第127話 日記帳

 レオーネとビトーの快進撃は続く。

 と、言うより殆どレオーネが突進して吹き飛ばしている。その取りこぼしをビトーがフォローしているような状態だ。

 レオーネの戦いに、戦術も戦略も無い。只、圧倒的な『個』の力で、叩き潰す。それだけだ。そうやって、メノテウス公国の平和を何年も守ってきたのだ。


『……まるで出鱈目だな。』


 共に戦いながら、ビトーは全てを巻き込む強烈な嵐を見ているような気分だった。

 レオーネは、兎に角強い。その槍捌きもかなりのものだが、それ以上に単純に力が強い。膂力も、魔力もだ。

 特に魔力は膨大で、人間の身でありながら、もしかしたら魔人ディーディエに並ぶかもしれない。ビトーはそんな人族を見るのは、勿論初めてだった。

 その膨大な魔力を、意識してかどうかは分からないが、レオーネは全身の強化に使っている。更に、溢れ出した魔力は魔装の効果まで発揮しているようで、矢が飛んで来ようが、法術が当たろうが、全く意に介さない。

 上には上がいるという言葉を今日ほど噛み締めた日は無いが、それにしても上過ぎるだろうと、ビトーは半ば呆れ気味に思った。


『――中々、いい動きをする。』


 レオーネの方も、ビトーのフォローに感心していた。的確に敵の動きを読み、レオーネが取り逃がした兵や、死角から迫ってくるゾンビなどを、軒並み蹴散らしている。

 力では自分の方が上だろうが、『読み』の部分ではビトーの方が上だと感じていた。そして、先読みが出来るからこそ、効率的な無駄のない動きが出来るのだ。


『俺は、馬鹿力で暴れるだけで、無駄が多いよなぁ。……アイツ、面白いな。』


 自分のスタイルを変えるつもりも無いが、学ぶべき処はある。

 レオーネがそんなふうに思うのは、随分久し振りの事であった。



  ― ◆ ―


 レオーネの出現により、枢機卿軍の陣形は瓦解していた。

 砦に辿り着く事も適わず、砦壁上からでも混乱が見て取れる。


「どうなってる!」


 見張り台に戻ってきたポーリに、幹部達が現状を伝えた。それを聞きながら目の前に広がる戦場を見て、それを齎した『破軍』の強さに驚く。


「あれが、『破軍』レオーネ殿か。――途轍もないな。」


 その戦いぶりを初めて見たポーリは、それが自分達の援軍であると分かっていながら、思わず身震いする。それは、周りの騎士達も同じであった。

 あまりにも「規格外」な存在に、敵味方という括りを超越して畏怖したのだ。


「軍を一人で破る、『破軍』…その二つ名は誇張では無かったのう。」


 ポーリの隣で眼を細めて眺めるバーロも、口調は穏やかだが内心の驚きは隠せない。

 だが、ポーリ達第三騎士団にとって、今が好機である事に変わりはない。いつまでも見入っている訳にはいかなかった。


「……よし、打って出るぞ! 守備隊を十分に残し、出撃の準備! 掃討戦だ!」

「は!」


 既に勝利は、こちら側に大きく傾いている。一気にけりを付けて、敵に逃げるひまを与えないつもりだった。


「逆賊フィリポめ、必ず捕らえるぞ!」



  ― ◆ ―


「馬鹿な、こんな馬鹿な……」


 フィリポは自分の眼が信じられなかった。

 攻め込んでいた筈の自軍が、まるで逆流するように戻って来る。それも、軍としての後退ではなく、秩序無く我先にと逃げてくるのだ。

 自分の周りを堅めていた兵士達も、次第に逃走して減っていく。


「お、おい待て! 敵前逃亡で処断するぞ!」


 僅かに残った側近の声も虚しく、兵士達の足は止まらない。

 彼らも、並の戦争なら、例え敗れてもここまで無様に逃げたりしないだろう。人は、あまりにも人智を超えた者を相手にすると、恐慌に陥ってしまうのだ。


「マ、マリオン、ワレはどうすれば……ヒッ!?」


 振り返ったフィリポの目の前で、マリオンがゆっくりと崩れ落ちた。

 倒れたその目に生気はない。慌てて首に触れてみれば、既に冷たかった。


「あ、ああ……」

「閣下! 我々も退却しましょう! ここは危険です!」


 茫然自失に座り込むフィリポの肩を抱き、側近が進言する。フィリポは何とか頷き、数名の側近達を乗せて、戦車が反転して走り出す。

 ……かと思ったが、馬がすぐに止まって恐れ慄く。


「ヒヒーーーン!!」

「う!? よ、鎧竜!!」


 迫力満点で駆けてきて、戦車の行く手に立ち塞がったのは、背面を甲羅のような硬い皮膚に覆われた、全長4m程の鎧竜・アルメトンだ。

 自らが巻き上げた砂埃の中、四つ足で立ち、吠えもせず戦車を睨みつけている。

 そして、その背には台座が括り付けられていて、人が乗っていた。


「よーし、ナイスだグランリド! そのまま馬を走らせるなよ!」


 その台座から立ち上がって飛び降りたのは、先刻、巨木の上から戦場を眺めていた少年・マッカだった。


「な、なんだ貴様!」

「オイラはレオーネ将軍の一の子分マッカ・パラシオス! アンタら、大将なんだろ? だったら、逃がすワケにはいかないな。」


 ヤンチャな笑顔を見せつつ、戦車に向けて槍を構えるマッカ。


「う、に、逃げろ!」

雷法・ジヨルカ!」


 側近の何人かが戦車から転がるように降りて、反対側から逃げようとしたが、その手前に雷撃が降り注ぎ、逃走を阻まれる。


「逃げられませんよ、私もいるので。」


 鎧竜の上に立つのは、編み込んだ長い茶色い髪が印象的な、メノテウス公国の法術士であり、マッカの実の姉モリナ・パラシオスである。彼女の雷法は、公国随一の射程範囲を誇っていた。

 そんな事をしている間に周りの兵士達は散り散りになり、孤立した戦車とそれを止める鎧竜だけが、その場に残っていた。

 そこに、敗走する敵を追いかけてきたレオーネとビトーが合流する。


「おう、モリナにマッカ。遅かったな。」

「遅かったな、じゃありませんよ、勝手に走り出して!」


 呑気なレオーネに、竜から飛び降りて詰め寄るモリナ。


「悪い悪い。でもグランリドに、一休みしたらお前らを拾ってくるように言っておいたし、ちゃんと乗せに来ただろ?」

「それはそうですけど! 説明不足です!」


 言い合う二人の傍らで、ビトーが鎧竜を見上げながら驚く。


「竜に、乗ってきたのか?」

「ああ、元々野生の竜だったんだが、公都の近くで暴れたんでな。捕まえて手懐けたんだ。」

「手懐けた!? どうやって?」

「腕力で分らせた。」


 両腕でガッツポーズを取るレオーネに、ビトーは改めてその非常識な力を認識させられた。


「レオの兄貴、一番偉そうな奴捕まえたよ〜!」


 気付けば、戦車に乗り込んだマッカに依って側近達は全員昏倒させられており、フィリポは首根っこを掴まえられていた。


「う、ぐ、無礼者!」


 暴れて逃れようとするフィリポだったが、マッカの力は相当強く、逆に座り込むように押さえつけられてしまう。

 そこに、レオーネも戦車に飛び乗ってくる。


「おう、よくやったマッカ。この紋章、ロトリロ王家の血筋に違いない。アンタが枢機卿だな。」

「ぐ、ぐう…」


 流石に観念したのか、暴れるのを止めて胡座をかくフィリポ。そして、恨みがましい眼でレオーネを見上げた。


「何故だ、何故『破軍』が此処に居る!? メノテウス公王は臆病者で、レオーネ将軍を遠征なぞさせないと聞いたぞ!」

「ん〜、公王様は心配性だけど、臆病ではないぞ。孫娘が心配で心配で、俺達を送って寄越したんだ。」


 ロトリロの女王アレッサンドラの母は、父王に輿入れしたメノテウス公女であった。つまり公王は、アレッサンドラの祖父にあたる。


「そ、そうだとしても、来るのがあまりにも早すぎる! 我々が蜂起した直後にでも出発しなければ、こんなに早くは…!」

「いや、直後というか当日に出発してるぞ。」


 レオーネのあっさりとした返答に、フィリポは頭が可怪しくなりそうだった。


「そんな馬鹿な! 情報は統制していたんだ、公国に連絡が届くまで、数日はかかる!」


 激昂するフィリポに、レオーネは頭を掻いてちょっと恥ずかしげに笑う。


「いや、ウチの公王様、心配性なだけじゃなくて孫娘溺愛お祖父ちゃんでな。……モリナ。」


 レオーネが振り向いて呼ぶと、モリナが肩から下げた鞄から、一冊の分厚い本を取り出した。

 意図が分らずフィリポが黙っていると、レオーネが答え合わせをする。


「あれ、交換日記帳なんだ。ただし、アレッサンドラ女王様から、公王様への片道一方通行の、だけどな。」

「日記、だと…?」


 フィリポは、アレッサンドラとのやり取りを思い出す。


《侍女にも伺いましたが、陛下は日記が御趣味で?》

《趣味という程のものではない。気が向いた時につけていただけだ。ただ、今は記す事が多くてな。……とある愚者の悪行の数々、をな。》


「あれ一冊全ページ、法通紙なんだ。公国ウチの職人達の努力の結晶だよ。あれ、売りに出せば豪邸が建つ程の値がつくらしいぞ。」


 使い捨て魔道具としては非常に高価である法通紙を大量に使い、日記帳を作る。大陸史上、そんな事をしたのはメノテウス公王だけである。

 遠く離れたロトリロ王国で女王として一人頑張る孫娘を想って、会いに行けなくてもせめて日々の出来事を知る事ができれば、と、即位の際に秘密裏に送った品であった。

 こっそり送ったのは、孫の為とは言え散財が大ぴらになるのは気恥ずかしかったのであろう。


「公王様の一番の宝物、だそうだ。今回特別にお借りしてきた。おかげで、王都に突っ込まずにこっちに向かう事が出来たよ。」


 フィリポが唖然としている間に、マッカが後ろ手で縄を縛る。


「さ、行こう。アンタの処罰は、この国の者達にやってもらわなくちゃあな。」


 レオーネに促されてのろのろと立ち上がるフィリポは、すっかり心が折れていた。


「最初から…成功する筈のないクーデターだったんだな……。」


 女王は、日記に反乱を書く事で公王に助けを求め、その後の動きも逐一記してきた。誰かが怪しんで盗み見たとしても只の日記である。まさか公国に連絡を取っているとは思わない。

 王都で待っていても、いずれ援軍は来ただろう。だが、敢えて王都から出てペロザ砦へ行く事を選び、それも日記で伝えた。それは『至宝蒼衣の儀』を遅らせる為だけではなく、王都を戦火に巻き込まない為だったのだ。

 全てにおいて、枢機卿より女王の方が一枚も二枚も上手だった。今更ながらそれに気づき、フィリポは完全敗北を認めた。


「……ロトリロは、将来安泰だな……。」


 その枢機卿の呟きを聴いた者は、誰もいなかった。


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