第130話 万雷の、拍手

 夕暮れ時。

 ペロザ砦の中庭では、細やかな祝勝会が開かれていた。

 第一騎士団はルイジール以下数名を残して王都へ向かった為、参加している大多数は第三騎士団の者達。そして、砦で囚われていて開放された近衛士団の者達である。

 酒を手に盛り上がる騎士達、兵士達を眺めながら、砦壁の上でビトーは下から持ってきたツマミをパクついている。その隣で同じく中庭を眺めているのは、レオーネだった。

 二人とも最初は祝勝会に参加していたが、レオーネの誘いでここに上がってきていた。


「ビトー、飲めるだろ?」


 レオーネは、まだ酒を飲んでいなかったビトーに木製のカップを差し出す。受け取ると、レオーネがそこにワインを注いだ。


「この国のワインは渋くはないが、俺好みだ。公国のワインに似ている。」

「どーも。」


 軽く乾杯を交わすと、口の中へと流し込む。以前、ノルクベストで飲んだものよりも軽く、飲みやすい感じがした。

 そんなビトーの様子を見て笑みを浮かべながら、レオーネは続ける。


「……ゾンビ使いの方は、巧くやったようだな。」

「やっぱり、気付いていたのか。」


 黒マスクゾンビの元締めであるトゥーランを葬った後、砦に戻ったビトーはつい先程まで眠っていた。ケーンが呼びに来なければ、まだ眠っていたかもしれない。そのため、魔人を倒した事についてはマルティンにしか報告していなかった。

 

「実はな、ちょっと前に俺の国にも妙な連中がウロチョロしていたんだ。その時は特に悪さもせずに消えたから捨て置いたが、恐らくあれも魔人だったんだろうな。」


 驚いたビトーがレオーネの方を向くが、当の本人は特に深刻そうな顔はしていなかった。その雰囲気で、その魔人達はレオーネにとって「戦えば問題なく勝てる相手」だったのだろうと知った。


「……アンタには話しておいた方がイイかな。――竜の喚巫女は、知ってるか?」

「ん? 噂には聞いたことがある、くらいだが。」


 それからビトーは、魔人の事や竜の喚巫女の事、自分やリコの事を話せる範囲で説明した。

 レオーネは普段の態度とは違い、神妙な面持ちで聞き入っていた。


「……成る程。そのリコちゃんの魔法を解く事が、お前の目的なんだな。」

「そうだ。…それが一番だけど…それだけじゃ駄目だって、最近思った。」


 今回はリコの為ではなく、フランやルカを助ける為にこの国まで来た。そこで出逢ったアレッサンドラも、助けたいと思った。

 そして、彼女らの平和や命を脅かしていたのも、リコと同じく、『教団』であった。

 『教団』は考えていた以上に各地に潜み、人々を苦しめようとしていると、再認識していた。


「……『教団』を潰したい。それは前から思っていたけれど…この国に来て、その思いが強くなったよ。」

「あまり両手を拡げ過ぎると、本当に守りたいものを取り零すぞ?」


 言われて、再びレオーネの顔を向く。だがレオーネは非難や注意で言ったのでなく、ビトーが全てを抱え込み過ぎないように案じているのだという事が、その瞳から伝わる。


「俺は、公国を守ってきた。そして、守りきってきた。それは俺が強いからじゃなく、守る範囲を限定しているからだ。俺は、俺のできる裁量っていうのが分かってるつもりだからな。」


 大陸最強の男でさえ、全てを守りきるのは無理だという。今回はロトリロまで来られたが、もし少しでもメノテウスに脅威が迫っている時だったとしたら、例え公王の命令でも来なかったであろう。

 レオーネの言う事は、ビトーにも良く分かる。ビトーにしたって、もしリコに危険が及ぶなら、何を置いてもそちらを優先する。

 それでも。ビトーにはもう、守りたいものが幾つも増えた。


「……俺は、全部を諦めたくない。無理だったとしても、最後までやり切りたいんだ。」


 そう言い切ったビトーにレオーネは、自分がとうに忘れてしまっていたものを持っているような気がした。危うくも眩しい、若き魂。

 そう、それは遠い遠い記憶。



『……レオ、貴方が皆を守るのよ。貴方なら、出来るわ。だって貴方は――』



「――分かったビトー。お前は、お前のやりたいようにやれ。」


 レオーネは若者の肩をガッと抱き、手にしたカップを向ける。

 驚き、目を瞬かせるビトーに構わず、力強く乾杯した。


「メノテウスに来たなら、寄れよ。俺に手助け出来る事なら、なんだってしてやる。……あと、この国の事も、な。」

「……?」


 意味ありげに片目を瞑ってみせたレオーネの意図が読めず、ビトーは聞き返そうとしたが、それに構わず大笑いしてワインを呷る。


「なんなんだ、一体…。」


「あ、ビトーさん、こんなところに居たんですか! わ、『破軍』殿まで!」


 と、階段を駆け上がってきて、いきなり一人で驚くメレッテ。


「あれ、慌ててどうかしたのか?」

「あ、はい、もうすぐ女王陛下が中庭にいらっしゃいますので、お二人も是非いらしてください! 何せ、勝利の立役者ですから!」


 燥ぐメレッテに、二人は顔を見合わせる。


「あんまり、堅そうなのは苦手なんだけどなぁ。」

「ハハッ、まあそう言うな。いつものお前通りでやればいいさ。」


 レオーネに後押しされるように背を叩かれ、仕方なく中庭に戻ることにした。


 そうやって砦壁から棟の中へ消える三人を、反対側の壁の上から見送るのは音楽家ケーンである。


「『破軍』レオーネ・スティファーノ……彼もまた、立ち向かう者なのかもしれない。嗚呼、もっと近くで見たかったなぁ。……仕様がないか。。」


 ケーンは残念そうに溜め息を吐くと、その鬱憤を晴らすかのように、弦楽器を奏で始めた。美しい旋律と共に、夕日がもうすぐ沈む。



  ― ◆ ―


 ビトー達が中庭に降りると、壇上には既にアレッサンドラが立っていた。その後ろにはフランが控えている。

 騎士達・兵士達は先程までの盛り上がりが嘘の様に、静かに女王の御言葉を待っていた。何処からか聴こえる楽器のさえ、女王を引き立てているかのようだった。

 棟の入口からビトーが現れたのを見つけて、アレッサンドラは僅かに微笑んだ。

 そして気を取り直すと、眼下で待つ者達に目を向ける。


「皆の者、大義であった。」


 厳かに、よく通る女王の声。その一言で、もう感涙している者もいる。

 ビトーが見れば、ポーリまで瞳が潤んでいるようだ。


「此度のいくさ、本当によく戦ってくれた。そなた等の奮闘が無ければ、ロトリロの明日は無かったであろう。その忠義、嬉しく思う。」


 まずは自国の騎士団を称える。そして、今度は視線をレオーネに向けた。


「そして、同盟国メノテウスよりの援軍。心から感謝する。」

「いえいえ、お気になさらず。…あ、良かったら普段からもうちょっと、日記書いてあげてください。お祖父ちゃま喜ぶので。」


 とても一国の女王に対する言葉遣いとは思えないが、誰も『破軍』を咎める者はいない。彼は、それが許される働きをしたからだ。

 尤も、レオーネは自分が活躍したからそのような口の利き方をしている訳ではなく、完全に素ではあるのだが。

 中庭の端の方で、モリナが顔面を引き攣らせているが、レオーネは気にしない。

 女王も分かっていて、笑って見せる。


「そうだな。前向きに検討すると、お祖父様に伝えてくれ。」

「ありがとうございます!」


 役目は果たしたとご満悦なレオーネに、流石のビトーも少し呆れていた。


「それから、他国より遥々手助けに来てくれたビトー殿と、そのお連れの方々。」


 呆れていたところに突然名前を呼ばれ、思わず気をつけの姿勢になるビトー。そこに、中庭の全視線が集中する。

 回りを見てみれば、マルティンは何処に隠れたのかこの場にいないし、怪我をしたフェイは病室で休んでいる。

 壇上のフランに助けを求める視線を向けるが、何を勘違いしたのか、フランはイイ笑顔で頷くのみだ。


「ビトー殿等の活躍、素晴らしいものであった。それが無ければ、余は今頃、王宮で籠の鳥のように自由を奪われたままであったろう。……本当に、ありがとう。」


 最後のお礼の言葉に、会場は少しばかりざわついた。一国の君主のものとしては、あまりにも率直な言葉だったからだ。

 だがビトーは、それが『女王アレッサンドラ』としてではなく、一人の少女『アレッサ』としての本心からのお礼だと感じた。だからこそ、真摯に答えようとする。


「俺も、この国に来る前にフランやルカに助けられたし、助けられて良かった。あ、です。……ここまでに、この国のいろんな人に会って、助けられて。だから、こっちこそ、ありがとう。……あ、ございます、です。」


 慣れない敬語を何とか使おうとしたビトーだったが、やはり慣れない事をするべきでは無かったと、少々赤面した。

 そのビトーに、一人の拍手が送られる。


「救国の英雄、ビトー殿に拍手を!」


 バーロだ。そしてバーロに続いてフラン、ルカ、ポーリと続き、いつの間にか全員からの拍手が、ビトーに降り注がれていた。

 ますます紅潮するビトーを、アレッサンドラは女王の高貴な笑みではなく、優しく柔らかな少女の笑顔で見つめていた。


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