49 これは、八咫が描いた道です
計らずも自らが
「――いや、しかし結果は同じなのか。『環』で捕らえた者は尾椎側を手にした者に従わざるを得なくなる。異地からすれば五貴人は同陣営だ。彼等ならば素戔嗚を従わせ異地に連れ戻ることも
「……そう、ですね」
独り
思い込む事で、
一方、長鳴の表情は、次第に硬さを増してゆく。
「しかし、一番成功に近い状況を目指している月桃自身は国土の壊滅を望んでいる」
「そうです」
「そしてその理由ははっきりしておらず、また月如艶は恐らくその事に気付いていない」
「そういうことです」
ぺちり、と長鳴が自身の額を掌で打った。
「しくじった……!」
「はい?」
「――いえ、如艶が五百年かけて何もできないわけだと……思いまして」
長鳴の口中に苦い物が満ちる。
『環』があれば素戔嗚を捕らえられたというならば、異地の思惑と都合次第では五貴人の復活でなくとも良かった訳だ。しかし『環』足り得る骨は全て破壊し尽くしてしまっている。今更口にしてどうなることでもない。
そんな長鳴の内心を見抜いているのか否か。判別の付かない眼差しで、水泥は邑長代理をじっと見据える。しばしの沈黙。ややあって、水泥は口元を一度引き結び、そして開いた。
「……この実現の為には、白玉から
「――天照の男児、ですか」
聞き慣れぬその言葉に、夫妻が同時にぱちくりと瞬きをする。
八重が「ん」と一瞬唸り、「ううん?」と首をひねった。
「天照?」
「はい」
「天照の、えと、男ってこと?」
「そうです。ぼく自身も、つい先日ようやく知ったばかりですが」
八重の眉間が
「ちょっとごめんね、一番聞きたい事はあるんやけど、それは怖すぎるから後にするな? 先に整理さして? その、天照の男児さんは、瓊瓊杵の顕現になれる人で、黄泉比良坂も繋げられる人なんやな?」
「はい。そうです」
「え、まって。白玉って継承したら人間の意識残らへんやん? 瓊瓊杵は違うん?」
「わかりません」
「いや、わからんて」
「まだそれが顕現された事がありませんので」
「――ああ、いやまあそらそうやけども」
「ですから、順序を
「順序」
「瓊瓊杵の顕現となった場合に、肉体の主の「識」が維持される保証はありません。これまでの白玉を見てきた
「ちょっと待って」
八重が手を上げる。
「その、ヨモツなんたらいう坂の事はまあ先にやらなあかんのは分かったけども、え、何?『神域』?」
「はい。『神域』です。神々の魂が
八重の目が
「今まで白玉になった女の子たちは、みんな意識が残ってるいうこと?」
「そうです」
「『神域』って言う場所に生きてんの?」
水泥は
「自我はあります。神々は各々の『神域』を持ちます。神の数だけ『神域』があると考えていただいて結構でしょう。そして神格を得た者は自らの血統の祖神がいる『神域』に呼び込まれ、神と同一化する。ようは祖先の魂と
気のせいか。室内の空気がすっと冷え込んだ。
長鳴の背を、ざわりとした
白玉の器となる。それは死だと理解していた。奪われた犠牲だと読み解いてきた。
しかしそれが「識」の消失ではなく神との同化と言うならば話が違う。朽ちるのではなく、神の領域へと至るという。ならば。
――これでは、見方によっては、
長鳴は数度
「……なんでそんな事あんたにわかんの」
低い八重の声に、水泥はふうわりと笑んで見せた。
「――月桃が、そう言っていました。あれは、『神域』の者であって人ではないので」
「いや。ひと、ではないって、五邑とか姮娥とかそういった
「あれは、素戔嗚と同じく、いわば神そのものなのです」
「――その、神さんが、つまり」
「はい」
「素戔嗚を利用して、国を滅ぼそうとしてはると」
「そうです」
長鳴の表情が憤怒に等しいものに変わる。
「――貴方方は、なぜそんな者と
水泥は黙ったまま自身の左掌を見た。傷だらけで分厚い皮と短くなった爪。この手で生み出し刻んできたあらゆるものを思い、ぐっとそれを握りしめた。その手首には、内に虹の煌めきを湛えた水晶の数珠が巻かれている。それがぎらりと光った。
「――我々には力がない」
握りしめたのは、明らかな無力だった。
「長鳴くん。姮娥の総人口は凡そ五千万です。その内、禁軍は五百万、黄師が百万。対する仙山は、現在一万五千に満たないのです。この手勢で贄を用意し白玉奪還まで実現することは困難があまりに大きい。方丈の『真名』の『環』解除には、黄師の頂点である月桃と密かに結ぶよりなかったのです」
「それは、分かりますが……」
「仙山設立当初の本懐には、白玉の奪還後、この力を以てして異地に攻め入り、我等が祖を売り渡した異地の帝を討ち果たし、五邑の被った積年の犠牲に対する報復を行う事も含まれていました。黄泉比良坂を開く事は必達目標だった」
「異地への報復って、そんなこと――」
水泥は首を横に振った。
「――勿論、いまは違います。多くはもうそんな事は忘れているし、そんな事まで考えている余裕はない。四年前の瓊高臼との戦いで、そんな初心は
水泥の
(――なあ、
ぱたぱたと、幾筋もの涙が八咫の頬を伝い落ち、荒れた砂地の上に吸い込まれていったのを、水泥もまた忘れられずにいた。
「――これは、八咫が
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