第33話 神クラス奴隷商人の万能女中奴隷なので、王宮夜会を成功させたい第一王子は美しく依頼します!
【シンフォニア王国第一王子・ネオ視点】
「君も、王宮夜会に参加してもらえないだろうか?」
「はあ」
女中教育中の包帯まみれの女中に私は王宮夜会への参加を依頼する。
面白い事に、皆が彼女に羨望の眼差しを向けているにも関わらず、彼女は興味なさそうに曖昧な返事をする。
「かしこまりました。ですが、我が主様にお伺いを立てる必要がありますので、お待ちいただけますでしょうか」
「ちょっと貴方!」
「よい」
王宮夜会を担当する女中頭が、包帯女中に食ってかかろうとするのを手で制す。
彼女にとっては私がこうやって別で依頼することによってプライドが傷つけられたのかもしれない。
だが、誰がどの立場であるかなど些末な問題だ。
重要なのは、この国を守る事。
その為に、秩序が必要だ。そして、その為には、私の王位継承。
更にその一歩として、今回の王宮夜会だ。
その為に、力が必要だ。
「主殿に聞いてくれ。色よい返事を期待している」
「かしこまりました」
包帯女中が頭を下げ、女中達の元へ向かって行く。
その動きは、一挙手一投足に注目され、厳しく指導される私達よりも遥かに洗練されているように見えた。
そして、幸運な事に包帯女中が王宮夜会に参加出来ることになった。
それにより、私は強い援軍を得て、この王宮夜会の成功を確信して疑わなかった。
だが。
当日になり、王城の女中達が、包帯女中の茶によって体調を崩したと言い出した。
仮にそうだとしても王城の女中であれば、主の為に尽くすことくらい出来ないだろうか。
「兄上、何やら大変なことになっているようですね」
第二王子であるデュオが口元を隠しながらやってくる。わざとらしい。
華美な服装、だらしない体型、父上譲りの美しい金髪も弟には似合いはしない。
「今日の王宮夜会、大変でしょう? 私の使用人をお貸ししましょうか? 今日は、兄上の為になにかお手伝いできることがあれば、私を頼って下さい」
決して、手伝わせてほしいとは言わない。頼れと言って笑う。
こいつが企んだ事は明らかだ。
だが、こいつは分かっていないのだ。
自分の失敗に。無遠慮に踏み込んできた此処が一体どこなのか。
王宮など生ぬるく感じられる悪魔の巣でこいつは悪魔達のしっぽを踏んだことを。
「ネオ様、準備は整っております」
「はああ!? い、いつの間に!? 何者、だ……?」
褐色肌の絶世の美女にデュオが息を呑む。
その気持ちは分かる。だが、この女は魔女だ。手を出せば破滅するだけだ。
「あ、兄上、こちらの女性は兄上の……」
「馬鹿な事を言うな。彼女は、私が、尊敬している方の奥方だ」
魔女の耳がぴくりと揺れる。
「ネオ様、お戯れを。私はただあの方にお仕えしているだけでございます」
「ま、待て! 待ってくれ! 兄上のものでないというのなら、私の元に」
その瞬間、場の空気が凍り付き、息をするのも辛くなる……!
この、馬鹿、者が……! 何故お前が第二王子などに生まれてしまったのか。
「ほほほ……申し訳ございません。デュオ様。私は、神にお仕えする身。そのお言葉は受け取れません」
「そ、そうか、は、はは……失礼した」
流石に分からないほどの馬鹿ではなかったのだろう慌てて去っていくデュオ。
「すまないな、馬鹿な弟が」
「いえ、ネオ様に免じて見逃しましょう」
「それより、準備が出来たとは?」
「王宮夜会の準備です。正確には、準備を始めておりますので、一先ず、城の使用人でしばしの間もたせていただければ、あとは、こちらで」
何故? いつの間に? こうなることを見越していた?
疑問は尽きないが、今、一番重要なのは理由ではない。
「大丈夫、なのか?」
「問題ありません」
「だが」
「イレド様の奴隷がこれくらいのことを解決できなくてどうします?」
たかが、か。王宮夜会をそう言い放つ魔女は、決して冗談を言っているようには見えない。
本気で言っているのだ。
何がどうやってどうするつもりのか分からない。
だが、一つだけ分かる。
彼女達と主の全てを理解しようとするだけ無駄なのだ。
「分かった。全て任せる。ヴィーナ殿」
「ええ……ところで、その、先ほどの言葉。イレド様と私は夫婦に見えてもおかしくないということなのでしょうか?」
もう一つだけ分かっていることがあったな。
彼女達は主に対し無限の愛を抱いている。
そして、彼女の言う通り、遅れはしたが、それを取り戻して有り余るほどの活躍を彼女達、イレドメイド衆は魅せてくれた。
その上、愚かにもまだ邪魔をしようとするメイドも使って、デュオの勢力を大きく削ってくれた。違いはたった一つ。
彼女達を知っていたかどうかだ。
それにより、私は全てを手に入れた。
「さて、皆よ、聞いてくれ! 本日の王宮夜会、不審者の侵入を許し皆を不安にさせてすまなかった。最後に、詫びではないが、私と彼女らイレドメイド衆から君達に贈りたいものがある! では、頼む!」
彼女達によって配られたグラス。
それは、包帯女中であるキヤル殿が参加してくれると聞いたその日に、ヴィーナ殿から提案されたものだった。
魔力鑑定の出来るグラス。
そんなとんでもない魔導具を作る技術力、苦も無く生み出せるという財力、そして、こちらの狙いを知った上でグラスを使った策略。
全てが、私にとっては魅力的で、同時に恐ろしい、力だった。
「今の王と同じく貴方には見る目があると思っています」
「父上と? 父上とも、いや、そうか。なるほどな」
父上はお優しい方だ。だが、優しいは王にとっては時に大きな弱点となる。
それでも、この数年いくら地方で何かが起きても王都だけは平穏だったのは……間違いなく。
「分かった。望みはなんだ?」
「やはり、貴方にしてよかった。望みは、我が主、イレド様の心の平穏」
「……もし、私が王になれたならば、私は全力でその願いに応えよう」
「感謝いたします」
私はグラスの中で優しく光る月を眺め、自覚する。
自分の運命を。
今、魔力で作った小さな月が浮かぶグラスに国の要人たちが魅せられている。
大広間に幻想的な光景が広がる。
それぞれの持つ小さな夜が美しい星々にいろどられている。
そして、ふわりとグラスの中にひときわ大きな光が、月のような光が浮かんでいる。
誰もが今、こう思っているだろう。
「月をも手に入れられる我々は誰よりも優れていると」
それこそ、幻想だ。
外に浮かぶ大きな月を見ていないだけなのだ。
私はふとキヤル殿をみやる。
彼女は支えられながらも、必死に立って、己の職務を全うしようとしていた。
最高のメイドだ。
そして、そこまで彼女にさせる主もまた素晴らしい方なのであろう。
私も、月にならなければならない。
星々を導き輝かせる月に。
「この月のように、我が父上である王と、この国が永遠に輝き続ける事を願い、乾杯!」
そして、私達の『表の』
********
「ネオ様、メイドが不足しているのではありませんか?」
後日、やってきたのはヴィーナ殿とキヤル殿だった。
先日失態を曝したメイド達をどう処分すべきか悩んでいたところにやってきた。
だが、もう驚かない。
「その通りだ。ヴィーナ殿。素晴らしきイレド奴隷商の奴隷殿であれば、妙案を持ってきてくれたのではないか。例えば、先日の大広間で活躍してくれたメイド達を」
「それはご容赦を。ですが」
ヴィーナ殿は書類を取り出す。その書類は奴隷契約の書累だった。
「主となって動いていた我々はご主人様から離れることは出来ませんが、他の仮面女中達は、我々程ではありませんが、ご主人様の無償の愛を受け、絶大な信頼をご主人様に持っておりますので、ご主人様の為に王宮に尽くしてほしいといえば、一生懸命いい仕事をしてくれることでしょう。ああ、勿論、ウチのメイド長の教育も受けています」
「だが、それでいいのか? 君達の屋敷の管理は」
「屋敷の管理は私と、もう一人で十分です。主様の全てを私が管理するのです」
キヤル殿の包帯の隙間から覗く瞳には一片の迷いもない。
あるのは、自信と責務だけのようだ。
「……はっはっは、君達のご主人は自由なのか不自由なのか。いや、それを考えるのが野暮か。君達は実にしあわせそうだ。わかった。元々君達と争うつもりは私にはない。メイドを雇わせて頂こう」
「ああ、それと、後半は今回裏切ったメイドの詳細です。首にするには勿体ないメイドもいますし、今後、気を付けた方が良い家から来たメイドも明記してあります」
頭があがらないとはこの事だろう。
私は、強力な力を得たことに喜び、そして、震える。
うまく扱わねばならない。
用件は済んだとさっさと帰ろうとするキヤル殿達に思わず声をかけてしまう。
「時に、君は、あの男とあったのか?」
「……あれは、貴方が雇ったのですか?」
彼女の瞳が剣呑に光る。
「ああ、蛇の道は蛇。暗殺者などが来ないとは限らないのでね。そんな彼が君に職務放棄するくらい執心で」
「もう、あれとは関係ありません。私は、組織に一度殺され、主様と出会い、新たな生を得たのですから」
「私からも口添えをしておこう。眠れる蛇を起こしたくないなら、藪をつつくなと」
「お願いします」
お願いされるまでもない。
誰が好き好んで最強と名高い暗殺集団の頭が執心する元暗殺者の不興を買おうとするのか。
「では、また、何かあればご依頼ください。我が主の為に馳せ参じましょう」
「ああ、頼む」
本来、王とは主だ。だが、去って行く彼女達にはそうではない。
私は彼女達に止まれと命じることも出来ない。ただ、何も起こさないでくれと願うだけ。
まるで、神だ。
「あのグラスを。水をくれ」
彼女達、いや、イレド奴隷商の力を知り、繋がれたことは間違いなく今後のこの国にとってプラスとなる。
誰がどの立場なのかなど些末な問題だ。
今、この国の運命は彼女達とその主が握っている。
主を何かしら害せば、この国は終わってしまうだろう。
私に出来るのは、彼女達の気分を害さぬよう精一杯、そう、仕えることだ。
注がれた水は、あの時の王宮夜会でイレドメイド衆の女が注いだ水に比べれば、濁っているように見える。
「だが、飲み干さねばなるまい」
これが王族とは笑ってしまう。
だが、構わない。
それが王なのだ。
この国の王なのだ。
グラスの中でしか浮かべない月を眺めながら私は、今回の礼としてあの主と奴隷達を喜ばせる品に頭を悩ませ続けた。
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