第134話 青空の王都

 晩餐会当日の昼間。

 春が近く、暫く雪も降っていなかったが、そんなここ最近の中でも一番の晴天に恵まれていた。

 そして輝く太陽の下、王都リューベには続々と周辺貴族達が集まってきている。


「兄貴!」


 王宮の近くにある待機用に開かれた屋敷では、ポーリが現・ナンシーニェ侯爵である長兄フラッツと再会していた。


「おおポーリ。よくやったな、それでこそナンシーニェ家の男だ!」


 フラッツは背はポーリより少し低いが、がっしりと厚いその身体は、貴族というより歴戦の勇士のようだった。


「兄貴が晩餐会に間に合うとは思わなかったぞ。」


 今回、晩餐会に来られるのは王都に近い北部の都市の代官や、王都住みの貴族である。

 ナンシーニェ侯爵家の治める中央部のアルマンド市からは、一日で来られる距離では無かった。


「フフフ、お前の後を追って挙兵して、王都に向かっていたからな。」

「はぁ?」


 驚くポーリ。フラッツは第三騎士団の為の兵站を集めただけでなく、自らも都市の防衛隊の三分の一を引き連れて来ていたのだ。


「アルマンド市はどうしたんだよ。」

「ローレンに任せてきた。悔しがっていたぞ、あいつは昔から勝負事に弱い。」


 大口を開けて笑うフラッツ。次兄ローレンとコイントスで勝負をし、勝ったフラッツが出陣したという。


「相変わらず豪快なご家族ですね。」


 二人の会話を聞いていたジェリンピオは、少々呆れ顔だ。


「おうジェリンピオ、元気だったか?」

「お陰様で、先代に助けて頂きました。まさか先代が、王都で靴屋をやっていたとは知りませんでしたが。」


 ジェリンピオが騎士になった時にはナンシーニェ侯は既に代替わりしていた為、フラッツとは面識があったものの、先代侯爵のバーロとは王都侵入時が初対面だった。


「……親父が王都に住んでるのは別にいいが、あの女癖はなんとかなんないのか?」


 ポーリが溜め息混じりにフラッツに言う。父とはいえ、現当主のフラッツが言えば実家に戻すことも出来るだろう、と思っていた。

 だがフラッツは宥めるように言う。


「そういうな。お袋が亡くなってからお前が一人立ちするまで20年近く、独り身で責任を果たしたんだから。」

「別に俺も再婚するなとも、彼女を作るなとも言わないさ。ただ、二股は良くないだろう。」

「何? それは俺も初耳だぞ。」


 フラッツが気色ばむ。そして、回りをキョロキョロと見渡す。


「……肝心の親父は?」

「昨日王都に着いてから、元宮廷法術士の彼女の家に行ってる。晩餐会には顔を出す、だと。」

「あ、俺を王宮で助けてくれたのも、お父上の彼女でした。確か、メイド長だったかな?」


 ポーリとジェリンピオの話を聞いて、フラッツの顳かみに青筋が奔る。


「親父め…どうやら説教が必要なようだな。」


 あまりにもドスの効いた低い声に、称号騎士であるジェリンピオでさえ背筋が凍るような気がする。

 その耳元にポーリが囁く。


「実は、ウチで一番怖いのはフラッツ兄貴なんだ。」

「な、なるほど。凄い迫力だ。」


 がっしりした身体は見せかけではなく、今も毎日のトレーニングを欠かさず鍛え上げている。戦える当主、それがフラッツ・ナンシーニェ候であった。

 ジェリンピオは自分が告げ口したようになり、折角助けてくれたバーロに悪かったかと思ったが、ポーリは自業自得だと笑っていた。



  ― ◆ ―


 王都リューベは大きなカルデラの中にある為、その外周を火口壁に囲まれている。

 その高く聳える火口壁を見上げるように立つのは、破軍レオーネである。


「……うん、なかなかやりやすそうな立地だな。あっちとこっち、えぇっと、後なんだったけ?」


 自分の記憶をほじくり返そうと、頭を叩きながら眉間に皺を寄せて悩んでいた。

 そこに、王都の方からモリナが飛んでくる。比喩ではなく、文字通り空を飛んで、である。彼女は雷法以上に風法が得意で、短時間なら起こした風で空を舞える程のレベルだった。


「レオーネ様! こんなところに居た!」

「おおモリナ。どした?」


 華麗に着地したモリナは、舞い上がった砂埃も気にせず、ツカツカとレオーネの眼前まで迫る。


「どした? じゃありませんよ! なんで晩餐会の出席、断ったんですか!? 女王陛下の御招待を蹴るなんて、国際問題になりかねませんよ!?」


 激しい剣幕で詰め寄るモリナだったが、レオーネは頭を掻いて笑う。


「ああ、ちょっと忙しくてな。」

「忙しい!? 女王陛下のお誘いより優先する事なんてないでしょう!?」

「だって急がないと、アイツも俺も長居出来ないだろう?」


 その言葉で、モリナの剣幕がはたと止まる。


「………マッカとグランリドに、王都周辺を散策させていることに関係ありますか?」

「いや? グランリドが王都に来たら、皆吃驚しちゃうだろ。」


 気の抜けたようなレオーネの返事に、肩を落とすモリナ。


「何なんですか、見直したと思ったら。晩餐会に出たくないだけじゃないでしょうね?」

「正直、堅い所は苦手というのも、あるにはある。」

「あるのかよ!」


 上官にお構いなしのつっこみを浴びせ、そして大きな溜め息。モリナの苦労性は、メノテウス国内でも国外でも、変わりない。


「ま、兎に角、晩餐会には出ん。それよりモリナ、お前もちょっと付き合え。」

「え? ちょ、ちょっと待ってください、せめて私ぐらい出席しないと公国としての体面が…!」


 慌てるモリナだったが、そのまま歩き始めるレオーネ。


「大丈夫だ、晩餐会は夜だろ? それまでには帰してやるよ。」

「いや、ギリギリに開放されても、私だって準備とか、着替えとか、お化粧とか……聞けよ!」


 モリナの意見など全く意に介さず、鼻歌混じりに歩いていくレオーネ。


「んもう! 本当にどうっしようもないんだから!」

 

 なんのかんの言いつつ、断れずに走ってついていってしまうモリナ。

 メノテウス公国の騎士達の間では『将軍の世話焼き女房』などと呼ばれている事は、本人は全く知らない。が、知っていれば全力で否定するであろう。

 尤も、弟のマッカに言わせれば「否定はしても満更でもないと思う。」だ、そうだが。



  ― ◆ ―


 王宮内の、女王の自室に近い応接室で、宰相であるトニオカが青い顔をしていた。

 枢機卿軍に依って王宮の一室に幽閉され、昨日開放されたばかりなので多少やつれてはいるが、顔色が悪いのはそのせいだけではない。


「まさか、ノーベルト・コディーロ団長が、魔人に体を乗っ取られていたとは…。」


 同じ部屋に居るアレッサンドラやルイジールから話を聞いたが、にわかには信じ難い、といった表情だ。だが勿論、女王が国防の事で嘘をつく筈もなく、事実であると理解はしている。理解はしているが、感情が追いつかないといった感覚だ。


「コディーロ殿に関しては、反乱を裏から扇動していたのは伏せましょう。」


 ルイジールの提案に、アレッサンドラも頷く。


「そうするのがいいだろう。そもそも、扇動したのは魔人で、ノーベルト本人が反乱したのではないからな。コディーロ家の者達にも罪は無い。」


 コディーロを反乱の首謀者としてしまえば、その家門も取り潰しとなる。かと言って、魔人に操られていた等と公表すれば大きな混乱を招く。

 そこでコディーロ自身には元々は反乱の意思は無く、王都の安全の為に枢機卿に汲みし、戦死したとする事に決めた。クーデター当初に枢機卿が偽装のためコディーロを幽閉していたおかげで、疑う者はいないだろう。


「国防の在り方を考え直さねばなりませんな…他国にも、魔人が中枢まで入り込んでいるやもしれませんし。」

「まず、魔人の存在に対して各国がどれだけ認識しているかにも依りますね。…フランの報告では、少なくともノルクベストは魔人の事を把握したでしょう。」

「メノテウスもな。余が日記で伝えているからな。」

「……問題は、魔人を知っていて利用している国もあるやも、ということですな。」


 トニオカの言葉に、ルイジールが目を見開く。


「まさか、人族でありながら魔人と手を結んでいると?」

「そこまでは言っていない。只、魔人の動向を利用、或いは黙認して、自国の利益にしようと企む輩がいても、おかしくはないという事だ。」


 トニオカの説明を聞いても、まだ釈然としない表情のルイジール。

 聖戦時、魔人と戦った国の騎士にとっては、魔人と手を組むどころか、利用するという行為でさえ許し難かった。

 だが、アレッサンドラの方は、トニオカの言う事を尤もだと思う。


「……魔人の戦力や、人体を改造する術を見た者なら、自国に取り込もうとする者が出たとしても頷けるな。」

「陛下まで、そのような…。」

「ルイジールも、実際に奴等の魔力を間近にすれば分かる。あれは、人同士の戦争の範疇を超えている。」


 アレッサンドラは戦場で暴れる魔人や黒マスクを直接見た訳ではないが、王宮やペロザ砦にてその恐ろしい魔力を感じ取ってはいた。

 その時には、人間側にも常識を超えた強さを持つレオーネやビトーがいたので事なきを得たが、全ての国に魔人に対抗しうる戦力がある訳ではない。国同士の争いが起こったとして、片方に魔人が肩入れすれば、その結果は日を見るより明らかであろう。


「下手に他国に探りを入れると、藪蛇になるやもしれません。」

「そうだな。まずはメノテウスやノルクベストと連携しつつ、自国の防衛力を高めよう。……それについて余は、現在の三つの騎士団の再編と、新たな騎士団の設立を考えている。」


 そこでアレッサンドラは、自らが記した草案を拡げた。


「これは…各騎士団に称号騎士を……」

「ははぁ、近衛士団とは別の直轄を……」


 草案に目を通した宰相と騎士団長は唸る。それは、とても十三歳の少女が考えたものとは思えなかった。

 女王は敬愛しているし、その利発さや能力に疑いなどない。

 しかし、軍事面においてまで秀でた処を見せたのは、これが初めてだった。


『今回の乱で、陛下はまた大きく成長なされた…。』


 国家の宰相としては喜ばしい事である。

 だが、幼い頃からまるで孫娘のような心持ちで見守ってきたトニオカ個人としては、複雑であった。

 その小さな肩に、また新たな大きく重いものを背負わせてしまったのか、と。


「他の称号騎士にはこのお話は?」

「いや、まだだ。そなたに初めて見せた。」

「左様ですか。……そういえば、昨日からフランの姿を見ませんが、彼女は今何処に?」


 ルイジールの何の気なしの問いに、含みを持たせて笑うアレッサンドラ。


「フランは今、美容に忙しいのだ。晩餐会に備えてな。」

「……え?」


 ルイジールもトニオカも、社交の準備に勤しむフランが想像出来ず、思わず同時に聞き返した。

 

「まぁ、夜を楽しみにしているがよい。」


 固まった二人に対し、女王は自らのプロデュースへの自信を伺わせるのみであった。



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