第4話 ミッション インポ渋る

 

 3階の階段で栗栖さんとは別れる。

 2年の教室は3階、1年は4階だからだ。

 最後に涙目の栗栖さんと連絡先を交換してやると、ぴょこぴょこ跳ねながら万歳三唱していた。

 政治家の娘だからだろうか。こんな政治家がいたら嫌だ。


 目的の教室2年D組を見つけて、ガラガラと建付けの悪い引き戸は音を立てて開いた。

 この教室に来るのは2回目だ。

 授業は今日が初めてだが、挨拶だけは昨日済ませていた。

 教室はガヤガヤと雑談にふける生徒たちの声で溢れている。


 教室に入るとモワッと制汗剤の匂いに迎えられた。

 タイル張りの床はところどころ黒ずみや染みが目立ち、黒板には4、5人の女子グループがピンクやイエローのカラフルなチョークで、漫画かアニメかのキャラクターをいたづら描きしている。

 男子はひと塊になり、3人で僕を品定めするかのように睨んでいた。

 自分の席に向けて歩みを進めるが、なんだか周りがひそひそと落ち着かない。


「あずさ行きなさいよ」

「やだよ、なんでよ。お前が行けし」

「大丈夫だから。昨日の挨拶を聞く限り、第一声が『死ね』ってことは多分ないから」

「ほら早く!『おはよう』って言うだけだから!」


 派手な髪色で制服を大きく着崩し、両耳にピアスを刺した3人の女子がこそこそと話す。

 バレないようにしているつもりだろうが、全部バッチリ聞こえていた。

 昨日の挨拶がまずかったのだろうか。

 僕としては普通に挨拶したつもりだった。

 『気軽に話しかけてくれると嬉しいです』と。

 だがこの世界ではそんなことを宣う男子はいないようだ。

 声を掛けてくる女子=ナンパ女子

 この方程式は世の常識である。

 したがって第一声は『死ね』になる。

 僕の挨拶が終わった時、教室の女子は『信じられない』とでもいうように目を輝かせてゆっくりと頭を振り、男子はゴキブリでも見つけたかのように小さく悲鳴を上げた。





 押し付け合いは終わったのか、やがて金髪に近い茶髪のギャルが僕に近づいてきた。

 派手な見た目から、おそらくクラスの中心人物なのだろうな、と予想する。


「さ、さ、さ」ギャルはどもって言葉が続かない。

「———鷺原さぎはら」咄嗟に名前を名乗って助太刀をする。するとギャルは慌てて僕を呼ぶ。

「ぎぎはら、くん」


 言ってから『しまった』とギャルが目を見開き顔を青くする。

 近くの男子生徒が「キモッ」とつぶやき、その隣の男子達が「お前っ、ばか、ぜってぇ聞こえてんぞ! ははははははっ」と爆笑しだした。

 声を掛けてくれたギャルは涙目で縮こまって震えていた。

 勇気がないのか、周りの女子は助けない。

 さっきまで一緒に話していた友達であろう女子までも遠巻きに見ているのみだ。

 クラスの中心人物ならば手懐けておいて損はない、か。


「大丈夫? 具合悪い?」


 僕は彼女の背中をさすって、心配そうな表情をつくり、俯く彼女をのぞき込んで目を見つめた。

 彼女は口をパクパクと痙攣するように開けたり閉じたりしながら、頬を真っ赤に染める。

 あざけり笑っていた男子たちは「あ゛?」と威嚇じみた視線を僕に送っている。

 僕を止めようとしているのだろうが、敢えて無視する。


「保健室、連れていくよ」


 とどめとばかりに彼女をお姫様抱っこして持ち上げる。ブルガリの香水の匂いがした。

 彼女をがっしりと掴む僕の手に、肩と太ももの柔らかい女子の弾力がかえる。

 熱でもあるのか、というほど彼女の体温は上がっていた。

 彼女の膝裏から直接僕の手に熱が伝わる。


「はうわァ?! あわわわわわわ」


 ギャルは何故か小刻みに震え、時々跳ねるようにビクっと大きく痙攣する。電気ショックでも受けているかのようである。

 よし行くか、という時に、抱えている彼女の意識の方がガクッと先に逝った。


(あ、やべ気絶した)


 意識を手放した人間をずっと持ち上げていられるほど僕の筋力は逞しくない。かといって、彼女を横たえる適当な場所も見当たらなかった。

 どうしようか、と困っているとサササと女子が3名寄って来る。


「お預かりします」


 僕の抱える女子をうやうやしく受け取ると3人で担いで、廊下に出て行った。脳内でポケモンセンターのBGMが流れた。ちゃん、ちゃん、ちゃるらーん♪

「あずさ? 大丈夫? しっかりィ」と声が廊下から聞こえ、段々と遠ざかって行く。

 彼女はあずさというのか恩を押し付けた相手だ。しっかりと覚えておこう。席に着いて机にシャーペンで『あずさ』とメモした。









「ずいぶんこの世界を楽しんでいるようだねぇ」


 席に着いたら着いたで、隣から聞き覚えのあるイラつく声が聞こえた。

 チラッと横を見ると緑髪をツインテールに結ったロリっ娘が制服を着て座っていた。


「どうも。神山 ローラと申しますゥ」おどけた口調で人間としての名前を名乗る。どう見てもロリ神である。

「おいロリがみ、JKのコスプレはあと10年経ってからにしとけ。今は園児服で我慢の時だ」

「第一声がそれ?! 『な、なんでお前がァ』的な反応はないの?!」

「な、なんで子供がァ?!」

「子供じゃないからね?! 神だからね?! これでも人類誕生よりずっと前から生きているからね?!」


 驚愕よりも先に、どうしてもロリと制服のミスマッチが気になってしまう。


「でも、そんなこと言ってても、なんだかんだ結構可愛いでしょ? ボク」何故かロリ神が片手を後頭部に当てセクシーポーズでドヤ顔をする。


 僕は『んな訳あるか、このロリババア案件がっ!』と言おうと口を開いたら、全く別の言葉が発声された。


「バリバリにストライクゾーン。てか結構タイプ」


(うォォオオイ?! ばか俺! なぜそんな赤裸々にィ!)


 ロリ神は自分で聞いておいて、何故かもじもじと赤面していた。


「ふぇ?! あ、え、その、こ、この変態ロリコン詐欺師ィ!」


「お前が言わせたんだろォが!」


 この『異性に嘘をつけないチート』のせいである。というか、チートではない。呪いだ。


「ま、まぁチートは効いているみたいだね」

「チートじゃなくて呪いだわ! 早く解け、このくそコスプレロリババア!」


 ロリ神がにまぁっと笑みを浮かべて、筆箱からポッキーを取り出しポリポリとリスのように食べ始める。

 なんで筆箱にポッキー入ってんだよ。


「解除してあげても良いよ」笑みを深めてロリ神が言う。


「なに。本当か?!」


「うん。ただし――」


 ロリ神は2本目のポッキーを筆箱から取り出し、ポッキーの先端を僕に向けた。


「――ミッションクリアしたら、ね」


 そして、再びポッキーをかじる。


「ああ、あの『真実の恋を知れ』とかいう訳の分からないやつか」

「訳が分からないのはキミの脳みそだよ」

「お前の脳みそもな」


 ロリ神からポッキーを取り上げてチョコの部分だけ食べてから、ロリ神に返した。

 ロリ神は一瞬悲しそうに眉を八の字に傾けてポッキーの柄を口に放り込み、次のポッキーを取り出す。

 同様にロリ神から取り上げて、チョコの部分だけを食べた。


「あんな意味不明なミッション誰がやるってんだよ。俺はやらねぇよ? 別に嘘つけなくてもただ詐欺するだけなら、やりようはいくらでもある」

「いや、詐欺すんなよ。地獄おとすぞ」


 神様が言うと冗談に聞こえない。


「でも、まぁ」とロリ神がポッキーを取り出し僕に差し出す。奪われ続けて、もはや自分から差し出すようになっていた。悲しきポッキーの柄食べマシンである。


「キミはやると思うなァ。ミッション」


 ロリ神は根拠もなくのたまい、僕から受けとった柄を食べる。


「やらねっつの」


 ロリ神がここぞとばかりの満面の笑みを見せた。

 最終回直前にオチのネタバレを話そうとしているような強烈な悪意を感じる。










「だってね――」









 それは神というよりも、むしろ悪魔じみた笑みだった。
























「やらないと、キミ死ぬから」







「..................はァ?!」


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