第2話

 玄関と小さなキッチンに続いて8畳ほどの洋室という、ごく普通の洋室の1Kだ。

 といっても物は、ほとんどない。


 ノートPCが置かれている小さな文机に、パイプベッド、そしてハンガーラックには似たような絶望的に残念な服がかかっていた。さっき通り過ぎたキッチンにも、物はほとんどなかったはずだ。本棚にはチラっと目を走らせただけだが、何か妖怪の図鑑のようなマニアックな本ばかりが並んでいた。

 

 六地蔵は文机の前に座り、真木に座布団をすべらせるように差し出した。また妖怪のようなものが描かれている。一体こんな座布団どこに売ってるんだろう……と真木が思っていると「座ってほしいのですね」と声をかけられ、慌てて礼を言って座った。


 しかし六地蔵は真木に見向きもせず、PCに目をやっている。

 その横顔は何かに似ていたが、何なのかは思いつかなかった。

 今日、この時間に真木があいさつにうかがう事はわかっているはずだが……。

 おそるおそる「執筆中でしたでしょうか……」と声をかけた。


「いや……ファンがくれたコメントに返答していたのですね。大量にありますもので……」

「お忙しい時に申し訳ありません。どうしてもこれから担当させていただくにあたり、直接ご挨拶させていただきたくて無理を申しました」


「まあ構わないのですね。私はいつもPCに向かってるので、それは気にしてほしくないのですね」

 

 真木は「ありがとうございます。やはりファンが待っているという想いに急かされるようなところがあるんでしょうか」と訊いた。


 「それは……やはり、ありますですね……」

 今日の段取りを電話で話した時から感じていたが、奇妙な話し方をする。たしか以前見たテレビ番組でも、鉄道オタクがこんな話し方をしていた。

 

 そして彼は、決して真木と目を合わそうとしない。

 真木を見ないままに言う。

「趣味で書いていただけなのですが、知らないうちにファンが爆発的に増えてしまいまして……。自分の好きに書く、自分の好きを詰め込む、これが秘訣なのですね」


「なるほど。多くの場合そういう書き方だと独りよがりになってしまうと思うのですが、六地蔵さんの技術や経験がそれを回避してるという事でしょうか」


 六地蔵の貧相な横顔に一瞬、ひきつれのようなものが走った。


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