第126話 逆転劇
治療が終わり、復活したルカが駆け出していった後の病室。
アレッサンドラは椅子に腰掛け護衛に扇がれ、リリアンは先程までルカが寝ていたベッドに突っ伏していた。
「ご苦労だったな、リリアン。お主のお陰で、巧くいったよ。」
自らも疲労の色が濃いアレッサンドラが労いの声を掛けると、リリアンは首を回して顔だけ向く。こちらは疲労困憊な様子を隠す事もない。
「ハァ、ハァ…もう、からっぽです〜。」
「フフ、ゆっくり休むが良い。……それにしても、ルカ、といったか? 目醒めて直ぐに聞いた事がフランの居所とはな。」
脚が治ったと知ったルカは、全身全霊で御礼を言うと、直ぐにフランの下へと走って行った。
「お主にも、もう少し感謝してもよいものを、のう?」
「いえ、いつものルカっぽくて安心しました。」
漸く体を起こしたリリアンは、アレッサンドラに安堵の笑みを見せた。
「ふむ、あれほど従者に想われる主人というのも、まあ羨ましくはあるな。……そなた、茶を用意してくれぬか。こちらの大恩人にもな。」
「は!」
護衛は女王の命に従い、病室を後にする。二人いた護衛のもう一人は、ずっと部屋の前で番人のように立っていた。
「――さて、人払いしたのは他でもない。お主に話しておきたいことがあってな。」
「わたしに、ですか?」
自分の顎を指しながら、首を傾げるリリアン。
そのリリアンに、アレッサンドラは座した体を向き直して、尋ねる。
「リリアン。余の魔力は強いと思うか?」
「は、はい、それはもう。今まで会った人の中でも一番だと思います。」
それはお世辞でもなんでもなく、リリアンの本心からの答えだった。
魔力の量、質、繊細なコントロール。どれを取っても、リリアンの知る限りアレッサンドラ以上の人物はいなかった。
「余の魔力が人並外れているのは、王家の『血』と『経験』による恩恵だ。」
「血と、経験?」
ロトリロ王国を統べるリューベ王家は、水の精霊の神官長の家系でもある。代々、精霊像の水瓶を使って民に水の恵みを齎してきた。
その永年に渡る『大きな魔力の操作と連続使用』は、魔道具である水瓶を使い続ける事で成長を続け、王家の血筋に受け継がれてきた。当代の王が魔力をより強く大きく育て、その『血』を継いだ子が次代の王として、更に強い魔力を得て、また日々育てていく。
そうやって脈々と継承されてきた特殊な魔力は、宮廷法術士でも足下にも及ばないレベルにまで高められていた。
『血』に寄って得た魔力の潜在能力を、アレッサンドラは毎日の水瓶の操作や、自ら行った治癒法術の訓練で開花させ、増幅させていく。それらが、王家だからこそ得られる『経験』、である。
「……余は歴代の王たちの中でも、最高の魔力を持った王となるであろう。そして、余に子が生まれれば、その子は更に上回る魔力を持った王となるかもしれない。そうやって、ロトリロを統べる王の魔力を紡いできたのだ。」
気が遠くなるような、歴史の中での魔力の成長。
国を護り、統治する王の責務であり、重圧でもあった。
あまりに規模の大きな話に頭が追いつかず、リリアンが瞬きを繰り返していると、穏やかに話していたアレッサンドラが急に神妙な表情となる。
「――リリアンよく聞け。お主の魔力は、たった一人で、歴代の王に因って培われてきた魔力に並ぶだろう。……いや、いずれは超えるかもしれん。」
「え!?」
驚き、言葉も出ないリリアンに構わず、アレッサンドラは続ける。
「よいか、大き過ぎる力というものは、人を助けもすれば、傷つけもする。お主の力を利用しようとする者もおるやもしれん。お主自身が力に溺れるかもしれない。」
息を呑むような、瑠璃色の美しい瞳で見つめながら、女王は諭すように言う。
だが、リリアンも固まってばかりではない。アレッサンドラは大事なことを教えてくれている。だから、しっかり聞こう。そう思い、自然と表情も凛々しくなる。
その顔を見て、アレッサンドラは少しだけ笑った。
「……お主は、良い心根を持っておる。それを、大切にしていれば、間違いは起こらないだろうが……心に止めておいてくれ。魔力は時に人を狂わせるからこそ、魔力と呼ばれるのだ。」
「はい! ありがとうございます!」
リリアンは勢いよく頭を下げ、顔を上げると満面の笑顔だった。
「……なんだ?」
「女王様も、お優しいですね。わたしが凄い魔力を持ってるなら、黙って国に取り込んだりも出来るのに。」
「……なるべく、自由を失う若者は、少ない方が良いからな……。」
少し淋しげに呟いたアレッサンドラは、自分とリリアンを重ねていたのかもしれない。
だが、憂いの表情は直ぐに掻き消え、悪戯っぽく笑う。
「お主がその気なら、ロトリロはいつでも歓迎するぞ?」
「あ、えーっと……あははっ。」
誤魔化すように笑ったリリアン。女王も苦笑交じりの微笑みを返し、椅子に深く座り直した。
そこに、護衛が台車に乗せたティーセットを運んでくる。が、その顔は焦りが隠せていない。
「――陛下、どうやら外では敵方が攻勢に出ているようです。」
だが、その報告を受けてもアレッサンドラは落ち着いたものだった。
「心配ない。もう戦は終わる。……どうやら、間に合ったようだからな。」
「え?」
攻勢と聞いて同じく焦り、立ち上がろうとしていたリリアンを制して、片目を瞑ってみせたアレッサンドラ。その落ち着きを崩さず、護衛に茶の用意を急がせた。
― ◆ ―
「く、くそ!」
枢機卿軍が押し寄せる人波のようになって進軍するのを、ビトーは止めることが出来ない。
迫りくる十数体のゾンビと、その隙間を縫って攻撃してくる二人の重装黒マスク。それに加えて、法術を放ってくる枢機卿軍の騎士や法術士。
流石にビトーでも、手に余る数だ。だが圧倒的数量で攻撃してくる敵に対し、未だ大きなダメージを受けていないだけでも、十分凄まじい事ではあるのだが。
それでも、ビトーは焦る。ここを通り過ぎ、進軍していった連中にも、ゾンビの姿はあった。あのまま砦に行かれるのは拙い。
だが、追いかけようとしても、混戦の中で黒マスクが槍を入れて邪魔をしてくる。
「ぐっ……
大鋼を力強く振り、黒マスクの槍を破壊する。すると槍をあっさり捨てて、盾で突撃してくる。ゾンビにはない判断力と、騎士以上の思い切りの良さが厄介だった。明らかに、ビトーを砦に向かわせないように行動してくる。
「こ、このままじゃあ…!」
焦りが隙を生み、危機を招く。
もう一人の黒マスクが槍を投擲し、ビトーの足を狙ってくる。
「!」
間一髪跳んで躱したが、足下に炸裂した槍は土や石を散らし、着地するビトーのバランスを崩した。
そこにゾンビが体当たりしてくる。
「うぅ!」
地面に倒されたビトーの上に乗るゾンビが、その拳を振り上げるが、一瞬早くビトーの剣が首を貫いて落としていた。
だが、相手はゾンビ。頭を失いつつも、まだ止まらない。
「くそ、ふざけてんじゃ…!?」
ドドガッ!!
大きな蹴りの音がしたと思ったら、上にいたゾンビがいなくなる。横を見ると、二十mは蹴り飛ばされていた。
「よう、元気か。お前が、『竜斬り』だろ? この人数相手に闘ってるなんて、やっぱり凄いな。」
倒れているビトーを見下ろし仁王立ちしているのは、長い黒髪の大男だった。胸板も腕の筋肉もビトーより一回りも二回りも大きい。
敵か味方かも分からない。が、ロトリロにこのような戦士がいるとは聞いていなかった。
「……アンタは?」
立ち上がりながら問い掛けると、大男は口の端にニヤッと笑みを浮かべた。
「助っ人だ。詳しい話は終わってからにしよう。俺の事は、レオって呼んでくれ。……ん、あれ、さっき蹴った奴、首無しなのに立ち上がったぞ!?」
レオは手にしている身長の二倍はありそうな槍を構え、頭を失ったゾンビを睨む。
ビトーもその隣で大剣を構えた。
「黒いマスクしたやつにはゾンビが混ざってる! 首を斬っても心臓を突いても、動くぞ!」
「へええ、ゾンビなんて本当にいるんだな。……つまり、動けなくすればいいんだな?」
言うが早いか、レオは敵目掛けて突撃する。
「お、おい!」
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして敵の目前で踏ん張るように立ち止まり、片手で槍をぶん回した。
その横振りの槍に巻き込まれ、ゾンビ数体と兵士達が吹っ飛ぶ。あまりの威力に、吹っ飛ばされた者達は皆一様に四肢がバラバラになっていた。
「もういっちょおおおおぉぉぉ!!」
更に槍を振り回し、ゾンビは四散し、騎士や兵士は逃げ惑う。
「な、なんだ、あの強さ!?」
ビトーにも理解の及ばない程の、圧倒的な強さ。
先程まで、押せ押せで進軍していた敵が、たった一人に依って削られていく。
その恐ろしい光景に、枢機卿軍の騎士が気付く。
「あの巨体、ざんばらの黒髪、超長尺の槍……間違いない、『破軍』だぁ!」
「破軍? 破軍だと!!? なんで公国の『破軍』が、第一騎士団より早く来てんだ!?」
「破軍レオーネが来やがった、もう駄目だァ!!」
その正体に気付いた者は、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
いつしか、レオの近くにいる敵は黒マスクのみとなっていた。
「おいおい、騎士が逃げてゾンビが残ってるんじゃ、どっちが騎士か分らんなぁ。」
呆れるレオに、重装の黒マスク二人が落ちていた剣を拾って突っ込んでくる。
「お、まだ騎士らしいのがいたか!」
レオが槍を突き出すと、黒マスク一人の盾と鎧を易々と貫いた。
が、黒マスクは血を吹き出しながらも、その槍を掴んで離さない。
「むむッ。」
その間に、もう一人の黒マスクは、急激に接近してくる。
レオは冷静に槍を離して対処しようとしたが、その前にビトーが間に入ってきていた。
「竜頭割り!」
兜ごと黒マスクの頭を割り、その動きを止める。
ゾンビではない黒マスクは、脳をやられ崩れ落ちた。
「お見事!」
「アンタには負けるよッ!」
二人はお互いを強者と認め、その背を預け、周囲の敵を次々と駆逐していく。
戦場の趨勢は、たった一人の助っ人に依って完全に逆転した。
『破軍』レオーネ・スティファーノと、『竜斬り』ビトー。
この二人の出会いと課せられた運命が、260年前の因縁に関わってこようとは、まだ当人達には知る由もなかった。
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