第241話 ダンジョンを作りし者
Side:天霧 英人
アルバゼオンを、魂ごと「御剣」で斬り裂いた。
魂を失ったアルバゼオンの肉体は、力無く地上に落下していく。
生気を失ったアルバゼオンの、呆然としたまま最後を迎えた表情が見えた。
そして俺の脳内には、もう聴き慣れたアナウンスが流れる。
『――功績の達成を確認しました』
アナウンスを聞きながら、その内容とは別のことを考えていた。
アナウンスの音声は、イヴァ様と同じ声だ。
母の様な安心感を覚える。優しく、全てを包み込んでくれる声だ。
『項目・「魔王種の討伐」の達成により、「英霊専用装備選択・武装ガチャチケット」と「英霊選択召喚チケット(S級)」が与えられます』
魔王種の討伐ね、そんな功績まであったとは……しかも報酬が破格だ。
だがこの報酬、今更感が強い。
既に俺は、ソウルさえあれば英霊を召喚できる。
残りの英霊達は後で全員召喚する予定だったしな……
アナウンスは終わりだと思っていたが、続きがあったみたいだ。
『――エラーを確認……試練の終了を確認しました。「英霊専用装備選択・武装ガチャチケット」と「英霊選択召喚チケット(S級)」を、同等量のソウルに変換しました』
うん……まあ必要なソウルが少し浮く程度だが、まあいいだろう。
こうして鬼神アルバゼオンの討伐を終えた俺は、そのまま事態収集に向けて動き出した。
地上へ降りると、健を先頭に皆が駆け寄ってくる。
「兄貴! やっぱ兄貴はすんげえや! 何が起こってるか分かんなかったっす!」
興奮気味な健の後ろから、タオさんが猛スピードで突っ込んでくる。
「ダーリーン! かっこよかったアルよ――」
いつもの様に受け止めようと体に力を入れていたが、健がタオさんの足を引っ掛けるのが見えた。
「――へぶっ ! ?」
――ドスーン!
「おっと、そうはいかねえぞ? このドロボー猫が! 兄貴に近づくんじゃねぇ!」
「何しやがるネ ! ? ウチはもうダーリンと結婚したネ! ダーリンを慕うなら、ウチの事は姉貴って呼ぶアルな! ワッハッハ!!!」
「だぁれが、テメェを姉貴なんて呼ぶか! 姉貴分はレイナの姐さんだけで充分なんだよ!」
はぁ……まあでも、今は騒がしいくらいが丁度良い。
健とタオさんが喧嘩をはじめた隙に、俺はジンを呼んだ。
「ジン」
地面の影から、黒装束に身を包むジンが現れた。
「いるぞ」
「各地の戦況はどうなっている?」
中国軍は、弓聖との間で停戦の話が成立している。
アメリカ軍の強化兵はシルフィーナさんが一掃、レオとオルトスさんには交戦の意思はない。
ロシアは斧聖を含めて拘束してある。
それ以外の、熊本市で起こっているオーガ兵と日本軍の戦いと、九州南で龍軍が抑えている東南アジア軍とEU連合軍の状況が知りたい。
「リュウキとユミレア殿が抑えていたEUと東南アジア軍は既に、ドラゴニュート兵によって壊滅した。以降増援が送られてくる事は、現在まで確認していない。それから熊本市の方は……これは現場にいたやつに聞いたほうがいいだろう――」
ジンがそう言うと、ジンの横から人影が二つ現れた。
「ご無事で何よりです……王よ」
「主人様! サクヤは頑張ったのです……いっぱい敵倒したのです! でも……ごめんなさいなのです」
なんだか久しぶりだ……最後に二人に会ったのは、ネメアと戦う前だったか?
リュートは相変わらず跪いているが、反対にサクヤは珍しく涙を浮かべている。
「どうしたサクヤ?」
「うぅ……あるじさまぁー」
サクヤは涙を流しながら、俺に抱きついた。
サクヤからは強い罪悪感と後悔を感じた。
「うぇ〜ん……また会えてよがったのです〜」
「サクヤのせいじゃないさ。留守の間よくやってくれたな……また万丈さんの美味い飯を一緒に食べよう」
泣きじゃくるサクヤを撫でながら、そう言って抱きしめ返した。
「ご飯……サクヤはオムライスが食べたいのです!――ギュルル」
飯の話題にした途端、サクヤの悪感情は吹き飛んだ。
それにしても器用なやつだな……その腹の音はどうやってるんだ? 眷属は腹が減らないというのに……
そうしてサクヤを宥めた俺は、放置気味になっていたリュートに声をかけた。
「リュート、報告を頼む」
「はっ、熊本市に出現していたオーガ達ですが、一匹残らず始末いたしました。オーガの魔石の回収は、その場にいた探索者達と少し揉めましたが、半分ほどは我らの物として回収しました」
揉めた? まあ、魔石はもうそんなに必要ないし……こだわる必要はないか。
それにリュートの奴、なんだか前と雰囲気が違うな……何があった?
リュートの魂を見ると、途轍もない量のソウルが内包されているのが分かった。
まじか……サクヤのソウルの1000倍以上はあるぞ?
魂に内包されるソウルの量は、俺以外の生物は皆同じのはず。
人間もエルフも、昆虫も植物もそれは変わらない。
変わるのは、一度に出力できる量のみだ。
本当に何があった? まあ、後でゆっくり聞いておくか。
リュートの件は後回しにして、俺は九州の事を先に終わらせようと動いた。
「そうか、よくやったリュート」
さてさて……九州にもう敵はいないって事だよな。
なら次は、後片付けだな――
そう考えていると、アーサーさんが声をかけてきた。
「英人、配信は既に切っちゃったけど……それでよかったかい?」
「ああ、問題ないですよ。ありがとうございます」
配信の意図はいくつかあったが、一つは微妙な結果だった。
玉聖剣「御剣」の能力である「抹消」、これを使うには「神聖力」というエネルギーが必要になる。
神聖力とは「正の思念+ソウル」で生まれるエネルギーだ。
「正の思念」とは、分かり易いもので言えば「願い」とか「喜び」とか、そういったポジティブな思念のことだな。
配信を通して、見ている人達が俺に「正の思念」を送ってくれることを期待していた。
――頑張れ!
――負けないで!
こんな感じで思ってくれたら、それが俺に届く。
届いた「正の思念」にソウルを合わせて、「抹消」の力の糧にしようと思っていた。
だが実際、「正の思念」はそれほど送られてはこなかった。
多分見ている人は、何が起こっているか分かっていなかったんだろう。
鬼神アルバゼオンが何者で、これから何をしようとしているのか。
それが世界には認知されていなかったせいで、なぜ俺達が戦っているのかよく分かっていなかったんだと思う。
突然始まった知らない人同士の戦い。
しかも戦いの様子はおそらく、カメラでは追いきれていない。
まあ要するに、何が何だか分からなかった。
これに尽きるな……
結果として俺はこの場にいる仲間の思念と、周囲の動植物達が発する僅かな思念を頼りに「抹消」の力を行使していた。
正直アルバゼオンの力がもう少し強力な物だったら、もっと戦いは長引いていたかもしれない。
まあこれに関しては考えないとな……「正の思念」を集める導線を確保しないと、ゼラとの戦いは厳しいかもしれない。
「抹消」の力は今後の戦いでも、勝利への重要な要素になるだろうからな。
これに関しても、一旦後回しだな……
それから俺は、天道さん達のいる作戦本部へと連絡を入れた。
『こちら作戦本部――』
「天霧です。敵勢力の殲滅が完了しました――」
各戦況の報告を一通り終えると、諸々の後始末が始まった。
そして俺の提案で、九州でこのまま「国際会合」の場が設けられる事に決まった。
「弓聖」や「斧聖」などの各国の聖者達を人質に、それぞれの首相をこの地に招集した。
有無を言わせない通達と先程の配信、それに若干の報復をチラつかせる事で、聖者を擁する国々と、その他連合国の首相達が招集に合意した。
こうして、九州の奪還作戦は終了の兆しが見えた。
俺は一通りの打ち合わせや報告が終った後、シルフとユミレアさんを連れて、熊本市にあるA級ダンジョンにやってきた。
ダンジョンの入り口を抜けると、いきなり最下層のボス部屋にたどり着いた。
「なるほど……本当にボス部屋だな」
「部屋の真ん中にある魔法陣、あれでダンジョン間を移動してたのなの」
シルフが指差すボス部屋の中心、そこには巨大な魔法陣があった。
シルフとレイナの報告によると、手負いのオーガがこの魔法陣を使って博多から熊本まで移動していたらしい。
今回ここに来た目的はそれについてと、ダンジョンその物の調査だ。
「これほどの大規模な転移魔法陣、古い遺跡でしか見た事がないぞ……」
「そもそも転移って、誰にでも習得できる物なんですか?」
俺にも転移は可能だ……だが自分で使えるからこそ尚更、「運び屋」の様なソウルスキル以外で出来るようになるとは思えない。
そもそも魔力を使った魔法では、四次元空間にはアクセスできない。
俺や「運び屋」の様に、ソウルで四次元空間に侵入できなければ転移はできない。
すると俺の質問には、ユミレアさんが答えた。
「出来なくはないが、習得は困難だな。大賢者リビオン様は、空間魔法と呼ばれる魔法で転移が可能だ。その大賢者様でも、この大きさの転移魔法陣のような、大人数を移動させることは難しいだろう」
どうやら魔法でも転移が出来るらしい。どういう原理なんだ?
ただソウルを使った転移よりは、簡単ではないとのことだ。
ユミレアさんの後に、今度はシルフが話に入ってくる。
「人間には無理……でも『力の神玉』を使えば話は別なの」
やっぱりそうなるよな。
魔法で転移ができるなら、魔素を支配するゼラにできない道理は無い。
てことは、この魔法陣は魔神ゼラがここに設置したって事になる。
どうりで、ネメアやアルバゼオンに奇襲を掛けられるわけだ。
おそらくだが、この魔法陣は魔神軍の本拠地とも行き来ができる。
奴らはダンジョンの魔法陣を使って、地球に来ていたって事だろう。
薄々予想はしていたがな……何か手を打たないとまずい。
今この瞬間にも、魔神軍の侵攻が始まってもおかしくはないしな。
「『力の神玉』を使えば転移魔法陣もそうだし、このダンジョン自体を作る事も可能なの」
ダンジョンを「力の神玉」で作ったのなら、色々合点がいく。
その代表的なのが、「ダンジョンの魔物」だ。
ダンジョンの魔物達が単調な動きで、まるで作り物の様だと言われていたのがそうだ。
魔素で魂は作れない。
だからダンジョンの魔物は、魔素で作られた肉体だけの存在。
当然意志はないし、本能も何もない。
在るのは脳にプログラムされた動きのみ。
なるほどね……ん?
例え肉体だけでも、何かしらの方法でプログラムのような物を脳に埋め込めば、行動する事が可能?
俺はそこまで考えて、さっきまでの戦場での光景を思い出した。
アメリカ軍の強化兵士だ……奴らは、俺のソウルハックを受けても尚動く事ができた。
魂から肉体に伝わる意志の伝達を妨害して動きを封じたが、アメリカ兵は肉体だけで動いていた。
じゃああの兵士達は、ゼラの手が加わっている?
いや、なんだか腑に落ちない……わざわざそんな事をする必要があるとは思えない。
もしかしたら、そもそも前提がおかしいのかもしれない。
「力の神玉」を使わなくても、ダンジョンの魔物やアメリカ兵の様な、肉体だけの生物を作る方法がある。
そして、それができる奴がいるとしたら?
そいつはもしかしたら……ダンジョンも作れるんじゃないか?
ちょっと確かめる必要があるな……
俺はボス部屋に必ずある、転移魔法陣が設置されている小部屋に走った。
天井のダンジョンコアレプリカ……今の俺なら、全ての情報が見えるかもしれない。
前に龍眼で鑑定した時はこうだった。
______
名前:ダンジョンコア・レプリカ
状態
・魔物(レプリカ):リポップ中
・魔力排出量:好調
・ソウル吸収量:過多
製作者:●●●●●
______
この制作者が誰なのか?
これがゼラであれば、別に問題はない……予想していたことだ。
俺が走り出した事に、ユミレアさんの驚く声が聞こえてくる。
「急にどうしたのだ英人! どこへ行く ! ?」
無視して、俺は小部屋に走った。
入ってすぐに天井を確認すると、丸いガラス玉の様な球体が天井にはまっているのが見えた。
そして直ぐに、俺は龍眼を使ってステータスを確認した──
______
名前:ダンジョンコア・レプリカ
状態
・魔物(レプリカ):リポップ停止中
・魔力排出量:停止中
・ソウル吸収量:過少
製作者:ルシフェル
______
ルシフェル……誰だ ! ? ゼラの本名か何かか?
ステータスを確認していると、シルフとユミレアさんが俺の後を追って小部屋に入って来た。
「まったく……いったい何だと言うのだ?」
「ユミレアさん……ルシフェルって、ゼラの事ですよね?」
「ルシフェル? ゼラはゼラだと思っていたが――」
そう答えるユミレアさんの後ろから、強い驚愕の感情が伝わってきた。
「シルフ?」
シルフの感情で、ルシフェルがゼラの事ではないのは直ぐに分かった。
そしてシルフは、徐に口を開いた。
「――ルシフェルはゼラの事じゃないの……天使だった男の名前なの」
***
あとがき
これにて、「伝承鬼神編」の本編は終了になります。
時間がかかりましたが、ここまで読んでいただけて嬉しい限りです!
次話より数話、幾つか間話を投稿します。
内容としては、リュートとサクヤのエピソードと、アーサーとランスロットに関するエピソードになります。
そして間話の後は、いよいよ最終章に入ります!
最終章は二部構成とする事にしました。
最終章前編「追憶」
――南極へ向かった天霧大吾のその後のエピソードと、国際会合の話が中心になります。
最終章後編「神玉闘争」
――そしていよいよ、魔神軍との全面戦争が始まります!
最後まで、皆様に楽しんでいただければと思います。
皆様、完結までよろしくお願いします!
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