第128話 尋問

 砦から出撃した第三騎士団によって、残っていた枢機卿軍も抵抗虚しく、ある者は倒され、ある者は捕縛されていく。

 戦場の端でそれを眺めながら、マルティンはオルジャソルに転ばされた馬の足に添え木をして、応急処置をしていた。


「……『破軍』、とんでもなかったな。一緒に戦っていたビトーが可愛く見えるレベルだ。」


 大陸最強の『破軍』。それは生ける伝説とでも言おうか、その二つ名は他国の一般人にまで知られている。

 当然の事ながらマルティンもその噂は聞いていたが、その伝え聞く強さはあまりに荒唐無稽に思えて、恐らく噂に尾鰭が付いていると思っていた。個人の強さはそれなりにあるものの、あくまで将軍として、指揮官としての「戦争巧者」なのだろうと考えていた。

 だが実際、目の当たりにするとその強さは尾鰭どころか、噂を遥かに上回るものであり、人間の限界を超えているようにさえ見えた。

 正真正銘、本物の大陸最強。それが、『破軍』レオーネ・スティファーノであった。


「私も戦っているところは初めて見たが…流石に驚いたよ。」


 同意するようにフランが続けた。こちらは、負傷したフェイの肩に包帯を巻いている。

 止血して貰いながら、フェイは少々思い悩むような顔をしていた。


「済まない、痛かったか?」

「あ、違うです。さっきの『破軍』の事を考えてたですぅ。」


 フェイの言うには、レオーネの魔力の使い方は人間離れしているのは勿論、獣人のそれとも違うという。


「竜斬剣の武士もののふは、魔力を使いたい時に、使いたい体の部分に集中して使うです。でも、『破軍』は魔力が全身に漲ってるのが当たり前で、まるで魔人みたいな戦い方です。」

「魔人!?」


 フェイの話を聞いて、マルティンとフランが顔を見合わせる。


「まさか、『破軍』は魔人なのか?」

「それは無いですぅ。魔人とは魔力の色が違うです。」


 フェイの言う魔力の色は、実際の目に見える色ではなく、種族それぞれが持つ魔力の質の特徴のようなものだ。

 それによると、レオーネの魔力の色は間違いなく「人間」であるという。


「だから、余計に分かんなくなるんですぅ。」

「成る程な。……聖戦の『剣王』も突然現れた天才だというし、レオーネ殿もそういった類の、英雄になるべく生まれた存在なのかもしれないな。」


 乱世には、不世出の覇王のような者が現れる。

 魔人が大っぴらに動き出した今この時代も、嘗てのような乱世になるのかもしれない。だとすれば、竜斬りのビトーや、竜の喚巫女のリコも、時代に乞われて生まれたのだろうか。……少なくとも、彼らはそれを望んではいないだろう。そう想って、フランは哀しげに視線を落とした。


「あ、ルカっちが戻ってきたです!」


 その声に顔を上げると、逃げていた馬二頭を連れてルカが戻ってきていた。


「すみません、遅くなりました!」

「いや、助かったぜ。」


 ほぼ初対面ながら、マルティンが気安く礼を言い、ルカも笑顔で返す。

 その傍らで、立ち尽くしたままのフラン。気を使ったフェイが、そっと離れる。

 オルジャソルとの戦いの後、直ぐにルカは馬を探しに出てしまったので、まだ真面に話していなかった。


「フラン様、改めまして。只今戻りました!」


 帽子を取って、深く頭を下げるルカ。だが、主からの返答は無い。

 怒っているのだろうか? 少し怖ず怖ずと体を起こすと、ルカはフランにガバッと抱きしめられた。


「フ、フラン様!?」

「ルカ、良かった、本当に……ッ」


 顔は見えないが、フランが泣いているのが分かる。

 ルカは、置き場の無い両手を主の背に置いて、静かに涙を流した。


「すみません、ご心配を…おかけ、して……」


 其処からは、言葉にならない。

 二人が落ち着くまで、フェイとマルティンは黙って、そして穏やかに、見守っていた。



  ― ◆ ―


 戦場を完全に制圧した第三騎士団。その中心で、ポーリはレオーネ達と合流していた。既に、先行した騎士によって、フィリポの引き渡しは終わった後だ。


「レオーネ殿、久方振りですな。」


 ポーリ達と共に来ていたバーロが、馬から降りて挨拶する。

 続いて、同じく下馬していたポーリ達騎士も頭を下げた。


「おお、これはナンシーニェ侯。御元気そうで、何よりです。…すると、そちらが騎士団長の、御子息ですかな。」

「ロトリロ第三騎士団長ポーリ・ナンシーニェです。此度は、遥々援軍にお越し頂いたのみならず、敵首魁の拿捕までして頂き、感謝の念に堪えません。」


 もう一度頭を下げるポーリに、右手を差し出すレオーネ。

 気付いたポーリがそれを掴み、二人はがっちりと握手を交わした。


「なに、我々は公王の命に従い、公王のご令孫をお助けに来たまで。それがロトリロ王国の国益にも繋がっていたのなら、幸いです。」


 過度な感謝は不要、というレオーネの態度は確かに英雄としての器を示すものだった。

 その後ろで、モリナが腕組みして隣のマッカに囁く。


「ホント、こういう時だけはカッコつけるんだから。狡くない?」

「カッコつかないよりは、つく方がいいでしょ。」


 満足そうにニコニコとしているマッカ。モリナは愚痴を言う相手を間違えたと、溜め息を吐いた。


「そういえば、竜斬りはどうしました? ご一緒に戦っていらしたように見えましたが。」

「ああビトー君なら、何か『やることがある』と言って、行きました。まあ、恐らくは…。」

「?」


 思い当たる事があるのか、レオーネは意味深に笑みを浮かべた。そしては、ビトーに任せておけば問題ないだろう、とも思っていた。



  ― ◆ ―


「おのれ、おのれおのれ、おのれぇぇぇッ」


 トゥーランは憎悪で顔を歪めながら、山中を駆ける。

 用意した人形は全滅、虎の子の人縲兵器も三体ともやられた。

 それを引き起こしたのは想定外であった『破軍』の登場だったが、トゥーランの憎しみは『破軍』以上に『竜斬り』に向いていた。

 そもそも、竜斬りがこの国に現れなければ。王都に潜入して来なければ。女王を連れ出したりしなければ。……いや、そんな事はどうでもいい。兎に角、自分を恐怖で動けないまでに陥れた竜斬りが、許せなかった。


『……ここは戦場だ、死体はある! 新たな人形を作って、女王を攫い、竜斬りに吠え面かかせてやる!』


 戦場では、第三騎士団が勝利に沸いている。その隙をついて、大きく迂回しながら、ペロザ砦へと迫るトゥーラン。

 だが、その目論見は脆くも崩れ去る。


「…!?」


 岩場に差し掛かったところで、トゥーランは突然腹部に激痛を覚え、その衝撃で吹っ飛び、大岩に体を打ちつけられた。


「ぐは!」

「よう、やっと本体に会えたな、ゾンビ使い。」


 倒れ込んだトゥーランを見下ろしていたのは、ビトーだった。

 岩陰から飛び出し、脇腹に強烈な蹴りを加えたのだ。


「りゅ、竜斬り、何故此処に…」


 トゥーランは、ビトーの魔力感知の精度を知らない。

 戦場からそう遠くない処を高速移動している魔力があれば、ビトーならばすぐに気付く。そして、その魔力が先程倒したコディーロに入っていたものと同じだという事まで、解っていた。


「チッ!」


 トゥーランは素早く立ち上がると魔法を発動する為右手を伸ばすが、その瞬間、手首から先が切り落とされていた。


「ぐあああ!」

「お前自身の動きは大した事ないな。騎士に入っていた時の方がずっと強かった。」


 ビトーは見下したような冷たい視線を向ける。それを受け、次第に恐怖が蘇ってくる。


『全く剣が見えなかった…こ、殺される……』


 トゥーランの魔法『廃縲傀儡メージ・リポゥ』は、魔力によって死体を操作する事と、死体に自らの意識を入れて当人のように操作する二つの使い方がある。

 死体に意識を入れる場合、その死体はまるで生きている状態と変わらなくなり、体術や剣術などは、生前の動きを再現出来る。そこに更に自分の魔力を足せるのだ。

 その性能があまりにも有用過ぎる為、トゥーランは己の魔力を磨くのみで、体術に対しては鍛える事を怠ってきた。そんな彼にとって、ビトーの動きは速すぎて眼で追うことも敵わない。

 手首を押さえて苦悶の表情を浮かべるトゥーランに、ビトーは無表情に大鋼を向けた。


「最初に蹴りじゃなく、斬ることも出来たんだ。それをしなかったのは、お前に聞く事があったからだ。」

「ふ、ふん、殺されても話すわけないだろう!」

「……別に、話さなくてもいい。」


 言い終わる前に、ビトーが動く。一足でトゥーランの眼前にまで接近し、剣の柄で顎に一撃を加えた。


「ぐは!」


 トゥーランが仰向けに倒され、その胸を踏み詰けたビトーが、左腕と両脚を即座に斬り飛ばした。


「ぐぎゃああああ!」


 激しい痛みに叫び声を上げるも、ビトーは全く意に介さない。

 ビトーは、怒っていた。トゥーランが女王を狙った事もそうだが、何より、人間の死体を操るような、生命を愚弄するような戦い方に激怒していた。あまりの怒りに、表情が出ない程だった。

 もう片方の足で、トゥーランの喉を踏みつけ、叫び声を無理矢理止めさせる。

 そして、その睨まれれば凍りつくような眼で、トゥーランの顔を見透かすようにした。


「――聞くぞ。お前達『教団』が、竜の喚巫女を増やしてるな?」

「……。」

「その目的は、『魔龍王』の召喚。そうだろう?」

「!」


 ビトーはその足の裏に、靴越しにトゥーランの鼓動が早まるのを感じた。相手の四肢の自由を奪い、その鼓動を確認する。ビトーが最も冷徹さを発揮する、獣人の尋問のやり方だった。


「やっぱりか…。」


 ビトーは、ケネットの山小屋でフキから聞いた話を思い出していた。

 フキの、先生からの伝聞では、260年前、魔人王は『竜の喚巫女』に何体も何十体もの竜を召喚させて力を付けさせた上で、最強の竜『魔龍王リュナルドルン』を召喚させたという。

 結局、魔龍王は獣人の刀王エドゥによって斬られたが、斬られるまでに齎した被害は、それまで召喚した全ての竜に因るものを遥かに上回る程、甚大なものだったらしい。

 

 その時は、ビトーがディーディエと戦っている最中に聞いた獣人の剣士の事を、フキが何か知っているかと問うただけだった為、ある意味昔話や伝記のように聞いていた。

 だが現代の『教団』の暗躍に当て嵌めてみれば、その狙いも見えてくる。つまり『教団』は、魔人王の遺志を継いで新たな『魔龍王』を召喚し、再び大陸に絶望的な破壊と殺戮を齎そうとしているのだ。


「だから、竜の喚巫女を作りながらも、召喚される竜に無頓着だったんだな。巫女の力が増して、最終的に召喚される『魔龍王』だけにしか興味が無かったんだ。」

「……。」


 トゥーランは努めて冷静であろうとするが、その脈拍までは誤魔化せない。それは、ビトーに推察が真実であると思わせるには十分な脈の揺れだった。


「――だが、ゆっくり巫女の成長を待っていた筈のお前らが、急にクーデターなんて目立った事をやらかして、女王を巫女にしようとした。それは何でだ?」


 確かに、アレッサンドラのような強大な魔力を持った者が竜の喚巫女になれば、初めから強力な竜を召喚出来るだろう。だがしかし、それは今までの秘密裏に動いていた『教団』のあり方からは、大きく逸脱している。


「……。」

「何か、急がざるを得ない理由が出来た。そうだな?」

「………。」


 その質問に対しては、今まで程の大きな動揺が無い。


『……理由は、知らないという事か。』


 実際、トゥーランはサリオルの命に従って、女王強奪の計画を立案しただけであり、何故、人間の国の王家に絡んでまで急いで強力な竜の喚巫女を生み出さなければならなかったのかは、聞かされていなかった。

 大司教に命令された以上、疑問など抱かず任務を遂行する。『教団』の絶対的なルールであった。


「――最後だ。フランとルカが王宮に来た日に反乱を合わせたのは、お前の差し金だな。」

「!」

「……よく分かった。じゃあな。」


 トゥーランの意識が途切れる直前に網膜に焼きついたのは、静かな声とは裏腹に、怒りに満ち満ちた灰色の瞳だった。

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