第41話 神クラスの奴隷商人だけど、最高の奴隷達と大災害を妨害します!

 サクリの北にある、通称リファの洞窟。

 ギルドで得た情報では、小鬼ゴブリン大蝙蝠ジャイアントバット等の数で攻めてくる魔物が多く存在、していたダンジョンらしい。


 だが、今は、一匹も現れない。


 何にも出会わない。人間にも。


 だけど、僕の奴隷神眼ドレイアイには、無数の奴隷の反応が一か所に集まっているのが見える。


「主殿、確かに魔物はいない。だけど、罠は生きている。気持ちは分かるが、奴隷達を救いたいのであれば、まず、無事に切り抜けることです」


 そういってサジリーが諫めてくれる。目の見えないサジリー。掟の厳しいエルフの里で生まれたとはいえ、誰よりも真面目な彼女が何故目を潰されたのかは未だ教えてもらえていない。

 だけど、そんな彼女と一緒になって見出した風魔法による感知技術【風の目】は、風を操り全てを見通す。

 今も僕達の周りを柔らかに流れる風はやさしく穏やかで、安心感をくれる。


 サジリーのお陰で小鬼が作ったであろう罠の数々を躱して進んでいく。


「しっかし、誰もいないなんて妙だね。まあ、見張りは一瞬で倒したけどさ」


 入り口に立っていた見張りは影から近づいたジェルが一瞬で捕らえ、闇魔法で尋問してくれたが、何も知らなかった。いや、正確には、何か重大そうな言葉を放そうとした瞬間に溶けてなくなってしまった。

 恐らく奴隷契約に呪いの加えたものだったに違いない。


 あの呪いの契約にコリーが頷いていたら……。


「主、どうやら着いたようです」


 ラブの声にハッとする。通路の向こうに明かりが灯っている。

 そして、奴隷達の匂いが漂っている。理不尽に苦しみ戦ってきた匂い。

 リオなんかは鼻が良いから顔を顰めているが、僕も思わず強張ってしまう。

 匂いにというよりその量に。スキルで視れば現実味がなかったあの数が今、匂いという自分の感覚を直接殴られ急に実感し始める。


 この人数の奴隷達が生贄にされる?


「主、大丈夫ですか?」


 ラブの心配する声に僕は出来るだけ笑って応える。

 ラブは、機械で出来ている。ゴーレムに近い存在らしいが、はるか昔に錬金術師に生み出されたらしい。そして、その錬金術師をお手伝いしていたが、いつしか、戦争への参加をさせられた。戦争には勝ったが、錬金術師とはそれ以来会えなくなり、更に戦地を転々とさせられ、使い続けられボロボロになって捨てられた。そして、彼女は身体も心も錆びてしまった。

 けれど、錆びただけで死んではいない。今もこうやって心配してくれている。


「大丈夫。ありがとう、ラブ」


 そう言って微笑むと、彼女はちょっと動揺して赤くなる。彼女曰く、感情の揺れによる温度上昇らしい。まだ、ラブの心は生きている。


「イレド君、薬だ。飲んでおくといい。この先辛い事があったとしても少しはマシになる」


 スコルがそう言って薬を渡してくれる。普段は好奇心に身を任せ、やりたい放題なイメージのスコルだけど今の顔は真剣そのもの。彼女は本当は誰よりも相手の事を見ることが出来る聡明な人だ。


「ありがとう。飲んでおくよ」

「イレドちゃん、お水よ~」


 ビスチェが水魔法で綺麗な水を出してくれる。人魚族だけど陸に上がり、人魚の法を破ってしまったビスチェ。彼女にとって欲にまみれた人間の世界は息苦しかっただろう。それでも、僕のような人間の奴隷になってくれて従ってくれている。純粋、そして、清純な乙女。


「うん、ありがとう」


 ビスチェは頭から湯気を出し始める。

 うん、キヤルといい、ビスチェといい、ラブといい、なんでそんなに直ぐに熱くなるの?

 みんなの姿にほっとする。そして、一度緩んだ事で自分がどれだけ硬くなってしまっていたかが良く分かった。大きく深呼吸をする。


 奴隷を扱う奴隷商人は、平らに見ろ。平らに、平らにだ。

 偏見や噂や穿った考えは奴隷商人にとって害悪だ。

 飽くまで情報として捉えろ。

 お前さんの、ガキみたいな考え方ならそれも出来るとアタシは思ってるよ。


 師匠の言葉を思い出す。


「……ヴィーナ、どうしたらいいと思う?」

「ジェル、闇魔法で私達の認識阻害を。ビスチェは気づかれない程度に霧の幻術で認識阻害をより効果的にできるように」

「「はい」」


 僕は奴隷商人でしかない。だから、自分一人では成り立たない。奴隷がいるから僕達はいる。

 みんなで支え合って、やるしかない。


 僕達は、サジリーのタイミングに合わせ中へと潜り込む。

 そこには奴隷達がひしめき合って立っていた。コリーは見つけられない。子供たちが多すぎる。大人もいるが、子供の数が異常だ。

 その向こうに、少し高い場所があり、誰かがそこにいる。後ろには彼の部下だろうか。


「静かに! 静かにしろ! 知らない者もいるかもしれないが、私は奴隷商人のスレサヴァ! お前たちを買った奴隷商人の頭だ! そして、お前たちの買主がこれから現れる! こんなにも多くの子供の奴隷さえも買って下さるお方だ! 失礼のないように!」


 スレサヴァという男は、奴隷達に向けて真摯に語り掛けている。彼もまた『平らな目』を持てている奴隷商人なのかもしれない。

 そして、そのスレサヴァに促され、貴族風の男たちが数人現れる。

 金髪で背が高く美形の男性がリーダーのようだ。


「イレド様の方がステキですよ」


 ヴィーナがそう言うとみんなが笑って頷いてくる。

 僕は謎の圧に押され笑う事しか出来ない。


「皆のもの! よく集まってくれた! 君達は私の元で奴隷ではありえない程の幸福を手に入れることを誓おう!」


 男のその言葉に、安堵と歓喜の声が奴隷の間で広がる。

 だが、


「誇りに思え! 君達は革命の火種となれるのだ!」


 その瞬間、静寂が広がり、徐々に動揺に代わっていく。

 それはどうやら、スレサヴァ達も同じだったようで。


「ど、どういうことですか!? あの! あれ? あんた、名前は……?」


 スレサヴァが今気づいたかのように目を見開く。商人が名前を聞いてないなんてあり得ない。

 スレサヴァの叫び声と動揺が呼び水となって騒ぎが大きくなり始め、大人の中では逃げ出そうとする者もあらわれる。


「『動くな』」


 男がそう言うと、奴隷達の動きが止まる。そして、男の仲間がスレサヴァ達を拘束していく。


「お、おい! なんだこれは!」

「いやあ、スレサヴァさん、貴方は実にいい仕事をしてくれましたよ。私ではこんな小汚い奴隷共を集める事なんて無理だったでしょうから。……これから革命が始まるのです! まずは、サクリの街を、そして、その先にある王都を! その為の力、魔物を呼び出し、大災害スタンピードを起こす為の生贄に君達はなるのです!」


 もう奴隷達は混乱の渦だ。怒りにまま叫んでいる者、嘆いている者、そして、子供たちは恐怖に震え泣いている。

 そんな中で、一番前にいるのであろう奴隷の声が聞こえる。


「お願いします! お願いします! わたしは、生贄になります!」

「ほう……黙れ、貴様ら! ……そこのお嬢さん殊勝な心掛けだ。名を何という?」

「コ、コリーです!」


 コリー! 彼女が!?


「お願いとはなんだ? 君のその美しい心に免じ、聞くだけ聞いてやろう」

「わたしは、生贄になります! だから、だから、この子達だけは助けてあげてください!」


 まだここからは声しか聞こえない。

 コリーの近くにはあの子供たちがいるんだろう。

 彼女は自分より幼い子達の為に自分を犠牲にしようとしているんだろう。


「なるほどなるほど、そういう事か。分かった! いいだろう!」

「本当ですか!?」

「嘘に決まってるだろう? ばぁああああか。私が何故こんな話を君達に聞かせたと思う? この召喚に必要な生贄は、負の感情があればあるほどいいのだ。そんな汚い偽善の心があっては魔物達が穢されてしまう。親に捨てられ奴隷になるしかなかったゴミ娘が! もっと憎め憎んで死ね!」


 男の言葉に震える。許せない許せない許せない!


「わたしのおとうさんとおかあさんはちがう! おとうさんとおかあさんは去年いっぱいの魔物からわたしたちをたすけて死んだ! おとうさんとおかあさんはわたしたちを守ってくれた!」

「はっはっは! そうか! 去年の実験で滅んだのは君の街か? 喜べ、滅ぼしたのは私達だ。ほら、仇がいるぞ。だが、お前は何も出来ない。奴隷になったばっかりに。でも、結局お前を奴隷にさせたのは弱いお前の親たちだ! きひゃあああ!」

「違う……違う……」

「あーあー、感情が操れないのが面倒だ。もういい、お前は子供たちの恐怖を生む餌になれ。生贄の価値もないクソ奴隷が」


 男が目の前でコリーに向けて剣を振り下ろそうとしている。


「間に合った」

「は?」


 僕は男を殴り飛ばす。思いっきり全力で。


「おごぉおおおおおおお!」


 男は顔を歪ませながら吹っ飛んでいった。

 全員が動けないと思い込んでいたのだろう。それに、ジェルの認識阻害と、ビスチェの幻術も効果があったみたいだ。

 背中越しにコリーの声が聞こえる。泣いている。悔しかったよね。


「お、おにいさん……?」

「コリーは、クソ奴隷なんかじゃない……!」

「は、はあ?!」


 男は殴られた頬を押さえながらこちらを見ている。


「コリーは! 物乞いにまでなっても、自分より幼い子供たちを思いやり、守ろうと出来るやさしくてかわいい女の子だ! そんな子をお前の好きにはさせないっ!」


 僕の後ろには無数の奴隷達。

 全てが全ていい奴隷ではないだろう。

 でも、僕には守りたい奴隷がいるし、ただただ、理不尽に命が奪われることは許せない。


 僕の周りには信頼できる奴隷達。

 彼女達がいれば、僕は出来る。絶対に出来る。


「奴隷達は、僕が守る! お前の好き勝手にさせるかよ! クソ野郎!」

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