間話 王子達の晩餐

Side:アーサー




 戦いが終わり、最前線にいた僕らには休息が与えられた。


 住民のいなくなった熊本市の旅館やホテルを、臨時の宿泊施設として使わせてもらっている。


 僕は弟のランスロット率いる「円卓の騎士」が宿泊する事になった温泉旅館の一室で、ランスロット達と酒を酌み交わす事になった。


「では、兄上との再会を祝して――乾杯」


「「「カンパーイ!」」」


「乾杯」


 クイっと少しだけ口に含むと、仄かに日本酒の甘い香りが口の中に広がった。


 ふぅ……なんだか不思議な気分だ。


 まさか弟とお酒を酌み交わす時が来るなんてね……


 僕がそう耽っていると、ランスロットが僕に尋ねた。

 

「兄上、是非父上の事を聞かせてもらえませんか?」


 少しこの質問には困った。


「うん……聞かせてあげたいところだけどね。正直ほとんど覚えていないんだよ」


「そうですか……何歳頃まで父上と一緒に?」


 僕が物心ついた時には、既に父と僕の二人だけだった。

 20年くらい前、ヨーロッパ中でダンジョンを巡る争いを繰り広げていた時だ。

 

 僕は父と一緒に、その渦中にいた。

 

「僕は自分の正確な年齢を知らないんだ。天霧大吾に助けられて、日本に来てから今年で20年経つ事はわかってるんだけどね……多分5、6歳の頃だったかな? 父と一緒にいたのは」


 父は僕の目の前で、流れ弾に当たって命を落とした。


「僕らは今年で25歳ですから、兄上の感覚は正しいですよ」


 25歳か……弟は正確に把握しているらしい。


 なら……


「誕生日は……僕らの生まれた日はいつだい?」


「4月22日です。ウェールズのカーディフという都市の近くに設置されていた野戦病院で生まれたらしいです」


 そうか……今まで誕生日は、年始と共に孤児院のみんなで一緒に祝っていた。

 僕の様に、自分の誕生日を知らない子なんて普通だったから。

 

 まさかこの歳になって、自分をこんなに知ることができるなんてね。


「何だか感慨深いね……」 


 僕も弟に、できる限り父について教えてあげないとね。


「ところで父についてだったね。そんなに覚えてないけど、思い出してみるよ――」


 父については、ほとんど後ろ姿しか思い出せない。

 

 鮮明に思い出せるのは唯一、カメラを構えた後ろ姿。


 父は何かに取り憑かれていたかの様に、常にカメラをどこかに向けていた。


 爆撃から逃げ惑う人々、破壊された建物、負傷した兵士達の様子。

 それらを必死でカメラに収める父の姿を、僕は後ろから眺めていた。


 今思えば、ほとんど会話をした記憶すらない。

 多分父は、無口な人だった様に思う。

 

 このことが、僕がDチューブで配信を始めるきっかけになったのは間違いない。


「――そうすることで何か……父を知る事が出来るんじゃないかってね」


 方法は若干違うけれど、カメラを持てば何か分かるかも知れないと思った。


「父上は戦場ジャーナリストだった様ですからね。わざわざ日本から海を渡り、各地を取材していたそうですよ。そして野戦病院で慈善活動を行っていた母と出会い、二人は恋仲になったそうです」


「そうだったのか……今度は母について聞かせてもらえるかい?」


「もちろんです。母の名はシャーロット。現国王エドワード八世の娘になります。7年前に病で亡くなりました」


 そうか……当時ネットニュースで見た事があるよ。

 まさかそれが自分の母親だったなんてね……驚きだよ。

 

 一度くらいは、会ってみたかったな。


「母はとても優しい方でした。常に誰かの為に行動していました。負傷した兵士の退役後の生活を保護したり、戦死した兵士の遺族の元へ自ら訪問したりもしていました――」


 他にも戦争で親を失った子供達を保護し、面倒を見ていたそうだ。

 

 母は皆に愛されていた。

 亡くなった直後はイギリス中から、母の墓に花を供えに来る人々が数ヶ月の間絶たなかったらしい。


「戦いが全て終わったら、母に会いに行くよ」


「是非、母上も喜びます」


 喜んでくれるだろうか?


「僕の事は覚えていないんじゃないのかい?」


「そんなことありませんよ。兄上の事をずっと心配していました――」

 

『アーサーは、今どこにいるかしら?』

『風邪引いてないかしら?』 

『元気でいるかしら?』

『ランスロット……アーサーはきっと、あなたにそっくりになってるわよね。だって双子だものね〜フフフ。大きくなったわね――』


「――これが毎日ですよ。母が兄上を忘れた事などありません」

 

 ハハハ……


 急に目が熱くなり、視界がぼやけてきた。

 

「母は亡くなる直前、こう言っていました――」


『ランスロット……兄弟二人で助け合ってね。あの子に会ったら伝えて――愛してるわ』


 そしてランスロットは、懐から一枚の紙切れを僕に差し出してきた。


「これは?」


「父が撮った写真です」


 渡されたのは一枚の写真だった。


 輝くブロンドの髪、透き通る青い瞳の美しい女性が、ベッドの上で二人の赤子をその胸に抱いている。


 赤子は生まれたばかりだろう、泣きじゃくっているのがよく分かる。


 反対に女性は、とても幸せそうに微笑んでいる。


「ハハッ……天使が三人もいるよランスロット」


「そうですね。私の宝物です。これからは兄上が持っていてください」


「いいのかい?」


「もちろんですよ。兄上に持っていてほしいんです」


「分かった。大切にするよ」


 僕は写真を見て、少しがっかりしたというか……呆れたと言えばいいかな?


 そう、呆れていた。


 この写真、父は写っていない。

 どうせ撮るのに夢中だったんだろうね。


 こうして何十年後に、僕が写真を見るかも知れないというのに……自分も一緒に写ろうって思わなかったんだろうか?


 まあ戦場でカメラを持って走り回る父の事だ、そもそも自分が写るなんて考えた事なさそうだ。


 でも、今回はグッジョブだよ……お父さん。


 僕はお父さんのお陰で、母と弟に再会できた。


 そしてお母さん……僕を愛してくれて、ありがとう。


 僕はしばらく、その写真を眺めていた。


「いい話っすな〜ほら殿下達も、もっと飲みましょうやい!」


「おいガラハッド! 水を差すとは……失礼しました両殿下、こいつは少々飲み過ぎている様です」


 僕とランスロットの話を聞いている間、ガラハッド達は酒が大分進んでいたようだね。


「ハハッ! 別に構わないさミスターガウェイン! 今度は君たちの事を聞かせてくれないか?」


「ほいきた! アーサー殿下には、おい達の武勇伝をたっぷり聞かせてあげるっすな!」

 

「武勇伝という程、俺たちは表で活躍していないだろう?」


「そう言えばそうだったっすな! パーシヴァルのいう通りっすな! ワハハ!」

 

 こうして僕らはお互いの今までの話を、酒を飲みながら語り合った。


 それはとても賑やかで、幸せなひと時だった。


 いつの間にか皆眠りについており、次に目を覚ましたのは夕方の事だった。

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