第2話 ヨヨギ・ヴィレッジ

 スマートコンタクトレンズ、通称スマコンの視界に出ている時刻が13:00を回っていたため、さて、そろそろ「下山」するかと、気を付けながらがれきやひん曲がった鉄筋、様々なゴミの山を慎重に降りていく。


 登りも危ないには危ないが、下りの方がむしろ危険だ。例えば足元が大丈夫だろうとトタン板へ足を降ろして踏み抜き大けがをする、ということもあり、いくらある程度の怪我は治療が無料とはいえ、気を付けなければならない。 


 「山」から降りて、その谷間を歩き、途中すれ違う同じ顔見りの「登山家」に「今日はどうだった?」と挨拶しながら尋ねられ、「まあまあだったさ。どうも景気がよくないなあ」と、結構大物のハズのズタ袋の中の家庭用ロボの事は素知らぬふりをして返し、「気を付けて」とお互い手を降って別れる。


 そしてそれら山地を抜け開けた黒ずんた平地に建つ、かつては電波放送局だったと聞く黒ずんだ大きな建物の周囲を囲むように、ビルを補強して店にしたり、公園だったそうな場所にテントを開いたりしている、様々な商店や住宅が密集した集落、「ヨヨギ・ヴィレッジ」がある。


 その元電波放送局だったという崩れかかった建物は、今は居住区と事務所、商店などの雑居ビル状態になっているようだ。


 しかし、一部の区画がリフォームされて綺麗になり補強され、実際にテレビカメラで撮ったものを電波放送で流す、という酔狂な事をしていて、各地域からそれを聞きつけた人が集まってきて、かなり盛り上がり、今年で開局5周年らしい。



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 集落へと入りながら、通りに並んでる崩れかかっているビルやテントを建てたりトタン小屋で様々な物を売ったり買ったりしている通りを見ながらぼんやりと、電波放送はどのようなものなのだろうか、と思う。


 ネットスフィアの方が便利だけど、まだ観てる人がいるんだろうなあ、試しに観てみたい…と好奇心がわずかに湧いてきたが、頭を横に振って考えを切り替え、まずは今日はどこでこのお宝を売ろうか、いつものとこ以外で高く売れるかもしれない、と悩む。


 「登山」で得られる日銭は、こういった大物を掘り当てる事もあれば、細かな電子基板のチップなど破片程度しか見つからない事もあり、平均では月に10万の時もあれば100万グローブの時もある感じで、全然安定しない。


 安定を目指すなら土木系レイバーになるべきなのかもしれないが、やっぱりお宝を当てた時の喜びは何にも代えがたい。


 収入の1割はオオタ孤児院への今までの養育費の返済に回している。まあ、本来は院を出てから3年間は一応支払い猶予期間があるのだが、その間の金利で負債が増すし、クレジットヒストリーを育て社会信用ポイントを少しでも得るために、早めに返済するために当てている。


 残りは屋台や食堂などで自給自足で育てた野菜や賞味期限ぎりぎりか既に切れている廃棄食品を再調理しそれらしく見せかけた、それなりの味の料理を食べたりに使っている。


 固定費として、レッド向けの、格安だが保障も薄い、治安から重病、火災までを一通りはカバーする総合保障保険の保険料と「マンション」の一週間分の家賃、そして先述の自分で決めてる定額の貯金で、色々差し引くと月に5万は消えてしまう。

あまりに足りない時は、カードリッジ式食料自動配給器で食料をもらうしかない時もある。



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 元々は公園であったらしく、広く開けた土地に無数にあるテントとテントの間を歩いて、馴染みの買い取り屋に行く前に、ちょっと相場を調べるかと、最近この集落…ヨヨギ・ヴィレッジでたまに見かける買い取り屋なムラタに「こんにちは、景気はどう?」と挨拶する。


 世間話を軽くするとムラタは元々、アジアブロック群島C3の東にあるオーサカ出身で、ジェットに乗ってC4へ来たらしい。ジェットに乗るにしろ高速鉄道に乗るにしろ乗合バスに乗るにしろ、交通機関はタダなため、人々の出入りはかなり各地域でで激しい。馴染みのヨシムラだって元々はC4の最西端のナゴヤの集落から来たらしい。


 C3だと、かなり言語が異なるらしく、ムラタの話し方がなかなか癖になり面白く、また俺はまだここC4地域しか知らないので、C3の話を聞きたく思い尋ねてみたい気があった。


 だが、世間話もいいがまずは「そういえばこういうの拾ったんだけど?」と採掘してきた家庭用ロボの残骸を見せる。


「いやあ、上半身しか残っておらんようじゃ、ちょっとあかんなぁ…。15万、ってとこやなぁ」と顔をしかめながら言われ、むきになって「それじゃちょっと安すぎない?ヨシムラのとこ持ってくよ」と言い去ろうとすると、「待ちなはれ、うちなら18万までなら出しまっせ?」という。


「そう、まあ一応ひいきにしてるとこにも顔出してくるよ。25万くらいでどうか考えておいてね、気が変わったら『Links』で通知よろしく」と店主とフレンド交換し頭を下げた後、馴染みというか、「まあまあ良心的なほう」な買い取り屋に向かう。


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 元々はEVシフトがまだ完全に終わっていなかった時代があり、その時かつての内燃機関による自動車の修理工だったという馴染みの買い取り屋、ヨシムラの店のテントへ着くと「営業中」と書いた札が垂れ下がっていた。


 テントの横にある非売品だという内燃機関で動くレトロカーを横目に入って行く。ふと、ガソリンはどうやって手に入れてるんだろうと思ったが。


「いらっしゃい…ってピレネーかよ。またお宝でも見つかったか?」と、どうやらその電波放送を聴く端末…ではないな、機械(?)のガラス板に映る、2D動画を再生する機器を、作業場の横のプラスティックコンテナの上に置いて観ているようだった。


 すると顔だけこっちを向いていたのが、くるっと椅子を回してこっちを見てきて、値踏みするような声と目で撫でられた。


 俺は「今回はかなりの大物だよ?」とにこっと返しながらズタ袋から家庭用ロボの残骸を取り出してカウンターに載せて見せる。だがどうもお宝を見たヨシムラの顔つきが良くない。


「こりゃあ…うーん…ちょっとロボとしての価値は当たり前だが無いから…レアメタルやチップ、メモリとかでの査定になるが…」と唸りながらこちらの方をちらっと眼で向けると、「18万だな。それが上限だ」とヨシムラがしかめっつらをしながら言いやがった。


「いやいや、かなり貴重な資源がボディや基盤に使われてるでしょ?メモリにも何か残ってるかもしれないし」と食い下がるが、「いや、資源としちゃあ、チタン合金は昔は貴重だったんだが…ここ数年でユーラシア大陸東部で採掘が本格化して、今は相場が安くなってるからな」と言うとふう、と一息吐き出した。


「それにこれは2058年より以前のだから、ネットスフィア成立前のインターネット時代ので今の暗号規格とは全然違う。現存するか分からない古い暗号通貨があるかもしれねぇが、変換しデコードわざわざする費用のほうが高くつくだろ?」とジト目で見られる。


「第一、当時のセキュリティのログインデータで、今現在で何か貴重なデータやリソースが残ってるか分からんし、インターネットアーカイブでも、40年前のサーバが残ってたりすると思うか?」と至極言われてみれば当然だが触れて欲しくなかった事を言われてしまう。


「それじゃせめて20万以上にしてよ、例の最近来てるムラタでは20万って言われたからさ。それでどう?」と、スマートコンタクトレンズのウィンドウの視界の端に、ムラタから「19万なら買ってもええで」という通知をもらったのを見ながら嘘を覆い隠すようにオーバーに身振り手振りでロボの残骸を持ちあげ見上げる。


 すると、ヨシムラの親父は「はぁ…」と言い、「分かった。20万でいいだろ?」と返してきた。


「30万は堅いと思ってたんだけどなあ…」とちょっとぼやくと、「バカ言え、お前は知らないかもしれないが、これは当時2つ機種があって、もう一つのは高性能なハイエンドのだが、これは廉価版の安いやつだぜ?30万はボリ過ぎだ」としかめっ面をする。


 手招きしてきたので、ヨシムラの親父の手に手を重ねた後、「認証」とお互いに言い、スマートコンタクトレンズで見える半透過画面でクレジットの残高を見て20万振り込まれたのを確認して「ありがと」と言った。


「まあ、また何かあったら持ってこいよ。高く買い取ってやるから」とにかっと笑ってロボの方へ背を向けたので、「わかった、一応馴染みの店だしね。飢えて死にそうだったんだ、飯が久しぶりに食えるよ」と悔しく嫌味を言った。


 苦笑したヨシムラの親父から「おうおう、食ってこい。飢えないようにな」と笑いながらの声が返ってきて、テントの外へと俺は出た。

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