第25話 猿の共和国


 何語か分からない。

 見た目からサル語なのだろう。



 僕を手の平に乗せた大猿が高らかに叫んだ後、皆が一斉に自分等の胸を叩き始めた。ゴリラが行うドラミングをしている。四方八方から聴こえる高い雄叫び、その声は適当に発せられた物とは異なり、声とリズムが重なり合う事で、一つの音楽へと昇華して行った。まるでブラジルで掛かる様なサウンド、ダンスミュージックの様にも聞こえた。


 

 歓迎ムードのある曲に聞こえ無くも……ない?



 それよりも彼がリーダーなのだろうか? いや、恐らく違うだろう。もし群れのリーダーの場合、この場を離れる様なリスクは犯さないと思う。考えられるとしたら、戦闘部隊長または調達部隊の隊長辺りだろう。



 いやっ、食糧関係の調達部隊の隊長って事になると、それはそれでまずい(汗)それはつまり今日の夕食が手に入ったと言う事になる。僕は思わず彼の手の平の上でブルルッとなった。



 何とかしないとまずい、僕は禁書庫で学んだ事を思い出し、急いで緑のエレメントを確認した。空気中には相当量の緑のエレメントが見えた。僕は急いで吸収するイメージをすると、物凄い勢いで手にそれらは集まった。



すると瞳を開けたままなのに、心の声が聞こえてきた。



 特大攻撃風魔法 トルネードローズ


 しかし、補足で不可思議な言葉が聞こえた。

『多分、使う事はないわ』



 どういう事だろう?

 


 そう思った時、突然低い声が耳元に聞こえてきた。



「風をお収め下さい。私達は貴女様の敵では御座いません。ユートピュア様」



 驚いて声の主が誰か振り向くと、先程サルの言葉を話していた彼だった。僕は集めた緑のエレメントを投げる訳には行かず、そのまま身体に留めておくことにした。すると彼は静かに手の平を地面の所まで下げたので、僕はそのまま地面に降りる事にした。



「私の名前はサルバドール、この国の戦闘隊長をしております」


(猿だけにサル……いや、やめておこう)



 降りた瞬間、彼は片足を立てる感じで跪きそう自己紹介をしたのだ。すると、此処にいる全ての者が同じ様な姿勢を取り驚いた。僕はこの行動に息を呑む。ゆっくりと口の中の僅かな唾を飲み込むと、彼に質問をした。



「あの、敵じゃ無いとはどう言う事ですか? それと、何で人の言葉を話せるのでしょうか?」



 それを聞いた彼は一瞬目を丸くしたが、その後膝を叩いて大笑いをした。すると、周りのサル達も同じ様に笑い始めた。よく統制が取れてるとは言え、何か笑われるとムカムカしたが、理由を聞いて僕は苦笑いするしか無かった。



「そうだったんですね」



「そうですよ、貴女様が私達の祖先に人語を教授して下さったんですよ。いやはや、貴女様を食料だなんて、食料だとしても貴女様じゃ小さ過ぎます」



「あはは、そうですよね小っこいですよね。話は変わりますが、実は私は記憶喪失でして、なので貴方々の言語を覚えて居ないのです」



「そうでしたか、それは申し訳ない。てっきり、我々の言語を理解されていると思い、さっきも貴女が此処に来られた事を皆に告げ、歓迎の音楽で出迎えて居たんですよ。そしたら、風の魔法を準備されていたので、これはまさかと思い、急いで人語に切り替えたんです」


 やっぱり、歓迎の音楽の方だったらしい。因みに高らかに叫んだセリフはと言うと、『ユートピュア様は生きていらっしゃった、皆の者歓迎の音を奏でよ!?』だった。



 しかし、前世の自分はサルの言葉も分かったのか? まあ、正確には彼等は元の世界の猿とは違うみたいだけど。大きさなんて特に!?



 もし、何方の言葉も通じ無い場合は、僕は何も分からないまま彼等を殺害していたのかもしれない。全く同じ話では無いけど、昔読んだ三国志の話で曹操が従兄弟の叔父さんの家に逃げ込む場面が有り、疑心暗鬼になった彼が歓迎の為に準備していた身内を殺害してしまうってのが有った。



 今回このおサルさん達は身内じゃ無いけど、前世の僕が昔彼等と友好的な関係を結んだ国なのは間違い無い。その友好の民を寸でのところで、殺めるところだった。



「すいません、突然攫われて怖くなって、自分の命を守る為に魔法を使おうとしていました。お許し下さい」



「いえいえ、こちらの方こそ失礼いたしました。そうですよね、見ず知らずの我らが貴女を強引に此処まで連れて来たのですから。無理も有りません。ただ、言訳がましいですが、あのままではあなた方は危なかったんですよ」



「危なかった?」



「ええ、あのまま進んで行くと小さな沼がありました。そこにはカエルの子ども達がいるんです。彼等は知能が低い様に振る舞います。生物学的に雄の場合は直接彼等の餌となります。しかし雌の場合は彼等の子どもの餌となります」



「何ですって!?」



 思わず顔が引き攣った。僕は彼等は知能が低いと思っていた。しかし実はワザと舌を当てずに攻撃を繰り返し、自分等の子どもの所まで餌として誘導していたのだ。だから彼等は僕を攻撃せず、ザーザさんばかり狙って居たのか。



「でも、カエルだと子どもはオタマジャクシですよね?」



「はい、それが何か?」



「いえ、あんな大きなカエルさん達の子どもなら、さぞかし彼等の子どもも大きいですから、僕を餌にしても意味が無いんじゃ無いですか? 下手をすれば、子ども同士で取り合いとなり、共食いになるんじゃ?」



「いえ、それが残念ながらそうでも無いんです。彼等の子どもは最初物凄く小さいんですよ。そうですね~~大きさは約六センチ程です」



 それを聴いて僕は更に驚いた。六センチと言えば、日本のアマガエルの子どもの大きさと変わらない。それなら僕の大きさは彼等にとって十分な餌となりうる。まあ、その前に魔法で氷漬けにしてやるけど。そう思って安心していたのだが、次の彼の言葉に僕は絶句する事となった。



「小さいから獲物になった者は安心するんですが、沼に投げ込まれた後に、普段は使わない四つある手のうちの二つを親は使用して、中指の毒針を使った麻酔を注入してきます。すると、刺された獲物は仮死状態となるんです。そして投げ込まれた獲物は抵抗する事無くユックリと殺さない程度に食べて成長して行きます、捕まったら地獄ですよ」



 ちょっと、待って。これって何処かで読んだか聴いた事が有る。



……そうだ!?



 ある種の蜂と同じ行動に似てないか!? どんな名前の蜂までかは覚えて居ないが、総称してが行う行動とソックリだ。もし、僕が同じ様に沼まで追い込まれたら、魔法を行使する前に毒で全身麻痺させられ、今頃はオタマジャクシの餌となって居た。



 想像するだけでもゾッとする!?



 でも、この情報を聞いた今なら、もし遭遇した場合は迷わず攻撃魔法で全滅させてやる。親を倒した後は、沼の表面だけ硬く凍らせ、一生出れない様にしてやればいい。



「サルバドールさん、貴重なお話を有難う御座います。もし、万が一自分一人の場合も、次回は自分で対処出来そうです」



「いえいえ、今度から是非その指環から信号をお送り下さい。私も含め、スグに使いの者を出しますゆえ」



 忘れいた。彼に言われるまですっかりその存在を忘れいた。僕は指にはまった青白く光る指環を改めて眺めた。最初に出逢った金髪の美少女カトリーナさんを思い出す。



 そう言えば、彼女も言っていたっけ、この指環の事。でも、あの時彼女が教えてくれたのは危険を知らせる時だけの指環の反応だった。その他も有るとは言っていたが、実際の使い方は彼女にも分からなかった。



 今回彼の言葉から、彼はこの指環についてある程度使い方を知っていると見て取れたので、早速尋ねる事にした。



「ああ、なる程。記憶を無くされてるので、覚えてらっしゃらないんですね。この種の指環は世界に五つ有ると聞いています。そして、この指環の使い方を記した本を、昔ユートピュア様が我が国にも一冊寄贈をしてくださいました」



「指環の本?」



「はい、もし誰か悪い心を持つ者の手に渡った時、それに立ち向かう為に貴女が記されたものです」



 それを聴いて僕は、何気なく指に嵌めていた指環をマジマジと見た。これはとてもつもなくこの世界に重要な代物なのだと言う事を。



 確か弟も私と同じ様な指環を嵌めていた。すると残りは誰かは分からないが、私のまだ知らない三人が同系統の指環所有している事になる。



 しかし、指環の意味合いが人に寄って違っていたのも気になる。カトリーナさんのゼアフォード家では、アイゼンハルトさんのシュタッフェン家ではと言っていた。



 使用方法とこれらの謎について、本を読めば分かるかもしれない。

 よし、善は急げだ!?



「その本は今何処に有りますか?」



「実は、申し訳ありませんが、せっかく寄贈いただいたのですが、ある戦争の後、本自体は現在は禁書庫に保管されて居まして……」



「…………」



「ですが、ご安心下さい。我が国の宰相であるサルーニエが本の内容を八割方暗記しております」


(また猿繋がりなのか、サルから名前が始まった)



「どうかされましたか? ユートピュア様?」



「いえ、別に何も……」



「では、サルバンテスに呼びに行かせます」


(またまたサルだ!? 普通セルバンテスじゃ無いの?)



「どうされましたか? ユートピュア様? 何かお顔がお紅い様ですが?」



「いっ、言え。何でも有りませんわ、オホホホ」


(貴方達のお顔の方が、十分赤いです!?)



 駄目だ、名前に突っ込まずにはいられなくて、思わず顔に力が入っていたみたいだ。冷静に冷静にならなくっちゃ。



 そして僕は宰相のサルーニエさんに会うことになるのだが、そこで驚くべき指環の物語を聞かせられる事となった。



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