第125話 復活と、進化

 ペロザ砦の正門が開き、中から馬に乗ったポーリと、団長を守護する親衛隊の五人、合わせて六騎が出てくる。


「よし、閉めろ!」


 ポーリの命を受け、門は再び閉ざされ、守りを堅める。

 こちらに向かってくる重装の黒マスクを、砦の外で迎え撃つつもりだった。


「いくぞ! チンタラして、味方の矢に当てられるなよ!」

「了解!」


 ポーリを先頭に馬は走らせると、直ぐにこちらに突進してくる黒マスクが見えてくる。


『まったく、馬より速いなんてな。嫌になってくるぜ、魔人どもめ。』


 その力の根源が、人間を改造したことに因るものだと聞いて、ポーリは反吐が出る思いだった。


「ならこちらは、人間の研鑽による力の結集を見せるまでだ! 『連波』でいくぞ!」

「は!」


 その掛け声とともに、一塊になっていた馬群は拡がり、親衛隊はポーリの前に出て、斜めに並ぶ陣形となる。


水法ロマ・エラスヴェ!」

「エラスヴェ!」

「エラスヴェ!」


 斜めの先端、一番前を走る騎士が水法で波を放ち、続いて時間差で順番に波を起こしていく。

 その波が連なり、斜めの形を維持したまま黒マスクへと向かっていく。


「ヴッ!」


 構わず波に突っ込む黒マスク。自分の突破力ならこの程度の波ぐらい越えていけると判断し、それは間違っていない。

 しかし、斜めに強く迫ってくる波は微妙に黒マスクの直進をずらしていき、意図せず斜め左に向かって走るようになってしまう。

 そして進行方向を変えられつつなんとか波を突破したが、突破した眼の前には魔力を最大限まで高めたポーリが、馬から降りて待ち構えていた。両手の平を組んで、頭上に掲げている。


「火力最大! 火法リヴァ・リュナイト!!」


 掲げていた腕を振り下ろすと、その組まれた手から炎がまるで滝のように勢いよく飛び出していく。


「ヴヴヴゥ!!」


 黒マスクは盾を構えて受けるも、盾は一瞬で燃え尽きて、全身が炎に飲み込まれた。 

 ポーリのとっておきの法術だ。絶大な威力を誇るが、あまりに隙が大きいので、絡め手で相手の動きを制限する事で初めて真面にぶつける事が出来る。

 敵が単調な動きを見せる黒マスクであった事も幸いした。


「……これで終わってくれりゃあいいがな。」


 それが、都合のいい願望である事は、ポーリ自身も分かっている。

 突然、炎がギュルギュルと渦を巻き、竜巻のように舞い上がる。


「な!?」

「団長、お下がりください!」


 ポーリの前に出て防御の陣形を組む騎士達。

 その見詰める先の赤い竜巻が空に登って消えると、そこには鎧を失った黒マスクが、全身火傷塗れになりながら立っていた。


「体を高速回転させて、炎を吹き飛ばしやがった…!」


 ここまで人間離れしているのかと、思わず唸るポーリ。

 黒マスクは息も上がっておらず、平然と立っている。だが、焼け爛れた皮膚は、流石にノーダメージではないと見て取れる。


「ヴ!」


 突如、黒マスクが半分燃え残った槍を手にして加速する。狙いは当然、一番の脅威であるとみたポーリだ。

 加速から跳躍すると、陣形を組む騎士達を飛び越えて一気にポーリに迫る。


「団長!」


  カシィィィン!!


 小気味良い金属音が響き、槍を左手のショートソードで受け流す。


「へ、流石に動きが落ちてるな!」


 受け流しつつ、反対の手に抜いたサーベルを振り下ろすと、黒マスクの肩口を捉えた。

 火傷の皮膚が裂かれ、血が溢れる。


「ブッ!」

「!…痛いのか? そうか…」


 生命力が強いとはいっても、元は人間である。痛覚だってあるだろう。

 考えてみれば彼らは無理矢理改造され、いいように使われている哀れな者達だ。

 早く往生させてやるのが、せめてもの情け。そう思った。


「「「水法ロマ・フロジィ!!」」」


 ポーリが敵の攻撃を受け止めている間に、親衛隊が一斉に氷の矢を放つ。

 矢が次々と黒マスクの脚に刺さり、まるでハリネズミのようになる。関節も上手く曲げられなくなって下半身の制御を失い、地に横倒しとなった。


「ヴ、ヴ…」

「お前の槍捌き……なっちまう前は、きっと名のある武人だったんだろう? 出来ればその頃、手合わせしたかったぜ。」


 ポーリはサーベルではなく、敢えてショートソードを振り下ろし、黒マスクの首を断った。そうなれば、いくら生命力が強くとも即死出来るだろう。

 少しでも早く、苦しみから開放してやりたかった。

 転がったその首は、心做しか満足げな表情に見えた。


「だ、団長! 敵軍が!」


 感傷に浸っている暇は無かった。

 先程まで徐々に迫ってくるような進軍だった敵軍が、まるで突撃するように速度を上げている。


「なんだ、急に!? くそ、砦に戻るぞ!」


 ポーリは馬に飛び乗ると、反転して一気に駆け出した。



  ― ◆ ―


 マルティンも、枢機卿軍の動きを視界の端に見ていた。


『敵の動きがおかしい、何かあったのか…』


 オルジャソルと交戦しながら三人は、敵軍の突撃コースから外れていった為、直接巻き込まれる訳では無い。

 とはいえ、そちらに意識が持っていかれるとこちらの勝負にも関わってくる。


『フラン!…は、大丈夫か。』


 マルティンの視界の中で、フランとフェイがオルジャソルに剣を繰り出し続けている。その意識は、眼前の敵に集中しているようだった。

 実際、フランは集中力を極限まで上げていた。決戦前には気になっていた両軍の動きも、今は全く気にしていない。それをして勝てる相手ではないと肌で感じたからだ。

 現状、オルジャソルの魔装を貫き致命傷を与える事が出来るのは、マルティンのスピンナイフだけだ。それを使う隙を作り出す為、フランとフェイは攻撃を続けていた。そしてマルティンは、二人を信じて魔力を蓄えて機会を伺っている。

 対してオルジャソルは、魔装があるものの大きな負傷もあり、かなり疲労が蓄積していた。……のではあるが、それ以上に昂揚した気分のせいで、痛みと疲れを忘れていた。

 腕の立つ使い手との、ギリギリの命のやり取り。オルジャソルは、自らのずっと求めていたものの中に、今その身を投じているのだ。


竜鱗削りゅうりんそぎ!」


 フェイの残像を残すほどの連撃も、オルジャソルは両手の長い光の爪で悉く受け止める。


「フハハハ、いいぞいいぞ!どんどん回転を上げろ!」

『コイツ、また反応が良くなってるです!』


 獣人のフェイは体力にはかなりの自信があるが、その力を持ってしても、オルジャソルに一太刀も与えられなくなってきている。これでは、隙を作るどころの話では無い。

 鋭さを増していくオルジャソルの反射神経は、フェイと同時にフランのサーベルをも受け続けていた。

 だがフランは、闘いの最中さなか、集中しながらも別の方法を模索していた。

 ――自分の剣は、魔装を破れない。しかしそれは、自分の力不足というより魔装の特性でもある。

 ビトーでさえ、真技・龍斬剣でなければ、ディーディエの魔装は破れなかった。魔装というものは、上位竜の鱗のようなもの。パワーや技だけでは無理なのだ。


『破るには、魔力、法術…でも、私の水法では、大したダメージにはならない…』


 ならば、魔装を超えて大ダメージを与えるには、どうするか。


『龍斬剣…魔力の籠もった刃……スピンナイフ…法術プラス武術……』


 魔力そのものと、法術という、別のアプローチに依る二つの攻撃だったが、共通点もある。それは、技と、力と、魔力または法術による三位一体の攻撃であるということ。


『……やれるか、私にも。……いや、やる!』


 フランの瞳に、決意の光が碧く灯る。

 そこからの視線を一瞬だがマルティンに向け、マルティンもまたそれを感じ取った。


『隙は出来ていないが……なるほど、俺が隙を作るんだな。』


 意図を理解し、そしてフェイとフランが戦うその場へ、猛然と突っ込んでいく。


「くらえ、爪野郎!」

「!? 自棄になったか?」


 突撃の勢いのままに繰り出したスピンナイフだったが、今の覚醒しきっているオルジャソルは、完璧に動きを読んでそれを躱した。

 マルティンの右手が空を切り、何も無い地面を抉る。

 だが、スピンナイフこそ最も警戒するべき攻撃とみていたオルジャソルは、より大きな動きで躱した為、フランの剣戟に対しては爪が間に合わない横向きの体勢となった。それでも、魔装で難なく止められる。そう思っていた。


水法ロマよ、力を!」


 その剣は、水を纏っていた。水を鋭利な刃に変え、剣の斬れ味を増していた。


「う!?」


 刃はオルジャソルの首を捉え、魔装を斬り裂き、そしてその先の首を斬り落とす……筈だった。


  バキィィィィィン!


「な!?」


 確かに魔装は斬れた。しかし、首に届く前に、サーベルの方が砕けてしまった。

 サーベルの刀身が、フラン自身の魔力に耐えきれなかったのだ。


『そうか、これが魔力石のない武器の末路…!』


 魔力石を介していない武器は、魔力や法術を使うと極端に脆くなる。

 ビトーが大鋼で、真技を多発出来ない理由でもあった。

 

「フラン、危ないですぅ!」

「えっ」


 一瞬止まってしまったフランに、オルジャソルの爪が振り下ろされるが、フェイが間に入って何とか刀で止めた。が、僅かに肩に喰らってしまう。


「ああッ!」

風法・レルメル!」


 マルティンが突風を起こし、砂塵を巻き上げる。

 その間に、フランがフェイを庇いながら距離を取る。


「フェイ、済まない大丈夫か!」

「うっ……大丈夫です、傷は浅いです。」


 額に脂汗を浮かべながら強がるフェイ。押さえた肩からは、血が流れ続けている。


『くそ、私のせいだ。なんとしても、フェイだけは守らなければ……マルティンに加勢を!』


 しかし、手には武器もない。闘いの間に、馬も離れてしまっている。

 せめて、我が愛剣さえあれば……!


 砂塵の中では、マルティンとオルジャソルが闘っていた。熱を感知出来るマルティンの眼は、砂煙の中でも不自由しない。


「まだ元気そうだな蛇鱗族!」

「お陰様で、休んでたんでな!」


 『魔人殺し』を振り回しながら闘うマルティンだったが、一人では防戦一方だ。

 やがて砂塵が晴れていき、視覚の優位が無くなる。


「もらったぞ、蛇!」

「ぐ!!」


 速さでも力でも上回るオルジャソルの蹴りを喰らい、地を転がるマルティン。

 そこに伸びる紫の腕が迫り、死を覚悟した。

 だが、その腕の先の爪が、マルティンの心臓に届くことは無かった。


土法ミューン・シュルッテン!!」


 マルティンの前の大地が盛り上がり土壁が現れ、オルジャソルの爪が突き刺さる。

 それを見たフランが、信じられない光景に目を疑う。


「ま、まさか…今の法術、今の声……」


 その場の誰よりも速い脚で駆け抜けて、旋風のようにフランの前に現れたのは。


「お待たせしました、フラン様。」

「ルカ!!」


 長い耳をピョンと立て、少しだけ笑みを浮かべる。

 兎の獣人、ルカ・ジャントーニだ。


「ルカっち!」

「ルカ、お前どうして…」

「話は後です、フラン様。これを!」


 ルカは法術で土壁を次々と作り出してオルジャソルの行く手を阻みつつ、空いた片方の手で鞘に納まったサーベルを差し出す。

 彼が持ってきたのは、フランの愛刀だ。


「エル・フルーレ! これなら!」


 受け取って柄を握ると、やはり他のサーベルとは違う、まるで自分の体の一部が戻ってきたような感覚を得る。

 ――ルカが走っている。エル・フルーレがこの手にある。もう、迷いはない。

 フランの瞳が再び碧く光り、腕を通して剣に魔力が流れ込んでいく。


「マルティン、もう一度だ!!」

「おう!」

「まだ仲間がいたか!」


 腕の長さを戻し、自ら土壁を割って突進してくるオルジャソル。

 魔人が最後の土壁を砕くと同時に、マルティンは残った魔力全てを篭めて、放つ。


「スピンナイフ!!」

「悪あがきか!」


 オルジャソルは体を反り返して躱した。至近距離でも、隙のない状態なら余裕で躱せる。だが、狙いはスピンナイフを当てる事では無い。


「疾走れ!エル・フルーレ!」


 オルジャソルが体を反らせたタイミングで、フランは超速でサーベルを振った。かなり距離があるので、当然切先が届く筈もない。

 だが、鋭く振られたその剣からは、三日月状の水の刃が飛び出していた。


  ザンッ!!


「う!?」


 上体を反らしているオルジャソルの真上を通過した水の刃。それは魔装を斬り、その下の首も深く斬り裂いていた。

 途端に、首から噴水の様に血が噴き出す。


「お、お、お、おお!?」


 一瞬何が起こったか分らなかったオルジャソルだったが、空に舞う血の飛沫を見て、自分の首が大きく斬られた事を知る。そして、もう勝負がついたという事も。

 片手で首を押さえ、上体を起こし、フランの方を向く。


「……そうか、剣に法術を乗せ、斬撃を放ったのか。見事だ、『凛雨の騎士』。」

「貴様も、恐ろしく強かった。四人の誰が欠けても、勝てなかった。やはり私は、叔父上には遠く及ばないな。」


 敵を讃えつつ、自らを卑下するフランに、オルジャソルは微かに笑った。


「……そうではない。ブルーノは死に、俺も死ぬが、お前は生き残った。それこそが勝者であり強者だ。誇れ、お前は…お前達は強い!」


 叫びと共に首から手を離し、下ろした両腕から、紫の手が消えた。出血が勢いを増したが、もう気にする必要もない。


『――任務の半ばで、悔いはないと思えるとは、俺もメッフメトーに劣らずの自分勝手だな……』


 『教団』の司祭ではあったが、一人の武人として死ねることを誇りに思う。

 オルジャソルは、自らの血が作った赤い池の中に沈むように横たわり、息絶えた。

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