ゆきうさぎ

砂上楼閣

第1話

数年ぶりの大雪が、世界を白く染め上げた。


さらさらと、雨とは違った雪の音が静かに世界を満たしていた。


僅かな風にも流されて交差する雪たちが、少しずつ細い枝の上にも降り積もる。


そして…


数日ぶりに晴れた気持ちのいい朝。


空に向かって吐かないと、吐く息が白いことにも気付けないくらい景色全てが白かった。


これは大変、早く雪かきをしないと。


寒いのに、汗びっしょりになって雪をかいた。


ようやくひと段落。


雪景色に一本、道ができた。


そこだけまるで白いキャンバスに筆を入れたよう。


火照った肌に、冷たい空気が心地良い。


一本道の達成感。


少しだけ童心に帰ってきた。


庭に植えられた南天の木。


雪に覆われたその木に手を伸ばす。


手のひら一杯分の雪を取って優しく丸める。


それから葉っぱ数枚と実を少々。


よしできた、雪うさぎ。


南天の葉っぱでできた緑の耳と、南天の実でできた赤いおめめ。


うん、可愛くできたんじゃないかな?


子供の頃に作って以来だけど、よくできた。


玄関の横にそっと置いておく。


ちょっと冷えてきた。


そろそろ家に入ろうとして…


ーーーカサコソ


ふと見ると、雪の積もった庭に緑の葉っぱと赤い実が2つずつ。


落としたかな?


いや、違う……雪兎だ。


葉っぱみたいな緑色の耳と、南天の実みたいに真っ赤な目をした白い兎。


この地域でしか見られない、最近ではほとんど見られなくなった雪兎。


その子供だ。


雪の上に小さな足跡を残しながら、小さくぴょんぴょん跳ねながら、近づいてくる。


もしかして、人の姿に気付いてない?


雪兎はとても臆病で、人前にはほとんど姿を現さないのに。


雪兎の子供は元気よく跳ねてくると、私の作った雪うさぎの前で止まった。


そして楽しそうに雪うさぎの周りを跳ね回る。


ああ、そうか。


お友達がいると勘違いしてるんだ。


雪兎は楽しそうに、嬉しそうに雪うさぎに戯れている。


けれどすぐに「あれ、おかしいな?」と首を傾げた。


「どうしたのかな?」

「この子うごかないね?」

「大丈夫?大丈夫?」


そんな風に、心配そうに、雪うさぎに鼻先でふれる。


「!?」


ふれた鼻先の冷たさに驚いたのか、雪兎は右往左往。


そして健気にも寄り添い、温めてやろうとしている。


けれど、雪うさぎは雪兎の温もりで少しずつとけ始めてしまった。


いくら雪兎でも、寒いだろうに…


いたたまれず、ついつい前に出た。


「!?!?」


すると雪兎の子供は、人の姿に驚いて文字通り飛び上がって驚いた。


そして逃げ出そうとして、けれど雪うさぎが残っているのに気付いて、逃げられない。


あたふたと慌てている。


最後はまるで身を挺して守ろうとするように、雪うさぎに乗っかって動かなくなってしまった。


なんて健気なんだ。


そしてとても申し訳ない。


雪うさぎのせいで、悲しい想いをさせて、驚かせてしまった。


雪兎をこれ以上怖がらせないようにそっと移動して、南天の木のそばまでやってくる。


雪を丸めて、南天の葉っぱと実を添える。


新しくできた雪うさぎを、雪兎の近くにそっと置いてやった。


驚いた様子の雪兎。


さらに追加で雪うさぎを置いていく。


たくさんの雪うさぎに囲まれた雪兎は、不思議そうにこちらを見上げていた。


そして最初に作った、少し溶けてしまった雪うさぎを振り向いて…


雪兎はぴょんぴょん跳ねて去って行った。


後に残されたのはたくさんの雪うさぎ。


…………。


この雪うさぎたちは、しばらく残しておこう。


寂しくないように、もう何匹か増やして。


あの雪兎は、また来てくれるかな。


また明日から雪の予報だ。


雪はまだまだなくならない。

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ゆきうさぎ 砂上楼閣 @sagamirokaku

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