第6話 終わりのない始まり
試験が終わり、参加者が続々と試験会場から出ていく。燈矢は会場の出口から近く、そのまま会場の外に向かう。
「よっ、お疲れ」
試験会場の外に向かい歩いていると、真司が後ろから声をかけてきた。当然と言うべきか、汗を多くかいている。
「ああ、お疲れ。……受かったんだよな?」
「もちろん!」
燈矢の問いに当然と真司は答える。
「そうか、それならよかった」
「……なぁ、顔どうしたんだ?」
「え?」
「血が出てるよ。大丈夫? 怪我した?」
「ああいや、ちょっとな。気にしなくていいよ」
「そっか? まぁ大丈夫ならいいや」
試験会場から出ると、一人の女性が立っている。黒髪に茶色の瞳の女性だ。
「合格者の皆さん、お疲れ様です。どうぞ、こちらへ」
女性が誘導し、一つの部屋に案内された。試験前に入った部屋よりも大きく、食べ物や飲み物が用意されている。種類が豊富で、様々な人の好みを想定しているようだ。
「皆さんはこちらで休んでいただいて構いません」
多かれ少なかれ、ほとんどの参加者は疲れているだろう。運動をして、疲れたようなものである。燈矢も椅子に座って小さくため息を吐く。
「それから、皆さんは今より、十級退魔士として任命されました。皆さんの情報はすでに登録されています」
「十級……?」
真司が声をこぼすと、女性がそれに気付く。
「退魔士は階級制です。任務の危険度が高いほど与えられる俸給は多くなります。退魔士の俸給は、最終的な任務の結果で決まりますが、危険度の高い任務に自主的に参加するにはより高い階級になる必要があります」
「な、なるほど?」
「基本的に一から十の階級で括られます。一級に近いほど優秀な退魔士ということです。そして、規格外の実力を持った退魔士だけがその上の階級……『超級退魔士』の称号が与えられます」
女性は丁寧に説明した。燈矢にとっては全て知っている情報だ。というより参加者は基本的に知っているはずの内容だ。
退魔士というのは退魔会という組織の一部であり、個人で活動するものではない。戦う者、情報を得るもの、事後処理をするもの、全てを引っ括めて退魔会という組織である。
組織に入らず、魔族と戦う人達は魔族狩りと呼ばれる。彼らは時には独りで活動し、時には団体で活動する。あるいは団体を作っていることもある。
「成人している方はこのあとすぐ、出ていってもらって構いません。後日、連絡が行きますので本格的に活動が始まるのはそれからです。未成年の方は対応する学年の入学手続きを行います。二時間後、ここに集合していてください」
十五歳以上であれば、誰でも退魔士の試験を受けることができる。そのうち、未成年は自分が試験を行った会場の学校に入学することになる。とはいっても、一般の学生と一緒のクラスに入るというわけではない。クラスは分けられる。同じ学校に在学するというだけだ。退魔士の試験が、学校で行われる理由の一つでもある。
「あ、失礼。怪我をした方はここで待機していてください。すぐ保険医を呼びますので」
それを聞いて燈矢は自分の頬に手を当てる。この試験に参加者を怪我させる意図は一切無かった。白髪の男が、試験内容を思いついた段階での想定では、怪我人が出ることさえ想定外だった。完璧な試験内容のつもりであった。
だが実際、燈矢の攻撃が真司に当たりそうになったり、燈矢が参加者の男に傷をつけられたりと欠陥だらけだった。
燈矢が頬に手を当てると、さっき触れたときよりは少ないが、手に血がついた。そういえばあの人はどうなったのかと、燈矢は気にかける。白髪の男の魔術らしきもので、動けなくなっていたのが、燈矢が最後に見た、男の状況だ。
「ん? どうかした?」
真司が燈矢に問う。
「いや、別に。疲れたなって感じてるだけだ」
燈矢が頬に怪我を負ったのが何故なのか、真司はよく知らない。燈矢は余計な心配はかける必要はないと考えた。
「ふーん?」
真司もそれ以上は聞いてこない。
「怪我……したのは……誰? 眠いから……早く部屋に……戻りたい」
燈矢と真司の会話が終わると、気怠げそうにした、紺色の髪の女性が部屋に入ってきた。ぼんやりとした表情で、とても眠そうにしている。
燈矢は自分から怪我したのは自分だと言いたくなかったが、彼女が本当に眠そうなので、手を挙げることにした。彼女は燈矢を一瞥すると、右手を出した。
「ん……動かないで……すぐ……終わるから」
そう言うと、彼女の手から魔力の光が出て、燈矢の頬の傷が塞がっている。
「傷は……治した。私の魔術は……あくまで傷を治す……だけだから……疲労とかは……回復しないから……それだけ……間違えないで」
「はい。ありがとうございます」
彼女の言う通り、戦った後の疲労が回復したような感覚は燈矢にはない。疲れは残っている。ただ、切り傷のヒリヒリした感覚は消えている。
「他は……いない? 私……優しくないから……自分で……怪我人を……探したり……しないから……本人が……言って」
「あ、あの、僕もお願いしていいですか?」
一人の男の子が声を張り上げた。思春期の男の子にしては、高めの声だ。燈矢より背丈が高く、青い髪をしている。彼は服の袖を捲り、腕の傷を見せた。おそらく、床か壁を擦ったのであろう。
「ん……どうぞ」
燈矢の時と同じように、手から魔力を出し、傷が塞がっていく。大きめの傷であったが、何事も無かったように。
「すいません、ありがとうございます」
「全く……守君……この試験に……私いらないって……言ってたのに……結局……仕事あった……あとで……高めの酒でも……買ってもらおう」
治療が終わると、彼女は独りでブツブツと小さく呟きながら、部屋から出ていった。
「おい……あとで……酒奢れ……高いやつ」
「ごめんごめんって先輩。奢る、奢るから許してよ。目が怖いって」
「むう……先輩呼びも……そろそろ……直してって……言ってるのに」
「あ、あーそういえばー。まあまあ、酒はちゃんと奢っから」
「このバカ……はあ……眠い……早く……寝よう」
出ていってすぐに、外から男女の声が聞こえてくる。今出ていった女性と、もう一人は試験の間に聞こえてきた男の声だ。
二人の会話が終わると、男の方が部屋に入ってきた。
その男は白い髪をしていて、空色の瞳を持っている。試験中、唐突に会場の上に立っていた男だ。
「やあやあ、合格した二十七名の皆さん。お疲れっしたー。ども、今回の試験を企画した
彼……神廻守は軽い口調で、名前を明かした。その軽薄そうな振る舞いとは裏腹に、その場にいた人達を軽く戦慄させた。
なぜなら、間近で見る彼からは途方もない強者のオーラが出ているからだ。ある物事に対する素人が達人を見たところで、何がすごいのかを理解するのは困難なことだ。だが、ある程度の技量、知識があれば何がすごいのかを理解できる。
ここにいる者はある程度、強さを身に着けた者達だけだ。ゆえに、目の前にいる人物が強者だということがよくわかる。
強い。戦わなくてもわかるその強さ。神廻守はそれを感じさせた。
「そして、その二十七名の内、十八人はこれから、この中央退魔育成兼任高等学校に通うことになりますー、はい拍手! パチパチパチ!」
だが、その振る舞いはやはり、その感覚が間違いだったのかと思わせる、軽薄なものだ。その場にいたほとんどの人が、服装が整っているだけのチャラ男だと思っている。だがやはり、強者のオーラは消えない。
「チッ、うざってぇ。さっさと帰るか」
「俺も」
二十七人の内九人、成人している人達はすぐに出ていった。
「あー後から連絡来るからねー。無視しないでよー。……はあ、全くつれない人達だねぇ。うーん、おもしろくないな」
出ていく人を見つめ、守はやれやれという顔をする。
「まあいいか。とりあえず、ここにいる人はみんな四月からここに通うことになるから、よろしくー」
守は軽い口調で言葉を続ける。
しばらくすると、たくさんの封筒を持って女性が入ってきた。先程と同じ、黒髪に茶色の瞳の女性だ。
「こちらの封筒を持って、お帰り下さい。中の書類に記入をして、入学式のある、四月九日に持参してください。ところで……神廻さん?」
女性に呼ばれると守はギクッとなる。
「ああ……ええっとー」
「あのですね……これは本来あなたが持ってくるべきものなんですよ? 子供じゃないんですから真面目にやってください!」
「わかったわかったって」
グイグイくる女性に守は冷や汗を掻く。
「後輩のくせに……先輩と違って可愛げの欠片もねぇんだから」
「聞こえていますよ」
守は小声で言ったつもりだったが、どうやら聞こえていたらしい。
「うげっ!」
「はあ……。皆さん、お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません」
女性は丁寧に謝罪する。確かにいつもこの調子だと苦労するだろうなと燈矢は密かに同情した。
「えっと……じゃあまあ、俺からのありがたーいお言葉をお聞きくださーい」
悪びれる素振りもせず、守は口を出す。その様子に女性は頭を抱え、ため息を吐く。
「まあまず、ここにいる皆は多かれ少なかれ退魔士になる理由があると思うんだ。家族や恋人を殺されたのか、才能があったのか……まあ理由はそれぞれだと思うけど。
あんまり理由もなく退魔士になることなんてないはずなんだ。ようは、ここにいる皆は覚悟を持ってここに来たって俺は解釈してる」
場に居た者達は、空気が変わったことがわかる。先程までヘラヘラしていた彼の態度は真剣なものへと変わっている。
「だから、はっきり言うよ。俺たちの世代で魔族を全滅させる……なんてことは不可能だ。君達だって志半ばで朽ち果てるかもしれない。
退魔士の六割は任務中に死ぬって言われてる。常に死と隣り合わせの危険な職なんだ。俺もここの学校出身だけど、俺の同級生はいっぱい死んだ。そんなところさ、ここは。
退魔士は死ぬか、辞めるかしないと終わらない地獄さ。それでも俺がここまでやってこられたのは、仲間がいたからだ。だから、みんなにもここにいる仲間を大切にしてほしい」
今の言葉は神廻守の純粋な願いだ。それは、彼が退魔士として歩んで来たからこそである。
「よし! それじゃあ今日は解散! ああ封筒は持って行ってねー」
守はすぐにおちゃらけた雰囲気に戻った。
あんな言葉か出てくるくらいだ。彼にもそれなりの過去があるだろうに、それを感じさせない明るい雰囲気。
家族を殺されてから燈矢は、自分の性格が変わったように思っている。家族を殺されたのはもう随分前のことだ。だから、子供であった燈矢が幸せなまま、成長していたらどうなったいたのかを考えるのは容易ではない。それでも燈矢は考えずにはいられなかった。たとえ一時でも、本当でなかったとしても、夢であっても、幸せに溺れていたいと思うから。
封筒を手に取り、燈矢は部屋から外に出ていく。
ここまで来たからにはもう戻れない。終わりの見えない、戦いの始まりだ。
「じゃあな」
「おう、またな!」
少ない言葉で、挨拶を交わし、燈矢と真司もそれぞれ歩み始めていく。
_____________________
家にはもうしばらく戻らないものだと、考えていた燈矢は今朝、惣一達に盛大な別れの挨拶をして出ていった。だが、その日の昼には戻ることになり、燈矢は恥ずかしさで頭がいっぱいになる。
合わせる顔がないと思いつつも、他に帰る場所なんてないため、戻るしかない。
頭で色々と考えている内に家の前についてしまった。腹を括って、燈矢は家の扉を開ける。中からはパチパチという心地の良い音が聞こえてくる。惣一が居るということだ。
「なぁにビビってるんだ? さっさと入ってこいよ。とっくにバレバレなんだぞ」
燈矢は頭を抱えてため息を吐く。堂々としていたほうが、マシだったなと思いながら、部屋に入る。惣一は燈矢の方を向いておらず、焚き火に目を向けている。
「何だ? バツが悪そうに。ここはお前の家でもあるんだから好きに出入りしていいんだぞ?」
「……」
「試験は? どうだったんだ?」
「……無事に合格……したよ」
「……」
惣一は言葉を続けない。少しの間、沈黙が続いた後、惣一が燈矢の方に振り向く。
「……おめでとさん」
一言そういう師匠に対し、燈矢は彼の不器用さを感じた。
創滅滅戦 白銀優真 @ultra1225
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