第2話 魔力

「その怪物は俺がやっつける。絶対に」


 燈矢が硬く強い決意を固める。目を見れば冗談ではないことは一瞬でわかる。


「坊主、お前が何を目指そうと、何になろうとお前の自由だ。お前が本気でそれを望むのなら俺は教えてやることもできる。だが、それは茨の道……いや、苦しい道になるぞ」


 男……寺坂惣一てらさか そういちは燈矢に尋ねる。自らがその道を行き、挫折や葛藤を多く経験したからこその言葉だ。そしてその言葉をかける相手が子供であるから意味がある。


「お前が今、抱いている感情は復讐ってやつだろう。多くの人がお前と同じ感情を抱いて退魔士を目指す。けどその気持ち一つで退魔士になるってのは厳しいぞ。それでもいいのか?」


 気持ちが常にずっと続くことは滅多に無い。だいたいの感情は時間と共に擦り減っていき、いずれはなくなることが多い。

 今、この時少年が抱いている感情がずっと続くかどうかは惣一にはわからない。だが、惣一は知っているのだ。一人の青年を思い浮かべる。幼少期に復讐を志し、幼少の全てを強くなるために捧げその感情が擦り減った頃には後には引けなくなり、その果てに散っていった。

 そんな思いを少年にさせたくないというのが惣一の本音だ。だがそれを言ったところで今の少年が聞き入れると惣一は思わない。その感情がある限り、なくなると本人は思わない……否、思えないからだ。あの青年がそうだったと思い返しながら惣一は先程の質問の答えを待つ。苦しい道というは訓練や戦いのことだけではない。心のこともある。惣一自身何度悩んだことか。しかし、それでもこの少年が退魔士を目指すというのならば……


「いいよ、やる。それであいつをやっつけることができるなら」


 惣一に止めることはもうできない。


「よし、わかった。これから俺がお前のことを鍛えてやろう。坊主、名前は?」


「……上城燈矢。」


「燈矢君だな。俺の名前は寺坂惣一。まあ、覚えなくてもいいぜ」


 この日から燈矢は退魔士になるための特訓を始めた。


「よし! じゃあ善は急げだ。早速訓練を始めるとするか」


「何をするの?」


「まずは基礎体力を叩き上げる。ここは高い山だからな。体力が尽きるまで走り続けて山を降りてみろ。動けなくなったら俺が家まで運んでやる」




_____________________



「……ってことで坊主は俺が育てることにした。嬢ちゃんも世話してくれると助かる」


 惣一は陽真理にさっきのことを話す。走り込んで疲れた燈矢は風呂に入ってすでに寝ている。


「世話をするのはもちろんいいんですけど、本当にお師様が教えるんですか? もうすでに何人か弟子はいますし、お師様の任務だってあるでしょう?」


「……ほっといても『魔族狩り』になるだろう。いや、これだけ幼いとそうなる前に死んでしまうかもな。そうならないためには誰かがしっかり教える必要があるが……」


「……これだけ幼いと教えてくれる退魔士はそういないでしょうね」


 燈矢の年齢は五歳であり、それ相応の見た目である。ある程度成長していれば育て、導いてくれる退魔士はいるがこれほど幼いと引き受ける者は少ない。


「頼めばちゃんと引き受けてくれるやつは数人心当たりはあるが、そういう奴らは弟子も多く取ってるだろうし、さらに負担をかけるのは申し訳ない。幸い俺は弟子も数人、任務も最前線は退いている。となれば、やはり俺が妥当だろう」


「わかりました。そこまで言うなら私から言うことはもう何もありません。今まで通り、私がお師様のお手伝をします」


 陽真理はにこやかに答えた。


「そう言ってくれて良かったぜ。まあ、そういうことだ」


「でも、どうやって育てるんですか? こんなに幼い子に教えたことはないでしょう? 私だってまだ幼いけど私よりも幼いんですよ?」


「ああ、それはな、まあ最初は体力をつけさせるだけだな。何年か過ぎたら木で作った武器をもたせたり武術を教えこんだりするさ。どのみち、どれだけ早く強くなっても一般人は十五にならなきゃ退魔士になる試験は受けられないんだ。焦って育てるよりも、時間をかけてじっくり育てるさ」



_____________________


 惣一によって燈矢は育て上げられた。一年間雨の日も雪の日もただひたすら山を走り続けた。毎日血反吐を吐きそうになりながらも休まず走り続けて一年で山の麓まで下りられるようになり、さらに二年後には麓に降りてから山を登って屋敷まで戻ってこられるようになった。勉強は陽真理が教え、人並みの知識は覚えた。

 特訓を始めて五年が過ぎ、燈矢が十歳になった頃、惣一が新しい特訓を教え始める。それは退魔士になるためには必要不可欠な特訓である。


「今日から魔力と魔術を使えるようになる特訓をするぞ」


「……魔力? 魔術?」


「ああ、まずは魔力がどういうものなのかを知る必要があるな。見てろ」


 惣一の掌から紫色の光が現れる。


「これが魔力っつうもんだ。魔族と闘って勝つのに人間はこれを使わねぇと無理ってぐらい必須なもんだ。けど安心しな、坊主の身体にもちゃんと魔力が宿ってるぞ」


「そうは見えないけど……」


「普通に生きててそもそも使う必要はないし、使えたら危ないからな。脳が使えないように制限をかけてるんだ。魔力を使えるようになるにはその制限を外す必要がある」


「どうやったら使えるようになるの?」


「瞑想だ。目を閉じて、何も考えず頭の中を空っぽにするんだ。そうしたらいずれ使えるようになる。使えるようになったら身体がなんとなく使えることがわかる。なんで使えるようになるのかとかは考えないほうがいいぜ。そういうものって思っておけ」


「……頭を空っぽにするって難しくない?」


「普通はそうだろうな。まあ、難しいなら頭の中で仇を倒すイメージをするのもいいだろう。んで、魔力が使えるようになったら次は魔術を扱えるようにする。俺が魔力を使えるようになるまで瞑想を始めてから一ヶ月かかったから焦らずな。それと今までの特訓も並行して続けるから、頑張れよ」


 


 頭の中で怪物のイメージを膨らませる。忘れることなど出来るはずもないおぞましい存在。家族の仇を倒す……殺すイメージを思い浮かべる。仇の顔を殴り、殴り、殴り続ける。だが次の瞬間やつの不気味な笑みが思い出され……


「……っぐ! はぁ、はぁ、はぁ……」


 勝てない。勝つイメージを浮かび上がらせることができない。一日たりとも忘れることのできない身体に染み付いた恐怖に押しつぶされそうになる。

 何日もイメージを思い浮かべるが結果は変わらない。どうにか勝つイメージを呼び起こそうとしても最後には……殺されてしまう。


「難しいよね。大丈夫?」


 毎日これを終えたあとに陽真理が優しい声をかけて水をくれる。いつも汗だくになっているからだ。


「……陽真理は魔力を使えるの?」


「私は使えるよ。今燈矢君がやっている修業をしてね。心配しなくても燈矢君もちゃんと使えるようになるから」


「どうすれば使えるようになる?」


「うーんそう言っても本当にお師様の言う通りなんだよね。これを続けてるといつの間にか使えるようになってるというか……」


「どうすれば早く使えるように……」


「焦らないほうがいいよ。心を落ち着かせてゆっくりやっていこう」


「私もさ、家族……お姉ちゃんを殺されたんだ。燈矢君がここに来る一年前くらいに。それでお師様に助けられてお師様に修業をつけてもらって今ここにいるの……。私のお姉ちゃんを殺した魔族はお師様が倒したけど、それでも私のような人を増やしたくないなぁって」


「……立派だね、陽真理は。俺なんてただ家族を殺した相手に仕返ししたいだけなのに」


「それは悪いことじゃないと思うよ。そういう人実際多くいるしきっと大丈夫。

……それに魔力だって使えるようになるから頑張って」





 毎日やっているが三ヶ月経っても燈矢は魔力を使うことができるようにならなかった。焦りと怒りが募っていくばかり……イメージを膨らませる。勝つイメージを……勝つイメージを浮かべるがそれでも最後に殺される。

 どうしてだ? どうして勝てない? どうして殺される? どうしてそんなイメージしか浮かんでこない?

 イメージを思い浮かべる。家族の仇を頭に思い浮かべ上がらせ、戦って勝つイメージを……殴って殴って……原型が保てなくなるようになるまで殴って殺す。……それでも最後に殺される。殺されてしまう。そんなイメージしか思い浮かべることができないのは今の自分では勝てないとどこかで悟っているからだろう。

 ならば想像すればいいと燈矢は気づく。勝つイメージではなく、自分が強くなるイメージを浮かべる。手から炎が飛び出て怪物を焼き付け、灰になるまで燃やす。そんな超人じみたイメージを浮かべてその上で仇を殺すイメージを膨らませる。炎を怪物に向けて放ち、それを受けた怪物が焼け落ちる。


「はぁ、はぁ、はぁ、勝った……やっと勝てた……」


 燈矢は始めて頭の中で仇を倒すことができた。それと同時に身体のちょっとした違和感に気付く。身体に今まで知らない感覚がある。不快感などは一切なく身体に馴染んでいて奇妙な感覚だ。


「どうやら上手くいったようだな」


 惣一が呼びかける。


「これで次の段階に進める。そんじゃあまず、手から魔力を出してみろ」


 惣一が手から魔力を出すと見様見真似で燈矢がやってみる。すると燈矢の手から魔力があらわれる。


「これが魔力……」


「そうだ。これを出せるようになれば魔族と闘えるようになる第一歩を踏み出せたってことだ」


「まだ第一歩なんだね……」


「まずはこれを制御できるように練習するぞ。これを身体から完全に放出できるようにする。こんな風に」


 惣一は手の魔力を丸い玉のようにして空へと放った。


「これをやってみろ。多分相当に疲れるはずだ」

 

 燈矢は言われた通りに真似てやってみる。だが、丸くすることはできず惣一に言われた通り、疲労が押し寄せてくる。さらに身体を走る奇妙な感覚が薄く感じる。

 息切れをする燈矢に惣一が話しかける。


「言った通りだろ? 今の坊主には魔力を上手くコントロールすることができない。身体が疲れるのは体内の魔力をほとんど出し切ってしまったからだ。これから魔力をコントロールできるようにする」


「どうするの?」


「これまで通り瞑想を続けろ。ただし、今までと一緒じゃあだめだ。自分の魔力を感じ取り、それを手玉に取るようなイメージをするんだ。自由自在に操れるような、な。そして今やったように魔力を放出をコントロールできるようにするんだ」


 頭の中で想像を膨らませる。言われた通りのイメージを浮かべる。身体の中にある魔力を感じ取ることができる。それを自由自在に操れるようになるイメージを膨らませる。頭で魔力をコントロールできるようになろうとする。それをしていると次第に少しずつコントロールが利くようになってきた。

 最初は魔力を放出するときに身体にある魔力をほぼ全ての放出してしまい身体が非常に疲れてしまっていたが、次第に放出する量を減らすことができるようになり、そして惣一がやったように丸い玉状にして魔力をとばすことができるようになった。これができようになるまで魔力を身体から出せるようになってから半年がかかった。





「だいぶ上手くコントロールできるようになったな。そんじゃあ次のステップだ。これを持て」


 惣一は燈矢に剣を持たせる。


「この剣に魔力を流し込めるようにするんだ。今までと同じ要領で外に出す感じで剣に魔力を込めるんだ。その時剣にこもった魔力が外にもれないようにする。そうができたら完璧に魔力を扱えるようになったといえる」


 燈矢は剣に魔力を流し込むが剣から魔力があふれて乱れる。剣に魔力が留まらず、外に漏れているということだ。


「これはただ外に魔力を放出するとかっていうことじゃあない。外に出た魔力を制御しなければならないんだ」


「……それと魔術の練習も並行して始めるぞ」


「そういえば魔術の話もチラッと話してたっけ」


「魔術ってのは魔力の応用でな、人が生まれて時からその人にもたらされているものだ。人は生まれつき持ってるその一つの魔術しか使えない。まぁ最悪使えなくてもいいが使えるのと使えないのでは退魔士としての限界値は段違いだ」


「一つできることが増えるとまた一つ覚えることが増えてきて大変だよ」


「これが退魔士になるってことだ。苦難の連続でいいことなんてほとんどありはしない。それでも退魔士になるってんならやるしかねぇぞ」



「まぁでも安心しな。ここまで来たんだ。魔力のコントロールも魔術の習得もすぐできるようになる」





_____________________



「いよいよ今日だな。頑張れよ坊主」


 燈矢が退魔士になるための特訓を始めてから十年後、十五歳になった燈矢は退魔士になるための最終試験を受けることになる。毎年三月の吉日に行われる最終試験に受かることができればその人は退魔士として正式に認められることになる。まだ夜明け前、山奥の惣一の屋敷に住む燈矢は早めに出発することになる。


「師匠にも陽真理にも感謝してる。ここまで俺を育ててくれてありがとう」


「ううん、気にしないで。試験、頑張ってね」


 陽真理がそう言ってくれる。昔からいつもお世話してくれていた陽真理も今ではいつも屋敷にいるわけではない。退魔士になったからだ。陽真理は燈矢の七歳上で今はもう二十二歳になっている。三年前、十九で試験に受かり、今では任務もあるため時間の合間を見つけては屋敷に戻ってきてくれる。元々十五歳で試験を受けるつもりだったが燈矢の世話をするためにある程度成長するまで待ってくれた。


「そうだ、張り切っていってこい。今のお前なら絶対に受かれるはずだ。……それにしても出会ったときから変わったな。嬢ちゃんにも言えることだが」


 出会ってから十年、幼かった燈矢が懐かしく想えるくらいに燈矢は成長した。


「そういう師匠は全然変わらないな……会ったときと同じままだ」


「そう見えるか? これでも色々あったっていえばあったがな。そう見えるならまあ、それでいい……」




 沈黙が続く中


「……もう、行くよ。本当……ありがとう」


「勘違いすんなよ。例え退魔士になっても、ならなくてもお前が帰ってこられる場所はここにある。つらくなったらいつでも帰ってこいよ」


 燈矢は涙が出そうになるのを必死にこらえる。目元がうるんでいるが涙をこぼすのはなんとか我慢する。一滴でもこぼしたら気が緩んでしまいそうで。


「じゃあ、さよなら、師匠、陽真理。」


 燈矢は後ろを振り向いて走り出す。


「大丈夫ですかね、燈矢君」


「ここから先は坊主が自分で頑張るしかない。嬢ちゃんだってわかってるだろ? 俺達ができるのは信じてあげることだけなんじゃないのか?」


「そうですね、信じましょう。燈矢君ならきっと受かれる」


 



_____________________




 人間界中央区 中央退魔養成兼任高等学校。ここで退魔士の試験が開催されている。人間界を中央区、南区、北区、西区、東区の5つの区にそれぞれ一つずつ退魔士を育成する兼任の高校がある。退魔士の試験が十五歳で受けられる……正確には四月までに十五歳になる人が試験を受けられ、三月に行われるのは普通の学生の受験と合わせるためだ。

 久しぶりに街に降りてきて感じた変化は燈矢にとってはありすぎる。燈矢の知る由もなかったが、壊滅状態だった街も復興して元の面影はほとんどなかった。


「……変わったな」



 

_____________________


 受付の人がいる。


「退魔士の試験希望者でしょうか?」


「……はい」


「この先が控え室となっております。試験開始までごゆっくりお過ごしくださいませ」


 受付の人に言われた通りに控え室に入る。中には多くの人がいて、気迫のある人物が多い。


 しばらくした後



「まもなく試験を開始いたします。参加者は試験会場に入場ください」


 アナウンスがかかって、集合の合図が来た。その場にいた全員言われた通りに試験会場に行くと受付の人が時計を配った。その後、再びアナウンスがかかる。

 

「それではお集まりの皆様、予定の時刻になりましたので試験を開始させていただきます。これからこの試験会場に仮想敵が出現します。仮想敵の攻撃を受けると時計のゲージが現象します。ゲージが零になるとその時点で失格となります。時間は一時間です。皆様のご健闘をお祈りしています」


「試験開始です!」


 試験開始の合図とともに先程言っていた仮想敵であろう者が現れる。

 試験の始まりだ。





「今年は何人受かるかねぇ〜。どう思う?」


「……今年の希望者四十七人の内まず、確実に受かるのが三人、受かりそうなのは十八人、可能性はあるのが五人、残りの二十一人は……無理だ」


「んー、全く同意見だね。君としてはどうだい? 去年入った生徒としては?」


 試験会場の上からに試験の様子をうかがう人影が三人。サングラスをかけた筋肉質の男。純白の髪をした緩い雰囲気の男。そして……


「……僕からなんとも。人は予想を上回ってくるものだからね。メンタルカウンセラーは三十人程派遣しておくね。僕はまだ行くところがあるからそろそろ行くよ」


 同じ純白の髪、鮮やかな紅い右目、澄みきった青の左目を持つ青年……。


「助かるよ。にしても相変わらず忙しそうだねぇー。今から一時間の間に学校全部回ってカウンセラー派遣してその後はどうせ任務が入ってるんでしょ?」


「今日は七つだけだからそんなに多くはないよ」


「……それだけの任務をこなして多くないと言い切れるのが恐ろしい。力不足かもしれんが少しくらい俺達に任務を預けてもいいんだぞ。一応は教師と生徒という立場だからな」


「いえ、心遣いだけで十分です。それでは失礼します」


 青年は退出する。


「……やれやれ、相変わらず人の力を頼らないよなぁー」


「お前、親戚なんだよな? なんとか説得できないものか?」


「無理ー。面倒くさいし、できるならとっくにやってるよ」


「全く……。まぁ、いい。今は試験の結末を見届けるとしよう」


 試験は始まったばかり。終わった時、だからが立っているかまだわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る