第12話 神クラスの奴隷商人の奴隷達なのでご主人様の敵は潰します。
【ヴィーナ視点】
「すぅ……すぅ……」
私は、机で奴隷の育成計画を立てたまま眠ってしまったイレド様を抱きしめながら多幸感に襲われていた。
「すぅーはぁー」
「ヴィーナ様……ズルいです……」
傍らで、キヤルが恨めしそうに私を見ている。だけど、これだけは譲らない。
イレド様の一番臭は私のものだ。
イレド様の匂いを嗅ぐと、私はいつだって思い出す。
あの出会いの日を。
右足も失い、心も体もボロボロで死にかけていた私をイレド様は、抱きしめ治療魔法をかけながら、ずっと励ましてくれた。
その時の、匂い、温もり、景色、全て、絶対に私は忘れない。
あの日、イレド様の奴隷になったあの日の事を。絶対に。
そして、あの日誓ったことも。
「さて、では、私は行きます。キヤル、イレド様のお世話任せましたよ」
「はい、ヴィーナ様に命じられた
キヤルは、本当に良くやってくれている。
家の事はほとんどキヤルに任せているが、どれもカンペキな仕事っぷりだ。
屋敷内に侵入者が万が一やってきたとしても、すぐに『掃除』してくれるでしょう。
「そういえば、また、王城からキヤルに女中教育のお願いが来ていましたよ」
「またですか……イレド様の家を預かる身としては片時も離れたくはないのですが……まあ、アクアさんも育ってきましたし、恩を売っておくのも必要ですね。また、調整しておきます」
キヤルは、ため息交じりにそんな事を言う。
イレド様の前では、緊張で震えているこの子が、王族に対して何の感情も抱かないのは少し面白い。
「スコル……イレド様の毎日の健康診断、このあとお願いしますね」
私がそう言うと、扉が開き、スコルがやってくる。
「ああ、君に命じられた
「お願いしますね」
二人にイレド様を任せ、外出の準備を始める。
すると、ティアラさんがやってきます。
「よお、ヴィーナ。お出かけかいな?」
「ええ、どうやら、ギルドがお仕事出来ていないようなので、少し注意してこようかと」
「なんやて……? 旦那にバレたんか?」
「いえ、まだ大丈夫のはずです。ですが、今後またこのような事があれば……」
「潰すか」
「ええ、まあ、一先ずティアラさんは、このまま裏で商業ギルドを牛耳って頂ければ」
ティアラさんは、腰に差していたソロバンというものをシャカシャカ鳴らしながら笑って、
「まかせとき。旦那の
「お願いしますね。ああ、そうそう。これをティアラさんにお売りしようかと」
「……! こ、これは……まさか、旦那の、し、し、下着……? お前、どえらいもん出してきよったな……!」
「どうしますか……?」
金の天才である彼女もイレド様については馬鹿になる。
イレド様の下着を前に、彼女は金貨袋を差し出し、
「ええい! もってけドロボー! まあ、どうせ、あんたの事や。全部ご主人の為に使うやろうし」
その通り。私も馬鹿だ。イレド様馬鹿。
このお金でイレド様の生活を完璧に彩ってみせよう。
ステキな商談を終え、私は、冒険者ギルドに向かう。
そこでは、あのスレイが、奴隷達を足蹴にしながら、酒を呑み、悪態を吐いていた。
「くそ! なんだ! あの店は! ふざけやがって……! ん? お前は……? も、もしかして……俺の奴隷になりに」
バカが何か言ってます。あなたの奴隷なんて死んでもごめんです。
私はその声を無視して受付へと向かう。受付は私に気付き直立不動で待ち構えていた。
「ギルドマスターを呼びなさい。一分以内に来ないと潰す。そう伝えなさい」
「は?」
「は、ははぁあ!」
スレイとやらの間抜け声があげるよりも早く、受付が慌てて奥へと駆けて行く。
そして、ギルドマスターがやってくる。四十二秒。命拾いしましたね。
「こ、こ、これはどうされました……ブライ……」
「ギルドマスター、契約は覚えていますね?」
「は、はい! それはもう!」
「言いなさい、今ここではっきりと皆に聞こえるように」
私が圧をかけて睨みつけると、ギルドマスターは慌てて姿勢を正し叫ぶ。
「冒険者ギルドは、イレド奴隷商に不埒な輩が来ないよう、常時冒険者を警備に当たらせること! また、イレド奴隷商様の心的負荷をかけないよう決してイレド奴隷商の奴隷様達の仕事は口外しない事!」
「はぁああああああああ!?」
冒険者ギルドのイレド奴隷商に対する特別扱いにゴミクズスレイが驚いています。
冒険者ギルドのギルド長は恐る恐るこちらを窺っていますね。
「良く言えました。ですが、ここのゴミクズ冒険者が、イレド様にまた暴言を吐きました。これについてはどうお考えですか?」
「ゴミッ……!」
ゴミが何か言っていますが、無視します。
「も、申し訳ありません! 冒険者には登録の際には、必ず説明しているのですが、しっかり聞いていなかったのかと……それに、スレイ様は、貴族の出身ですので……」
「関係ありますか?」
全くないはずだ。そもそも貴族程度の地位で、神であるイレド様に逆らうのがそもそもおかしい。なのに、何故この馬鹿は言いよどんでいるのでしょうか。
「いえ、その……!」
「分かりました。見せしめも必要でしょう。このゴミクズの家を潰します。調べたところ、碌な家でもないようですし」
「おいおいおい、随分な言い草だな、奴隷女!」
ゴミクズが、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいます。
不正の塊のゴミクズ貴族の家のゴミクズが何を言ってるんだか。
「何か?」
「何か、じゃねえ! さっきからゴミクズゴミクズと! なんて言い草だ! どうやら、立場の違いってのを分からせてやる必要があるようだなああ!」
だから貴族は嫌いです。
身分の違いを絶対だと思っている。奴隷には何をしてもいいと思っている。
あの方とは全然違う。奴隷をちゃんと人として見て下さるあの方とは。
そして、私にとって立場の違いは三つだ。
神であるあの方と、私達あの方の奴隷、そして、それ以外。
『それ以外』の中でも最底辺のゴミクズは、自身の奴隷兵団に命じ私を囲み、襲わせてきます。
何も学習してないのですね、ウチのアクアとは大違い。
「やってしまっていなさい、忠実なるイレド様の奴隷達」
「「「「「はい」」」」」
剣の一振り。それで、私の目の前の敵共が吹っ飛んでいきます。
「
左の敵共は植物魔法によって拘束され動けなくなっていますね。
「
右の敵共は足や手を正確に射貫かれ戦闘不能に陥っています。素早く正確、いい仕事です。
エルフとはいえ、目が見えない状態で風魔法と聴覚だけで獲物を逃がさないのは天才と言えるでしょう。
「
背後の敵共は、武器を破壊され、戦意を失ったようですね。
流石、使い潰されボロボロにされながらも国崩しを行い、殺戮人形と呼ばれた古代兵器。
「
そして、あのゴミクズには、あの子が……。
「ひ、ひいいいいいいいいいい! な、なんなんだ、お前は!」
「あなたに覚えてもらえなくていい。わたしはあの人の心にさえいられればそれでいい……。
身体中に毒が回り、のたうち回るゴミクズ。素晴らしい。
イレド様にふさわしい、毒竜奴隷という存在の誕生です。
「さて。では、このゴミクズの家を潰しますか。ビスチェ」
私が声を掛けると、雲に乗った人魚がやってきます。
「はいは~い、
「ビスチェ、聞いていたとは思いますが、このゴミクズの家を潰してきなさい」
「はいは~い、じゃあ、水の球で文字通り潰してくるわね~」
そういって、ビスチェが雲を操り、空を飛んでいくと、十分後、大きな音と共に何かが崩れて行く音が聞こえます。まあ、最強の水魔法の使い手と呼ばれる彼女であればこのくらいは朝飯前でしょう。
「いいですね、ギルドマスター。これは見せしめです。イレド様に違和感を持たれぬ為の工作には、多少の事は目を瞑ります。ですが、度を越え、イレド様と私達の生活を侵すようなことがあれば……私達は、それを潰します。それが国であったとしても。必ず」
「は、はい! この度は誠に申し訳ありませんでした! 冒険者ギルド、商業ギルド、錬金術ギルド、皆々様のお陰で我々は生きていることを肝に銘じ、今後は絶対にこのような事はないよう致します!! イレド様の筆頭奴隷、
ギルドマスターの土下座、そして、周りの様子を確認し、私達は冒険者ギルドを後にします。
まあ、暫くはイレド様に何かしようという愚か者は現れないでしょう。
現れれば、潰す。
それだけですが。
「アクア、よく出来ました。これで貴方も立派なイレド奴隷衆の一人です」
「あ、ありがとうございます! ね、姉さま達を見習って、立派に勤めを果たして見せます!」
アクアは、瞳を潤ませながら両こぶしを握り決意を見せます。
そうですね、イレド様の奴隷になれたことを誇りに思って頑張ってください。
「ねーねー、ヴィーナ。ボクとアリエラは、力有り余ってるから、もう少し魔物狩ってくるよ。冒険者ギルドも弱っちい冒険者しかいないからさ。魔物が万が一にもご主人様襲わないように徹底的に潰しておくよ」
「分かりました。お願います」
冒険者ギルドでも最高ランクの彼女達ならあっという間でしょうし、危険は全て潰しておくに限る。
「ヴィーナ、さん。あの、冒険者ギルドには釘が刺せたけど」
「ええ、商業ギルドにはティアラさんから手を回して大金持って買いに来そうな商人は先に潰してもらいましょう。念のため、王にも伝えておきましょう。私達を買ってやろうなどという馬鹿な家臣は潰せと」
私がそう言うと、コクコクと頷いて、アリエラはリオの後を追っていきます。
「さて、ビスチェは先に屋敷に戻り、引き続き、水の衣で家を火事など災害から守り続けてください」
「は~い、じゃあ、先帰ってるね~」
自身の身体を浮かすほどの魔力雲を操りながらビスチェが帰っていきます。
「ラブ。イレド様に気付かれずに、屋敷の外壁にミスリルを混ぜ込む作業はどうなってますか?」
「……78パーセント程完了。三日以内には」
「その二日の間にイレド様に何かあったらどうします。ジェルの配下を使ってでも、急ぎなさい」
「了解。ジェルの死霊兵が使えるならば、今日中に完成させる、主の為に」
「私も、ジェル殿の配下を借りるとしよう。屋敷を守る罠のレベルを上げたい」
「ええ、お願いしますね。サジリー」
イレド様には、指一本触れさせない。私達以外の誰にも。絶対に。触れていいのは私達だけだ。
屋敷に戻ると、イレド様は目を覚ましたようで、再び、私達の将来の計画を練って下さっていた。
「あ! おかえり! ヴィーナ、どこかに行っていたの?」
「……ええ、金銭を調達してまいりました。これで暫くは大丈夫かと」
「そっかあ、よかったぁあ、ごめんね、いつもいつも」
「いえ、大丈夫ですとも。イレド様は、私達奴隷の事だけ考えて下さっていればいいのです」
そう。私達のことだけ。
そうすれば、私達が、貴方を一生養ってみせる。
何の苦労もなく、美味しいものを食べ、温かい寝床で、楽しく幸せに暮らせるように。私達が。
その為に、出来ることは全てやってきた。
「うん! 僕、頑張るよ! みんなが高く買ってもらえるように」
イレド様は、再び、私が用意してあげた最高級の紙に、私達の明るい未来を描いていく。
ああ、なんという幸せ……!
「イレド様、私達が『高く買って欲しい』のは、貴方様だけですよ」
何故、この方が『神クラス』の奴隷商人なのか。
決まっている。この方が、神だからだ。
私の神。
誰よりも奴隷に優しく、奴隷を愛して下さる。奴隷の神なのだ。
どこまでも高めてみせる。自分を。この方の一番お傍にいるために。
自身でつけた
そして、何もかも不自由なく、それでいて、私達から離れられないように尽くす。
「
私が呼ぶと、影から相変わらず不健康な白さの肌を持ったジェルが現れる。
「ふわ~い、なにカナ? ヴィーナ?」
「アクアの夜の技術は?」
「ああ……もうばっちりダヨ」
「よろしい。あと、ラブとサジリーに死霊兵アンデッドを貸してあげてください。イレド様の為です」
「それ言われちゃねえ。わかった。イレドちゃんの為に、貸しちゃうよ。パパにまたおねだりしよーっと」
死霊王が娘にアンデッドをおねだりされるとはシュールな絵ですね。
まあ、私としては夜、イレド様が寝ている間に働く人材が増えるので助かるだけですが。
「頑張りましょう。全てはご主人様の為に……」
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