第35話 神クラス奴隷商人の万能女中奴隷なので、王宮夜会で愛してくれた主様が大好きです!

「この月のように、我が父上である王と、この国が永遠に輝き続ける事を願い、乾杯!」


 王宮夜会で、第一王子が無事話し終えたところで、気が抜けてしまったのか、身体に力が入らなくなってしまう。


「キヤル……! 大丈夫? キヤル……!」


 いや、正直、主様にずっと抱きしめられていたので、ずっと熱かった。

 その熱で朦朧として、気を失ってしまった。


 そして、次に気付いた時には、


 主様が、私の口に、キスしてた。

 そう、キスして……


 って、キスゥウウウウウ!?


「……んぅ? んぅううう!? んううううううううう!!!」


 目の前で主様がいらっしゃいます。くちびるやわらかっ! すごい良い匂いがする!

 優しそうで涼し気な目元がステキ。眉毛も、額も生え際も全部ステキですっ!


「ぷはあ! よかった! キヤル! 気付いたんだね」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、主様!? なんで、どうして?」


 マズいマズい! こんなの心殺せない!


「ごめん! 本当にごめん! キヤルが薬が飲めないくらいひどい状態になっていたから、緊急手段として! ごめん、本当にごめん!」

「いいいいいいいえ! いえいえいえいえいえ! やったあというか、なんで最初からみれなかったのかじゃなくて、あの、その、え? ええええ!?」


 嬉しい嬉しい嬉しい! やったああああ! って、心ぉおおお! 落ち着いて!

 あっつ! 身体あっつ!


「キヤル! 大丈夫!? ねえ、水! 水、飲める?」


 主様が心配そうにこっちを見てる。水、先ほど飲ませてくれた水。

 飲みたいな……でも、飲ませてほしいな……。


「……自分では、飲めないかもしれません。もし、主様が嫌でなければもう一度」

「わかった! んぐ」

「え? そんなあっさり、や、やった……んぶぅうううううううう!」


 結局、主様は五回も口づけをしてくださった。

 ありがとうございます……主様……。


「うふ、うふふふふ、うふふふふふふふ」


 しあわせすぎる。

 そんなしあわせに浸っているといつの間にかヴィーナ様が主様の代わりにいらっしゃっていました。


「そんな無防備な貴女、珍しいわね」

「あれ? 主様は?」

「【蛇の足】の頭に呼び出されたわよ」


 その言葉で、わたしは、目の前が真っ白になり、飛び起きる。

 身体の全てが冷えきり、研ぎ澄まされていく。


「何故、主様、一人で」

「そんなに殺気立たないの。それに、一人ではないわ。そんなわけないでしょう。けれど、心配なら貴女も行って来なさい。きっと、これは貴女には必要でしょうから」


 気付かなかった。

 あの大広間にいたのだろうか、あの男が。

 そして、呼び出す?


 なんのつもりで、主様に!


 私は脚に魔力を込め思い切り地面を蹴る。

 でも、うまく自分の足が地面を蹴れてない気がして、苛立ちが募る。

 早く! もっと早く! あの男がその気になれば……私でも差し違えるしか!


 ようやく辿り着いた場所では主様とあの男が話をしていた。

 主様の声が聞こえる。


「そして、守って頂きたい条件がありまして。まず、彼女にちゃんとした衣食住を与える事、そして、性行為に及ぶ場合は必ず同意があってからでお願いします。キヤルは頑張り屋さんすぎるので、強制的に休ませるようお願いします! あと、すごく自分に自信がない子なので、一つ一つ褒めてあげてほしいです!」


 主様の条件。私達奴隷をどれだけ思ってくれているかの証。

 そして、必ず主様は最後に言うのだ。


「そして、最後に……必ずキヤルをしあわせにしてあげてくださいね!」

「しあわせに……」


 ああ、また商談をされていたのだな。

 私達は売られるつもりなんてないのに。

 私達のしあわせは貴方の傍にしかないのに。

 けれど、まだ言えない。

 もっともっと主様に高く買って頂いて、お金では値が付けられないほどの存在だと私達を『想って』頂けるようになるまでは。


 あの男が私に気付く。そうか、変装をしていたのか……。

 それでもそうだ。何故その可能性を考えなかった。

 だけど、それ以上に、あの男の瞳は、昔のように冷え切っていなくて……。


「あの! キヤルは本当に素晴らしい女の子です! 相手が求めるものをくみ取れる理解力と優しさがありながら、相手に必要なものをちゃんと理解し窘めることが出来るやさしい厳しさも持っているんです! 一人一人の味付けもちゃんと変えてくれるし、新しい調理道具をプレゼントするとその日一日ずっと鼻歌なんか歌ったりして、その鼻歌はそのちょっと変なのですが、とってもかわいくて癒されます! 動物が好きで野良についつい餌あげちゃうし、怪我してると見過ごせずちゃんと治してあげますし、ネコと話していたら、語尾ににゃんって言ってかわいいです!」


 主様が、そんな事を言う……そんな事言われたら、私は心を殺せなくなってしまいます……。


「そう、ですか……そう、なんだな」


 ヤツは私を見て、聞いてくる。

 そんな声、一度も聞いた事なかった。

 だけど、そんなこと今は関係ない。コイツは私の飼い主でもなんでもない。

 今、私は、主様の、イレド様の奴隷なのだから。


「ええ、今の私はそうです」

「キヤル……え? 知り合い?」

「ええ、前の職場でちょっと……」


 潜入した屋敷で焼かれた。


 あの時、誰が何故私を焼こうとしたのか分からなかった。


 殺したはずの心がひどく痛かったのを覚えている。

 そして、そのあと、拾って下さった主様にやさしく抱きしめられたことは絶対に忘れない。


「久しぶりだな……」

「ええ」

「キヤル、か」

「はい」

「キヤル……今、しあわせか……」

「はい、とても」

「そう、か……900万ゴールド、か……」


 ヤツは天を仰ぎ、大きな溜息を吐く。

 ヤツなら900万ゴールドなど用意できるだろう。

 そして、私で取り戻せるだろう。


 なのに、


「すまない、この話はなかったことにさせてほしい。私には、買えないな」


 そう言った。何故、そんなことを今更……。


「……そ、そうですか。あの、何か僕に、いえ、私に不備がありましたか?」

「んん? ふ、うん、そうだね。君はもう少しちゃんと彼女を見てあげた方がいい。もっともっと彼女を見て、もっともっと愛してあげてほしい。君が彼女の旦那様なのだろう?」

「はい!」


 はえ? 今、なんて言った? 旦那様!? そんな言い方だとあ、あ、アレじゃないか!

 本当に夫婦になったみたいな感じじゃないか!


「ちょっと! 何を言ってるんですか! だ、だ、旦那様とか」

「ん? それは君の望んでいる事ではないのか? 彼もそれを悪く思ってないはず」

「ちょっと!」


 この男、こんなことを言う男だったか? ちょ、調子が狂うんですけど!


「やめて、キヤル!」

「あ、主様?」

「この人の言う通りだ……」

「え、えええええ!? そ、そうなんですか?」

「僕は決めたよ! もっともっと君を見て、もっともっと君を愛して、もっともっと輝かせてみせる!」

「えええええええええええええ!?」


 主様が、主様は、その、キヤルを、そういう風に見て下さるのですか!?

 もっともっと見て、もっともっと愛して、もっともっと輝かせてくれるのですか!?


 あっっっっっつ!!!!!


「くっくっく、君は、面白いな。次に会った時には、いい仕事の話が出来そうだ」


 主様は嬉しそうにヤツと握手をしているけど、『仕事』の意味が多分違います。

 必死で身体を冷まさせようとしている私にヤツが声を掛けてくる。


「では、また会いましょう。キヤル……しあわせにな」

「ありがとうございます」


 ヤツも何かが変わったのかもしれない。私が主様と出会えて変わったように。

 そう思ってヤツの姿を見送ると、主様が急に頭を抱えだす。


「名前、聞くの忘れてた……仕事の話をしてくれるって」

「ジンです。彼の名前。もし、彼と連絡を取りたければ仰ってください。私がやりましょう」


 ジン……暗殺者集団【蛇の足】の頭で、私達を飼っていた男。


「良い人そうな方だったね」

「そう、ですね……」


 主様がそういうのなら、あの男は良い人になったのかもしれない。

 けれど、ヤツの元につくつもりはない。


 私は……。


 あ。そのあと、黒服の男が主様を殴ったので、ボコボコにした。

 なんだったんだろう、アイツら。弱すぎた。恐らく第二王子の手の者だとは思うけど。

 そして、屋敷に戻り、ようやく主様にお茶を淹れて差し上げられるとウキウキして準備していると、主様が頭を下げられた。


「ごめんね、キヤル……」

「もしかして、売れなかったことを謝ってらっしゃいます?」

「うん、僕のセールストークが良くなかったんだと思う」

「いえ……あの、いっぱい褒めてくださいましたし、その、いっぱい見られているんだなあと思って、私は、嬉しかった、です……」


 本当に、嬉しかった。私なんて、包帯だらけで見るのも苦痛だろうと思っていたのに、主様はちゃんと私を見ていてくれた。いや、それどころか、私の額と唇に……


「それに、キキキキスも……」

「ああー! そうだった! ごめん! 本当にごめん! スコルがこういう医療行為もあるからって言われて……もうキヤルが死んじゃうんじゃないかって、僕、心配で心配で……本当にごめん! あんなに額にキスした時に偉そうに言ってたのに!」


 スコル様! ありがとうございます! 今度の夕食に好物のビッグボアのお肉を出して差し上げましょう!


「あ、も、もしかして、人生初めての、だった……?」

「……はい」


 うきゃあああああああああああああああああああああああ!

 うきゃあああああああああああああああああああああああ!

 うきゃあああああああああああああああああああああああ!


 言っちゃった!


 そう! 私の初めての口づけは主様!

 あんな仕事についていたにも関わらず、初めては、主様……! ああしあわせすぎる!


「ごめん! キヤル、本当にごめん!」

「い、いえ! 謝らないでください! 主様は悪くありませんし、その、良かったですし」

「いやいやいや! ごめんねごめんね! 僕に出来る事だったらなんだってするから!」

「え……なんだって、ですか?」


 主様は勢いよく頷く。


 主様には十分に良くして頂いている。焼け爛れ死にかけた私を抱きしめ一命をとりとめて下さったし、自分のお身体の事を顧みず私の看病をして下さったし、ずっとずっと心を殺してきたせいで失いかけてた本当の心を取り戻してくれた。


 でも、でも、もう少し自分を信じて、我儘になっていいのなら。


「分かりました。では、主様。私に『キスして』とご命令ください」

「分かった! キスして!!! え?」


 私は一瞬で包帯を外す。まだ、怖い。でも、主様なら、信じられるから。

 くちびるを少し突き出しながら、主様にお伝えする。


「いやなら、避けてください」


 主様は、ふっと微笑んで。私を『信じて』くれて。


 私も、隠さず、微笑んで。主様を『愛して』いて。


 主様の唇にキスをした。


 メイド服があんなに似合っていたのにちゃんと男らしい匂いがする主様から私は離れると、素早く包帯を巻きつけ、私の全てを捧げたい主様に、


「ふふ、では、私はお家の仕事をやってきますね、『旦那様』」


 そう言って、部屋を出て行く。


「え?」


 主様の戸惑う声が聞こえる。

 でも、ちゃんと聞こえてはいたようだ。


 私達、イレド奴隷衆の夢。

 夢だけど絶対に叶えたい目標。


 あのお方の隣に、愛し愛される者として。

 大好きなあの人の……。


 私はその日が来るまでこの屋敷を守り続ける。

 大好きな主様に命を尽くすメイドとして。今はね。








神クラスの奴隷商人のハズが一人も売れません!

第三部【王宮夜会でも売れない万能女中奴隷】編



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