第3話 試験

 仮想の敵に対して燈矢が剣を振るう。人数は多いが大して強いわけではない。動きもそんなに早くはないし、数の多さも多くの参加者によって一気に倒されることによって特に問題にはならない。それでも捌ききれるわけではないため燈矢の知らないところでほんの数名が脱落した。

 剣で斬り込めば仮想の敵は粒子になって消えていく。だが仮想の敵であるがゆえに時間経過で再び出現する。いや、増えていっている。それに気づいた燈矢は魔力を使い、一気に多く仕留める。剣に魔力を込めてそこからは勢いを乗せて放つ。今では簡単にやってのけるがこれができるようになるまで一苦労があった。

 剣に込めた魔力をすぐに放つ程度の、一旦留めておくぐらいはすぐにできるようになった。だがそれをずっと留めておくのはかなり難しく、1年かけることになってしまった。それでも今、こうして戦えてるのを感じ、やってきたことが決して無駄ではないと改めて感じる燈矢。


「本当に感謝するよ。師匠にも陽真理にも」


 試験開始から8分が経過、残り52分ある。序盤でこのペースの消耗ならまだまだ体力が尽きるには程遠いと燈矢は考える。だからこそ不気味だ。燈矢は惣一に言われたことがある。試験はそう簡単に受かれるものではないと。陽真理にも聞いたが陽真理が受けていたものとは全然試験内容が違う。毎年試験の内容は変わっているということだ。


「……このままじゃ終わらないはずだ。まだ、何かがある」


 体力と魔力を温存し、状況が一変しても対応できるように警戒する。

 しかし何も来ないまま十九分が経過。そして二十分になったとき状況は一変する。アナウンスの声がかかった。


「第一ウェーブ終了です。第二ウェーブに移行します」


「……来たか」


 警戒はしていた。いつ来ても言いようにと。だが変化を起こす前にアナウンスをしてくれるのは良心的だと感じた。何もないままいつの間にか変化させるものだと燈矢は考えていた。


 仮想の敵の種類が増える。人形だけではなく獣の形をした敵が現れる。それに加えて現れる頻度が上がった。


「……そろそろ魔術も使っていくしかないか」


 魔術を使えばより効率よく敵を倒すことができるが、魔術は魔力をより多く消耗することになる。後半戦に向けて魔力も体力も温存しておくべきだということは誰でもわかることであろう。

 しかし敵の人数が急激に増加した今、いつまでも出し惜しみしているわけにもいかない。この試験の肝はいかに相手を近づかせないかどうかだと燈矢は考えている。

 相手の攻撃を受けたらどれだけゲージが低下するのかがわからない。近くに脱落者もいないためゲージ関連のことが全く把握できないのだ。ゆえに攻撃は一発でも喰らうのにはリスクが伴う。受けてはいけない量などが把握できていればある程度ゲージを切り捨てることもできるがそれもできない。そのため一撃も受けないつもりで燈矢は動いている。


 燈矢が剣に魔力を込める。そしてその剣に炎が纏う。



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「魔術を使うにはそいつが持ってる魔術がどういうものなのかがわかってなきゃならねぇ。けど、それされわかれば魔力を込めれば簡単に使えるようになる。だからきっかけさえあれば一瞬で習得できるんだ」


 惣一が燈矢に教える。


「俺のは身体のいろんなところから炎を出せる術だ。とはいっても似たようなもんがいくらでもあるからな。人によってはもっと複雑な術もある。まあ、俺のは使い勝手が悪いから俺のに似ていないことを祈りな」


 魔術の習得はそれこそ今まで習ったことに比べ本当に簡単に覚えることができたと燈矢は思う。

 最初は本当にまぐれてできただけだった。それもほんの一瞬の出来事である。紫色に光る魔力が一瞬焚き火の炎のように燃え上がった。ただ、その感覚は確かにあった。魔力が別の物に変わる感覚が手に残る。

 後はその感覚を思い出してもう一度できるようにやってみる。すると思いの外簡単にできるようになった。


「なるほどなぁ『炎熱放術』か。スタンダードで使いやすい魔術だ。応用も効く。同じ炎系の俺の術とは大違いだぜ」


 炎熱放術は燃え盛る炎を魔力から生み出せる魔術である。魔力の中でも放術は多く存在し、炎熱放術もその一つである。放出することで使用することができる魔術であるため武器に魔力を込めて魔術を発動すれば炎を纏わせることができる。


「この術なら俺でもまだ教えられることがある。これで最後だ。剣に魔力を込めてその状態で魔術を発動させてみろ。それができたら魔力について教えることはもうない」


 言われた通りに燈矢はやってみる。まずは剣に魔力を込める。剣に込めた魔力に対してさっき魔術を発動した感覚を思い出しながら試してみる。すると剣の刃が燃え上がりだし炎を纏う。


「完璧だ。もう俺が教えてやれることはない。あとは……好きに修業するんだな。組み手がしたいんならつきあってやれるがな」


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 敵が燈矢に襲いかかってくる。炎を纏った剣で一振り。目の前の敵だけではなく魔術が乗った斬撃の炎によって多くの敵を消滅させる。


 かなり多く消滅させたつもりでいた燈矢だが目の前にはまだまだ多くの敵がいる。


「……マジか?」


 少しだけ燈矢の表情が曇る。流石にもっと減ったものだと考えていたからだ。考えがだいぶ甘かったと燈矢は思う。

 その上で恐ろしいのが更に上がある可能性だ。二十分経過で第二ウェーブに突入、つまりさらに二十分後には第三ウェーブがある可能性を燈矢は考える。

 現在二十二分。このままさっきと同じ容量の力を使って戦えばあと十分も持たないだろう。正面から戦っては今の燈矢ではこの試験を乗り越えることができない。


 燈矢が考えをまとめていると敵が攻撃を仕掛けてくる。最低限応戦しながら後ろに後退する。まともに戦い続けるのは得策ではない。試験の終了時間まで体力をもたせる必要があるのだ。


「苦しくなってきたな……」



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「何もさ、希望者を無慈悲に落としたいわけではないんだよ、俺だって。でもさ、やっぱり必要最低限の実力ってのは必要なわけで……」


「……まるで自分が考案したかのような口ぶりだな」


 試験を外から傍観する二人組。


「口ぶりも何もこの試験の内容考えたの俺だし。当たり前でしょ」


「お、お前だったのか……。信じられん。去年に比べて格段に試験が難しくなっているだろ。お前が無理に通したというのなら納得がいくもんだ」


「そうは言うけどムズイだけなんだからいいでしょ。実際に死ぬわけじゃないんだからさー。去年の生徒、何人死者が出たか知ってんでしょ?」


 白髪の男の言葉にサングラスの男は言葉を詰まらせる。


「去年は確かに精鋭揃いだった。だが、それと同時に近年でもかなりの死者数が出てしまった。やっていることがやっていることだ。死者が出て当たり前、それでも学生の内は俺達が助けられたはずなんだ……」


「俺達の世代では本物の魔族と戦う試験だった。試験でもう多くの死者が出た試験より今の方がよっぽどいいと思ってるよ、俺は」


 男が言葉を続ける。


「簡単な試験で受からして、それでたくさんの生徒が死ぬのはもうたくさんだよ。死者を出さないってのはそりゃ無理な話だとは思うよ? でも減らす方法なんていくらでもあるじゃん」


「……このくらいこなせなければ生き残るのは無理だと」


「ま、そういうこと。俺だって何も考えちゃいないバカじゃないからね」


「いや……」



「バカではあるだろ、昔からな。それに……」


「それに?」


「ルールがふわふわし過ぎている」


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 単純な持久力なら燈矢は自身がある。十年間、毎日山を登り下りしてきたからだ。敵の数が多いが一体一体が俊敏であったり、特出したものがあったりするものではない。敵を一体一体対処していては埒が明かない。どの道時間経過と共に敵は増え続けるため戦うのは得策ではないと燈矢は考えている。


 残り時間三十三分。この辺りで一旦、燈矢は大技を決めようとする。


 構えを取り、剣に魔力を注ぎ込む。剣に炎が纏わり一撃を放つ。


炎振えんぶ!」


 一振りの一撃から放たれる燃え上がる炎の斬撃は空を舞い、燈矢を追いかける敵を一掃する。だか、その奥にいた人にも当たりそうになる。


「マズイ! 避けろ!」


「うおっ! あぶねえ」


 男は高く飛んで回避し、その周りにいた敵も斬撃に当たり、消滅した。


「おいっ! 大丈夫か?」


 燈矢が男に駆け寄る。


「あぁ、大丈夫だ」


 その言葉に燈矢はホッとする。男は赤みがかった髪をしていて、白いパーカーを着用している。得物は一切持っていない。燈矢と同年代の容姿だ。


「そっか……それなら良かった。悪いな」


「いいっていいって、怪我はしなかったし」


 男は笑顔でそう答えてくれる。


「にしてもすごいかったなぁ今の斬撃。炎がこう、ブゥォッンって鳴って飛んできて」


 男はそう言ってさっきの燈矢の攻撃を褒める。受けていれば重症を負っていた可能性もあるのに。


「そ、そうか……」


 だが、今の出来事でわかったことがある。あまり大技は出せないということだ。今のように上手く避けてくれるとは限らない。他人の命を顧みないような人間ならいくらでも攻撃するであろうが燈矢はそんな人間ではない。


「ん? 険しい顔をしてどうした? いやいや、ホントに気にしないでくれよ。大丈夫だって」


「……なんにしてもデカい技はもう打たないようにしないとな」


「そうだ、一緒に行動しないか?」


 男は燈矢に問いかける。


「俺とか?」


「あぁ、俺は武器とか使わないし、魔力を遠くに飛ばす術もない。協力しよう。俺は接近戦、そっちは俺がさばききれなかったり、中遠距離のやつを対処してくれ」


「いいのか?」


「この試験に誰かと協力しちゃだめなんてルールはないだろ? こうして話せたのはなにかの縁だと思うんだ」


 確かにその通りだ。協力してはいけないというルールはない。というよりはしっかりとしたルールの設定がされていないように感じる。最後まで残るか、脱落するかの二つしかない。であればむしろ他の人とは積極的に協力すべきであろう。

 燈矢は考えをまとめて男の申し出に応じる。


「わかった。協力しよう」


「へへ、決まりだな。結城真司ゆうき しんじだ」


 真司は手を差し出す。


「上城燈矢。よろしく」


 燈矢は真司の手を取り、握手を交わす。二人が辺りを見回すとまた敵が増えてきた。残り三十分。試験時間の半分が過ぎた。


「さーて、あと半分。張り切っていこうぜ!」


 真司が構えを取り気合を入れる。必要最小限の力を使い燈矢は敵を斬り、真司は打撃を叩き込む。




_____________________



「あ! いけねぇ、忘れてた。そういやそこら辺のルール設定するの忘れてた!」

 

 燈矢の攻撃を真司が回避したのを見ながら白髪の男が頭を抱え叫ぶ。


「はあ……やはりバカだな、お前は」


 言わんこっちゃないとサングラスの男がため息をつく。


「救護係は外に待機している。それでも場合によっては即死しかねない。特にこの後はな」


「うーん……」


「もちろん敵に実態はない。仮想だからな。だからお前も大丈夫だろうと油断していたのだろう。だが実際には試験者同士の攻撃で怪我をする可能性は十分にある」


「よし! わかった!」


 白髪の男が手を叩き、立ち上がる。


「俺が会場に出る。危なくなったら俺の魔術で止めればいい。ってことでグッドラック!」


 サムズアップをして白髪の男が瞬時に消える。


「本当にお前というやつは……」


 サングラスの男は頭を抱える。


「全く……良くも悪くも変わらないなお前は」


 

_____________________



 残り時間二十六分。攻撃を続けながら時間を確認する燈矢。体力にも魔力にもまだまだ余力が残っている。敵からの攻撃はまだ受けていないためゲージの減りはまだ無い。


「結城、大丈夫か?」


 真司の方は少し息を切らしている。


「はぁ、はぁ、だ、大丈夫大丈夫。ちょっと疲れてきたけど。あと、真司でいいよ」


 攻撃に体力を消耗する量が、真司は燈矢より多い。燈矢も真司もわかっている事実だ。理由は挙げれば切りが無いがお互いそんなことを考えている暇はない。大事なのは体力の消耗が多いという事実だけだ。


「試験時間の半分は過ぎてる。体感どれくらい体力が残ってる?」


「五割くらい、かな」


「……少し休んでくれ。とはいえあまり時間はやれないが」


「わかってる。ありがとう」


 五割は少しマズイ可能性がある。この試験には、まだ先の段階がある可能性がある。半分の時間で半分消耗するのは正しい配分とは言えない。そもそも全ての力を使おうとする配分は良くない。ある程度余力が残る配分にしなければ不測の事態に対応できなくなる。

燈矢からしてそういうことを真司が考えるタイプだとは思えない。初速から全力を出して後々疲れていくようなタイプだ。それでもここまで体力が尽きていないのは……


「体力が高いな、真司は。俺が同じ配分で戦っていたらもうとっくに体力は尽きていたと思う」


「昔から力とか体力とかそういうのだけは高かったからな。頭の方は出来が悪かったから。そんでも育ててくれたじいちゃんとか安心させたくてちゃんと収入が入る仕事とかっていったらこんなのしかなくて」


 真司は苦笑いしながら語る。


「……死ぬのが怖くは無いのか?」


「命がけの仕事ってのは知ってる。でも俺が死んだあと友達とかが囲んで俺のことを弔ってくれたらそれでいいかな。一人ぼっちで長生きしようと俺は思わない」


「……」


「たとえ早死することになっても一緒に笑い会える仲間がいて、好きな人とデートしたりして……そういう充実した人生の方が俺は好きだな」


「……そっか」


「さて、十分休ませてもらったし、また張り切っていきますか」


 立ち上がって真司は構える。少しは休めて回復した様子だ。


 二人で攻撃を絶え間なく続ける。




「さあー皆さん! 間もなく試験も二十分をきりまーす! もう少しなので頑張ってください! まもなくアナウンスがなりますので」


 突然上から声が聞こえる。白髪の男が叫んでいるのが見えた。その綺麗な白髪を見て燈矢は少しだけ懐かしいことを思い出す。魔族達に襲われる少し前、同じ髪をした男に会ったことをぼんやり覚えている。だが明確に違うのはその男が赤と青のオッドアイだったことだ。今、叫んでいる男は空色の瞳をしている。

 

「あーそれとさっき試験者の放った大技が他の試験者に当たりそうになったんだよねー」


「あ、あはは……それってまさか」


「……何も言うな」


「そういうわけなんでこのお兄さんが危なくなったら対処することにしたよー。安心して試験に励んでくれ! 俺のことはいないものとしてどうぞどうぞ」


 今の言葉の中でさらっと言われたことに燈矢は気を引き締める。まもなくアナウンスがなると男はさらっと言っていた。

残り時間まもなく二十分。突然敵が消滅していく。……嫌な予感が膨れ上がっていく。


「あれ? 消えてっちゃった……」




 そしてアナウンスがかかる。


「第二ウェーブ終了です。第三ウェーブに移行します」


 その言葉と同時に地面から出てきたのは今までの敵とは比べ物にならない程の巨大な怪物。


「おいおい……嘘だろ」


 真司が思わず声を出す。


「この第三ウェーブでは、こちらの仮想の敵を残りの試験者全員で撃退していただきます。もし、倒すことができれば時間に関わらず、その時点で試験は終了します。もちろん、制限時間いっぱい逃げ回ってもらっても構いません。それでは、健闘を祈ります」



「くだらん……なんであろうと切り刻むだけだ」




「さっさと倒せばさっさと終わる、ね。まも兄もたまにはいいこと考えるね」




「よ、よし! 頑張ろう!」




「……やるしかないか」




 試験者がそれぞれ気合を入れる。


「こうなることはわかってたんだ。それでもやるしかない」


 燈矢も気合を入れる。これだけ的が大きければ攻撃が外れたり、他の人に当たる心配も無さそうだ。





「正直ここまで残ると思ってなかった子が三人ほどいてびっくりだよ」




「さぁ、見せてもらうよ。今年の生徒がどれくらいのもんか、目の前で」

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