「なるほど見た処（ところ）、衣服（きもの）を着た時の姿とは違（ちご）うて肉（しし）つきの豊（ゆたか）な、ふっくりとした膚（はだえ）。

（先刻（さつき）小屋へ入（はい）って世話をしましたので、ぬらぬらした馬の鼻息が体中へかかって気味が悪うござんす。丁度可（よ）うございますから私（わたし）も体を拭きましょう、）

　と姉弟（きようだい）が内（うち）端（わ）話（ばなし）をするような調子。手をあげて黒髪をおさえながら腋（わき）の下を手（て）拭（ぬぐい）でぐいと拭き、あとを両手で絞りながら立った姿、唯（ただ）これ雪のようなのを恁（かか）る霊水で清めた、恁（こう）云（い）う女の汗は薄（うす）紅（くれない）になって流れよう。

　一寸一寸（ちよい）と櫛（くし）を入れて、

（まあ、女がこんなお転（てん）婆（ば）をいたしまして、川へ落（おつ）こちたら何（ど）うしましょう、川下へ流れて出ましたら、村（むら）里（さと）の者が何（なん）といって見ましょうね。）

（白（しろ）桃（もも）の花だと思います。）と弗（ふ）と心付いて何（なん）の気もなしにいうと、顔が合（お）うた。

　すると、然（さ）も嬉しそうに莞爾（につこり）して其（その）時（とき）だけは初（うい）々（うい）しゅう年紀（とし）も七ツ八ツ若（わか）やぐばかり、処女（きむすめ）の羞（はじ）を含んで下を向いた。

　私（わし）は其（その）まま目を外（そ）らしたが、其（そ）の一段の婦人（おんな）の姿が月を浴びて、薄い煙に包まれながら向（むこ）う岸の〓（しぶき）に濡れて黒い、滑（なめら）かな大（おお）きな石へ蒼（あお）味（み）を帯びて透（すき）通（とお）って映るように見えた。

　するとね、夜（よ）目（め）で判然（はつきり）とは目に入（い）らなんだが地（じ）体（たい）何（なん）でも洞（ほら）穴（あな）があると見える。ひらひらと、此方（こちら）からもひらひらと、ものの鳥ほどはあろうという大（おお）蝙蝠（こうもり）が目を遮った。

（あれ、不可（いけな）いよ、お客様があるじゃないかね。）

　不意を打たれたように叫んで身（み）悶（もだ）えをしたのは婦人（おんな）。

（何（ど）うかなさいましたか、）最（も）うちゃんと法衣（ころも）を着たから気丈夫に尋ねる。

（否（いいえ）、）

　といったばかりで極（きまり）が悪そうに、くるりと後（うしろ）向（むき）になった。

　其（その）時（とき）小犬ほどな鼠色の小坊主が、ちょこちょことやって来て、啊呀（あなや）と思うと、崖から横に宙をひょいと、背後（うしろ）から婦人（おんな）の背中へぴったり。

　裸体（はだか）の立（たち）姿（すがた）は腰から消えたようになって、抱（だき）ついたものがある。

（畜（ちく）生（しよう）、お客様が見えないかい。）

　と声に怒（いかり）を帯びたが、

（お前（まえ）達（たち）は生意気だよ、）と激しくいいさま、腋の下から覗こうとした件（くだん）の動物の天窓（あたま）を振（ふり）返（かえ）りさまにくらわしたで。

　キッキッというて奇（き）声（せい）を放った、件の小坊主は其（その）まま後（うしろ）飛（と）びに又宙を飛んで、今まで法衣（ころも）をかけて置いた、枝の尖（さき）へ長い手で釣（つる）し下（さが）ったと思うと、くるりと釣瓶（つるべ）覆（がえし）に上へ乗って、其（それ）なりさらさらと木（き）登（のぼり）をしたのは、何（なん）と猿（さる）じゃあるまいか。