第240話 漏尽通

Side:天霧 英人




「――玉聖剣『御剣』……お前の得た力も、お前そのものも、輪廻には戻らない。――存在ごと俺が消してやるよ」


 大剣が淡い黄金を纏い、その輝きは温かく世界を照らした。


「御剣」の能力は「抹消」――世界からその存在を消す力だ。

 肉体や魂に限らず、形の無いものも消す事ができる。


 魂を消せば、もちろんそれで決着がつく。

 だが奴の回避能力は高い。

 さっきの大剣での攻撃も、黒雲になって避けられた。

 未来を見通す力も合わさって、その回避能力に拍車がかかっている。

 

 ならやはり、まずは能力を抹消する方向で行こうか。

 

「クハハ! それがゼラと対になる『魂の神玉』ってヤツの力か? その剣がヤベエ事だけは分かるぜぇ! お前を殺してそいつを手に入れりゃあ、ゼラの野郎なんざ屁でもねえ! 俺様が世界の支配者になれる!」


 こいつは魔神ゼラを殺したがっているみたいだな。

 加えて世界を自分の物にしたいときた。

 

 てっきり魔神軍は、配下の魔族達の全員がゼラに忠実なものとばかり思っていた。


「お前みたいに、己の野心に忠実な奴もいるんだな」

 

「ハッ! 当然! あの野郎は復讐に取り憑かれた哀れな男よ。自分の目的以外の事は、奴にとっては無価値なんだぜ? 俺様が野郎を殺す為にどんな行動をしようが、ゼラは毛程も気にしねぇ」


 ゼラが人間を滅ぼしているのは、復讐ってことかな?

 そしてアルバゼオンの様に、自分に歯向かう者の事なんて気にしちゃいないんだろう。


 何よりゼラには「力の神玉」という、一人で突き進むだけの力がある。

 そりゃあコイツやネメアがどうなろうと、ゼラ自身は気にしないだろうな。

 

 少しだけ分かるよ……俺だって父さんの事以外、どうでも良いと思っていた。

 鈴や母さんでさえ、蔑ろになっていた自覚がある。


 レイナや大地、アーサーさんだって、ここまで一緒に戦うなんて思っていなかった。


 成り行きで今の状況になってはいるんだけど、それで良かったと思ってる。

 俺自身が手に入れた力が、俺を独りにさせなかったんだ。


「まだお喋りしたいか? 生憎と俺様は御免だぜ――テメエのコアを奪って、俺様がイヴァの力を手に入れる! フハハ! テメエにも見せてやりたかったぜ? 鬼が支配する世界をなあ!!!」


 アルバゼオンの姿が消え、そう認識した次の瞬間には背後を取られていた。


「ゼラの野郎の事を考え過ぎだぜ? もっと俺様を注意しとくんだったな!」


 横目には、背後から小太刀の鋒が迫っているのが見えた。

 

 俺は正面を向いたまま腕を上げ、大剣を上段で大きく構えた。

 

「フハハ! どこに構えている! 血迷ったか ! ?」


 別に最初から、油断は一切していない。


 百八つに拡張された思考領域の内、三つでは常にお前の対処法を考えていた。


「――異空路ディメンションポータル


 背後に四次元へと続く入り口を開き、俺の正面に出口を作った。


 弓聖の横にいた、キノコ頭のソウルスキル「運び屋ポーター」を参考にさせてもらった技だ。


「なっ ! ? ――」


 正面に開いたゲートから、驚いた表情で小太刀を突き出すアルバゼオンが現れた。


 奴の思考が正常に回り始める前に、俺は大剣を振り抜いた。


「チッ!――」

 

 上段から振り抜いた大剣がアルバゼオンに迫る刹那の間に、驚異的なスピードで俺の攻撃に反応し始めた。

 

 鬼神の体は、黒雲に変化する。


 これでは奴の体にダメージは入れられない……だが問題ない。


 俺は気にせず、大剣をそのまま振り抜いた。


 黄金の光を纏った大剣は、黒雲となった奴の体をすり抜け、突き出していた小太刀に命中した。

 

――ガシャーン!


「っ ! ? 狙いは剣か!」


 小太刀を破壊されたアルバゼオンは、黒雲に紛れて俺から距離をとった。


 黒雲の周りを二本の刀が浮遊し、猛スピードで離れていく。

 数十メートル離れた場所で再び元の鬼の姿に戻ったアルバゼオンは、柄だけになった小太刀を投げ捨てる。


「チッ……まんまとやられたぜ」

 

 今の攻防、一瞬だったが発見は多々あった。


 まず一つは、三本の刀と奴は同一の存在ではない。

 仮に刀と奴自身が一体化した存在だった場合、今の攻撃で小太刀を破壊するのは不可能だったはずだ。


 刀と奴の本体は別々で、刀には黒雲で姿を眩ます能力は付与できないんだと思う。

 だから奴だけが姿を変える事ができて、刀は刀のままでしか居られない。


 そして刀には、それぞれ能力が備わっていると思う。

 

 その証拠に、刀が光る時がある。

 俺の胸に小太刀が突き刺さった時、僅かに小太刀に発光があった。

 

 それとさっきから奴が黒雲に姿を変えている間中ずっと、アルバゼオンの背後で浮遊する一本が光を放っていた。


 そして大太刀だが、攻撃の前に何度か光っているのを見た。


 セツナさんが言っていた、「過去・現在・未来」を司る三本の剣。


 俺の予想では小太刀が「過去」で、背中の刀が「現在」、大太刀が「未来」を司っているはずだ。


 小太刀は過去に干渉できる。

 おそらく俺を貫く事ができたのは、過去の俺の状態を斬っていたからじゃないか?

 

 例えばだ……俺のソウルボディが120万強の数値に強化される前の、まだ4万だった時の状態を斬れるとしたら?

 それなら、今の俺の耐久値を無視して攻撃できる。


 それに奴は俺を攻撃する時、小太刀でしか攻撃してこなかった。


「既に在った過去」と「不確定な未来」では、過去に干渉する方が簡単なのはなんとなくわかる。

 未来より過去に干渉する方が、エネルギーコストが少なく済む。

 つまり未来を司る大太刀でも俺を傷つける事はできるが、コスト的に自然に小太刀の攻撃に偏るんだと思う。


 まあ、もう小太刀は破壊したからな……この推測が正しいかどうかは、あまり関係がない。


 それに、もう奴の攻略は見えてる。


「チッ! ムカつくぜ……あの刀、結構気に入ってたんだぜ?」


「気にする必要は無い……お前が俺に勝つ未来は無くなった」


「テメエ……ゼラなんざよりよっぽどムカつく野郎だぜ。まだ剣は二本あるぜ? 気が――早え!」


 アルバゼオンの姿が消え、今度は左側面に現れた。


 思い通りの場所に瞬時に行ける「神足通」の力、これも対処は難しくない。

 俺の認知速度は超えてこないし、全方位を警戒していれば対応可能だ。


 アルバゼオンは両手で大太刀を握り、袈裟斬りに振り下ろす。


 だが俺が大剣でのガードを匂わせた瞬間、即座に攻撃を中断して鬼神は距離を取った。


 そして「神足通」を使って移動する瞬間も、背中で浮遊する刀が僅かに光っている。


「さっきみたいに破壊されるのがそんなに嫌か?」

 

「チッ!」


 表情からもそうだが、その魂からも思い通りにいかないイライラが伝わってくる。


「今度はこっちからいくぞ」


 大剣を両手で強く握り、アルバゼオンへと突貫する。


「ハッ! テメエの攻撃なんざ当たらねえ!」


 背中の刀が光を放ち、奴の姿が揺らぐ。


 アルバゼオンの背後に高速飛行すれば、奴は黒雲となって消えた。


 少し離れた場所に再び現れ、ニヤリと笑みを浮かべて嘲笑う。


「俺も攻撃に難儀するが、テメエも俺様を攻撃できねえな? さあどうする……お前はどうやって俺に勝つ?」


 防御に関しては、奴は世界でトップクラスだろう。

 ネメアの不死性も、ある意味では最高の防御性能だった。


 普通の人間なら、どう足掻いても奴らを殺す事はできないと感じるだろう。


 俺じゃなければな……


「――次元幽閉」


 アルバゼオンを、隙間なく四次元空間で囲んだ。


 四次元空間へと繋がるポータルを、奴を囲む様に球体に出現させた。

 そしてこのポータルは、何者も通過できないようにしてある。


 もっと分かり易く言うならば、「四次元空間への扉」ではなく、「四次元空間が見える窓」で囲んだと言えばいいだろうか。

 まあ、空間そのものを球体に切り取った様な状態だ。


 内から外へは行けないし、外から内へも行けない。


 奴の「神足通」と言う力は、転移の様に三次元のルールを超越した力に思えるが、実際はそうじゃなかった。


 俺は周辺一体に、自分のソウルを充満させている。


 どこからでも攻撃できる様にってのもそうだが、どこからアルバゼオンが攻撃してきても分かるようにしていた。

 

 そして奴が「神足通」を使って瞬間移動する時、肉眼では転移の様に見える。

 だが実際は、「神足通」は物理的な距離を踏み倒しているに過ぎない。


 さっき奴が側面に現れた時、直前に居た位置から姿を現した位置まで、そこを繋ぐ直線上で、俺のソウルが左右に分かれていた。

 まるで雲の中を一瞬で通過した戦闘機の様に、ソウルを掻き分けて出来たトンネルの様な空間ができていた。

 

 このことから、「神足通」は三次元上でしか作用しない能力ではないかと推測したんだ。


 それならば四次元空間で奴を囲めば、身動きが取れなくなるかもってね。


 結果は推測通りだった。


「っ ! ? 何しやがったテメエ ! ?」


 焦るアルバゼオンの声と、四次元の壁に阻まれている姿が見えた。


 黒雲となって壁を抜けようとするも――失敗


「神足通」の縮地で次元幽閉の外に出ようとするも――失敗


 アルバゼオンは必死に抜け出そうと試行錯誤するも、全てが無駄に終わった。


「四次元空間で囲んである。お前はもう抜け出せない」


 そう告げるも、奴の顔からはまだ敗北の色は見えない。


「……ハッ! フハハ! 例えここから抜け出せなくとも、テメエの攻撃が当たらなければ意味がねえよな? それともあれか? このまま永遠に俺様を閉じ込めておく気か?」


 永遠に閉じ込めておくのも悪く無いけど、それだとこの「次元幽閉」を永遠に管理し続けなければならない……それは困る。


 それに、俺の攻撃が当たらないなんて妄想だ。


「未来を見る力があるんだろう? それで確かめてみたらどうだ?」


 俺がそう言うと、アルバゼオンの背中の刀から発光が消え、代わりに大太刀が輝く。


 ん? もしかして……三本の刀は、同時に能力を発動できないのか?


 アルバゼオンの弱点に気付くが、もう今更だった。


「っ ! ?」


 自分の未来を悟ったのか、その表情から完全に余裕が消えた。


「ありえねえ! 冗談じゃねえ! 俺様が……ナルバまで犠牲にしたってのによ――」


 ナルバが誰か分からないけど……アルバゼオンは呆然とした顔でそう喚いていた。


 こいつを可哀想だと思う心は無い。


 そんなものは戦う前に捨てた。


 アルバゼオンの儀式で犠牲になった九州の人達を思えば、これくらい絶望させてやる方が丁度良い。


 俺は静かに、大剣に再び神聖力を込めて上段に構える。


 アルバゼオンは自分の未来を知り完全に戦意を失っているが、油断はしない。


 まずは背中の刀を能力ごと抹消する。


「終わりだ……鬼神アルバゼオン」


 俺は奴の背中で浮遊する刀めがけて、大剣を振り下ろした。


 玉聖剣『御剣』は最初に、俺の次元幽閉を抹消した。

 勢いそのまま、次にアルバゼオンの刀を打ち砕いた。


――ガシャーン!


 そして最後に、抵抗する気配もないまま、アルバゼオンを魂ごと斬り裂いた。


 

 

 ***

 あとがき

 説明多くて読みづらかったかも……精進します。

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