第4話 勝手な優しさ

 仮想の敵が出現するのをその上から白髮の男が見下ろしている。


「正直俺からしたら第一、第二で落ちる人なんて退魔士としてはマジ論外なんだよね。そういう人達が毎年脱落していくのさ。まぁ、出直してきてくれる熱いハートを持ってるやつもいるけど、そんなの本当に少数だ」


 ほとんどの希望者は、一度落ちれば挫折して二度と試験を受けに来ない。その後は魔族狩りになったり、最悪人類の敵になる場合もある。白髪の男はそれをよく知っている。


「正直ここまで残ると思ってなかった子が、三人ほどいてびっくりだよ」


 白髪の男が独りでに語る。誰に言うでもなく、心の声を出しているかのようだ。


「さぁ、見せてもらうよ。今年の生徒がどれくらいのもんか、目の前で」




「ゴォォォォォォォ!!!」


 その巨体は、まるで鯨のような形をしていて咆哮を上げる。さっきまでいた仮想の敵は、声を出していなかったが、再現しようと思えば可能ということだろう。つまり、この咆哮には試験の制作者の意図があるということだ。


 咆哮を上げた瞬間、数人は敵からの距離を取る。それ以外の参加者のゲージは減少してしまった。


「なっ……」


 燈矢も含め参加者はそれに気づく。そしてそれによって脱落となった参加者もいる。


「そんな……ゲージが。こんな……こんなっ!」


 脱落者の無念の言葉が会場で響く。



「近くにいたらあれの叫び声を聞いただけでゲージが減ってしまうのか」


 燈矢のゲージは今の咆哮で初めて減ったが、全体の一割ほど減らされてしまった。


 燈矢が頭で状況を整理する。


 まず、この第三ウェーブでは他の敵は今のところ出てきていない。アナウンスもあっておそらく出てくることはないと仮定しよう。その上で、やつをどう対処するかだ。

 この距離から咆哮あれを喰らえばゲージが一割ほど減る。一度しか受けていないため距離によって差があるのかはわからない。十発受けると駄目だとしてもかなりの厳しさがある。敵がこれ一体ならば、体力も膨大なものになるだろう。それを近づいて叩くのは得策ではない。正直第一ウェーブ、第二ウェーブとは比べ物にならない難易度だ。


「あれを連発されたらかなわない。真司! 一旦ここから離れるぞ!」


「あぁ、わかった」


 巨体の怪物は動きを見せない。離れながら燈矢は策を練る。遠距離戦なら真司を当てにすることはできない。自分で魔力の攻撃をするしかないのだ。


 燈矢が考えている内に何人かの参加者が攻撃を喰らわせる。魔力の攻撃同士がぶつかり合って仮想の敵の内部でちょっとした爆発を起こす。攻撃を喰らった反応は見られない。仮想の敵であるから痛みを感じなくても変なことではない。そもそも実態はないのだから。


 ただ、攻撃同士が全てぶつかって相殺されているわけでもなく、そのまま飛んできたり、ぶつかっても弾かれてこちらに向かって来ることもある。


 だが、避ける必要もなく、攻撃が当たる前にまるで何かに遮られているかのようにピタッと止まる。止まったまま込められた魔力が無くなる。


 燈矢は上を見る。


「あの人が何かしてるのか?」


 白髮の男は一切動きを見せず、参加者を一瞥している。見定めをしているかのようだ。



 試験会場の最果てまで走ってたどり着く燈矢と真司。


「ここにいればしばらくは大丈夫だ」


「流石に離れすぎたかもしれないけど」


 怪物の巨体はここからでもはっきりと見える。だが、ここにいれば今のところ向こうから干渉してくる様子は見られない。真司が座って息をつく。

 怪物が干渉してこない。つまりここにいればあれが討伐されなくとも試験に受かることはできる。受かることができるのだ。


「これでいいのか?」


 こんな受かり方をしていったい何の意味があるというのか。これではただの負け犬ではないのか。

 あの時から何も変わっていない。恐怖に怯えて逃げ出したあの日から……。


「……ここにいろ。多分このまま時間が立つまで待っていれば合格できるはずだ。……一緒に行動するのはこれまでだ」


 燈矢が真司に呼びかける。一人で行くつもりということだ。


「ありがとな、真司」


「……勝手に決めんなよ。俺も行くさ」


 真司の目には強い意志が宿っている。


「けど、お前は近づいて直に攻撃を入れないといけないだろう。やつとは相性が悪すぎる」


「……」


 真司が口を出せないのは燈矢の言っていることが正論だからだ。敵が遠距離の攻撃をできるなら得物がなく、魔術も使えない真司は相性が悪い。それは真司が一番わかっている。


「たった十数分の付き合いでもよくわかる。お前は良いやつだ。俺なんかよりよっぽどな。だから合格してほしいんだ。それでたくさんの人を助けてやってくれ」


「……」


_____________________


 俺は孤児だった。物心ついたときにはすでに孤児院にいた。雨の降る中、孤児院の前に置かれていた俺をみつけてくれたらしい。結城真司という名前だけは残されていたらしくそれ以外は何もわかっていない。


 孤児院は常に重苦しい雰囲気が漂っていた。互いが傷の舐め合いをすることもなく、むしろ互いを貶し合うことばかりをしていた。お互いに優れた部分は無視し、欠点を突き続ける。孤児院の職員も見て見ぬふりをする。ただ淡々と職務をこなすだけでそこには一切の情を感じられない。そんな孤児院の雰囲気が嫌で昼間はずっと山で一人遊んでいた。


 そうして何年も過ごしているうちにこの生活は終わりを告げる。孤児院が潰れることになった。続けられなくなったらしい。何十人もの孤児が突然一人で生きていくことになった……なんてことはない。引き取ってくれる人や他の孤児院を探してくれたらしい。


 俺は一人の老人に引き取ってもらうことになった。俺にとってのじいちゃんがその人だ。


 じいちゃんの家は山の麓の村に会った。村の人達はみんな温厚でよそから来た俺を暖かく受け入れてくれた。


 力仕事を手伝ったりして村の人達にお礼をする日々が続いた。孤児院にいたときとは比べ物にならない程に幸せを感じていた。


 じいちゃんも何かを強制させることはなかった。ただ一つだけ、魔力を扱えるようにすること以外は。でも使えるようになったからなにかするわけでもなく、ただ魔力の使い方を教えてくれただけだった。


 そしてじいちゃんは言った。


「真司、お前は良いやつだから人を助ける仕事をしろ。なんだっていい。俺が教えたことが無駄になってもいい。お前の頑張りが人に評価されなくてもいい。お前のことをわかってくれるやつは必ず現れる」


「たくさんの人を助けてやれ」



_____________________


「じいちゃん……じいちゃんにも似たようなこと言われたよ」

  

 真司は燈矢の言葉に奮起されたかのようだ。


「だったら尚更行かなきゃならないじゃんか」


 真司が立ち上がり、笑顔で言う。


「今、俺の目の前には助けるべき相手がいる。俺が助けたいと思う相手がいる。向こうにはたくさんの人がいる。俺は今、この瞬間みんなを助けたい。友人とか仲間とかじゃなくてもいい。それが俺の意志だ」


「俺は助けられたいなんて……」


「言ったろ? 俺の意志だって。悪いけど燈矢の思いは無視させてもらう。大事なのは俺が助けたいと思うかどうかだ」


「助けるのは俺が助けたいと思うからだ。勝手にさせてもらうぜ」


 言い切る真司に燈矢は苦笑を浮かべる。どうやら何を言っても聞かなそうだ。


「……あぁ、勝手にしろ」


 燈矢の一言で二人は走り出す。第三ウェーブを攻略し、試験に合格するために。

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