第3話 神クラスの奴隷商人だから捨てられた奴隷を拾います!

「さてと……ごめんね、ヴィーナ」

「かまいませんよ、イレド様」


 濡れた布を持って来たヴィーナが僕の隣に立っている。


「また、苦労をかけるね」

「大丈夫ですよ、私がなんとかしてみせますから」


 奴隷が一人も売れない奴隷商人に収入などない。

 それを、ヴィーナを中心とした奴隷達が頑張って稼いできてくれている。

 ヴィーナは家計をやりくりして、なんとかウチがやっていけるようにしてくれているのだ。


 本当にヴィーナには頭が上がらない。


「イレド様は、奴隷の事だけ考えて下さればいいのです」


 これがヴィーナの口癖だった。

 神クラスの奴隷商人のギフトしか持たない僕に出来ることはそれだけ。


 だから、今も僕が出来ることは……


「さて、と……この子、どうしようか……」


 僕がそう呟くと女の子は身体をびくりと震わせる。

 ヴィーナはそんな彼女を落ち着かせるようにゆっくり身体を拭いてあげながら、彼女の身体を隅々までチェックをしていく。

 やはり、同じ奴隷の立場であるヴィーナなら多少は心許せるようでじっと見ながらも大人しく拭かれていた。


「痣も多いし、やせ細って……どうやら、奴隷兵団の扱いはどこも同じようなもののようですね」


 聞いたところによると、奴隷兵団は、大体、精鋭と使い捨てに分けられるらしい。

 精鋭は、高い能力を有し、奴隷にしては良い暮らし。

 そして、使い捨ては、罠の生贄や肉壁にされ、ひどい扱いをされるらしい。


 彼女は後者なのだろう。


「ですが、今、彼女が苦しんでいるのは……恐らく竜鱗病ですね」

「竜鱗病?」

「見ての通り、身体に竜の鱗のようなものが生える病なんですが、竜の鱗は生えてるだけで魔力を吸うので、持ち主の限界まで魔力を吸うのでしょう。それでここまでの状態になっているのではないかと」


 なるほど、彼女の身体は薄く緑に発光している。恐らくこれが魔力だろう。

 自然に魔力を持っていかれれば、当然弱る一方だ。


「さてと……じゃあ、なんとかしようか」

「この子を、助けて下さるのですね」

「え? うん、当たり前じゃない?」


 ヴィーナがまたおかしな事を言う。

 ここで預かって、助けないという選択肢なんてあるわけないじゃないか。


「ふふ……ええ、そうですね。失礼いたしました」


 ヴィーナが笑っている。本当におかしな奴隷だ。こういう所さえなければ売れると思うんだけどな。

 まあ、彼女が売れると困るのは僕だけど。

 僕は、くすくすと口元を隠しながら綺麗に笑い続けるヴィーナに首を傾げながら、女の子と向き合う。


 彼女のぼさぼさの髪の隙間から見える青色の瞳は悲しそうに揺れていた。


「安心して、絶対に君を元気に、そして、売れるような奴隷にしてみせる……」

「む、むり、だよ……」


 その時初めて彼女が口を開いた。


「アクア、は……病気だから……捨てられた……もう、誰も買ってくれない……」


 彼女の名はアクアと言うらしい。彼女の美しい瞳に良く似合った名前だ。


「違うよ、アクア。それをなんとかするのが僕の、奴隷商人の役目なんだ。僕のスキルならできるはずだから……」

「でも……」

「それにね、君は可愛らしい女の子なんだからもっと自信を持っていいんだよ?」

「かわ……!?」


 真っ赤になった顔を隠すように膝を立てて俯くアクア。

 普通にアクアはかわいいと思う。そのかわいさは鱗なんかでは消せないくらいに。

 まあ、鱗は鱗でかわいいと思うし。


「おっほん! イレド様、出会って早々口説くなんていい度胸をしていますね」

「い、いや、そんなつもりは……」


 ヴィーナがジト目でこちらを見てくる。そんなに怒らなくても……。

 それに、こういう状況の奴隷に一番必要なのは、生きる希望と自分を認めることだ。

 ヴィーナの時だって、僕はいっぱい褒めてあげたのにな……。


「おほん! それより早く『視て』差し上げて下さい」


 ヴィーナに急かされながら、僕は顔を真っ赤にしているアクアの顔を覗き込む。


「ひゃっ!? あ、あの……あまり見ないで……気持ち悪いでしょ?」

「そんなことないよ。すっごくかわいい」

「かわわわ」

「おっほん!」


 ヴィーナさん、咳払い三度目。

 彼女的には僕が奴隷に手を出すんじゃないかと心配しているんだろう。お手付きになれば、それだけで価格は下がる。

 けど、僕は本人が望まない限りそんなことさせるつもりないんだけどなあ。


「必ず、君をもっとかわいくて素敵で立派な奴隷にしてみせる」


 初めてアクアと目が合った時、彼女の瞳は僕にそっくりだった。

 恐怖や怯え、絶望……でも、捨てきれない希望と、悔しさ。

 だから、大丈夫。

 僕は、君を助けて見せる。

 そう伝わるように、僕は目で彼女に訴えかける。


「あ、あにょ……! そんなにすごく見つめられたら、あちゅい、あついです……!」


 あれ? アクアが目を回し始めてる?


「おっほん! おっほん! おっほん! おっほん!」


 ヴィーナの連続咳払い。

 だから、手は出さないって! いや、手は差し伸べるけれど!

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