第29話 神クラスの奴隷商人なので万能女中奴隷を王宮夜会で輝かせます!

 王宮夜会シンフォニウムはそれから何も問題が起きず、料理やお酒、余興も好評で穏やかに終わりに近づいていた。


「もうすぐ終わりだね、素晴らしい働きだったよ、キヤル」

「主様にそう言って頂けて光栄です」


 僕とキヤルが笑いあっていると、一人の仮面女中がこちらにやってくる。


「あ!」


 そして、急にふらつき、こちらに倒れ込んでくる。


 その瞬間だった。

 女中の指先が後ろで止めていた仮面の結び目に触れ、結び目が解かれてしまう。


 ずるりと落ちかけた仮面。

 このままだとキヤルの素顔が。

 僕は良い。キヤルの素顔は好きだ。

 でも、キヤルはみんなに見られるのがいやで。

 なんでこんなことに。


「ざまぁみなさい」


 そう言った仮面女中の声はミレイの声だった。

 体調不良を訴え王宮夜会へのメイドとしての参加を急遽やめたミレイがここに?

 仮面女中に紛れてまでこんな嫌がらせを!?


 夜会の参加者もキヤルに注目していたせいで、キヤルの仮面が落ちそうになっているのを見てる人たちが、おお、と騒ぎ出す。


 キヤルも慌ててしまっているのか、動けなくなってしまっている。

 落ちる仮面を取ろうと待ち構えている間に見えてしまう。

 それじゃ間に合わない。


 キヤルが悲しむ! そんなの嫌だ!


「く……!」


 僕は咄嗟にキヤルの頭を抱え、僕の胸に押し付け、抱きしめる。

 多分、これが今できる最善!


 ごめん、キヤル!


「……ぁぁぁわわわわ」


 キヤルが僕の胸の中で震えている。

 怒ってるかな?


 っていうか、熱っ!

 そして、また湯気が出始めている!

 ど、ど、ど、どうしよう!?


 みんなも湯気に気付き始めて、またざわざわしはじめてる。

 離すわけにはいかない、けど!


「あひゃーーーー!」


 その時だった。

 突然叫び声をあげたのは、ミレイ。

 お腹とお尻を押さえながら震えている。

 そして、呻くように叫んでいる。遠くでヴィーナが笑っている。何か、やったね?


「み、みなさま! わ、わた、わたくしは! 本日! 仮病を使い、休み、そこにいるメイド長を困らせようとしたメイドでございます! そして、わたくしがっ……ああっ……何故、そんな愚かな事をしようとしたかというと……!」

「お前ら、あの不審者を捕らえろ!」


 ミレイの言葉を遮るように部下に指示を出したのは第二王子。

 その命令によって弾かれるように飛び出した第二王子の取り巻き達によってミレイは簡単に捕らえられ、連れていかれようとしている。


「おい、デュオ。今夜の王宮夜会は私が主催。私がその女を尋問しよう」


 第一王子ネオ様が、ミレイを捕らえ去ろうとする第二王子デュオ様に話しかける。


「いえ、兄上。兄上は、兄上が仰るように主催です。私が代わりにこの女を問い詰め、大切な王宮夜会を騒がせた責任を取らせますので、ご安心ください」


 そう言って、第二王子はミレイを連れて去って行く。


 明らかに、第二王子が仕組んだ事だと誰もが理解しているけど、色んな思惑があるのだろう。

 誰もそれ以上は追及しないようだった。

 ただ、こうなった以上、罪に問われなくても第二王子の評価はガタ落ちだろうな。


 扉の向こうに去って行く第二王子の背中を見ながら、僕はそう思った。


『……あー! ちょっと……! もっと丁寧に! 丁寧に運んでくれないと、お腹が! お尻から! あ、あああああああああ!』


 扉の向こうで、ミレイ、そして、第二王子や取り巻き達の悲鳴が聞こえる。


 こ、こわい……。


 きっとあっちの扉の向こうは地獄絵図だろう。


 掃除する使用人がかわいそうだ。


「ごしゅじん様、これを」


 気付けば、アクアが落ちた仮面を拾い、渡してくれていた。

 アクア、良い子!

 まだ視線が向こうにいっている内に、身体の間から差し込む。


「キヤル、聞いて」


 今、言う事じゃないのかもしれない。

 だけど、僕は今、どうしても伝えたい。


「君は、君の火傷した顔をみんなに見せるのがいやなら、僕はそんな君を守ってあげたい。でもね、僕は本当に君の火傷を気持ち悪いとか変だとか思ってないんだ。君の美しさや輝きはそんな事では消せないから。だから、よければ、君が嫌じゃなければ、だけど、僕の前でだけでも隠さずに素直な君でいてほしい」

「……はい」


 キヤルは、片手でぎゅっと僕の服を掴んで、僕の胸に埋めるように頷いてくれた。


「さて、皆よ、聞いてくれ!」


 そうこうしている間に、第一王子が話を始めたので、僕達は抱き合ったまま移動し、仮面をつけなおさせる。


「本日の王宮夜会、不審者の侵入を許し皆を不安にさせてすまなかった。最後に、詫びではないが、私と彼女らイレドメイド衆から君達に贈りたいものがある! では、頼む!」


 第一王子の合図で、サジリーが風を起こし蠟燭の明かりを消し、アリエラの魔法で魔力灯の光も消える。


 ざわつく会場。だが、そのざわつきはすぐに別のものに変わっていく。


「いつの間に……グラスが……」

「見て……これ、グラスの中、輝いて……!」


 リオとアクアが神速でグラスを配れば、ジェルが暗闇を利用し、影を操り全員にラブ特製のグラスを持たせる。

 ティアラが買ってきた最高の白葡萄酒の樽をスコルが切断し、溢れる葡萄酒をビスチェが操りグラスに注ぐ。


 そして、ラブの作ったそのグラスは、ウチの奴隷達が放つ魔力に反応し、


「綺麗だ……」


 色とりどりの小さな光をグラスの中に浮かべた。


 大広間に幻想的な光景が広がる。

 それぞれの持つ小さな夜が美しい星々にいろどられている。

 ぼんやりと浮かびかがるみんなの顔には驚き、そして、喜び、感動が見える。


「驚いてくれたかな?」


 第一王子の声が薄暗い分聴覚が鋭くなっているのかしっかりと届いている。


「だが、まだこれには仕掛けがあってね。みんなの魔力を込めてくれないか? グラスを持ったまま」


 魔法を使える人間は限られているし、使える程度はピンキリだ。

 だけど、魔力を込めるという感覚は特に貴族階級であれば、家庭教師なり学園なりで教わる。


 参加者たちが魔力を込めると、ふわりとグラスの中にひときわ大きな光が、月のような光が浮かぶ。


「これは、私に、とある錬金術師が贈り物としてくれたものだ。魔力を込めるとこうやって、月のような光が浮かび上がる。ああ、小さな光は今日だけの特別な演出だ。……さて、それぞれで色の違う光が浮かんでいると思う。これは、各々の属性に合わせた魔力の色が反映されている。面白い一品だろう。もし、今日の夜会を楽しんでくれたというのであれば、その土産として持って帰って欲しい」


 つまり、グラスを受け取ったことが第一王子に付くことを表明するようなものってことなんだろうな。仮に、そう見せかけただけだとしても、裏切り者のレッテルが貼られ動きにくくなるだろう。そして、このグラス一つが第一王子へ付く理由となり得る。


 魔力の診断には、優れた鑑定士か魔法使い、もしくは、とても高い魔導具でしか出来ない。

 けれど、これがあれば、簡単に診断ができるのだ。

 大発明と言っても過言ではない。それをタダで配る。


 第一王子が抱える技術力もしくは財力は、他の王子や王女では敵わないと思わせるほどになっただろう。


「さて。それでは、最後に。いや、その前に、この王宮夜会は私一人の手で作られたものではない。私の家臣、使用人、皆良くやってくれた。そして、『どこかの誰かが妨害しようと送ってきたメイド』のせいで、危機的状況に陥っていた私を助けてくれたイレドメイド衆に、私から感謝の言葉を贈りたい。本当によくやってくれた」


 みんなの、そして、第一王子や王様の視線は、僕に支えられ立っているキヤルにだ。


 キヤルはうまい具合に僕やアクアを支えにしながらも、美しく礼をする。

 ゆったりとそして、完璧な慎ましやかな礼。

 輝く魔力の星空の中で立っているキヤルは正しく妖精の様で。


「では、この月のように、我が父上である王と、この国が永遠に輝き続ける事を願い、乾杯!」


 そして、僕達の王宮夜会シンフォニウムは終わりを迎えた。

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