第27話 神クラスの奴隷商人なので万能女中奴隷の王宮夜会を応援します!

「主様、申し訳ございません! この責任は私の命を持って……!」

「やめて! キヤル! やめてー!」


 僕は、どこからか取り出したナイフで自分の首を掻っ切ろうとするキヤルを止める。


 原因は今日の王宮夜会シンフォニウムだ。


 準備自体は、王宮側の使用人たちが中心だったし、つつがなく進んでいたらしい。

 そして、キヤルもみんなが応援しているという事で、王宮の女中に対しても力を入れてしっかりと指導していたそうだ。


 そして、当日。事件は起きた。


『今日の夜会に向けて、気合を淹れるために先生のお茶を頂けませんか?』


 今回の王宮夜会を担当する女中達のリーダーにそう言われ、キヤルがお茶を出したところ、


『何を飲ませたんですか!? 私も含めた女中全員が体調不良を訴えているのですよ!』


 そう言われ、女中達が来なくなったらしい。


「……多分、私が目障りだったのでしょう。こんな包帯まみれの気持ち悪い女中が、偉そうに指導していたのが」


 王宮に使える女中達はそれなりに身分の高い人たちだ。

 その中ではどろどろのやりとりがあるというのは聞いたことがある。

 けれど、王宮夜会でこんな事を!?


「恐らく、第二王子辺りが裏で絡んでいるのではないかと」


 一緒に付いてきてくれていたヴィーナがそう僕に耳打ちしてくる。


 現在、王宮夜会は、王子や王女たちが交代で主催を行っている。

 これは、自身の勢力や、様々な手腕を見せ、次期王としてのアピールを平等にする場とされているからだ。


 今日の主催は、第一王子だった。失敗すれば当然評価は大きく下がるだろう。


「じゃあ、今日のメイド達は第二王子の息がかかった者達?」

「いえ、恐らく今回のリーダーが買収されています。それに下は従わざるを得なくなっているようで。ただ、第一王子側にも裏切ったと思わせないようにキヤルに全てを擦り付けようとしているのではないかと」


 やめてほしい。

 せっかく頑張って一生懸命やってきたキヤルの晴れの場をこんな事で潰さないでほしい。


「い、一応、城の方に事情は話し、他の女中が来てくれます。だけど、他の女中は急遽で。今夜のメニューやプログラムもさっき確認したばかりで」

「大変ですわねえ~」


 キヤルが震えながら事情を説明してくれている途中で、声が掛けられる。

 見ると、赤茶のふわふわとした髪の女性がこちらを見ていた。


「イレド様、アレが、今回のリーダーだった者です。名は、ミレイ」


 ミレイという女性は、お腹をさすりながら、こちらに向かってやってくる。


「まあったく、どっかのメイドのせいで、せっかくの王宮夜会が失敗に終わってしまいそうですわね~。偉そうにいちいち色んな事を指摘してくるから~、その心の傷も身体に響いているのかもしれませんわね~」


 ニヤニヤと腹をさすりながら甲高い声で不満をぶちまけてくるミレイ。


「まあ、でも、立派な完璧なメイドの先生がいらっしゃいますので、なんとかなるとわたくしは信じておりますわ~。まあ、その顔で王族貴族の前に出られるなら、ですが」

「……!」


 ミレイがそう言うと、キヤルはぐっと身体を強張らせて拳を握りしめる。


「ああ~、おなかがいたいたい。早くお医者様に見て頂きませんと」

「ほう、丁度良かった。私は医者だ。みて差し上げようか?」


 僕の後ろから声がする。

 振り返ると、何故かスコル達が立っていた。


「へ……?」

「心配いらない。私はこれでも、医療大国ディクラ一の医者と言われていた。腕は確かだよ」

「え、ええと、でも~」


 オロオロしだすミレイをよそに、スコルは魔力による診察を始める。

 身体中に手を当て魔力を送り、身体の異常を調べる魔法だ。


「ふむ、確かに、これはお腹のあたり、よくないな」

「で、でしょう!」

「薬を飲んだ方がいいね、何かいい薬はあるかい? ティアラ君」


 そう言われてスコルの後ろからひょっこり現れたティアラは、高級そうな紙袋から、薬らしきものを取り出し、いつもの軽快な営業トークを始める。


「はいはい! これなんかどやろか? 東洋から伝わる高級薬! 今日はアンタみたいな人と知り合えた記念や今回はタダにまけたるさかい、今後ご贔屓に頼んます!」

「え、ええ、ええ! 分かりましたわ。おほほ、いい香りで飲みやすそうなお薬ですね」


 畳みかける喋りで有無を言わさずティアラはミレイに薬を持たせる。

 紙袋も高そうだし、薬にも魔力を感じる。本当にいい薬のようだ。


「あ~、よければこのお水をどうぞ~」


 今日は下半身を隠す為かロングスカート姿のビスチェが器に入れた水を差しだす。


「さあさあ、体の不良は早めに治すのがいい。飲みたまえ、ほらほら、悪いんだろう?」

「あ、じゅ、準備がいいわね。では、いただきますね、おほほほほ……んぐ、あら、お水も薬も飲みやすくて、美味しい…………ありがっ……はが! あ、あ、あああああ!」


 急にお腹を押さえたミレイはとんでもない形相で何処かへ駆け去って行く。


「え? ちょっと! 三人どういうこと!?」

「え~、どういうことって、アイツの悪い所を直してあげただけさ~。性格の悪さと、腹の黒さ」

「そうそう、アレもほんまにちゃんとした薬やで。腹下しのな。あれで黒いの全部出たらええけどな」

「あたしも、あげた水に魔力多めに込めといて、身体の中でちょっと暴れさせただけよ~、いっぱい汚いモノが外に出ちゃいますようにって」


 お、恐ろしい……彼女達の笑みが凶悪過ぎて震える。


「それより、イレド君、キヤルを追ってくれ」


 スコルの言葉で、キヤルが居ないことに気付く。


「旦那ならキヤルをなんとかしてくれるやろ?」

「あたしの水をつけといたから方向は分かるわ~、あっちね~。……イレドさん、キヤルをお願いね」


 三人の目。みんなは本当にキヤルが好きで、そして、僕を信頼してくれてるんだね。


「分かった! 任せて!」


 僕は、ビスチェの指さしたキヤルがいるであろう方へと駆け出した。

 流石ビスチェだ。指さした方向に向かうとキヤルはすぐに見つかった。


「キヤル、そんなに泣いたら包帯が濡れちゃうよ」


 キヤルは泣いていた。月明かりに照らされて。城の裏庭みたいな所で誰にも見つからないように迷惑をかけないように。


「主様……申し訳ございません、申し訳ございません」

「何を謝ることがあるの?」

「キヤルは、主様に仕える完璧な女中奴隷になりたかったのです。でも、私には無理です」

「なんで? キヤルは立派に完璧に、とっても綺麗に準備をこなしていただろう?」


 準備されていた料理も美しく美味しそうで、整えられた夜会の会場もキヤルらしい完璧なものだった。


「完璧ではありません……! だって、私は……人前に出せるような顔ではないから」

「え……? そ、そんなこと……」

「でしたら、主様は、私を愛してくださいますか!?」

「そ、それは……」


 僕が言い淀むと、キヤルは包帯の奥の瞳いっぱいに涙を溜めて、


「ほら、そうです……あの火が憎い……あの火が……この火傷だらけの身体が、顔が……せっかく、出会えたのに……」

「キヤル……」


 キヤルは包帯をとって僕の方を見る。

 焼けただれた肌が痛々しい。けれど、キヤルの無理矢理作った笑顔の方がもっと痛々しく見えて……。


「あは、あはは、主様、もう優しくしないでください! やさしくされたら……不相応な夢を見てしまいます! そんなに優しくしてくださるのなら……! 例えば、キスが出来ますか!? 出来ないでしょう!? キス……出来ますか? ……主様、いやなら断って下さい。それで、私は自分の立場をちゃんと理解しますから……!」


 そう言ってキヤルは涙が溢れ続ける目を閉じて唇を少しだけつきだし、僕に迫る。


 僕には、出来ない……でも、キヤルは……僕は……。


 僕は……。



 ちゅ。



 彼女の額に、キスをした。

 キヤルの額は火傷のせいでちょっとぐにゃってしてた。


「え……?」

「や、や、やっぱりダメだよ! 唇は! その、ジェルとヴィーナのせいで、その、色んな事をさせられちゃってるけど、一線を越えるのと、それと、唇同士のキスは、やっぱりキヤルの愛する人としてほしい! まあ、したいかしたくないかでいえば、僕も男だし可愛いキヤルとならって思うけど、でも、やっぱりそれはなんか良くないと思うから! でも、だから、あの、唇以外の場所でキヤルがしていいならどこでも僕はキスをするよ! ……って、キヤル? 聞いてる?」


 目の前のキヤルは口をパクパクさせて、頭から湯気が出ているみたいだ。


「あ……あ……あ……! 主様が、私の、額に、キスを……! キキキスを!?」

「ご、ごめん! 嫌だった!? 唇がいいのなら額もいいのかと……!」


 もしかして、何かいけない意味があったんだろうか!?

 僕は本当にそういう経験をほとんどしてこなかったから!


「いいいいえ! いえいえ! かまいません! イヤでもダメでもありません! ……あ、でも、主様、私の焼けただれた肌にキスなんて、嫌じゃありませんでしたか……?」

「え? なんで?」


 焼けただれていようとなんだろうとキヤルの肌だ。嫌なことなんてない。

 でも、やっぱり乙女は肌が綺麗とか気になるのかもしれない。

 う~ん、キヤルは普通にかわいい女の子だし、そのままでいいと思うんだけど……。


 僕が首をかしげていると、キヤルは急にまた泣き出して……。


「えええええええ!? キ、キヤル!? や、やっぱり額にキスは嫌だった!?」

「違います違います! 申し訳ありません! 主様を困らせて……キヤルは、キヤルは主様に会えてしあわせです! うれしいです! キヤルは、世界一しあわせなメイドです!」


 ……分からない! 僕にはわからないよ! 何が起きたの!?


 どういうこと!? でも、キヤルがしあわせならいいけど!


 でも、キヤルはもっともっとしあわせになるべきメイドだよ!

 だから、頑張って売ってみせるからね!


「イレド様、よろしいでしょうか?」


 気付けば、ヴィーナが来ていた。圧。


「ヴィーナ……う、うん、何かな?」

「ここは、イレド様の奴隷全員の力を、城に見せつけるべきかと」


 そう言うと、ヴィーナの後ろからみんなが現れる。

 え? なんで?


「偶然にも、今日は皆暇を持て余しておりまして」


 え? なんで?


「イレド様の奴隷は、優秀なメイドも出来るという所も見せて差し上げましょう」


 ヴィーナがそう言ってにやりと笑う。

 このヴィーナの顔は、何か思いついた時の笑みで、妖艶で色っぽくてドキドキする。

 そして、同時にわくわくする。


 え? なんで? って、聞く必要なんてない。

 僕の奴隷達は、すごいから。そして、信じているから。


「主様。皆がいるのであれば、もう大丈夫です」


 キヤルがふわりと僕の前に飛び込んできて、傅く。


「貴方のメイドが、貴方の為に、完璧な夜会にしてみせます。なので、ご命令を、我が主様」


 自信に溢れたキヤルの素顔はやっぱり何も欠けた所がない今夜の満月のように完璧に美しくて、僕はただ彼女を信じるだけでいい。


「完璧な夜を頼むよ、イレド奴隷商が誇る万能女中奴隷」

「はい、主様の為に美しく完璧にこなしてみせましょう」


 いや、間違ってたな。

 キヤルの笑顔は月よりもずっと美しいや。

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