第62話 逆襲

 カデル達は戦いの後、雪原を離れ、幾つかあるアジトの一つに向かっていた。

 カデルの負傷は完治はしていないものの、ティエーネの治癒の力で歩ける程度には回復していた。


「……俺とティエーネは『商団』を離れる。後は頼んだぞ。」


 歩きながら、付き従うゴッソーとソルバンに告げるカデル。


「本当に、『商団』を辞めるんですか?」

「ああ、あれは守らなければならない誓いだからな。それに…な。」


 カデルは、自分の腕にくっついているティエーネを見る。視線に気付いたティエーネが、顔を上げて微笑み返した。


「…姐さんも、それでいいんですかい?」


 ソルバンがそう言うのは、ティエーネが『人間への恨み』を晴らすためにこれまでやってきた、と思っているからだ。

 その問いにも笑顔を向けるティエーネ。


「うん。……なんだかね、あの竜斬り君? を見てたら毒気を抜かれちゃった。」


 リコがティエーネの過去を視たように、ティエーネも断片的にだが、リコの過去を視た。

……いや、リコの記憶の中の、過去のビトーを視た。



『――大変!早く治療しないと…』

『……寄るな…俺に寄るな! ァァ近づくんじゃねぇ、触るんじゃねぇ!!!』



 七、八歳頃であろうか。その年齢としで、既にビトーは人間に絶望していた。

 にも拘らず、ビトーは心を取り戻した。それは、リコという救いがあったからだ。

 あの時、ティエーネが必死に願ってカデルの命乞いをしたのは、そのビトーならばきっと許してくれると思ったからだ。


「……私も、恨みとかより、カデルがいてくれればそれで良かったんだって、気付いちゃったんだなぁ……」


 そう独り言のように話すティエーネは、カデルが今まで見てきた中で一番穏やかだった。

 カデルは思う。これが本来のティエーネの素の姿なのであろう。

 

『俺は、リコを利用したりしない。』


 そのビトーの言葉で、初めて理解した。

 自分カデルが『商団』の為に、ティエーネに竜の召喚を繰り返させた。彼女も、人間への恨みからそれを望んでいると思っていた。

 しかし、本当はただ、自分に喜んで貰いたかっただけではないのか? 

 そして繰り返すことで、いつしかティエーネ自身も、それを望んでいると思い込み、人間への恨みを不必要に大きくしてしまったのではないか? 

 それはつまり、カデルがティエーネからの好意を利用していたとも言える。

 本当は、竜の召喚なんて、人殺しなんて、しなくても良かった。ただ、愛しい人の傍にいられたら…そう心の奥底で思っていたのではないのか?

 そう考えたら、これ以上ティエーネに『竜の喚巫女』の力を使わせる事は出来なくなった。カデルは魔人でありながら、それ程までに人間のティエーネを愛していた。


「……これからは、ティエーネと二人で何処かで静かに暮らしていく。まあ、なんとかなるだろう。」

「それなら、俺達も…」

「いや、お前達まで抜けたら、残った部下達が統率を失ってしまう。それに、お前達まで仲間に追われる立場になることはないさ。」


 ノルクベストには、各都市にカデルの部下の連絡員達もいる。せめて上から次の指示があるまで、彼らを仕切って欲しいと、カデルは頭を下げた。

 尊敬するボスにそこまでされては、ゴッソーもソルバンも引き下がるしかなかった。


 暫く雪の森の中を行くと、丸太小屋が見えてくる。彼らのアジトだ。

 ある程度の食料と装備を備蓄している。


「よし、ここで旅の支度を整えて……?」


 小屋の扉の前まで来て、カデルが不審な雰囲気を察知し、皆に目配せする。

 ゴッソーやソルバンも、様子がおかしい事に気付く。


「………敵だ!」


 途端に扉が開き、武装した騎士二人が飛び出してくる。


「うおりゃ!」

切断せよザリィス!」


 騎士が剣を振るより速く、ソルバンが手槍を振るい、ゴッソーが魔法を放つ。カデルはティエーネを庇うように抱いて後方に下がった。


「ぐあ!」


 光斬を受けた騎士の、剣を持った右腕が飛ぶ。

 もう一人の騎士は手槍を受け止めた剣を折られ、そのまま兜ごと頭を割られていた。


「く、くそ!」


 右手を失った騎士が残った左手で懐から紙を取り出すと、地面に拳で叩きつけた。

 それと同時にゴッソーから新たな斬撃が放たれ、騎士の上半身と下半身を両断していた。


 絶命した二人の騎士に近寄り、亡骸を確認する。


「ノルクベストの騎士ですね…まさか、こんな山奥のアジトを突き止めるとは。」


 ゴッソーの言葉を聞きながらカデルはしゃがみ、騎士が残した紙を拾い上げる。


「法通紙だ。……文字は書かなくとも、この跡だけで異常ありと伝えた、か。やるな。」


 二枚一組の法術通信紙。その片割れの方にも、大きな拳の跡が顕れているに違いなかった。


「恐らく、他のアジトにも張ってたんでしょうね。ち、急に本気になりやがって。」


 ソルバンが吐き捨てるように言い、それを聞いたティエーネが不安げにカデルを見上げた。


「カデル…」

「大丈夫だ。この程度の奴ら、俺達の相手にはならんさ。」


 カデルの言う通り、ノルクベスト騎士団の一般の騎士には、まともに闘り合えば負ける事はない。

 ただ、多くのアジトを潰され、補給や連絡が出来なくなってくると厳しい。更に、一人一人は魔人の敵ではなくても、多数が集まってくると脅威となる。

 そして、法術通信紙で連絡を受けた以上、騎士団が駆け付けてくるのは明白だった。


「………カデル様、ここで別れましょう。お二人は国外へ脱出してください。」

「ゴッソー? 何を言って…」

「我々は撹乱しながら動き、本部に連絡を取ってみます。」


 ゴッソーは覚悟を決めたような表情だった。それは、カデルとティエーネを逃がすために、命を掛ける覚悟だ。


「馬鹿な、お前等を見捨てて逃げろというのか!」

「違いますよ、カデル様はもう『商団』を抜けたのでしょう? なら今のノルクベスト班のトップは俺達だ。だから、好きにやらせて貰いますよ。」


 ソルバンがそう言って笑い、目を合わせたゴッソーも笑顔を見せた。

 これが最後、と、分かり、ティエーネも狼狽する。


「貴方達、だめよそんな…」

「姐さん、カデル様は庶民の生き方を知りませんから、教えてやってください。」


 冗談めかして言うソルバン。ティエーネの両の眼から涙が溢れ出す。


「馬鹿…」

「ちょ、姐さん泣かないでくださいよ。まいったなぁ。」


 そんな二人のやり取りを眺め、ゴッソーがカデルに向き直る。


「さ、カデル様早く行ってください。追手が来ます。……姐さんをお願いします。」

「お前達……済まない!」


 カデルは元部下達の意志を受け取り、ティエーネを両手で抱き上げ、走り出す。


「カ、カデル、私まだ…」

「何も言うな、しっかり掴まってろ!」


 熱いものが込み上げてくるのを懸命に堪え、カデルは振り返らずに走り続けた。

 その姿が見えなくなるまで、ゴッソー達は見送っていた。


「……カデル様、姐さん、今までありがとうございました。どうか、お元気で。」

「ゴッソー悪いんだけどよ、感傷に浸ってる暇が無さそうなんだわ。」

「ああ、解ってる。」


 カデル達が去ったのと反対側の方向から、多数の強い魔力の気配が迫ってくる。


「いっちょ暴れますかァ!」

「ああ、そうだな!」


 二人は頷きあって、その気配の方へ駆け出した。



  ― ◆ ―


「おらぁぁぁぁ!」


 ソルバンの手槍が唸りを上げて、騎士の鎧を貫く。


「ぐあっ!!」


 更にその背後から右手に魔装を纏ったゴッソーの手刀が迫る。


「は!」


 手刀が大きく背中を切り裂き、騎士は倒れた。


「ハァ、ハァ……手間、かけさせやがって。」


 息を乱しながら、辺りを見渡すソルバン。そこには騎士十数人が亡骸となって横たわっていた。

 ゴッソーも魔装を解いて、大きく息を吐く。魔人の魔力量が多いとはいっても、ここまでの大人数では魔法の多発は出来ず、後半は消費を抑えて魔装での肉弾戦だった。


「よし、これで取り敢えず近場の魔力持ちは全滅出来たかな。」

「ああ。それにしても、本当にこいつらどうやってアジトの位置を――!?」


 ゴッソーは驚いて言葉を止めた。そこに、鎧の剣士が現れたからだ。

 ビトー程の精度ではないにしても、魔人は魔力感知を持っている。その二人が、そこまで接近に気付かなかった。何故なら、その剣士が魔力を持っていなかったから。


「遅かったか……おのれ、魔人どもめ!」


 その黒の装甲に白いラインの入った鎧の剣士は、騎士達の救援が出来なかった事を悔やみながら、その感情をぶつけるように腰の大剣を一気に抜く。

 ソルバンもゴッソーも、魔力は感じなくても、その剣士がとてつもない強さの持ち主だと感じ、構えを取る。


「聖戦剣セイジ・サーグナー! 推して参る!!」


 正義に燃える剣士セイジの、魔人との初めての戦いが今、始まった。




 


 

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