第5話 明日への期待と少しの違和感

 出発する時と同様に重苦しい音を立てて汽車が停車すると、悟ははやる気持ち抑えるようにゆっくりとほこりをかぶった冷たいホームに足をおろした。


 ホームを出ると田舎特有の植物の青臭いにおいと野生動物の獣臭いにおいが外界から来た悟を歓迎するように出迎えてくれた。


 悟は野生の歓迎をその身で受けながら自分の新居があるであろう場所に向かって歩き始めた。


 ふと先ほど目に入った不可思議な建物が脳の片隅に浮かんだので、おぼろげな記憶を頼りに先ほど見たあの施設へ寄ってみることにした。


 しばらく歩くと一部分だけ穴が開いているみたいに植物がない地点にそれは存在していた。まるで自然から拒絶されているような......

 近くで見るとより一層不気味さが感じられる白い建物。さっきは遠目だったので気づかなかったがかなり大きい建物だ。白い怪物と形容してもいいくらいにいびつで巨大な建物だ。


 しばらく眺めていると悟は他の人間の気配に気づいた。姿は茂みに隠れていて見えないがゆっくりとこちらに近づいてくる。


 よそ者だと思われて怪しまれたか......!


 悟はそう思ったが現実は違った。


「あの建物が気になるのかい......?」


 茂みの中から現れたのは白いスーツに赤いネクタイをつけたおじいさんだった。

 顔につけた白いあごひげから年寄りであることは察せられるが、背筋はまっすぐで体格もその辺のくたびれた青年より断然良く、老いを感じさせない佇まいだった。


「ええ、まあ......」


 悟は急に話しかけられたので一瞬戸惑ったが施設に興味があるのは事実なので会話に応じることにした。


「あの建物はな2,3年前に建てられたと言う会社なんじゃ。確か......創設者は黒柳迅夜という見た目は若い青年だったような。そして肝心の事業内容だが......」


 そこまで言ったときおじいさんは何かためらうように一瞬間を置いた。そして悟の反応を伺うように一度ちらりと見るともう一度口を開いた。


「不明じゃ。この町に住んでいる人は誰も知らない。この会社に人が出入りするのを見たことがあるやつもおらん。」


 おじいさんはそう言うと悟が戸惑っている間に静かに姿を消した。


 残された悟は、少し考えていたが、やがて新居のことを思い出し、一旦思考を中断させて歩き始めた。


 あの白い施設──オムニパスからはずいぶん離れた地点に悟の新たな生活の拠点がある。


 小さめのアパートの一室だが初めてその部屋を見たとき悟は感動で言葉を失った。


 今まで病院、孤児施設など閉鎖空間でしか生きてこなかった悟にとって一人だけの自由な世界というのはまさに夢のような世界であった。


 その興奮は夜ベッドに入っても収まることはなかった。悟は明日への期待を胸に夢の世界へいざなわれた。


 しかし夢の世界に入る瞬間。あのおじいさんの声が再生された。


「この会社に人が出入りするのを見たことがあるやつもおらん。」



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