八話

 普段なら日が差し込むのだろうが、曇天模様の今は、わずかな明るさしかなく、林の中を歩くヴァシルの足下は薄暗かった。それでも前線で入った森とは違い、地面は平坦で下草も短いおかげで、十分に歩き回って捜すことはできた。


 女性のうめく声を追って、ヴァシルは自然と林の奥へ進んでいた。その声の主も移動しているのか、聞こえてくる声との距離は一向に埋まっているような気がしない。何かおかしい――そう思う自分もいたが、ヴァシルは捜し続けた。


 林に入り込んで、もう大分経っていた。こんな奥まで来てしまうと、ここはすでに街の外だろう。喧騒も、随分前から聞こえなくなっている。声の主は一体どこへ向かいたいのか、ヴァシルにはわからなかった。疲れた足を止め、人影がないか遠くに視線をやっている時だった。


「うう……た、す……」


 声が近いところから聞こえて、ヴァシルはすぐに動いた。今までよりもかなり近く、鮮明に聞こえる。


「どこだ!」


 呼びながらヴァシルは声のするほうへ走る。すると、目の前の木の陰に、幹をつかむ細い腕が見えた。土で汚れていて、赤い筋が付いている。それが血とわかって、ヴァシルは慌てて駆け寄った。


「大丈夫で――」


 回り込み、声の主の正面に立って声をかけたが、その姿を見て、ヴァシルは言葉を失ってしまった。


「ああ……」


 木に力なく寄りかかっていた若い女性は、ヴァシルの顔を見てわずかに口を開き、声を発する。その顔は傷だらけで、額から流れる血で染まっていた。片目は真っ赤に充血し、半分しか開いていない。一つに結っている金の髪はひどく乱れ、血と汗にまみれる肌に張り付いている。その体を見下ろせば、麻のブラウスは襟から破れ、左肩から胸元までをさらして、血の染みた下着まで見えている。淡い緑のロングスカートは、裾を中心にずたずたに裂かれており、両足の大小の傷口から流れる鮮血を吸って、色濃い染みを作っていた。靴は履いておらず、土まみれになったつま先はお互いを重ね合わせ、痛みなのか寒さなのか、止まることなく小刻みに震えていた。


「あ……あ……」


 女性は傷口から血を滴らせながら、右手をヴァシルに伸ばそうとする。その手をすぐに握ったヴァシルは、苦痛に耐える女性の顔を半信半疑の気持ちで見つめていた。ヴァシルが言葉を失ったのは、このひどい姿にだけではなかった。それ以上に、女性の顔に見覚えがあったからだ。いくつもの傷と流れる血で、かつての面影はかなり隠されてはいたが、それでもヴァシルはこの顔を知っていた。白い肌、金色の髪、そして、自分を見る橙色の丸い瞳――握った手をさらに握り締めると、ヴァシルは鼓動を速めながら聞いた。


「……まさか、エリエ……なのか?」


 ほとんど自問するような口調で女性を見つめる。すると、こちらを見ていた橙色の瞳が、わずかに潤み始めた。


「あ……ヴァ、シル……」


 聞き逃してしまいそうな、小さくかすれた声だったが、その口は確かに自分の名を言っていた。途端にヴァシルは目を見開き、声を震わせた。


「そんな……何で、エリエが……何で……」


 取り乱しそうな自分を、ヴァシルは懸命に抑えていた。頭の中も混乱しそうで、冷静さを意識しようとするが、目の前の顔がそれを邪魔する。ヴァシルにはまったくわからなかった。かつての恋人が、なぜこんなところにいるのか? しかも、全身傷だらけの状態で……。


 呆然とするヴァシルを見て、エリエは浅い呼吸を繰り返しながら口を開く。


「ドレスの、女の……人、に……」


 苦しそうに発した言葉に、ヴァシルの表情がこわばる。


「……ドレスの、女……?」


 エリエはわずかにうなずく。


「聞いたの……ヴァシル、が……約束を、破った……から――」


「な……!」


「男の、人を、追った……から……だから、私が……私のこと……を……」


 最後まで言い切らないうちに、エリエの目からは透き通った雫がこぼれ落ちた。


 絶句しながら、すべてを察したヴァシルは、音がするほど歯を噛み締める。


「やつが……やつがエリエにこんなことをしたのか!」


「ヴァシル……」


 涙に濡れた瞳がヴァシルを求めていた。握った手を引くと、ヴァシルはエリエの細い体を抱き寄せた。自分の服が汚れることも構わず、背中に回した腕でしっかりと抱き締める。その感触は綿のように柔らかく、まるで手応えがなかった。目で確認しなければ、ここにエリエがいることさえわからないような、妙な違和感があった。だが、間違いなくエリエは腕の中にいて、ヴァシルは自分にもたれかかる彼女を見下ろす。


 ヴァシルの肩に頭を預けながら、エリエも下からヴァシルを見上げる。


「あの人、の、言うこと……聞いて……お願い。もう、私……こんな目に……遭いたく、ないの……」


 震えて涙ながらに言うエリエに、ヴァシルの表情が苦しみに歪む。そしてエリエの乱れた髪を撫でながら、その頭に自身の額を付ける。


「俺のせいだ……ごめん。エリエが危険だってわかっていながら、俺がやつを追ったから……本当に、ごめん!」


 頭を離すと、ヴァシルはエリエを見つめて言った。


「もうエリエを、こんな目には遭わせない。やつは……追わないよ」


「本、当に……?」


「エリエを、苦しめたくないんだ。俺は」


 これに、橙色の瞳が細められる。


「ふふっ……今度は本当かしら?」


 背後から聞こえた声に、ヴァシルは振り向く。そこには腰に手を置いてこちらを見る、黒いドレスの女が立っていた。その姿に、ヴァシルは咄嗟にエリエを自分の後ろへ隠す。


「お前!」


「あら? 今、何を隠したの?」


 女はにやにやと笑っている。


「エリエにはもう手を出させない!」


 息巻くヴァシルを、女は鼻先で笑う。


「エリエ? その人間はどこにいるの?」


 女はわざとらしく、周りをきょろきょろと捜す。


「ふざけるな! お前がやつに言って、エリエをこんなに傷付けたんだろ!」


「だから、エリエという人間は、一体どこにいるのか、私は聞いたんだけど……あなたは見たの?」


 ヴァシルの眉間にしわが寄る。


「……何が、言いたい」


 女の口の端が上がる。


「見たと言うなら、もう一度確認してみたらどう? その後ろを……」


 不安がよぎり、ヴァシルは背後へ振り向く。


「え……エリエ?」


 そこにいたはずのエリエは、こつぜんと姿を消していた。遠くへ視線をやっても、人影はどこにもない。それどころか、地面に流れ落ちた血や、抱き締めて服に付いたはずの染みも、どういうわけか綺麗さっぱりとなくなっていた。状況が呑み込めないヴァシルは、ただ困惑するばかりだった。


「あなたは彼女を、本当に見たのかしら? ふふっ」


「エリエに……何をした!」


 怒鳴るヴァシルの様子に、女は肩を揺らして笑い出す。


「疑わないことが、こんなにおかしいことだったなんて、知らなかったわ」


 女の言葉の意味がわからず、ヴァシルはただ睨み付ける。ひとしきり笑って満足した女は、笑みを浮かべながらヴァシルを見やる。


「彼女の前では純粋になるのね……それが、幻だとも思わずに」


「……幻だと? 何を――」


「おかしいとは思わなかったの? 彼女が突然こんなところへ現れたことに」


 言われてヴァシルは言葉に詰まる。追っている時におかしいとは感じていた。だが、傷だらけのエリエの姿を見てしまっては、冷静な思考などできるわけがなかった。その体に触れても、感触に違和感はあったが、目の前にエリエの顔があれば、それは間違いなくエリエだと思ってしまうだろう。それなのに、抱き締めていたのは幻だった? 涙を流して、見つめてくれたのも、すべて偽物だったというのか――ヴァシルの行き場のない感情は、射るような眼差しで女に向けられた。


「エリエが幻なら、お前は何なんだ。そんなものを操る人間なんて、この世にあり得ない。……お前は本当に、人間か?」


 女は、にやりと笑う。


「ご覧の通りの者よ。ふふっ……」


「……どうやったかは知らないが、何で俺にあんなものを見せた。これも忠告と言いたいのか!」


「そんなところね……だってあなた、どうせまたラスカーを追うつもりでしょ?」


 ヴァシルは睨み付けたまま黙っていた。すると女は、ヴァシルの前をゆっくり歩きながら言う。


「あなたは約束を破った。本当なら私は怒ったっていいのよ。怒って、あなたの彼女をあんなふうに痛め付けてもいい。でも私はやらなかったわ。どうしてだと思う?」


「お前の気持ちなんか、知るか!」


 怒鳴るヴァシルに、女は肩をすくめる。


「あんまりかっかしないで。私はあなたに、彼女を助ける機会をあげるんだから」


 言うと女は、ヴァシルの正面に立ち、真っすぐに視線を合わせる。


「新しい約束をしましょう」


 不敵な笑みを見せる女に、ヴァシルは警戒の表情を浮かべる。


「……約束事は嫌い?」


「俺はお前が嫌いだ」


「傷付く言葉……でも、あなたってやっぱり、面白いわ。ふふっ」


 ヴァシルの頬を一撫でして、女は続ける。


「言っておくけど、二度目はないわよ。あなたが次に約束を破れば、さっきの幻は現実になると思ってね。だから――」


 女の暗い瞳が光る。


「彼女を傷付けられたくなければ、約束は守ったほうがいいわよ」


「約束じゃなくて、脅しの間違いだろ」


「脅しだったら、聞いてくれない?」


「お前の言うことを聞く気はない」


 女は口元に手を当て、悲しげな表情を作る。


「あなたのことが好きな、私の気持ちをわかってくれないのね……。それなら、あなたにも同じ気持ちをわかってもらうしかないわ……」


 女は、じっとヴァシルを見つめる。


「彼女の首を持って、また会いに来るわ」


「……何を言って――」


「数日後に、会いましょう……」


 言って踵を返し、その場を去ろうとする女を見て、ヴァシルは慌ててその腕を引き止める。


「待て! お前、それは――」


 引かれた勢いで振り返った女は、そのままヴァシルの胸にしなだれる。


「彼女の首を切られるか、私と約束するか……どっちがいいかしら?」


 胸の中で上目遣いに見てくる女に、ヴァシルは歯ぎしりした。結局はこうなってしまうのだ。エリエの存在を人質に取られている限り、自分はこの女の言うことを嫌でも聞き続けなければならない。癪に障るどころの腹立たしさではなかったが、彼女の身を思えば、ヴァシルは怒りを抑えて言うことを聞く他なかった。


 しなだれてくる女を、ヴァシルは軽く突き放すと、怒りをこらえる表情で言った。


「……約束する。だから、エリエには……」


 途端に女の顔が明るく変わった。


「ふふっ……それでいいわ。あなたが約束を守るなら、私も彼女には何もしない。安心して」


 嬉しそうな女を、ヴァシルはじろりと睨む。


「それで……どんな約束をさせる気だ」


 ヴァシルを見る女の口角がゆっくりと上がる。


「簡単なものよ……ラスカーに殺されてきて」


 意味がわからず、固まっているヴァシルに、女ははっきりと言い直す。


「あなたが、ラスカーに、殺されるの。ただそれだけのことよ。簡単でしょ?」


 笑顔で平然と言う女に、ヴァシルは開いた口が塞がらなかった。


「……俺に、殺されに行けって言うのか?」


「ええ。すぐに果たせる約束よ」


 この女は、やはり普通ではない――そう感じながら、ヴァシルは大声で返した。


「できるわけないだろう! 自殺しろと言われてるようなもんじゃないか!」


「そうよ? 私はあなたに死んでちょうだいって言っているの」


「馬鹿馬鹿しい……命を捨てる約束なんて――」


「じゃあ、あなたは彼女を見殺しにするのね?」


「見殺しなんか――」


「助けるの? でも、あなたは自分の命が惜しいんでしょ?」


「そ、れは……」


 女は妖しい笑みを浮かべる。


「あなたは自分と、彼女と、どちらの命が大切なのかしら? ふふっ……」


 女に、いいようにもてあそばれている。それがたまらなく悔しく、腹立たしかった。今すぐにでもこの女の口を塞ぎ、切り伏せてやりたい――ヴァシルはそんな感情に流されそうになるが、それで解決するような問題ではないと、懸命に怒りを押し殺す。ここで女を仕留めたところで、どこかにまだラスカーがいるのだ。この話がもしラスカーに伝わっていたら、エリエの身を危険にさらすことになる。だからと言って、こんな約束を実行できるわけもなかった。だがそれでは、エリエは殺されてしまう……。何をするにしても、ヴァシルにとっては大きな決断となりそうだった。しかし、揺らぐ心はその決断をできないでいる。両の手で拳を握り、地面を見下ろすヴァシルの目は、怒りと迷いをたたえながら、心と同様に揺れ動いていた。


「……答えがわからないの? それなら、ちょっとだけ手伝ってあげるわ……」


 押し黙るヴァシルを見兼ねて女は言うと、ふふんと鼻を鳴らし、細めた目を光らせた。


「ほら、あなたのために、来てくれたわよ……」


 そう言うと、地面を見下ろすヴァシルの視界に、女ではない別の足が見えた。長いスカートに小さな革の靴――


「ヴァシル」


 優しく呼んだ声に頭を跳ね上げたヴァシルは、一瞬鼓動が止まった気がした。


「……エリエ」


 夢で見たのと同じ、美しい姿でエリエは目の前に立っていた。


「あなたが決めて。ヴァシル」


 高く澄んだ声が響く。


「あなたが決めたことに、私は何も言わないから。ヴァシルが生きたいのなら、そうして……」


 どこか陰りのある笑顔は、ヴァシルの心を苦しく締め上げた。


「エリエ――」


 思わず手を伸ばしたところで、ヴァシルは我に返った。違う。これはエリエではない。偽物なのだ。その証拠に、エリエの容姿はあどけなさが残る十六歳の少女のままだった。今は二十歳になり、立派な女性になっているはずなのだ。もう騙されない――ヴァシルは伸ばした手を戻し、エリエから顔をそらした。


「こんなもの……二度も通用しない。早く消せ!」


「ヴァシル、私を見て……」


 偽エリエは寂しげに言うが、ヴァシルは後ずさり、距離を開ける。


「行かないで。まだ話したい」


「静かにしろ。話しかけるな……」


「ヴァシル」


 しつこく呼ぶ声に、ヴァシルは背を向ける。が、向きを変えた目の前にも、なぜかエリエは立っていた。


「ヴァシル、会いたかった……」


 細い腕がヴァシルの肩に触れようとする。


「触るな――」


 払いのけようとしたが、ヴァシルはそれを躊躇し、体ごとエリエの腕から逃げた。だが背後から誰かの腕がすかさずヴァシルを捕らえる。


「私、ヴァシルのためなら、死んでもいい」


 耳元でささやくように言われ、ヴァシルは焦りながら自分をつかむ腕をほどく。


「やめろ……偽物は早く――」


「偽物なんかじゃないわ。私はエリエよ」


「違う!」


「何を怖がっているの? もっとこっちへ来て」


「その声を聞かせるな!」


「かわいそうに……こんなに怯えて」


 気付けばヴァシルは偽のエリエに囲まれていた。右と左、そして正面と、三人のエリエが近付いてくる。顔も声も服装も、何もかもが同じの美しいエリエ。本物なら、その柔らかな笑顔に見惚れていたのかもしれない。だがこの偽物に感じるのは、不快と憤りしかなかった。自分だけではなく、エリエまでもてあそぶことに、ヴァシルは我慢ならなかった。


「お前は……!」


 迫るエリエの横をすり抜けると、ヴァシルは遠くでたたずむ女目がけて駆け出した。


「偽物を……早く消せえ!」


 抑えていたはずの怒りは、ヴァシルの手に剣を握らせ、勢いよく引き抜かせていた。それを見た女の目が、楽しそうに見開かれる。


「あらあら……」


 笑いを含んだ、からかうような呟きを漏らした女に、ヴァシルは力を込めて剣を振り下ろした。


「……!」


「どうしたの? ふふっ……」


 女は笑いかけてくる。そんな相手をヴァシルは呆然と見つめていた。振った剣は、確実に女の肩口を切り付けていた。それなのに、剣を握る手には何の手応えも感じられなかった。それどころか、その切り付けた肩には、あるはずの傷が付いていない。血も流れなければ、黒いドレスも切られていない。そこに切り付けられたという意識はまるでなく、女は恐怖も怯えもなく、平然と立って笑顔を見せ続けている。


「ど、どうして……」


 動揺を隠せないヴァシルは、剣を構えながら女を凝視する。


「私を殺そうとするなんて……いけない男……」


 艶のある眼差しで女が歩み寄る。ヴァシルは後ずさろうとするが、それを逃すまいと女はヴァシルの片手をつかむ。


「お前も、幻……なのか」


 険しい表情で聞くヴァシルを見つめながら、女はつかんだ手を持ち上げ、それにゆっくりと頬ずりしながら言う。


「たくましい手……あなたを見ているのは、本当に面白いわ」


 頬ずりされるヴァシルの手には、冷たい女の感触が伝わってくる。エリエの幻とはまた違う、言葉では表しにくい、感じたことのない感覚。これが人の感触なのだろうか――小さな疑問に、ヴァシルは自然と眉をひそめていた。


 自分の頬にヴァシルの手を付けたまま、女は視線を向けた。


「あなたは私に逆らえない。わかったでしょ?」


 妖しい目が見据えてくる。ヴァシルはその光に不気味さを感じ、つかまれた手を強引に引き戻した。それでも女は笑顔を崩さず、見つめてくる。


「……あなたがラスカーを追って入った森……あの森の奥に隠れ家があるわ」


 仲間の居場所をさらりと言った女に、ヴァシルは怪訝な顔を見せる。


「そんなことばらして、いいのか」


「だって、約束は守ってもらえるんでしょ?」


 思わずヴァシルが奥歯を噛む様子に、女はふふっと笑い声を立てる。


「大丈夫。迷わないように目印を置いておくわ。それをたどれば、ラスカーに会える……」


 言うと女は、ヴァシルの鼻先まで顔を近付けた。


「約束、もう、破らないでね」


 微笑を浮かべたまま、女はヴァシルから離れると、落ち着いた足取りで林の中へ消えていってしまった。その姿が見えなくなって、ヴァシルは握っていた剣を鞘に戻す。周囲を見渡せば、エリエの幻も消え失せて、静寂の中にヴァシル一人が立っていた。小さく溜息を吐き、そして直面した難題に頭を抱える


「あの、女……!」


 得体の知れない女への怒りは、いくらでも湧き出てきたが、難題を解決する術は、そう簡単には出てきてくれない。自分は一体どうすればいいのか――ヴァシルは宿に戻ってからも、降り出した雨の音を聞きながら、一人決断に迷い続けていた。

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