第37話 目覚め
空高く飛び上がったビトー。傾きかけた陽が、眩しくも美しい。
しかし、感傷に浸ってる暇はない。陽よりも眩しく強い光が、眼下に迫ってきているからだ。
「はあ!!」
ビトーはその光の塊に、あらん限りの力を使って剣を振り下ろす。
光の塊と陽炎に包まれた刃がぶつかり、いくつもの火花を散らし、そして。
ビトーの身体が光の渦に巻き込まれていく――
― ◆ ―
「!!……あれ?」
ビトーが目を覚ましたのは、知らない宿屋のベッドの上だった。
「ビトーさん!」
「おお、目覚めたか。良かった。」
ベッドの傍らには、兎耳のルカと、知らない金髪の女がいた。
記憶が混同している。ディーディエのギオン砲と打ち合ったのは憶えている。そこから先の記憶が曖昧だった。
「俺は……生きてるのか?」
「はい、完ッ全ッに生きてますよ!やりましたね!」
「まったく、見事な戦いぶりだったぞ、ビトー殿。」
称賛してくる二人より、気に掛かることがある。
「――リコは?」
「ええ、こちらに…」
ルカが一歩下がって視界を開けると、部屋の壁際の長椅子で、手すりに凭れるように眠るリコがいた。
慌ててビトーが半身を起こす。身体に痛みと疲労感が残っているが、構わない。
「リコ!…無事なのか?」
「疲れて眠っているんです。夜通し、癒やしの法術を使い続けていましたから。」
ビトーの鋭敏な聴覚は、リコが安らかに寝息を立てているのを聴き取った。
ほっと、息を吐く。
「……随分、無理をさせたな。」
「無理と言うなら、君の戦い方も無理、というか無茶だったぞ。」
まるで見ていたかのように言う金髪の女。服装から、騎士らしいことは分かる。
「……誰?」
「覚えていないのか!?……まあ、仕様がないか。すぐ意識を失ってしまったからな。」
そこで女騎士は姿勢を正し、改めて名乗る。
「私は、ロトリロの騎士フラン・ロッティナ。よろしく、ビトー殿。」
「……………ああ、ルカの御主人か。」
そういえば、意識が途切れる前、ぼんやりとした視界の中で見たような気がする。
「フラン様が、水狼煙でビトーさんの勝利を伝えて下さったんです。」
「私一人では、君と、君の剣を運ぶのは無理だったのでな。町人にも手伝って貰ったんだ。」
言いながら、フランがベッド横に置かれているビトーの
「君の剣はとてつもなく重いな。大剣ではあるが、その見た目以上に重い。」
「あー、大鋼は通常の大剣の三倍は鋼を使ってるからな。特殊な工法で圧縮して、兎に角頑丈に作ってもらってるんだ。」
「三倍!? よく軽々と振るえてますね。」
ルカが目を丸くした。合わせて、片耳がぴょこんと跳ねる。
「なるほど、その頑丈さがあの剣術を可能にするんだな。あの魔人の魔装を斬り裂くなんて、並の剣では不可能だ。」
フランが納得、と示す様に頷いた。
「まそう? ああ、あの魔力の鎧の事か。あれは、多分『
「『魔力刃』か……やはりそうか。使い手が現代にもいたとはな。」
ビトーの使う『竜斬剣』は、魔力で身体能力を向上し、力を増す剣技である。
更にもう一段上の『真技・龍斬剣』は、魔力を身体だけでなく剣にも流し、威力・切れ味を格段に上げる技だ。それだけでなく、通常、魔法や法術でなくてはダメージを与えられないような魔法の
『龍斬剣』に限らず、魔力そのものを篭めた武器による攻撃を『魔力刃』と呼称するが、殆ど伝承や神話の中に登場するレベルのもので、フランが目にしたのは初めてだった。
「……あれを最初から使っていれば、もっと早く倒せたんじゃないか?」
「いや、それをするのはちょっとギャンブルなんだよな。まず、『魔力刃』でも相手の魔力がとんでもなければ斬れないかもだし、試しにやってみるにしても、大鋼がどこまで耐えれるかも分からない。」
「――そうか、魔力石ではないからか。」
通常、法術を使うにしても魔法を使うにしても、道具を使う場合には魔力石を通す必要がある。
例えば、魔力石を付けた杖で法術を使えば、力が強まるし、杖も壊れない。逆に魔力石が付いていない杖で法術を使えば、魔力を通した段階で、杖が割れたり折れたりと、早々に駄目になる。
フランはサーベルを杖の代わりとして法術を使う時があるが、それはサーベルの柄に魔力石が嵌め込まれているから可能なのである。
『魔力刃』においては、法術以上の負担が剣に掛かる。魔力を刃全体に行き渡せるため、本来なら鋼と同量の、非常に純度の高い魔力石を含有させなければならない。
「そんな大量の魔力石、簡単には手に入らない、か。」
「大鋼は頑丈だけど、あくまで鋼の剣だから、魔力を流し続けてたら壊れてしまうんだ。」
それがどの程度保つのかも分からない。
戦闘の序盤で試してすぐに剣が折れたら、仕留め損なった場合、負け確定である。
それだけに、ビトーにとっても最後の最後の切り札だったのだ。
「トメンレアで魔力石、買えなかったんです?」
「ちょっと店見たんだけど、大鋼サイズの剣を作ろうと思ったら、地竜100頭くらいは狩らないと駄目だった。」
ビトーが苦笑する。
フランは腕組みして溜め息を吐いた。
「まあ、現実的ではないか。…とはいえ、奥の手としての『魔力刃』は魅力的だな。私にもご教授願いたいものだ。」
「あー、済まない。真技は秘伝だから、俺の一存では詳しくは教えられないんだ。」
頭を下げるビトーに、フランが慌てて顔を上げさせる。
「いや申し訳ない。奥義を簡単に聞こうなどと、私が浅はかだった。」
フランの謝罪に笑って気にするなと返すビトー。
そして、二人にお願いする。
「悪いんだけど、もうちょっと眠らせて貰えるか? まだ疲れが取れなくて。」
「分かった、一度我々は外に出よう。」
「リコさんも、ベッドに寝かせてあげたいところなんですけど…」
硬い長椅子の上では、と気遣うルカだったが、触れる事が出来ない。ビトーが起きる前に声は掛けたが、熟睡中で無理に起こすのも忍びなかった。
「…そのまま、寝かせておいてやってくれ。」
「はい。それでは、何かあったら呼んで下さい。」
フランとルカが部屋から出ていくと、ビトーはベッドから立ち上がり、自分の使っていた毛布を片手に、リコへと寄っていく。
しっかりと眠り込んでいる様子だ。瞼が腫れたりはしていなかったが、頬には涙の痕が見て取れた。
「……結局、泣かせてしまったんだな。」
心配させた事を心の中で謝りながら、毛布を掛ける。そのままその場にしゃがみ込み、リコの顔を覗きこんだ。
ビトーにとって、何にも代え難いものが、そこにはある。
泣かせてしまう程無茶をしても、切り札の『真技・龍斬剣』を使ってでも「斬る」と決断しても、倒すことが出来なかった魔人ディーディエ。
その脅威が消えてはいないのは明らかだが、とりあえずは、リコが無事で良かった。ビトーは、そう思う事にした。
― ◆ ―
「!!」
ディーディエが目覚めたのは、『商団』の部下が普段利用しているアジトだ。
トメンレアからそう遠くない街道沿いの町の外れに、それはあった。丸太作りの小さな家だった。
すぐ起き上がろうとしたが、胸に激痛が奔る。
「う、ぐ…」
「ディー様! まだ起きたらダメよ!」
急に目を覚ましたディーディエに驚いたボニーが、上半身を支え、ゆっくりとベッドに戻す。
「ボニー…俺は、負けたのか?」
ディーディエの方も、斬られた辺りから、記憶が混同していた。
ボニーは無言で、部屋の入り口付近に立っていたラシナの方を見た。
それでディーディエは、今度はラシナに問う。
「俺は、負けたのか?」
「いえ……意識を失われる前に放った
言われて、薄っすらと映像が浮かんでくる。竜斬りの二撃目が迫るギリギリのところで、残る魔力を振り絞って魔法を放つ自分。
「……それで、どうなった?」
「私が、敵を始末しようとしましたが、敵にも増援があり…仕留め損ないました。申し訳ございません。」
謝るラシナを、素の表情で眺めるディーディエ。
暫時の後、少し自嘲気味に笑った。
「それは、いい。元々俺の仕事だからな。それより、俺の命を救う事を優先したんだろう?悪かったな、助かったぞラシナ。」
「い、いえ……。」
手を出した事を咎められるかと思っていたが、逆に礼を言われ少々困惑する。穏やか過ぎるその姿が、まるで、覇気を失くしてしまったかのように感じられた。
ディーディエは、再びボニーに向く。
「俺の怪我はどれくらいで治る?」
「……はっきりとは言えないけれど、魔力の入った斬撃だったから、完治までは時間が掛かるわ。」
「そうか。本部に移動出来るようになるのは?」
「二週間、くらいね。――本部に行くの?」
ディーディエ答えず、少し思案する。
「なんとか、五日で動けるようにしてくれ。」
「五日!?無茶よ!」
大きな声で否定するボニーに、ディーディエは懇願する。
「頼む。最低限、傷が塞がればいい。」
真っ直ぐに見詰めるその視線に、ボニーは弱い。
困った様な表情をしながらも、仕方なく了承する。
「わ、分かったわよ。なんとか頑張ってみるけど、期待しないでよ?」
「ああ、面倒を掛けるな。」
「素直過ぎて調子狂うわ……それじゃ、もう少し眠って頂戴。アタシも、魔力回復しないといけないから。」
ひらひらと手を振りながら、ボニーは部屋を出る。少し遅れてラシナも、一礼して部屋を出た。
一人になったディーディエは、無言で天井を睨む。
その表情が、苦悶に歪んでいく。
「……『魔力刃』だと……奴は、それが使えるのに、隠していやがった。最初から、舐めていたのか?」
しかし、その考えはディーディエ自ら否定する。少なくとも、ビトーにそんな余裕は無かった筈だ。それは、自分との戦いぶりを思い出せば、想像に難くない。
「奴は……『魔力刃』を敢えて使わなかったんだ。俺の魔力を消費させ、最大限有効な攻撃が当てられる時まで、耐えやがった!」
事実は、少し異なる。ビトーは元々は『真技・龍斬剣』を使うつもりは無かったからだ。
しかし、結果だけ見れば、全てがビトーの読み通りに進み、魔力差を覆してディーディエを追い込んだ、ということになる。
「何が、何が、本気だ! 結局、舐めていたのは俺だ。力押しで倒そうとして、奴の術中に嵌り、相打ち……相打ちじゃあない! 俺の、俺の負けだッ!!」
ディーディエは自らへの怒りで打ち震えていた。
「この怒り、この屈辱ッ――晴らす為には、貴様に勝つ以外無い! 竜斬りィッ!!」
掴んだ毛布が、小さく破れた。
その決意を扉の向こう側で聞いていたラシナは、激情を失っていなかったディーディエに少し安心し、そして少し不安にも想うのだった。
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