第38話 最強と呼ばれる者達
四方を山に囲まれた盆地に、水色を基調とした美しい城と、城下町がある。
大陸において、都市国家である剣都ソーディンの次に小さい国、メノテウス公国だ。
メノテウスは北にトゥルコワン、東にプレミラ、南にグアルディル、西にイルディリムと、四方の国境を別の国に接している小国である。歴史はそれなりに古いが、強国に挟まれた立地故、大きな発展もせずに少ない領土を守ってきた。
ただ、そこに住む人々とその暮らしは穏やかで、他国の争いとは隔絶した平和を過ごしてきた。
その城の城壁の上で、一人の大男が仰向けに寝転んでいた。上半身は裸で、日光浴を楽しんでいる。
そこに、下方から声が聞こえてくる。
「レオーネ様ァ!いらっしゃいませんか〜!?」
「……ん、モリナか。」
自分を呼ぶ女の声に気付いて、大男が立ち上がる。その背は有に2mを超えている。鍛え上げられた筋肉は盛り上がり、力強さが溢れていた。無造作に伸びた黒髪は、一束に纏められて、背の中程まで垂れ下がっている。
そして大男・レオーネは、城壁から下に向かって顔を覗かせた。
「モリナ、ここだここだ。」
「あ!またそんなところに。今、行きますから、動かないでくださいよ!」
城の中庭から大声を出していたモリナは、レオーネの姿を見留めると、すぐに城壁へと走り出す。
そのままレオーネが待っていると、暫くしてモリナが息を切らせてやってきた。
「遠回りしなくても、跳んでくりゃあいいのに。」
「城内で、そんな雑に法術使えないんですよ、普通は!」
法術士のローブを纏ったモリナは、肩で息をしながら編み込んだ茶色の髪を揺らしていた。
「で、そんなに慌ててどうしたんだ?」
「公王様がお呼びです、『竜斬り』の件で意見を聞きたいと。」
「ああ、プレミラで竜がバッタバッタと斬られたってやつか。」
その情報がメノテウスに届いたのは今朝のことだった。
三日前、プレミラの都市トメンレアが野生の竜の群れに襲われかけたが、侵入を許す前に、全て斬り倒され事なきを得た、という事件。
特筆すべきは、その竜の群れが、複数の竜種の混合だった事と、『竜斬り』と呼ばれるたった一人の剣士によって倒されたという事だ。
「ここから大分離れた土地のことで、公王様も心配性だな。」
豪快に笑うレオーネだったが、モリナは息を整えて真面目な顔をする。
「しかし、一戦力としては強すぎます。公王様が御懸念なさるのも当然かと。」
「確かに、強いよなあ。一度会ってみたいもんだ。」
未だ暢気なレオーネに、モリナは聞いてみたいことがあった。
「…レオーネ様なら、同じ事は出来ますか?」
「ん?う〜ん、竜を仕留める事は問題ないだろうが、被害ナシってのは、中々難しいかもなぁ。」
トメンレアに現れた竜種は、情報によると角竜、地竜、顎竜、走竜だ。レオーネは自分が対応した場合、大きい竜を仕留めている間に、小竜に都市へ入られてしまうのが想像出来た。
「……恐らく、『竜斬り』ってのは強いだけでなく、竜の弱点やらをよく知ってるんだろうな。短時間で全部殺ってるってことは、そういう事だ。」
「なるほど。レオーネ様、その辺り雑ですもんね〜。」
「雑で悪かったなァ!」
また笑い出したレオーネに、モリナも連られて笑う。
が、やおら真面目な顔に戻ると、レオーネに急ぐように促す。
「さ、早く公王様の元へ行きましょう、レオーネ将軍。」
「はいはい、仕様がないなぁ。」
上着を拾って、着ながら歩き出すレオーネ。
四方を大国に囲まれた小国が、なぜ平和でいられるのか。その理由が彼だ。
公国唯一の将軍。常勝無敗の『破軍』レオーネ・スティファーノ。
現在、大陸最強と目されている人物であった。
「……どっちかっていうと、こないだまで城下でウロウロしてた連中の方が、気になるんだがなぁ。」
先を急ぐモリナには、そのレオーネの呟きは聞きこえなかった。
― ◆ ―
「はぁ……」
イルディリム皇国の第四皇女、ラフィーナ・ファン・レンストラは、午後のお茶の後、殆ど日課となった溜め息を吐いた。
朝起きては毎日毎日、皇女としての勉強、お稽古、礼儀作法の習得。美しさを磨く為の運動。
それらが大変なのではない。彼女は、姉妹の誰よりも上手くこなしていたし、本人にも出来る人間としての自覚があった。
出来るからこそ、退屈なのだ。正室の娘と言っても、四番目。何事も有能にこなせたところで、行き着く先は国外の王室か、国内の有力貴族との政略結婚の道具。
それも皇女としての責務とは分かってはいるが、生まれてきてから十六年間、積み重ねた努力も、類まれなる容姿も、全て「より良い道具」になる為のものだと思ってしまえば、なんと虚しいことか。
彼女は優秀だ。だからこそ、その虚しさに気付いてしまうのだ。
と、不意に遠くから歓声が聞こえてきた。
「……何かしら?」
側に控える侍女に尋ねる。
「演武場で、騎士様が試合なさっているのですよ。
「ああ…。」
そういえば、そんなことを聞いていたな。と、ラフィーナは思い出す。
イルディリムは『騎士の国』と呼ばれる程、代々強力な騎士団を擁しており、武門で成り上がることを一番の誉れとしている。
特に、聖戦時、魔人軍に攻め込まれながらも、国を落とされず護りきった、という誇り高い歴史がある。
実際は、皇都陥落直前に『剣王ラウテ』に救われたのであるが、イルディリムとしては、「剣王の協力を得て、魔人達を押し返した」という解釈を取っている。
それ故、隣国でもあるソーディンとは友好的ではあるものの、国内の問題は『聖戦剣』には頼らず、自分達の騎士団の力によって解決してきた。
騎士団とは、皇国の力の象徴なのである。
そんな自国の騎士達が、ラフィーナは少々苦手であった。
勇猛果敢である事を第一として、常日頃から訓練、試合、訓練、試合の繰り返しである。
なんとなく粗暴に感じてしまうし、この平和な時代に、そこまでしなくてもいいのではないか、と疑問に思ってもしまうのである。
無論、彼女とて、騎士達の存在が国防にとって重要な事は分かっている。分かってはいるが、そこはやはり城の中のお姫様であり、戦争への備えなどピンとこないのだ。
「そもそも、伝記やお伽話に出てくる騎士とは、全然違うのよねー。」
思わず出た本音に、侍女がクスっと笑う。
「確かに、我が国の騎士様は逞しい方ばかりですものね。」
「逞しいっていうより、ゴツゴツよ。お伽話なら、ゴレムの方だわ。」
今度は吹き出してしまうくらい笑う侍女だったが、その笑いが、再び届いた歓声でかき消される。
「何か、今日は一段と盛り上がっているわね。」
「剣都から、聖戦剣士様がいらっしゃってるそうですよ。対外試合は珍しいので、皆さん気合いを入れていらっしゃいました。」
「へ〜、剣王様の。」
魔人王を倒した剣王といえば、お伽話の最たる存在だ。ラフィーナが子供の頃詠んだ絵本では、剣王ラウテはとても凛々しく、格好良く描かれていた。
「剣王様も、本当はゴツゴツだったのかしら。」
「まさか。……でも、どうでしょう。凄く強いのなら、もしかしたら体も大きかったのかもしれませんね。」
最大限柔らかい表現にした侍女だったが、やはり実際は剣王も筋骨隆々の大男だったのかもしれない。そう思うと、段々と気になってきた。
「――よし、現代の聖戦剣士様を見てくるわ!そうすれば、剣王様の事も想像できるかも!」
ラフィーナが勢いよく立ち上がる。と、すぐに城内演武場に向かってカツカツと歩き出した。
侍女が慌てて別の侍女を呼び、テーブルの片付けを任せてラフィーナに続いた。
― ◆ ―
ラフィーナが会場に辿り着いた時、演武場では盛り上がりが最高潮となっていた。
演武場の中心で木剣を振るうのは、イルディリムが誇る称号騎士、『烈花』のバーテリウスだ。
そして、その剣戟を涼しい顔で受け流しているのは、ラフィーナの初めて見る剣士だった。
『聖戦十二階段』の証である、純白の鎧。真っ直ぐに輝く白金の髪は肩まで伸びており、彼が動く度に優雅に揺らめく。そして、長身ではあるがゴツゴツの大男ではなく、スラッとした体格。
その姿は、絵本の中の剣王よりも、凛々しく美麗だった。
思わず言葉を失くして見惚れていたラフィーナだったが、すぐに意識を取り戻し、口元に笑みを浮かべた。
『これだわ! 私の退屈な毎日に、足りなかったもの…!』
やがて聖戦剣士の振り上げた木剣がバーテリウスの木剣を弾き、尻もちをつかせた。
「ああ!バーテリウス隊長まで!」
「凄いな、聖戦剣…」
「これで、5人抜きだ!」
勝者を称える声や、自国の騎士の敗北を嘆く声が、全て合わさって大歓声となり、ラフィーナは思わず耳を塞いだ。
演武場の聖戦剣士は、バーテリウスに手を差し出す。
それを握り返して、バーテリウスはにこやかに笑いながら立ち上がる。
「いや、参ったな。流石、最年少で『十二階段』入りしただけのことはある。全く歯が立たなかったよウィルシード殿。」
「いえ、バーテリウス殿は見事な法術をお持ちですから。実戦では、こうはいかないでしょう。」
聖戦剣士ウィルシード・シュクルットは謙遜して、笑顔を返した。
二年前、弱冠十八歳で剣都ソーディンの頂点『聖戦十二階段』の一員となり、今では、その中でもトップクラスの強さと言われている天才剣士である。
まだ若いこともあり、『聖戦十二階段』では一番対外活動をする事が多く、その強さと目を引く容姿から、行く先々で人気は上々であった。
「ふむ…。その剣に、その男ぶりでは、女子達が放っておかないだろうな。全く羨ましい。」
「いえ、ソーディンでは剣一筋ですから。遊んでいる暇などございません。」
試合を終えた二人には、お互いを称える穏やかな雰囲気だったが、周りはそう単純にも行かない。
特に、
ソーディンとの5対5の団体戦は、友好のための試合とはいえ、代表に選んだのはいずれも力のある騎士であり、
それがまさかの5人抜きである。露骨に不機嫌さは出していなかったが、隠しきれない悔しさが滲み出るような顔をしていた。
そんな騎士団長と、演武場の様子をゆったりと眺めているのは、レンストラ
皇にとっても、自国の騎士が見事なまでにやられてしまった事には思うところもあるが、剣術の試合の結果が、国力の敗北な訳でもない。相手がソーディン最強の『聖戦十二階段』であったこともあり、それほど気にしてはいなかった。
むしろ、「騎士の国」と呼ばれ、兎角発言力が強くなりがちな騎士団の鼻をへし折った事に、拍手を送りたいぐらいだった。
「セドルフ、我らの騎士団も増々精進せねばならんようだな。」
「は、…申し訳ございません。」
長い顎髭を撫でながら、ほくそ笑む皇であった。
― ◆ ―
試合を終えたウィルシードは、着替えるために、自分たちに充てがわれた客室へと歩いていた。
そこに、立ちはだかるように、一人の少女が廊下の真ん中にいた。品のいいドレスから、貴族の子女であることが分かる。
御前試合を観に来たのかと思い、立ち止まって挨拶する。
「御機嫌よう、レディー。どなたかご家族をお待ちですか?」
「いいえ、貴方をお待ちしておりましたのよ、ウィルシード様。」
自分の名前を呼ばれ、改めて少女を見る。整った顔立ちに、少しオレンジがかった茶色い瞳と髪。その珍しい色は、レンストラ皇と同じものだ。
「――もしや、皇女様でいらっしゃいますか?」
「ええ、ラフィーナ・ファン・レンストラと申しますわ。」
いつも優しげな笑みを湛えて冷静に行動するウィルシードも、流石に驚き、急ぎ片膝をつく。
「これは、大変失礼いたしました。田舎者の不作法と、お許し下さい。」
「良いのですよ、そのような。私が貴方に求めているのは、傅くことではありません。」
ラフィーナはウィルシードに顔を上げさせると、その瞳を覗き込む。
皇国では『天使姫』などと讃えられる可憐な皇女に見詰められ、さしもの色男ウィルシードも、少し鼓動が早くなるのを感じた。
そして、瞳を逸らさないまま、ラフィーナが口を開く。
「決めたの。貴方、私の恋人におなりなさいな。」
「………は?」
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