第32話 神クラス奴隷商人の万能女中奴隷なので、王宮夜会を主様の為に美しく準備します!

【キヤル視点】



王宮夜会シンフォニウム?」

「ええ、この王国で行われている定期的なものなのですが」


 日雇いの奴隷教育を終えて帰って来られ食事をとっていた主様に私が今日依頼された仕事の話をすると、聞き返される。


 ジェル様やビスチェ様達がわいわいと話をしているが、私は主様の顔だけを見つめていた。王宮夜会の手伝いに参加すると言う事は、ある程度ここを離れなければならないという事。私以外の誰がここを守ることが出来るのか。


 私には、ここを守ることが出来るのは自分という自負と、そう主様に思って頂きたい願望があった。


 私は醜い。私の顔は火傷で爛れている。

 サジリー様は目が見えないけれど美しい顔はそのままだし、リオ様は顔に傷があっても私ほどではないし、アリエラ様は魔族の肌色をしていても美しい。

 私は仕事しか美しく出来ない。


 それでも、主様に美しいと思って頂きたい。


 だから、ここを任せられるのはキヤルしかいない。

 そう思って頂きたかった。

 けれど、主様は何も言わず、目の前で騒いでいるスコル様達を見て苦笑いを浮かべている。


 もっと、私を見てほしい。

 気付けば私は静かにするよう伝える鈴をならし、スコル様達を注意していた。


「主様に美味しく食事を食べて頂く為に、邪魔しないように」

「「「はい」」」


 ダメだ。

 女中とは、主様に仕え、奉仕する役目。己の心など殺せなくて、何がメイドか。


 情けない!


「いつもありがとうね、キヤル」


 そんな未熟なメイドの私に主様はお優しい言葉を掛けて下さる。


「え? あ、は、はい! キヤルは主様にご奉仕することが喜びですので、主様にそう言って頂けて、ますます仕事に身が入ります! 人生、生涯、命、全てを懸けてこの家を守ってみせます!」


 この言葉に嘘偽りはない。

 私の命は主様から頂いたものだ。であれば、主様の為に使うのが当然。


 主様が快適に過ごしていただくために屋敷を美しく掃除してみせるし、主様が気持ちよく過ごしていただくために美しく洗濯してみせるし、主様が元気に過ごしていただくために美しく美味しい料理を作り上げて見せる。

 主様が金に不自由なさらないように、王城の女中教育などどいう主様の屋敷を守ることに比べたら本当に大したことないお仕事も引き受けている。


 ヴィーナ様曰く、『これも必要なこと』だそうだから。


 だけど、それによって、王宮夜会などというくだらない行事に呼ばれてしまった。

 第一王子から『是非参加していただきたい』と言われたのだけど、どうでもいい。

 主様にお仕えする喜びに勝るものなどないのだ。


 ああ、主様……!


 主様が望むのであれば私は命でも投げ出す覚悟です……!


 だから、主様が応援してくださるのであれば断る理由はない。

 見に来てくださるのであれば、張り切らない理由がない。

 けれど、私は影で他の女中を支えるだけなので、主様には見つけて頂けないだろう。


 私が醜いから。


 前の職場で焼けただれてしまった顔や身体。

 流石に興味はないといえど、貴族に見せれば不快感を示し、主様が不興を買ってしまう事になるだろう。包帯姿も然り。

 ならば、包帯を取り、化粧を塗りたくるしかない。


 そんな顔を主様に見られたくない。

 私は落ち込む気持ちを悟られないよう主様に説明する。


「今回は王宮夜会ですから、包帯姿の女中よりも化粧で真っ白な方が不快にならないと思いますので……」

「そっか。でも、僕は一度もキヤルの包帯姿に不快になったことはないんだけど」

「ぴ!」


 主様は、すぐそういうこという。


「ぴー……!」


 頭から湯気が出ているのが分かる。

 火傷の影響か私は体温の調節がうまく出来ない。主様の言葉で心臓の鼓動が早くなり体温が上がってしまう。

 心を殺す訓練をしてきた私だけど、主様の言葉だけは殺せない。消せない。失いたくない。


 だから、熱くなった身体を私は必死に抑えようとするけど、嬉しさが止まらない!

 ああ、主様! 主様! 主様!


 そう言って頂けるだけで、私は勇気が湧いてきます。

 必ず、王宮夜会を成功させてみせましょう! 主様の為に!


 そうして、気合の入った私は私が陰で動くだけで済むよう王城の女中教育を完璧に進め、勿論、屋敷の家事も別件の仕事も主様のメイドとして完璧にしてみせた、つもりでした。


 ですが、今回の王宮夜会の女中頭を務める女に嵌められるとは。

 彼女が良く思っていないことは分かってしましたが、それでも、彼女自身が仕える主の為にと頑張ってくれるであろうと高を括っていたのが良くなかったのでしょう。


 『キヤル先生は包帯だらけなのに、仕事は美しいのですねえ』


 彼女はよくこう言っていた。

 そのせいで、私も怒りによって、真っ直ぐ彼女を見られていなかったのかもしれない。

 主様のメイドでありながら、情けない!


「主様、申し訳ございません! この責任は私の命を持って……!」

「やめて! キヤル! やめてー!」


 命を持って償おうとしたが、主様に止められてしまった。


「どうして、城のメイドが……」

「……多分、私が目障りだったのでしょう。こんな包帯まみれの気持ち悪い女中が、偉そうに指導していたのが」


 彼女の言葉が毒のように私の身体を蝕んでいく。

 ああ、醜くなければ、彼女の嫉妬を買う事もなかったかもしれないのに。

 醜くなければ、表に立って主様に私の仕事を、姿をご覧いただけたのに。


 悲しい! 悔しい! 情けない!


「い、一応、城の方に事情は話し、他の女中が来てくれます。だけど、他の女中は急遽で。今夜のメニューやプログラムもさっき確認したばかりで」

「大変ですわねえ~」


 主様に情けない報告しか出来ず、死にたい私の前に、あの裏切者の女中が、ミレイが現れる。

 ミレイは、お腹をさすりながら、こちらに向かってやってくる。


「まあったく、どっかのメイドのせいで、せっかくの王宮夜会が失敗に終わってしまいそうですわね~。偉そうにいちいち色んな事を指摘してくるから~、その心の傷も身体に響いているのかもしれませんわね~」


 何が、分かる……!

 火傷だらけの顔や身体に、主様への裏切りで心が張り裂けそうな私よりお前が苦しいはずがないだろう!


 だけど、それを吐き出すことはできない。

 主様の奴隷としてみっともない真似は出来ない。


「まあ、でも、立派な完璧なメイドの先生がいらっしゃいますので、なんとかなるとわたくしは信じておりますわ~。まあ、その顔で王族貴族の前に出られるなら、ですが」

「……!」


 この顔で、貴族の前に……。

 王族貴族などはどうでもいい。どうでもよくないのはたった一人の主様であるイレド様。

 でも、イレド様も元は貴族だった。


 この顔で、私は、主様の前に……。


 絶望で目の前が真っ暗になる。

主様のお傍にいられないのであれば消えてなくなりたい……死にたい。

そんな私の前に現れたのは……。


「ああ~、おなかがいたいたい。早くお医者様に見て頂きませんと」

「ほう、丁度良かった。私は医者だ。みて差し上げようか?」


 スコル様達だった。


 スコル様達は、あれだけ普段厳しく接している私の為に、あの女を懲らしめてくれた。

 そして、みんなが此処に来てくれた。醜い私の為に……?

 いや、主様の為だ。私達は皆目的は一つだ。

 主様の為に。


 けれど、私はふさわしくないでないだろうか。

 主様のメイドに。

 醜い私は。


 そう思うと主様の前からいなくなりたかった。

 主様に汚いものを見せ不快な思いにさせるようなことがあればメイド失格だ。

 私は、駆け出していた。


 なのに、


「キヤル、そんなに泣いたら包帯が濡れちゃうよ」


 主様はこんな私のところに来てくださった。


 情けない! 情けない! 情けない!


 主様にご迷惑をかけるなんて。涙が、止まらない。困らせては、いけないのに……!


「主様……申し訳ございません、申し訳ございません」

「何を謝ることがあるの?」

「キヤルは、主様に仕える完璧な女中奴隷になりたかったのです。でも、私には無理です」

「なんで? キヤルは立派に完璧に、とっても綺麗に準備をこなしていただろう?」


 主様のお優しい言葉が今は私の心に突き刺さる。私は……。


「完璧ではありません……! だって、私は……人前に出せるような顔ではないから」

「え……? そ、そんなこと……」

「でしたら、主様は、私を愛してくださいますか!?」


 なぜ自分はこんなことを言ってしまっているのか。

 自分でもわからない。心を殺すことは得意だったはずなのに。

 いや、もう死ぬから、聞きたいのだ。主様に嫌われても、否定されても、死ねば楽になれる。なら、最後に聞きたい。そして、生への執着を手放したい。


「そ、それは……」


 ご主人様が言いよどむ。それは予想通りで、悲しくて苦しくて……。


「ほら、そうです……あの火が憎い……あの火が……この火傷だらけの身体が、顔が……せっかく、出会えたのに……」

「キヤル……」


 私は包帯をとっていた。私の火傷した顔をちゃんと見れば主様でも怯えるだろう。

 そうなったら、楽になれる。死ねる。笑いがこみあげてくる。


「あは、あはは、主様、もう優しくしないでください! やさしくされたら……不相応な夢を見てしまいます! そんなに優しくしてくださるのなら……! 例えば、キスが出来ますか!? 出来ないでしょう!? キス……出来ますか? ……主様、いやなら断って下さい。それで、私は自分の立場をちゃんと理解しますから……!」


 そう言って私は目を閉じて唇を少しだけつきだし、主様に迫る。


 メイド失格だ。私は。でも、もういい。ほら、主様は私にキスできない。


 私が、醜いから。


 私が、みにく……。



 ちゅ。


「え……?」


 額にやわらかな感触。

 それがなんなのか理解するのに時間がかかった。


 主様が私の額に、キスをした。


「や、や、やっぱりダメだよ! 唇は! その、ジェルとヴィーナのせいで、その、色んな事をさせられちゃってるけど、一線を越えるのと、それと、唇同士のキスは、やっぱりキヤルの愛する人としてほしい! まあ、したいかしたくないかでいえば、僕も男だし可愛いキヤルとならって思うけど、でも、やっぱりそれはなんか良くないと思うから! でも、だから、あの、唇以外の場所でキヤルがしていいならどこでも僕はキスをするよ! ……って、キヤル? 聞いてる?」


 目の前の主様が何かを仰っている。え? じゃあ、主様は火傷した私の顔が醜くてキスを躊躇っていたのではなくて、唇同士のキスは愛する人としてほしいから? したいかしたくないかでいえばしたい? 主様は私とキスしたい? かわいいって言った? 唇以外の場所で私がしていいならどこでも主様がキスしてくれる!? っていうか! キス! キス! キス! 今、私の額に主様の唇がぁあああ!?


「あ……あ……あ……! 主様が、私の、額に、キスを……! キキキスを!?」

「ご、ごめん! 嫌だった!? 唇がいいのなら額もいいのかと……!」


 あ、あ、あ、あ、あ、あ、主様が困っていらっしゃる! いけないわ、キヤル! 主様を困らせては……でも、キス! キス! キスがぁあああああ!


「いいいいえ! いえいえ! かまいません! イヤでもダメでもありません! ……あ、でも、主様、私の焼けただれた肌にキスなんて、嫌じゃありませんでしたか……?」


 もしかしたら、我慢してしてくださったのかも。

 少し冷静になれた私はそう考え主様にお伺いする。

 けれど、主様は……


「え? なんで?」


 嫌な理由なんてあるのか。

 そんな顔で首をかしげて下さった。

 心から疑問なようだった。


 主様は……主様で……私の主様だった。


 そう思うと涙が溢れてきて……。


「えええええええ!? キ、キヤル!? や、やっぱり額にキスは嫌だった!?」

「違います違います! 申し訳ありません! 主様を困らせて……キヤルは、キヤルは主様に会えてしあわせです! うれしいです! キヤルは、世界一しあわせなメイドです!」


 ……止まらない! 主様への想いが! 溢れて止まらない!


 しあわせです! しあわせなのです! とてもとてもしあわせです!


 もっともっと主様の為に何かしたい、何かしなければおかしくなりそうです!

 だから、頑張ってお仕えしてみせる!


「イレド様、よろしいでしょうか?」


 気付けば、ヴィーナ様が来ていた。顔が強張っている。


「ヴィーナ……う、うん、何かな?」

「ここは、イレド様の奴隷全員の力を、城に見せつけるべきかと」


 そう言うと、ヴィーナ様の後ろから皆様が現れる。

 ヴィーナ様から今日のみんなのスケジュールは聞いていた。


「偶然にも、今日は皆暇を持て余しておりまして」


 嘘だ。皆様それぞれ主様の為に働いていたはず。なのに、


「イレド様の奴隷は、優秀なメイドも出来るという所も見せて差し上げましょう」


 こんな私の為に来てくれた。


 何故か? と、聞く必要などない。

 私達は、主様の為のイレド奴隷衆だから。私も皆様と同じ、でいいのだから。

 私も主様に思って頂けているのだから!


 ならば、あとは皆様と一緒に主様の為に。


「主様。皆がいるのであれば、もう大丈夫です」


 私は、傅く。私が仕えるべき主様の前で。


「貴方のメイドが、貴方の為に、完璧な夜会にしてみせます。なので、ご命令を、我が主様」


 私の素顔を見る主様に一片の恐れもなくただただ私を信じて下っていて、私の心は何も欠けた所がない今夜の満月のように満たされていく。


「完璧な夜を頼むよ、イレド奴隷商が誇る万能女中奴隷」

「はい、主様の為に美しく完璧にこなしてみせましょう」


 私はメイド、唯一無二の主様、イレド様のメイド。

 そして、額にキスしていただけた唯一無二のメイドなのだ!

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