第31話 神クラスの奴隷商人なのに万能女中奴隷が王宮夜会で売れません!
「キヤルの価格は、900万ゴールドです!」
「きゅ……!」
僕は、キヤルを買いたいという人に対して一生懸命アピールをする。
今までの僕にはこれが足りなかったんだ。
「その価値はあると私は思っています。! 今日ご覧いただけましたよね! あの洗練された気品ある動き、完璧な気配り! ただ、それだけではありません。掃除洗濯料理、家に関する全てをこなせるのです!」
「……それ、だけかね?」
それだけ!? それだけって、それだけ出来たら凄いと思うんだけど……何が不満なんだ!?
「えーと、何かご不満な点が?」
「あ、いや……すまない! そうだね、素晴らしい技術を持っていると思うし、900万ゴールドは妥当なところかもしれないね!」
納得してくれた! 今までとは違って、手ごたえを感じる! いける! いけるよ! キヤル!
「そして、守って頂きたい条件がありまして。まず、彼女にちゃんとした衣食住を与える事、そして、性行為に及ぶ場合は必ず同意があってからでお願いします。キヤルは頑張り屋さんすぎるので、強制的に休ませるようお願いします! あと、すごく自分に自信がない子なので、一つ一つ褒めてあげてほしいです! そして、最後に……必ずキヤルをしあわせにしてあげてくださいね!」
「しあわせに……」
髭を触りながらちょっと遠くを見ている。
ま、マズい! これは良くない流れかもしれない! もっとアピールしないと!
「あの! キヤルは本当に素晴らしい女の子です! 相手が求めるものをくみ取れる理解力と優しさがありながら、相手に必要なものをちゃんと理解し窘めることが出来るやさしい厳しさも持っているんです! 一人一人の味付けもちゃんと変えてくれるし、新しい調理道具をプレゼントするとその日一日ずっと鼻歌なんか歌ったりして、その鼻歌はそのちょっと変なのですが、とってもかわいくて癒されます! 動物が好きで野良についつい餌あげちゃうし、怪我してると見過ごせずちゃんと治してあげますし、ネコと話していたら、語尾ににゃんって言ってかわいいです!」
うわわわわ、僕ちゃんとキヤルの良さアピールできてる!?
「そう、ですか……そう、なんだな」
白髪の男性が僕の後ろに視線を動かす。
振り返ると、キヤルがいた。ちょっと、湯気が出てる。
「ええ、今の私はそうです」
「キヤル……え? 知り合い?」
「ええ、前の職場でちょっと……」
前の職場……キヤルが火事で焼かれた屋敷の事だろうか。
「久しぶりだな……」
「ええ」
「キヤル、か」
「はい」
「キヤル……今、しあわせか……」
「はい、とても」
「そう、か……900万ゴールド、か……」
白髪の男性は天を仰ぎ、大きな溜息を吐く。
え? もしかして、ダメだった?
「すまない、この話はなかったことにさせてほしい。私には、買えないな」
「……そ、そうですか。あの、何か僕に、いえ、私に不備がありましたか?」
「んん? ふ、うん、そうだね。君はもう少しちゃんと彼女を見てあげた方がいい」
そう、か……! まだ、僕は奴隷商人として未熟なのか……!
「もっともっと彼女を見て、もっともっと愛してあげてほしい。君が彼女の旦那様なのだろう?」
「はい!」
一時的な主、旦那様ではありますが!
そうか、僕はまだ愛情が足りなかったのか! もっともっと頑張らないと!!
「ちょっと! 何を言ってるんですか! だ、だ、旦那様とか」
キヤルが白髪の男性に詰め寄っている。
「ん? それは君の望んでいる事ではないのか? 彼もそれを悪く思ってないはず」
「ちょっと!」
「やめて、キヤル!」
「あ、主様?」
「この人の言う通りだ……」
「え、えええええ!? そ、そうなんですか?」
「僕は決めたよ! もっともっと君を見て、もっともっと君を愛して、もっともっと輝かせてみせる!」
「えええええええええええええ!?」
キヤルが更に湯気を出し始めた。
くう、まだ体調が悪かったのか……こういうところだぞ! 僕!
「くっくっく、君は、面白いな。次に会った時には、いい仕事の話が出来そうだ」
おおおおお! やった! これはまだ可能性ありってことだよね!
「では、また会いましょう。キヤル……しあわせにな」
「ありがとうございます」
白髪の男性が去って行く。って、ああ!
「名前、聞くの忘れてた……仕事の話をしてくれるって」
「ジンです。彼の名前。もし、彼と連絡を取りたければ仰ってください。私がやりましょう」
そうか、知り合いだもんね。
「良い人そうな方だったね」
「そう、ですね……」
キヤルは何かを考えるようにぼーっとしていた。
キヤルにだって、色んな過去がある。僕にもあるように。
今日、大広間でちらっと見かけたストロベリーブロンドの女性の姿を思い出す。
もう、見ることはないと思っていたけど。
仮面つけたうえでメイド服姿だったし、興味がないだろうから気付かなかったのだろう。
「主様?」
気付けば心配そうに僕を見るキヤル。
いかんいかん、奴隷を不安にさせるなんて、また、奴隷商人失格だぞ、イレド。
「ううん、何でもないさ。行こうか」
そう言って帰ろうとした僕達の行く手を、数人の黒服が阻む。
「……何か御用ですか?」
「少し、来てもらいたい」
剣呑な空気。動きの感じからしてもただものではなさそうだ。
「分かった」
「……分かりました」
「物分かりがいいな、それでいい。痛い目みたくなければ大人しくしてろ。進め」
僕とキヤルは目を合わせて頷きあう。
僕の事はどうでもいいけど、キヤルが傷つくのは……
「おい、ちんたらするな。さっさと歩け!」
僕の背中も男が殴る。僕を殴るのは、いい。それはいいけど、
「「今、キヤル(主様)を殴ったね……?」」
キヤルが傷つくのは絶対に許さない……!
「お前ら、本気で許さんんんんんん!」
「主様、掃除の許可を」
「わかった! キヤル、掃除しろぉお! ただし、絶対に無理はするなよ!」
「は、はいぃ……! うふふ! かしこまりました、主様!」
僕はキヤルの頭にそっと手を置き魔力を込める。
「神スキル【
その瞬間、キヤルの周りに二本の魔力の帯が現れる。
これは魔力障壁の簡易版で、グルグルと回転しながらキヤルを守ってくれる。
「な、なんだあれは……く! ま、魔法が防がれる!?」
「見たこともないスキルだって、コイツ、速っ……ぐああ!」
キヤルはガードレイルが発動し黒服たちの魔法や攻撃が防げるのを確認すると、縦横無尽に音もなく走り回り、男たちをいともたやすく料理し、丁寧に折り畳み、重ねていく。
「主様の命は絶対。貴方達ゴミは片付けさせてもらう」
二本の光の輪を纏ったキヤルの動きは、ある種気持ち良ささえ感じられるほどに洗練され美しかった。
無慈悲な妖精が静かに、男たちを沈めていく。
音もなく着地し、再びふわりと跳ね、いつの間にか全ての敵を眠らせていた。
「主様、終わりました」
「ありがとう、キヤル」
男たちは城の人たちに頼んで連れて行ってもらった。
何が目的かは分からないけれど、ひとまず、キヤルに怪我がなくてよかった。
けど、
「ごめんね、キヤル……」
ウチに帰ってきて、僕は、お茶を淹れてくれているキヤルに謝る。
「もしかして、売れなかったことを謝ってらっしゃいます?」
「うん、僕のセールストークが良くなかったんだと思う」
今回こそはと頑張ったつもりだったけど、ダメだった。
はあ、本当に神クラスの奴隷商人なんだろうか。
「いえ……あの、いっぱい褒めてくださいましたし、その、いっぱい見られているんだなあと思って、私は、嬉しかった、です……」
キヤルゥウウウ! 君もなんて良い子なんだ!
でもね、奴隷商人だから、奴隷の事を見守るのは当たり前だし、見てれば絶対にキヤルは褒めたくなるくらいいい子だし、良い子だから大切にしたくなっちゃうのは普通だよ。
「それに、キキキキスも……」
「ああー! そうだった! ごめん! 本当にごめん! スコルがこういう医療行為もあるからって言われて……もうキヤルが死んじゃうんじゃないかって、僕、心配で心配で……本当にごめん! あんなに額にキスした時に偉そうに言ってたのに!」
自分が情けない! あれだけ愛する人とって言っていたのに……。
「あ、も、もしかして、人生初めての、だった……?」
「……はい」
うわあああああああああああああああああああああああ!
うわあああああああああああああああああああああああ!
うわあああああああああああああああああああああああ!
ぼ、ぼ、僕はなんてことを!
「ごめん! キヤル、本当にごめん!」
「い、いえ! 謝らないでください! 主様は悪くありませんし、その、良かったですし」
「いやいやいや! ごめんねごめんね! 僕に出来る事だったらなんだってするから!」
「え……なんだって、ですか?」
僕は勢いよく頷く。僕に出来ることなんてあんまりないだろうけど、それでも、キヤルの為に、何かしてあげないとこんなにかわいいキヤルの唇を初めて奪っておいて、何もしないのは自分が自分で許せない!
「分かりました。では、主様。私に『キスして』とご命令ください」
「分かった! キスして!!! え?」
気付けば、音もなく近づき包帯を外したキヤルの顔が間近に。
「いやなら、避けてください」
いやなわけない。
一生懸命で頑張り屋で、ちょっと自分に自信がなくて、他人に厳しいけど優しいキヤルの、なんていやなわけがない。
火傷だって本当に本当に気にならない。
僕は、キヤルが大切だってことを伝えたくて、僕の気持ちを伝えたくて精一杯微笑む。
すると、キヤルは優しく微笑んで、僕の唇にキスをした。
ふわりと甘い匂いを残しながらキヤルは離れると、素早く包帯を巻きつけ、先ほどまで僕の唇と会わせていた柔らかそうな唇をひらき、
「ふふ、では、私はお家の仕事をやってきますね、『旦那様』」
そう言って、僕の部屋を出て行く。
「え?」
僕は混乱していた。どういう流れで今の状況になったかもわからないし、女性経験がなさ過ぎて唇がやわらかすぎてあわあわしてるし、キヤルの考えていることが分からない!
こんなに自分の奴隷の事が分からないなんて!
あの人の言う通りだ!
もっとよく見て、もっと大切に、そう、愛してあげないと! 奴隷商人として!
そして、今度こそ、キヤルが永久に幸せに働ける、そう、永久就職できるところを見つけてあげるんだ!
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