第5話 第三ウェーブ攻略

 鯨のような敵は、未だその場からの動きを見せない。絶え間なく攻撃を浴びせられているものの、消えるような気配はない。

 燈矢と真司は来た道を戻り、一直線に戻るのではなく周りを走りながら少しずつ近づいていく。


「はあっ!」


 かなりの魔力を込めた斬撃を燈矢は放つ。他の参加者に当たりそうになればあの人が止めてくれるだろうと確信しているため、躊躇いなく攻撃できる。


「ゴォォォォォォォ!!」


 全く効いている様子はない。そもそも体力という概念があるのかすらわからない。一応倒せれば、その時点で試験は終わると聞いていた燈矢は希望を抱いて攻撃を繰り返す。

 もしも本当に体力という概念が無いのなら、攻撃は無意味に等しく、さっきの場で大人しくしているのが正しいであろう。それでも燈矢はもう逃げないと決めた。そして真司もそんな燈矢や他の参加者を助けると決めたのだ。


「あまり近づきたくはないな……あれを食らうのはまずい」


「行くしかないでしょ! 残念なことに俺は殴る蹴るしかできないからさ」


「もう止めないよ。……けど、気をつけろよ」


「ああ、心配すんなって」


 二人は拳を合わせる。すると真司は鯨のような敵に向かって一直線で走る。魔力で身体能力を向上させ、すぐに近くまでやってきた。体内での魔力の操作に関しては、真司は燈矢以上に上手く出来ている。


 相手が叫び声を上げるが、それよりも先に真司が高く跳ぶ。しかし、それでも攻撃の範囲内とみなされたのか、真司のゲージが減少してしまった。が、それを気にも止めず高く跳び上がった真司が蹴りを食らわせようとする。そのまま蹴りを入れようとするが、怪物の中に入っていってしまった。


「あ、あれ?」


 外から見ると真司のことはしっかりと目視できる。そこで真司は思い出した。そう、この敵に実体はない。実体のないものに、人が触れることはできない。つまり、怪物の中に入ることも、外に出ることも自由自在だ。


「だったら体内で暴れてやらぁ!」


 真司は中に入ったまま殴ったり蹴ったりするような動きをする。外から見れば、一人で動いてだけに見えるが真司には考えがあった。



「内側にはお前も攻撃できないだろ! 俺は中からお前を叩く!」



_____________________




 一方で燈矢は中距離から魔力の斬撃を浴びせる。移動しながらであり、何人かの参加者が見えてきた。その中の一人が剣を上に掲げている。剣には大量の魔力が込められている。


「もう少しだ……もう少しで……」


 その男のゲージは半分をとっくに切っている。だが、それを気にも止めずに剣に魔力を溜めている。


「ゴォォォォォォォ!!」


 再び咆哮が上がる。あれを喰らえば男は脱落になる可能性もある。


「溜まった……溜まったぞ!」


 男はどうやら十分な魔力が溜まったようで剣を振るおうとするが……


「くたば……」


「邪魔だ」


 男の声を遮るように別の男の声が聞こえる。そして後ろから男を蹴り飛ばし、男が怪物の正面に立つ形になる。そのまま咆哮を正面から浴び、ゲージがゼロになる。


 男が蹴られた方を向くとそこには紫の髪をしたツーブロックの男がいた。紫の髪の男は何食わぬ顔をして男を見ている。



「おっ……まえ! 何をする?!」


「ふん、側にいたお前が悪い」


「ふざけるなよ貴様ァァァ!!」


 怒号が響く。当然だろう。自らを盾にされてそのまま脱落となったのだから。


「俺は退魔士の名門家の出自だそ!」


 男の声には誰が聞いてもわかるであろう怒りがにじみ出ている。だがそれを受ける紫の髪の男は


「くだらないな、実力があれば逆に俺を盾にすることもできたはずだ。それができていないのはお前が俺よりも弱いからだ」


 紫の髪の男が、男を侮辱するかのように言い放つ。


「そもそもそんなに溜めに時間がかかる技を実戦で使うつもりか? よっぽど死にたいらしいな」


「貴様いい加減に……」


 目の前に剣先を向ける。


「さっさと消えろ、邪魔だ。お前はもう脱落したんだ」


 見下したような、軽蔑しているような目を向けて、紫の髪の男は言い放つ。


「うぁぁぁぁぁぁ!!! 許さん! 絶ッ対に許さんぞ! 虫ケラが!」


 絶叫し、感情のままに男が剣を振る。紫の髪の男は男の感情的な剣を躱す。怒りのままに振るわれる剣はもはや剣撃と言えるものではない。速さも、流麗さも、一切感じられない。


「お前ごときにかまっている暇はない。これ以上やるなら俺も手を出すぞ」


「うるぅぅぅぅああ!!」


 手を出していない今のうちにやめておけと紫の髪の男は忠告している。だが、男にはもはやその声は届いていないだろう。

 男が振り回す剣を燈矢が受け止める。


「落ち着け!」


「うぅぅああ!!!」


 なりふり構わず剣を振り回す男の剣を受け止める燈矢だが、暴れる剣が頬にかすってしまった。

 それでも尚剣を振り続ける男だったが、突如倒れた。何かの重りを乗せられているようで、身動きが取れていない。


「うぐぅ!」


「ふん、くだらない」


「はい、ストップストップ」


「なっ……」


 目の前には、突然白髪の男が現れた。


「大切な参加者に傷をつけてもらっては困るね。悪いけど試験が終わるまでこのままにさせてもらうよ」


 それだけ言うと白髪の男は燈矢の方を向く。近くで見るととても整った容姿であるのがわかる。


「えっーと……大丈夫ー? 血、出てるけど」


 白髪の男は、少し心配そうに燈矢に聞く。言われて燈矢が右頬に触れると、手に血がついた。


「大丈夫……です」


 燈矢は特に強い痛みを感じてはいない。かすり傷程度だ。


「ならよかった。それじゃあ今言った通り、試験が終わるまではここに留めておくから、安心して試験に望んでくれていいからね」


 それだけ言うと白髪の男はさっと消えた。いつの間にか、紫の髪の男も消えていた。


「ゴォォォォォォォ!!」


 鯨のような怪物の咆哮に、はっとした燈矢は怪物から距離を取る。幸い、ゲージが減ることはなかった。その時、怪物の方を見ると中が透けて真司が見える。


「あっ……何、やってんだ……?」


 独りでに殴ったり蹴ったりするような動きを見せる真司に、燈矢は困惑する。

 燈矢は魔力の斬撃が、真司の方に飛んでいかないよう、配慮して斬撃を飛ばす。

 そうした状況が続く中、


「もういいでしょ? 終わらせて」


 燈矢の耳が、一人の女の子の声を聞き取った。

 そして次の瞬間、大量の魔力を帯びた刃が走る。燈矢が横を向くと、長い白髪を下ろした桃色の瞳の女の子が剣を振るっていた。 

 二撃、三撃と少女が振るった剣に燈矢は少しだけ戦慄する。燈矢も何年も剣を振るった過去があるが、全力で振るったとしても、あの少女が今、繰り出している剣よりも高い威力の剣を振るえる実力は今の燈矢にはない。

 さらに言えば、燈矢は彼女が周りに配慮しているのがわかる。そして、全力の一撃ではないことも。剣には確かな威力が込められている。それでも、怪物の中に入っている真司を含め、周りの参加者に当たらないように剣を振るっている。


「……すげえな」


 燈矢は思わず、感嘆の声をこぼす。今の自分では、到底及ばない力だと。単純な強さも、技術も。

 そして四撃目の剣が振るわれると……


「ゴォォォォォォォ!!!」


 最後に咆哮を上げ、鯨のような怪物は、粒子になって消えた。


「あ、ありゃ?」


 怪物が消えて真司はきょとんとする。


「消え……た」


「第三ウェーブ終了です。これにて試験を終了します。現時点でゲージが残っている皆さんは全員、合格です」


「おめでとうございます」


 アナウンスがかかり、試験の終了を伝える。おめでとうと言う声は少しだけ、穏やかに聞こえる。


「終わった……疲れたな」


「あー……終わり? 疲れたー。……結局、誰も助けられてないな……」


 終われば燈矢も真司も疲れがやってくる。気を張り詰めている時は、なんとも思っていなかったが、時間にして一時間近く動き続けていたのだ。ましてや、魔力を使うのには体力を消耗するため、ただ走り続けるよりも遥かに疲労する。燈矢は大きなため息を吐き、真司はその場に倒れる。


「みんなよく頑張ってくれたね、お疲れ様。それじゃ、ゆっくり休んでくれ」


 これで試験は終了。燈矢が真司に向かい、親指を立てると、真司も燈矢に親指を立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る