第131話 『教団』の狙うもの
祝勝会の夜が明けて、朝が来る。
いよいよ春が来るのか、日が昇るのが随分早くなってきた。その朝日を眩し気に浴びながら、ビトーは日課の瞑想をこなしていた。
そして目を開けると、後から来て同じように胡座をかいているフェイが、深く呼吸を整えている。怪我は完治はしていないが、治癒法術を施して貰ったので辛くは無さそうだ。むしろ、朝の瞑想で魔力を高めることは、自己治癒力の促進にも繋がっている。
フェイより一足先に瞑想を終えたビトーは、昨夜のルイジールの話を思い出していた。
― ◆ ―
女王が壇上から降りた後、ビトーはフランに第一騎士団の団長ルイジールを紹介された。
「ルイジールだ。ウチのフランが世話になったな。」
「いや、こっちこそお世話になってるよ。」
二人の傍らで、照れくさそうに顔を赤らめるフラン。それを眺めて少々ニヤついていたルイジールだったが、やおらに表情を引き締める。
「ビトー君、ちょっと場所を変えよう。話がある。」
「ん? 分かった。」
促されてビトーは、砦内の会議室に移動した。
其処には騎士が数名と、マルティンがいた。
「あ、マルティンお前! さっきはズルいぞ、隠れて!」
「違う違う、俺は俺で仕事をしていたんだ。」
笑いながら否定するマルティン。
そこに遅れて、ポーリもやって来る。
「済まない、もう始めているか?」
「いえ、まだです。先に団長にお伝えしたこと以外は何も。」
騎士が答えると、ポーリは胸を撫で下ろす。どうもアレッサンドラの言葉に感極まり過ぎて、会議室に呼ばれていたのを失念するところだったようだ。
「で、話ってなんだ?」
「ああ、フィリポ枢機卿の尋問の事なんだが。」
「ビトーさんからお聞きした、魔人の事や『教団』の事を、何も知らないというんです。」
尋問を担当した騎士が、眉間に皺を寄せながら言う。
「俺も、寝てるお前の代わりに隣の部屋で聞いてたんだが、嘘をついている様子じゃなかったな。」
マルティンは、魔人の話が出た時に真偽を問う為、ロトリロの騎士よりは魔人に詳しい者として尋問の様子を聞かされていた。
だが、真偽を問う以前に、フィリポは魔人や『教団』について何も知らなかったのだ。
「枢機卿はまるで憑き物が落ちたように反乱の経緯を全て淀み無く話していた。魔人に関しては、本当に知らないのだろう。」
フィリポに対して怒り心頭なポーリに代わって、冷静なルイジールが尋問に立ち会ったが、やはり彼が見ても嘘言は無いように思えたという。
フィリポが話した反乱の経緯は、こうだ。
一年半程前、カーサミラを統治する彼の下へ、一人の法術士が訪れた。それが、メッフメトーである。
メッフメトーは数々の術で実力を示し、フィリポに気に入られた上で、ある人物からの書状を手渡した。
それは、近衛士団長コディーロからのものだった。
書状には、
「前王と違い、幼く只の小娘である女王には、国を治める力量もなく、自分も仕え甲斐がない。貴公のような、器も経験もある者こそ、王に相応しい。私と、我が手の者が力を貸すので、新たな強き王として立って欲しい。」
とあり、要するに反乱を起こして王位を簒奪しろ、と書いてあった。
流石にフィリポも怪しんだ。女王の側で守る立場である近衛士団長が、謀反を唆すのはあまりにも突飛過ぎる。政敵であった宰相の罠かとも疑った。
そう訝しむフィリポに、メッフメトーが語った。
「では、王宮制圧の邪魔者を、先に消してみせましょう。」と。
その数日後、王都リューベにて『蓮湖の騎士ブルーノ・コンティス』が亡くなったと知った。
ブルーノは第一騎士団長を退き、王都にて騎士の指南役を務めていたが、その実力は現役時代から衰えておらず、王宮を抑える上で一番の障害となる存在であった。
それが、呆気なく殺された。間違いなく、コディーロの差し金だ。自分の意思と力を示すために、盟友さえ殺す。そのコディーロの強いメッセージに、フィリポも腹をくくった。
そして、一年かけて私兵を増員し、第二騎士団を取り込んで、蜂起の時に備えたのだ。
つまり、フィリポからすれば自分をクーデターの神輿として担ぎ上げたのは、近衛士団長のコディーロであり、コディーロの用意した部下メッフメトーや黒マスク達である。そして、そもそもコディーロの直弟子で、騎士団長就任時の口利きをした事もあって取り込み易かった第二騎士団長マリオンも加わった。
だがそれはあくまでも人間としてのクーデターの企みであった。少なくとも、フィリポはそう思っていた。
彼は、『魔人』という得体の知れない存在が自らの計画に入り込んでいるとは、露とも思わなかったのである。
そこまで話して、ルイジールは改めてビトーに向き直る。
「ビトー君の意見を聞きたい。魔人は、その正体を隠して、何故此処まで手の込んだ事をする? そもそも、コディーロ殿に成り代わり、枢機卿を王に立てて、どうしようというのだ。傀儡政権でも作る気だったのか? 何の目的でロトリロを乗っ取るつもりだったんだ?」
「いや、ロトリロを乗っ取る気とか全然無いと思う。」
「え!?」
あっけらかんというビトーに、その場の者達は驚きの声を上げる。
「い、いやビトー、どう考えても今回の魔人の暗躍は、国を裏から操るつもりだったんだろう?」
慌てるフランに、ビトーは首を横にふる。
「もうひとつの魔人達『商団』はどうか分からないけど、『教団』は人間の国を支配したいとは考えてないと思う。奴らが欲しかったのは、アレッサだ。」
トゥーランを尋問した時、それを確信した。
新たなる『魔龍王』を召喚して破滅を齎そうとしているのに、わざわざ人間の国を支配する意味は無い。
「女王陛下を竜の喚巫女にする、それだけの為に?」
「うん。アイツらは表立って目立ちたくないから、王位を別の人間に入れ替えてから、アレッサを攫いたかったんだと思う。」
女王がいきなり行方をくらますのと、退位後に居なくなるのとでは、印象は大きく異なる。女王が消えたとなれば、話は大陸全土に波及し、魔人の存在も疑われる可能性がある。
退位後ならば、反乱で王位を奪われた為に世を儚んで自死、などとでも理由を付ければ、国内の騎士はともかく同盟国や聖戦剣などは、おいそれとは動かないだろう。
「……マルティン君もさっき、同じような事を言っていたな?」
ルイジールの問いに、壁に凭れながら頷くマルティン。
「ああ、俺も魔人は国なんか興味ないと思うぜ。…そもそも国を乗っ取りたいなら、近衛士団長じゃなくて、枢機卿の体を乗っ取った方が話が早い。それをわざわざ説得してまで反乱の頭にしたのは、事が済んだ後は枢機卿に放り投げて、女王だけ連れてどっかに消えるつもりだったんだろうな。」
「確かに…辻褄は合う。」
皆が唸ったところで、ポーリが机を激しく叩いた。
「くそ! 陛下を物のように扱いやがって! 魔人め、許さねぇ!」
「違うぞ、ポーリ。アレッサだけじゃない。『教団』にとって、人間は全て道具として利用するか、踏み潰すかのどっちかなんだ。」
冷たく言い放つビトーに、ポーリは頭に昇った熱が一気に引くような感覚となった。
別の者があまりに怒っていると、自分の怒りが収まる事はある。ビトーは、誰より怒っていたのだ。
「その意味では、言い方は悪いが女王様はかなり上等な道具だと思われてたって事だな。一年以上掛けて、見下している人間達に関わって、それでも手に入れたかったんだからな。」
マルティンはロトリロの者ではない分、客観的に見ることが出来た。
客観的に見て解ってくるのは、『教団』の、なんとしても女王を竜の喚巫女にしたいという意思と、そうしてまで急がなくてはならなくなった焦りのようなもの、だ。
「……また来るかもしれないな。」
「来たら来たで、また返り討ちにしてやる!」
神妙な面持ちで今後を心配するフランと、再び上がってきた熱意で跳ね返すことを宣言するポーリ。
「――今回、『教団』側も痛手は大きかった筈だ。暫くは大人しくするだろう。その間に、騎士団の再編や王都の防衛体制も強化しなくてはな。」
ルイジールの言葉に騎士達は揃って頷いた。
只、ビトーだけは僅かに、何か頭に引っ掛かるものを感じていた。
― ◆ ―
「まあ、悩んでても仕方ない、か。」
その引っ掛かりを気にしつつも、立ち上がって伸びをするビトー。
フェイは未だに、瞑想を続けている。いつも真面目に瞑想に取り組んでいるビトーだが、フェイがここまで長く続けるのは珍しい。昨日の戦いで、思う処があったのかもしれない。
「……熱心なのは、感心だな。」
瞑想するフェイをビトーが微笑んで眺めていると、棟に続く扉が開き、中からルカが出てくる。
「ビトーさん!」
「おお、ルカ! 治って良かったな!」
直ぐに駆け寄って、ルカの手を取り喜ぶビトー。
「すみません。救出していただいたお礼を、すぐにしたかったんですが。」
「いいっていいって。医者に絡まれて大変だったんだろ?」
昨日の合戦の後、ルカは騎士団付きの治癒術士や医務係に、足を診られまくっていた。散々触られて、動きを調べられ、最後には皆決まって、
「女王陛下万歳!」
と、なる。
女王による奇跡の治療の成果を診てみたいだけだった。
「そうだ。お礼なら俺も、アレッサにしなくちゃな。ルカを治してくれたんだからな。」
「ええ? なんかそれは立場的?に、変?な気もしますが。」
自国の騎士の従者を治療した君主が、他国の者にお礼を言われるというのも妙な話ではある。
しかしそれは、ビトーにはあまり関係がなかった。自分の仲間を治して貰ったんだから、お礼を言いたい、というシンプルな思考で、其処に国や立場などは念頭に無い。
「俺が言いたいから、いいんだ。」
「そうですか…そうですね! 深く考えてもビトーさんですしね! では、直接どうぞ。」
ルカが頭を下げながら扉の方へと手を示して促すと、其処に立っていたのは、既に出発の準備を整え、美しく蒼く煌めく衣を身に纏った、アレッサンドラだった。
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