第24話 湿地帯の中の逃亡


「ちょっとちょっとちょっとぉーーーー」



 上からは木々しか見えなかったので、てっきり大地の有る大きな森林地帯だと思っていた。しかし実際に川沿いから木々が生える方角へと移動すると、それは大きな湿地帯だった。そして今、この場所に棲息する未知の生物から逃げ回っていた。



 魔法を使えばいいって言うかも知れない。僕もそう思ってたんだけど、心の声を聴くときは有る程度集中する時間が実は必要らしく、目を閉じて次に備え声を聴こうとするんだけど、その前にザーザ先生が新しい捕食者を連れて来てしまうので、聴く余裕がなかった。



「もお、またですか!? ザーザ先生、いい加減にして下さーーーーい」



 湿地帯の生き物と言えば……そうカエル。子どもの頃は田んぼでアマガエルを見て可愛いと思ったのに、サイズが変わるとこれまた大分話が変わるみたい。



自分達が対象よりも大きければ、それはそれは可愛く見えるのだけれども、その逆の場合はと言うと、怖いって言葉しか浮かばない。


(まあ、ザーザー先生は小さくても可愛さの欠片も無いんだけど……)



 そして一個体一個体サイズが遥かに大きいので、小さな僕等はただの餌にしか見えないようだ。



 大まかにはカエルの形状はしてはいるが、きっとモンスターと呼んだ方が正しいような特徴が幾つか見られた。まずは黄色の眼が三つ有り、手が四つ有る。そして極めつけは魔力を持っているということだ。トレーニングの時にザーザー先生が言ってたんだけど、モンスターと獣の大きな違いは、魔力を持っているか? いないからしい。



 修行のお陰ですっかり相手が魔力持ちか見えるようになった。だから、今僕等の後ろにいるあのカエルはモンスターで間違いない。



 名前は差し詰め、トリプレットアイズフロッグかフォーハンドフロッグ、いや醜いのでトードの方がいいかも。

 


 魔力量から見れば決して大したことは無いのだが、問題は彼等のフィジカル面だ。まず跳躍力が半端ない。一回跳ねる毎に約十メートルほどの高さまで跳び上がる。そしてそこから弾丸のように舌を伸ばして来る。



 攻撃をすると言うよりも、捕食がメインの行動のようだ。



 普通弾丸と聞けば、もう僕等はパクっと食べられてもおかしく無いのでは?と考える人もきっといるに違いない。でも幸いなことに、彼等の知能がとても低いため、簡単には捕食されなかった。



 彼等はいつも跳躍した際の高さの割合と、彼らが伸ばす舌の長さが反比例していた。この事を計算でき無いのか? いつも全力で高く跳ねては、その最高点から舌を伸ばす。舌の長さは目測で三メートルくらいで、はるか頭上から舌を伸ばされても、僕等が走るこの地面の高さには届かないというわけだ。



 もし、知能が高ければ、跳ぶ高さと舌の長さを考慮して、ジャンプする高さを低めに飛ぶので、その場合であれば、今頃僕等は彼等の胃袋に収まっている筈だ。



 しかし、現実は違った。頭が悪いので、毎回届かないという結果になり、今現在も僕等はこうして彼等から逃げる事が出来た。 



 そしてもう一つ僕等が逃げる事が出来る理由として、此処が熱帯や亜熱帯地域に生えているマングローブの森林地帯というのが大きく影響していると思われる。



 それは何故かというと、舌を弾丸のように飛ばせても、方向を変えることが彼等には出来ない。そのため舌を飛ばす方向は常に一定となる。対し、このマングローブの森林地帯は自然の防壁が広がっており、まっすぐしか舌を飛ばせない彼等にはかなり分の悪い環境だった。それ故逃げる際に彼等の向いている方向はこちらと常に同じなので、何処に舌が飛んでくるのか? 容易に予想が可能で、飛ばすタイミングが分かれば、すぐに障害物に逃げれば良かったのだ。



 そして僕にとって最大のラッキーが、僕よりもザーザ先生を彼等は好んで狙っていることだった。どうやら彼等には僕なんかより、ザーザ先生の方がご馳走に見えるらしい。



 自分で言うのは何だが、間違いなく女の子の自分の方が可愛い。でも何故だがザーザ先生ばかりを狙っている。どうしてなのか? 理解が出来ない。



 まあ、もちろん狙って欲しくは無いんだけど、何か女心として複雑……なのよね~~

 


 ん? 何で女心って自分で思ってしまうのだろう?

まあそれは良いとして、どうにかこの状況を切り抜け無いと。

先ずは何とかして攻撃魔法を記憶から抜き出さないと。



 記憶と言っても、心の声に頼るしか無いんだけども(汗)



 僕はザーザ先生に申し訳無いが、ある提案をした。それは次の木の隙間に入ったら、それぞれ反対方向に別れる作戦だ。僕は左へそしてザーザ先生は右に逃げて貰う。このカエルのモンスターがザーザ先生を追っかけている隙に僕は攻撃魔法を心の声から聞き出し、それを敵へ向かって放つ作戦だ。



 理想はザーザー先生が話していたユートピュアの大技、レイ・フレイク!?



 でも、もし左に来たら……その時はどうすれば良いんだろう?

ええい、迷っている暇何か僕等には無い。このままだと二人とも食べられて消化されてしまう事だって有り得るんだ。幾ら知らない世界だとは言え、本当に改めて考えが浅はかだったと思う。



 でもまさか、引き出しの中にこんな広大な世界が拡がって居るなんて、とてもじゃないけど思いつかない。想定外も想定外で驚きの連続ばかりだ。



 おまけに、普通にモンスターが棲息している。僕は彼女を助ける事に焦って全然準備を怠ってしまった。魔力について感知出来たとしても、肝心な魔法が使えなきゃ意味が無いじゃないか。



 せめて本棚から使えそうな魔法の知識を拝借してから引き出しを開けるべきだった……

 


 そうこうしているうちに、僕らは目的のマングローブを辿り着いたので、急いで木の隙間へと入った。ザーザ先生へ目配せすると、彼も静かに縦に首を曲げた。



 次の攻撃が来たらさっきの手はず通りに作戦開始される。全身くまなく汗を掻いているはいたが、更に新たな汗が額を伝う。そして、徐に唾をのみ込むと、それがまるで合図のように一匹がピンク色の舌をこちらへ向け弾丸を発射するように伸ばして来た。



 二人は手はず通り、木の隙間から飛び出した。ザーザ―さんは右へ、僕は左側へ……走ろうとした……



 !?



 嘘っ、思わぬ自体が起こった。自然のトラップに引っかかってしまった。どうしよう、泥に靴がすっぽり嵌まって抜け無い。抜こうともがけばもがくほど、靴と足がゆっくりと沈んでいく。



 後ろを振り向くと、ザーザ先生は打ち合わせ通りに右方向へひたすら走って行くのが見えた。幸いな事に彼等は本当にザーザ先生にしか興味が無いらしく、すぐ振り返れば喰らいつける獲物ボクにはには見向きもしなかった。



 僕は靴のことは諦めて裸足で移動することにした。そこいらに落ちている小枝を拾って、靴の隙間に差し込むと、上手く足を抜くことができた。



 そしてすかさず彼等から更に距離をおくため必死に走ることにした。

どうやら、上手いこと距離が開いた。ある程度距離が開いたので、次に作戦に映ることにした。



 このチャンスを逃してなるものか!?



 僕はスグに瞳を閉じた。






 !?







 その瞬間何かに捕まった……



 一体僕の身に何が起きたと言うのだろうか?

 とてつもなく大きな何かに飲み込まれたのだろうか?

 あるいは、何かに掴まれたているのだろうか?



 瞳を開けても、視界は真っ暗。得体の知れない何か巨大な生物に捕らえられたのは間違い無いようだ。もし口の中なら、何かしらの液体に包まれるので、全身がベチョベチョになって居てもおかしくない。右手で反対の手をさすってみたが、特に濡れた様子は無い。とすると口や体内の中では無いみたいだ。



 そうすると、何かの手の中にいるに違いない。また掴む行為が出来るとなると、恐らく知能の高い生物の可能性が高い。大きなお猿さんや熊などの種類なら掴んだり握り込む事が出来る。でも此処は異世界何か別の種類のモンスターかも知れない。



 思考を巡らしていると、今度は少し揺れ始めた。耳を澄ますと、水の弾く音とベチャリペチャリとかヌチャリグチャリだとか、泥を撥ねの音が合わせて交互に聴こえてくる。恐らく何処かへ移動を開始したらしい。



 暫くすると、この音の数が一つ、二つ、三つと徐々に増えて行った。今は手の中なので状況を視界に納める事は出来ないけど、恐らく私を捕まえているこの個体は一匹で行動をしていない。群れで活動している生物と予測が出来た。



 もし、人の様に物を掴みながら器用に動き回れるとなると、熊系の獣やモンスターは選択肢から無くなる。



 可能性として、僕はいま巨大な猿科の何かの手の中にいる。



 この僕の予想が間違ってはいないのを示し合わすかの様に、急に彼等の動きが変わった。もし地上に対し移動する縦の線をX軸、横移動をY軸とするなら、今はそれに高さの動きを表すZ軸の線が加わったからだ。



 これは二足歩行が可能で、手だけで何かを掴める動物しかできないある動作に結びつく。


 そのある動作とは……耳を澄ませば、聴こえてくる風を勢いよく切る音。



 フワッと空へと投げ出され、無重力から解放される何とも言えない浮遊感。そしてまるで急降下するようなズシッと感じる重み。



 僅かに真っ暗な視界に光が入り込む。手の隙間から外を覗くと、そこに映る景色はマングローブの湿地帯では無かった。空が見えたかと思うと、大きな木が姿を表し、また景色の広がる空間へ投げ出される、そんな動作の繰り返し。



 この動きは間違いない……綱渡りだ。



 最初その上下の動きが激しく、隙間から見える視界はブレにブレた。ようやく目もこの動きに慣れて来たのか? 具体的な状況がはっきりと眼でとらえられた。集団で移動する仲間の猿達が、大きな木から伸びる蔦を利用し、木から次の木へと移動を繰り返していた。



 蔦を掴み次の木へと移動する際、視界は開け空に飛び出したようだった。



 それにしても、一体これから僕は何処へ連れて行かれ、何をされるのだろう。それにザーザ先生と完全にはぐれてしまったみたいだし。


(ザーザ先生一人で大丈夫だろうか?)


 合流しないと不味いとは思っても、手の平と指から覗く隙間は僅か、とてもじゃ無いが脱出は不可能。


(さて、これからどうしよう……)



 そうだ! いま捕まっているとは言え、今が心の声を聴くチャンスじゃないだろうか? 僕はまた瞳を閉じると、心の声に耳を澄ました。



 攻撃魔法について教えて欲しいと語りかけてみた、今回は声が聞こえてくるのを待つのではなく、初めて能動的に声を掛ける事にした。それで、声が聞こえる保証は無いが、方法が他に思いつかなかった。



 ……聴こえた!? 

 僕の中にある何かが、語りかけて来た。



 攻撃風魔法 Beaustomビューストム 獣の嵐



その声と共に緑色のイメージが渦巻いた。恐らく、風の属性だから緑のエレメントが必要と言う事を伝えているのだろう。



 隔離魔法 Hexagonal Crystaヘクサゴナル・クリスタ 六方形氷檻

その声の後、青色のイメージが流れ込む。今回は、水の属性でユートピュアの得意とする氷なので、青のエレメントが必要と言う事を伝えているらしい。



 でも……

 氷の攻撃魔法が浮かばないのは何故?



 今はもしかしてまだ使えないってことだろうか?



 浮かばないので、残りのエレメントである「赤」と「黄」を待ってみた。

でもこちらに関しては何も浮かばないようだ……赤と黄色のエレメント自体が脳内でイメージが出来ない。



 第三の瞳で外に漂う赤色と黄色のエレメントを視認することは出来たのに、どうして? 視認出来ても使えないってこと? そうすると、僕には炎と土の属性に関しては適性が無いって事になる。



 そうだ、ザーザ先生に……しまった、すっかり彼と逸れていた事を忘れいた。



 それから僕はゆっくりと目を開くと、ちょうど同じタイミングで彼等の足取りも止まった。何処か目的地に着いたのだろうか?それとも休憩とか取ってるだろうか?そう思っていると、殆ど暗くて光の無い手の平の世界にも、ゆっくりと光が差し込んで来た。そう、僕を握り込んでいたその大きな手の平をようやく開いたのだ。



 眩しい……思わず手で目の周りを覆った。




ボォーーーーーーーーーーーー

ブァーーーーーーーーーーーー

ヴァー|ーーーーーーーーーーー




 突然物凄い大きな音でラッパの様な音が鳴り響く!?



 鼓膜をつんざくような爆音が辺りにこだまする。

 僕は堪らず両の耳を塞いだ。



 シーーーーーーンと静かになったのか? それとも余りの大きな音で耳の感覚が無くなったのか? 何方なのか分からないが、僕はゆっくりと瞼を開けると、眼下には物凄い数の何かが規則的に整列をしていた。



 目を凝らすと毛むくじゃらのまるでオラウータンの様な生物の集団が集まっているのが見える。それを見て自分の予想が当たっていたのを確信した。



 やっぱり、猿のモンスターに僕は捕らえられたみたいだ。



 ぱっと見の計算で、どうやら千匹は下らない。その集団の中には鎧を身に着け剣と盾を持っているものが三百匹余り、肩に弓の様な物を掛けているのが二百匹いるか居ないか、そして杖の様な物を携えてるのが約百匹ほど見えた。



 その他も決して裸などでは無く、何かしらの衣服を身につけていた。



 ここから推察するに当たり、彼らの知能はかなり高い事が分かったんだけども、これから一体僕はどうなってしまうのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る