第7話 1ー紅時5 血豆
若紫は毎朝寝る間を惜しんで、花魁下駄の練習をした。女郎は朝しか寝る時間がないので、練習として使う廊下を一階に移し、楼主が前に着いての練習である。
誰も文句を言える状況ではなかった。
「ねえさん。そろそろ、あさげの仕度が終わる時間です。」
「そうだね。止めようか……。」
「今晩もおおきに。」
楼主が若紫の手をゆっくりと下ろし、音もなく去って行く。紅時が若紫のぐらつく膝を抑え、小さな肩に若紫がしがみ付いた。
「あんた達、真面目すぎだよ。まあ、分かっててもやり通さないと腹が立つのは分かるよ。」
末摘花が若紫の肢体を支え、花魁下駄から降ろす。床に横たわった若紫の寝息が聞こえる。
「昨日も伊勢の旦那さん顔見せだけで帰ったのだろ……。」
夕顔が敷かれた呉座を巻いている。紅時が紐を渡し、反対側から巻いて行く。
「おかあさんは、伊勢様に水あげされても可笑しくないって……。ねえさん。伊勢の旦那さんに御願いすれば良いのに……。」
紅時が悲しい顔をした。末摘花と夕顔は顔を見合わせた。
「水あげを勧めろと……。花魁道中を中止しろと……。どちらも無理さね。」
「何故……。」
末摘花が鼻で笑った。夕顔は又、呉座を巻始めた。
「紅時が禿だからさ。紫は自分だけ抜け出そうとしないんだよ。」
「何故……。」
紅時は泣きそうになっている。
「若紫の名前の由来は知ってるだろ……。公家で流行った昔話さ。飛び抜けて美人だった若紫が、おかかさんに見初められた。公家の出だったから、皮肉だよな。公家の紅時も『薫』って付けようとしたのさ。」
「ねえさんが怒ってね。歳近い私は同じ時期に売られて来たから、夕顔って付けられた。部屋子の若紫ねえさんの性格だったから分かるよ。紅時は名を変えるのをやがっただろ。妹分の紅時を困らせる事だけはしたくないって……。あんたは特別可愛がられて居るんだよ。公家から出された紅時を本当の妹だと思ってるのだろうね。」
「一人で生きるには、此の世は辛いからね。紫は紅時を甘やかす事で女郎として生きてるのさね。」
夕顔が呉座を巻き終えると、紅時が花魁下駄を持った。
「女郎は泣かないで耐えるんだよ。泣いたって腹が空くだけさね。」
紅時が頷いた。
末摘花が若紫を抱き上げて二階に上がる。抱き抱えられた彼女の足に血豆が出来て潰れている。
彼女の小さな誉れの為に出来た物だった。
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