第26話 神クラスの奴隷商人なので万能女中奴隷を王宮夜会で売り込みます!

王宮夜会シンフォニウム?」

「ええ、この王国で行われている定期的なものなのですが」


 日雇いの奴隷教育(ヴィーナが紹介してくれた)を終えて帰ってきて食事をとっていた僕は、申し訳なさそうに話してきたキヤルに思わず聞き返した。


 勿論僕は知っている。


「えーなになにそれー? なんかえっちな行事ー?」


 ジェルが、僕の方を悪戯っぽく笑いながらニヤニヤ見てくるので、ちゃんとした説明をせねばなるまい。

 アクアとかが目を見開いちゃってるし。ほんとジェルの『教育』はほどほどにしてもらわないと。


「んん! シンフォニア王国では、月に一度行われる【王宮夜会シンフォニウム】という催しがあって、王族が有力貴族を呼び集め、ダンスや食事で交流するんだよ」

「ふーん、それってえっちなの?」

「えっちじゃないよ」


 ちゃんと訂正しないとね。

 ちょっとアクアががっかりしてるけど。ジェル、君あんまりアクアに余計なことを教えないでよ。アクアも興味あるお年頃だろうし。


「月に一度の光の【鏡明】の日に行われるのよね。美の神に捧げる宴が元だろうけど、そもそも美の女神は……」


 アリエラがぶつぶつと誰に言ったわけでもなく独り言をつぶやく。


「あの、光のキョウメイってなんですか?」


 アクアが質問してくる。うんうん、なんにでも興味を持つのはいいことだね、えっちなこと以外は。

 すると、ビスチェが魚の下半身を雲でふわふわ浮かせながら霧の幻術を使って視覚化して説明してくれる。


「この王国にはね~、三女神、日の女神、知の女神、そして、美の女神に合わせた三つのキョウメイの日があるの~。一つは、日の女神の命の【饗命】の日。そして、知の女神の言葉の【響鳴】の日。最後に、美の女神の光の【鏡明】の日~」


 霧に三人の女神と、日の女神の赤月、知の女神の青月、美の女神の黄月が映し出される。


「この三つの月は毎月同じ動きをしてるんだけど、月に一度だけそれぞれ一つだけが空に浮かぶ日があるの~。それがキョウメイの日。その日は女神さまが独りぼっちになっちゃうから、人間が寂しくないようにしてあげようって宴を開くのがならわしなのよ」


 女神と月と人を上手く描写しながら、ビスチェがアクアに説明してくれている。


「そして、その宴がそれぞれ形を変えたのだけど、美の女神の宴は王族の夜会、【王宮夜会シンフォニウム】になってるの~」

「ほえ~、なるほど~、勉強になりました!」


 アクアは教えてもらったことを頭に刻もうとぶつぶつと復唱しながら覚えている。

 うん、知識ある奴隷も価値があがるからね、えらいよ、アクア。

 それにしても、


「霧の幻術を使った説明は、分かりやすいね。ビスチェはやっぱりすごいなあ」

「ん~? うふ、うふふ~そう~?」


 ビスチェが顔を真っ赤にして喜んでいる。けど、じゅわーって音がして、下半身を包む雲が薄くなってる気がする。


「ビスチェ君、水を飲んだ方がいい。水分がどんどん抜けていってる。また干し魚みたいになるぞ」

「その話はやめて~!」


 ビスチェが一気に顔を青くして、注意してきたスコルに向かって叫ぶ。

 スコルは頬杖をついて、魔力の刃で肉を切り分けながら笑っている。

 そういえば、干し魚事件の時は大変だったな……。


「もぐもぐ……人魚のミイラか……売れるかも、しれんな。はぐっ……ちょっと、ビスチェ、いっちょやってみてくれん? んぐ」

「その場合、わたし死んじゃってるんですけど~!」

「人魚の肉は食べたら不老不死というし、食べてからならば腕の一本くらい平気じゃないか? 肉の切り分けは私がやろう」

「共食いどころか、自分で自分を食べちゃってるじゃないのよ~! もう~!」


 ティアラが話に乗ってきて、スコルとビスチェ三人でわいわいがやがやし始めた所で。


 りーんという音が響く。これは『静かに』の音。


 静まり返る食卓。


 音を鳴らしたキヤルが三人をゆっくり丁寧に見回しながら口を開く。


「スコル様、お行儀が悪いので、頬杖はやめてください。あと、肉もナイフとフォークで切り分けてください」

「分かった、よ。ま、まあ、私は、魔力の刃の方が切りやすいんだけどね」

「では、是非お料理を手伝ってください。もう嫌だという位いっぱい切らせて差し上げますよ?」

「い、いや、遠慮しておこう。キヤルの邪魔はしたくない」


 スコルはいつもの自信満々な態度が消え失せ苦笑いを浮かべている。


「ティアラ様、食べながらお話はしないでくださいと言いましたよね?」

「いや、でも、今の会話は絶妙な軽快なテンポで楽しい会話やんか……」

「口の中から零れた食材、ティアラ様なら勿体ないと思って下さいますよね?」

「すんませんしたー! ウチがまちがっとりましたー!」


 ティアラは、丁寧に席を立ち、直角に身体を折り曲げ、キヤルに頭を下げる。


「ビスチェ様、あなたが縦横無尽に飛び回って騒いだせいで、色んな所が濡れてしまったんですが」

「あら~、あの~、その~、ま~、なんでしょ~あたしは~」

「ひとまず、壺椅子に座って、ゆっくりお食事をしてください。掃除は私がしておきますので」

「ごめんなさ~い」


 ビスチェが泣きながらゆっくりとビスチェ専用の壺椅子に人魚の尾をつけ、ごはんを食べ始める。


 食事の場では、キヤルが最強だ。

 誰も逆らえない。


 ヴィーナもっていうか、ヴィーナは一切マナー違反をせず黙々と僕を見ながら食べているから何も言われないだけだけど。


 リオはこの緊張感に当てられて、マナー違反に何かなってないか怯えながら食べ始めたし、アリエラもさっきまで呟いていた独り言を止めた。

 あとの面々は、物静かな方だし、ジェルはいつの間にか消えた。


 とはいえ、キヤルはそこまでマナーに厳しいわけではない。

 ただ、異常なまでに。


「主様に美味しく食事を食べて頂く為に、邪魔しないように」

「「「はい」」」


 食事の場に命を懸けているのだ。

 いや、キヤルは本当に全ての家の仕事に命を懸けてくれている。

 主様の為にと言って完璧な仕事をこなしている。

 最高の女中だ。


「いつもありがとうね、キヤル」


 僕がキヤルに感謝の言葉をかけると、キヤルは急に挙動不審になって、


「え? あ、は、はい! キヤルは主様にご奉仕することが喜びですので、主様にそう言って頂けて、ますます仕事に身が入ります! 人生、生涯、命、全てを懸けてこの家を守ってみせます!」


 重い。

 そんなに重く考えなくていいんだけど、キヤルは家で何かあったら、首を吊るんじゃないかってくらいの勢いで家の事を考えてる。

 もっと、気楽でいいんだけど。


「え、えーと……で、王宮夜会がなんだったっけ?」

「あ、そうでした。あの、それに、私も参加してもらえないかと言われまして……」


 キヤルはウチの万能女中だ。

 掃除、洗濯、料理等生活面ではほとんど彼女がしてくれている。

 そして、マナーなども完璧なので、どこかから女中教育のお願いも来ているらしく、


『大したところではないので、あまり稼げませんが』


 と言いつつ、ウチの仕事の合間に出稼ぎまでしてくれている。

 恐らく、それが偶然お城の人の耳に入って、運良く伝わっていったのだろう。

 なるほど、王宮で手伝って欲しいというわけか!


 これは……キヤルを売り込むチャンスじゃないか!


「やったね! キヤル! がんばろうよ!」

「……は、はい! 主様が、そう、仰るなら……」

「でも、僕はそこには行けないよねえ……キヤルの頑張っている姿見たかったけど」

「え? あ、でも、あの、聞いてみます! ……あ、でも、私は、出来るだけ人目につかないようにお仕事をするつもりですので」


 キヤルは少し申し訳なさそうに声のトーンを落とす。


「そうなの?」

「ええ、あまり皆様の視界に入るわけにはいきませんから……出来るだけ、顔を見えないよう髪で隠して、お化粧もしっかりして」


 王宮夜会のメイドにそんなルールあっただろうか。


「キヤルは火傷跡を気にしているようでして……」

「ああ……」


 キヤルは以前働いていた屋敷で火事が起き、全身大やけどをし、捨てられたらしい。

 幸い、髪の毛は生えてきたが顔まで火傷跡があり、キヤルはそれを気にして全身に包帯を巻いている。


「今回は王宮夜会ですから、包帯姿の女中よりも化粧で真っ白な方が不快にならないと思いますので……」

「そっか。でも、僕は一度もキヤルの包帯姿に不快になったことはないんだけど」

「ぴ!」


 ぴ?


「ぴー……!」


 見ると、キヤルが頭から湯気を出していた。


 ビスチェは気分によって身体の周りに張っている水が氷ったり蒸発したりするのだけど、キヤルは火傷によって興奮したりすると急激に熱くなって湯気が出てくる。


 ていうか、何に興奮したの!?


「はっはっは! キヤル君もビスチェみたいにカラカラになってしまうぞ!」

「キ、キヤルちゃん! お水飲んで! お水! あたしの魔力が入ってるから美味しいよ!」

「キヤル~、落ち着け~。冷酷医者はあんなやけど、ウチらはキヤルの事、心配しとるからな~」

「な! う、裏切り者! ひ、卑怯だぞ! 君達!」

「食事の場では、お静かに。……いえ、ありがとうございます。というべきでしょうか。びっくりするくらい落ち着けました」


 キヤルが静かな殺気を飛ばすと、みんな穏やかな口調で穏やかな微笑みを浮かべながら穏やかに食べ始めた。


 それにしても、王宮夜会か……。


 正直貴族たちが互いに腹を探り合う場という印象だったから僕はあまり好きじゃなかったけど、少しでも、キヤルのアピールの場になって、高く買いたいという人が現れればいいなあ。


 そう思ってキヤルの方を見ると、包帯だらけの最高の女中は、色々と注意しながら、料理の追加や、お皿の片づけ、全てを完璧にこなしてくれていた。


 うん、今度こそ。ちゃんと買って貰えるようにがんばろう!

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