二十六 絶体絶命の悪戦苦闘
巨勢博士は顔をあげて語りつづけた。
「さて第二の珠緒殺しですが、これは極めてカンタンです。酔っ払いの珠緒さんは、この日は特に
博士の顔に熱情があらわれた。どうやら、これからが、事件のヤマであるらしい。ピカ一は平然として、口をつぐんでいる。あやか夫人も童女の如く、ただ耳をすましているようであった。
「その日の午後は予定によって王仁さんをダビにふす日でありました。何かの方法によって、土居画伯とあやか夫人は千草殺しの手筈を打ち合せたものでしょう。先ず、あやか夫人が内海先生のアイビキの手紙を偽造して、内海さんからことづかったからと千草さんに渡しました。それを真実めかすために、棺が送りだされるとき、あやか夫人は内海さんと並んで門の外まで棺を送って出たのです。まさか千草さんが、この手紙を人に見せようなどと、さすがのあやか夫人も夢にも考えていませんでした。そうでしょう。美女は恋の仕方に於て、概して秘密を愛するものです、ところが、醜女は恋をひけらかす性質のもので、さすが練達のあやか夫人も、わが性癖に
私にとって半信半疑の真相が、どうやら信ぜざるを得ぬものとなりつつあるようであった。然し、私にとっては今もって、あやか夫人が犯人であると思われず、全てが巨勢博士のイタズラで、今に突如として別の真犯人を指名するように思われてならなかった。博士は語りつづけた。
「火葬場について読経を終って火をかけ、さて帰ろうとした時が六時六分、偽造のアイビキの文面では、午後六時半から七時ごろまで三輪神社裏で、となっております。そのとき土居画伯は色々の方法を用意せられていたでしょうが、たまたま屍体をつんできた大八車がカラのまま帰ろうとするのを認めたので、とっさにその利用をはかられ、言葉巧みに内海さんを大八車にのせ、自分もあとを押して、若衆二人と土居先生の三人びきですから猛烈な勢いで、みるみる谷径を登り、我々の視界から消え去りました。谷をのぼりつめたところで、土居先生は大八車のあと押しをやめました。そして、すこしやりすごして間道へとびこみ、猛烈な全速で走って三輪神社の裏へでてここに待っていた千草さんに話しかけ、内海先生があとからヒョッコリヒョッコリ歩いてくるぜ、ひとつカクレンボでもしようじゃないか、まア、どんな風に持ちかけたのか知りませんが、フロシキをかぶせておいて、なんなく締め殺してしまった。ただちにハンドバッグをひっかき廻して、例の偽造のアイビキの手紙を奪いました。これをやり終るまで恐らく五分とかからなかったに相違ありません。直ちに走って先廻りをして、大八車をやりすごして、内海さんより一足先に戻られた。内海先生は石コロだらけの急坂にかかる前に大八車を降り、セムシの危い足で、一足ずつ休んでは降り休んでは降り、相当の時間をつかって石コロだらけの急坂を
「あの夜、九時何分ごろでしたか、お由良婆さまと諸井看護婦が広間へはいってきて、千草さんは六時ごろアイビキにでかけた、その手紙を諸井看護婦が見せられた、男の名前も知っている、それと判ったときの土居画伯あやか夫人の
私も、そして多くの人々も、どうやら説得せられてきた。してみると、あやか夫人が真犯人であったのか、もはや巨勢博士が、今までのことは冗談です、真犯人は、と言いだすことは有りうべからざるものに思われた。それにも
巨勢博士は我々の思惑などはおかまいなしに、言葉をつづけた。
「御両名は筋書通り巧みに格闘を演じ、あやか夫人は
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