生ね」

「はい。自民党幹事長の栗栖智代の一人娘です」

「厄介な一年生が入ってきたものね。無理やりねじ込んできた寮生申請が結局通っちゃったわけか」


 先生が深い深い谷より深いため息を吐いた。

 え。なに、あの子、何やらかしたの?

 いや、なにをやらかしていたとしても不思議ではない。あの子も大概、イカれている。

 先生が2枚目に目を向ける。


等々力 元太とどろき げんた。男子は2人とも二年生、か」

「はい。彼はバスケットボールの推薦で入学した生徒です。バスケ部顧問の推薦で寮生候補になっています」


 男子が2人。これは教育委員会がまず初めに提示してきた条件だった。

 表向きは男子1人だと不安だろうから、という精神安定の目的だと言うが、本当の目的は男女の仲に発展する確率を少しでも上げるのが狙いだろう。反吐が出る。

 それを皆理解しているから寮生に応募する男子は皆無だ。鷺原くんや等々力くんのように『推薦』という名の『生け贄』として候補に上がるのみである。

 さらに一枚めくられる。


白金しろがね かな子。2年生ね。でも彼女は1年次の2学期から学校に来ていないけれど」

「白金財閥の会長の次女ですね。会長自ら、教育委員会に申請されたそうです。これを機に不登校をやめさせたい、と」


 教育委員会が提示してきた2つ目の条件がこれである。

 寮で生活するだけでどうして不登校が解消されるというのか。

 意味不明である。

 だが、私にとっては意味不明だからと捨て置くわけにはいかなかった。


「あなたも選ばれているようだけれど」

「はい。白金さんの不登校問題をはじめとして、寮生のあらゆるサポートをするように、と」


 私が寮生にしてもらえるよう頼み込みに行った時に突きつけられた条件がこれだ。

 まずは金持ちのお嬢様を学校に引きずり出すこと。

 そして、そのお嬢様方が男子とカップリングできるようフォローすること。

 その代価として、私を寮生に認めてもらえた、というわけだ。


 さらに言えば私には、あのイかれた男子、鷺原くんから寮生を守るという責務もあるのだ。

 がっくりと肩が落ち、「ハハハ……」と自分をあざけるような力無い笑みが漏れる。


「あなたも大変ね。桜井さん」

「いえ……全くその通りです」


 前途多難な寮生活を思い、胃が縛り付けられるようにキリキリと痛んだ。

 それでも、生徒を守るのは生徒会長である私の務め。

 この学校の平穏な日々は私が守らなきゃ。

 同じ過ちは繰り返さない。

 もう絶対。











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