第63話 褐色の女剣士
カデル達との死闘を演じた雪原を越え、隣接する雪深い森を越え、ビトー達は遂に、ノルクベスト中央部最大の都市・カムラテナの目前にまで辿り着いた。
二十年前に遷都するまではノルクベストの王都だったということもあり、立派な街壁が聳え立っている。その街壁の三ヵ所に、後付であろうロープウェイの発着場があり、カムラテナを中心に三方へ索道が伸びていた。そして、それぞれの発着場に絶え間なくゴンドラが行き来していることから、遷都して尚、この都市が活気に満ちているのが見てとれた。
「大きな街だなぁ。」
森から続く道の途中で都市を望み、ビトーは素直な感想を述べていた。出身のムーンパロにはここまでの大都市は無かった。
プレミラ王国を旅している時は、首都リンドナルには寄らなかったので、カムラテナがビトーの今まで見た事のある中で一番大きな都市、となる。
「さて、どうしようか。」
フランが思案する。カムラテナは街壁に囲まれているとはいっても、入るのにそこまで厳しい審査がいる訳ではない。遷都した事で多少緩み、逆に人々の交流や経済活動が盛んになったくらいだ。
ただ、大都市なだけに人が多い。下手に街に入れば、リコが街人に触れてしまう危険が増える。
「私、夜まで待ってるから、先に行っていいよ。」
リコが笑って言った。人通りが少なくなってから、宿まで行こうという算段だ。
「そうだな、じゃあフランとルカで宿を見つけておいてよ。決まったら教えてくれ。」
と、ビトーも当然のように残る気で、道端の切り株に腰掛けた。
そんなビトーにリコは何か言いたげだったが、言ってもビトーは変わらないので、黙っておいた。
フランとルカは顔を見合わせ溜め息を一つ。
「……分かりました、宿が決まりましたら僕が迎えに来ますね。」
「あと、ここは寒いからあそこで待ってろ。」
フランが指差したのは、城壁の前に三軒並んでいる茶屋だ。
検問がさほど厳しくないとはいえ、混み合うと待ち時間が発生する。それを機と捉えた商魂逞しい者たちが、街壁の外側に待ち人用の店を出しているのだ。
「いいな、温かい茶が飲みたい。」
「ビトー、お茶好きだよね。」
リコがクスッと笑って言うと、ビトーは少々照れたように頭を掻いた。
「修行中はマタタビ茶ばっかりだったからなぁ……里の外に出てから、他の茶の味が新鮮に感じるんだよ。」
「竜斬剣の里は猫の獣人の里だったんですか?」
「そうだな、猫の獣人…というか、いろんな猫科の獣人がいたな。」
「へえ、珍しいですね。同じ猫科でも種族が違うと結構仲悪かったりもするのに。」
ルカは驚いた。彼も詳しい訳ではないが、獣人の常識として、『犬科は比較的種族の違いに寛容、猫科は種族の誇りを重視』、と伝わっている。
「ふぅん? 余所の獣人族は知らないけど、ウチではそこまで気にしては無かったな。」
ビトーが修行した里でも、全員が竜斬剣の使い手ではない。だが、修行する者もしない者も、様々な猫科の獣人がいて、特に細かな種族の違いで区別したりはしていなかった。
それはその里の成り立ちに由来する、ある種の特殊性なのだが、それについてはビトーはまだ知らない。
「よし、取り敢えず移動しよう。私とルカは街へ。ビトーとリコは店で待つ、いいな。」
フランは痩せ我慢か震えてはいないが、表情は結構寒そうである。すぐにでも暖かいところへ移動したいようだ。
ビトーは少し苦笑しながら切り株から立ち上がる。
「オッケー。じゃあリコ、行こうか。」
「うん!」
― ◆ ―
街壁の外にあるのは、三軒とも茶屋であるが、酒が置いてあったり、しっかりした食事も出来たりする。
元々、旅人が待ち時間に疲れを癒やしたり、街壁外の畑仕事をした農民が一息吐いたりする店であり、酒があるとは言っても、比較的穏やかな雰囲気が常である。
それでも稀に、ガラの悪い連中が来る事もある。そういった連中は基本的には都市内の繁華街で飲み歩き、遊ぶのだが、他の町に仕事に行ったり森に狩りに出たりなどで都市外に出た帰りに、気紛れに寄るのだ。
「
今日もその気紛れの日だったらしい。
場に似つかわしくない大声で酒を頼む狩人三人に、店主はやれやれといった顔をしながらも3人分のエールを用意してテーブルへと運ぶ。
「ウチに寄るなんて、あんまり稼げなかったのかい?」
テーブルに木製のジョッキを置きながら、慣れた口調で店主が聞く。
しっかり稼げたのなら、繁華街に直行する筈だ。
「痛いとこ突くなぁ。なんか森がヘンでさ、獲物がいつもの半分も捕れなかったんだ。」
三人の中で比較的穏やからしい顎髭の男が、少々顔を顰めて言った。
残りの二人はあからさまに不機嫌そうだ。
彼らは知らないが、元々森にいた野生動物は、雪原でビトー達を相手に暴れた竜を怖れ、姿を隠していた。竜の騒ぎは治まって暫く立つが、動物達は未だ警戒を解いておらず、狩人達にとっては獲物を見つけるのが困難な状況となっていた。
「まったく、こんな事は初めてだぜ。」
ジョッキを煽り、愚痴を言うのは髭のない男だ。その対角に座る、もみあげの濃い男が同調する。
「折角、吹雪が大人しくなってたのにな。」
「ああ、冬が本番になる前に稼ぎたかったんだが――」
と、ぼやきながら店の中を適当に見渡していた男の視線が止まる。
止めたのは、店の隅にある立ち飲み用のカウンターで、壁を背にしながら佇む一人の女だ。
毛皮のマントを身に纏い、ショートカットの黒髪にはターバンを巻いている。吊り目がちな眼、その瞳はアイスブルー。背はそれほど高くないが、マントから僅かに見えるスラリとした手や足、首によって、スタイルの良さは想像に難くない。
何より、勝ち気そうな整った顔立ちと、この地方には珍しい褐色の肌が目を引いた。
「へーへーへー。」
髭なしがもみあげに目配せして立ち上がると、もみあげもニヤニヤ笑いながら席を立つ。
「おい、やめとけよ。」
察した髭面が軽く止めるが、二人は構わず女へと歩み寄っていく。
「おい、ねえちゃん一人で寂しそうだな。俺等と飲まねぇか?」
「こんなとこで飲んでるなんて、旅の途中か? 女が一人旅なんて危ねえなぁ。」
しかし女はまるで聴こえていないかのように、店の入り口一点を見つめて、黙っている。
「おいおい、無視すんなよ。せっかく――」
髭なしが手を伸ばして女に触れようとした瞬間。
女は大きくマントを開き、腰に下げていた剣を抜いた。その片刃の長剣の切っ先が、髭なしの鼻先に突きつけられる。
「ひっ!?」
男達は、いつ剣が抜かれたのかも解らなかった。それ程の早業、それ程の剣の使い手だった。
「ありゃあ竜皮の鎧か…」
自分達のテーブルから成り行きを見ていた髭面は、マントの下から現れた軽装鎧を見て、嘆息した。
竜皮の鎧は大変高価である。それだけでなく、女の着ている鎧は体にフィットしており、自分専用に作られた物であろうことが分かる。
軍属の騎士でもないのにそんな鎧が持てるのは、とてつもない金持ちか、自分で素材を狩れる強者かのどちらかだ。そしてその女は、明らかに後者であろう雰囲気を醸し出している。
「下郎、二度と話しかけるな。」
ドスの効いた声でそれだけ言うと、女は剣を鞘に納めた。
髭なしはその場に崩れ落ち、もみあげの肩を借りてなんとか自分の席に戻っていった。
「と、とんでもねぇ…なんなんだあの女。」
「お前等も言ってたじゃねえか。一人旅の女だ。相当腕に覚えがあるんだろうな。」
髭面が苦笑しながら言った。つまりは、一人旅でも危なくない程度の実力がある、ということだ。
やばい女に声を掛けた、と、もみあげが震える。
「おっそろしいぜ。男を寄せ付けないタイプだな、ありゃ。」
男達は酒に逃げるべく、再びジョッキを掴む。
その時、店の入り口の扉が開き、二人組の男女が入ってくる。
「あれ、強い魔力がいると思ったら、フェイだ。」
「あ、ビトーさ!!」
女は先程までとは打って変わって満面の笑顔で、一瞬で二人組に駆け寄り、男の方…ビトーに抱きついた。
「ビトーさ、待ってた〜! やっと会えたです!」
「あ、そうか案内役ってフェイだったのか。」
驚きつつも嬉しそうに笑うビトーと、それ以上に嬉しそうな褐色の女、フェイ。
その変わりように呆然とする男達。そしてビトーの背後で、突然の事に固まるリコ。
フェイはリコに気付き、さっとビトーから離れ、ペコリと頭を下げる。
「失礼したです。初めまして、フェイラローザです。フェイと呼んでください、奥方様。」
「あ、どうもご丁寧に…って、お、おくがたさま??」
「はいです!」
フェイは顔を上げ、ニコッと少し長めの犬歯を見せる。
「ビトーさはいずれ、里で先生を継がれる方。その
「あ、え、えーっと…」
どこから何を話せばいいのかと、戸惑うリコ。
「フェイ、前も言ったけど、俺は継ぐつもりはないんだ。」
「えーー、でもでも、気が変わったりしないです? 変わるかもしれないです!」
冷静に諭すように答えるビトーと、食い下がるフェイ。
二人の話は先生の後継者問題にシフトしていく。
『そっちより
ビトーは修行時代、仲間達に自分のことを、どのように伝えていたのだろうか。
なんとなく、色々妄想が巡ってしまうリコであった。
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