第239話 三明六通
Side:天霧 英人
光に気を取られたほんの一瞬、小太刀は俺の左胸に深く突き刺さっていた。
「っ!?」
以前の様に痛みは感じない。
それに肉体の損傷もそこまで大きくは無い。
驚いたのはそこじゃない。
『なぜ小太刀が刺さったのか』
俺の思考はそれに集中していた。
耐久値は120万を超えて強化している。
ネメアの攻撃ですら、かすり傷もつかないはずだ。
鬼神となったアルバゼオンの能力なのか、それともあの小太刀に秘密があるのか。
何にせよ、あの小太刀の攻撃はこれ以上受けてはいけないな…
それにやっぱり、奴の動きも厄介だ。
今の攻撃、気付いたら小太刀は刺さっていた。
単純に攻撃の速度が速かったわけじゃない。
レオが「因果必結」を使った時の挙動に似ていた。
物理的な距離や速さを超越する能力を使ったんだと思っている。
大勢の魂と引き換えに得た力なだけはあるな。
「良い推察だぜ? ネメアを殺っただけはある」
ニタリと笑みを浮かべ、当たり前の様に俺の思考と会話してくる。
心を読まれるのも厄介だが、まずは小太刀を奪う!
左胸に刺さる小太刀に手を伸ばした時、奴の姿が消えた。
「おっと、そうはいかねぇな」
転移に近い瞬間移動で、一瞬でアルバゼオンは俺から距離をとっていた。
チッ……先に読心術をどうにかすべきか。
鬼神が距離をとったそのタイミングで、俺の魂にセツナさんの声が聞こえてきた。
『天霧代表。先程言っていた「
古くから続く雪嶋の家には、抜刀術以外にも歴史や御伽草子の書物がいくつかあるらしい。
『大嶽丸と呼ばれる鬼は、山を黒雲で覆い、暴風雨や雷鳴、火の雨を操る神通力を持つとされています――』
まさにさっき、奴が火や雷を操っていたな。
神通力ね……魔法とは違って、その力は概念的なものっぽいな。
火や雷を操れることに特に理由はない。
神通力とはそう言う超常的なものだと、人々が考えていたから。
だからこそ、奴の神通力によって発生した火や雷を止める手段は俺にはない。
俺がソウルを操るのと似ているかもな。
俺自身、精霊であるシルフでさえも、ソウルをなぜ操れるかについては説明できない。
それが「魂の権能」によるものだとしか言えない。
まあいい……根本的に能力を封じられなくても、起こった現象に対応すれば良いだけ。
『「三明六通」ですが、「
セツナさんの話を簡単にまとめるとこうだ。
______
・
思い通りのところに至り、思い通りに姿を変え、思い通りに外界のものを変えることのできる超人的能力
・
・
・
・
・
すべての煩悩を滅し、この世に再び生れないということを悟る能力。
______
漏尽・宿命、この二つは一旦考えなくても良いだろう。
そこまで戦闘に影響するとは思えない。
地獄耳の能力もそこまで気にしなくていい。
音速を超える戦いで、音はそれほど意味をなさないはずだ。
問題は神足・他心・天眼の三つ。
さっきからアルバゼオンの挙動が追い切れないのは、おそらく「神足通」による移動のせいだ。
読心術も、俺の思考がバレてちゃ先手を取れない。
「天眼通」に関しては抽象的だが、おそらく俺の龍眼と似た能力だろう。
俺の操るソウルの動きがバレている可能性がある。
『――それから、大嶽丸は「三明の剣」と呼ばれる剣を持っていたとされています。
過去と未来と現在か……司るって言われてもなぁ。
具体的に何ができるかはピンとこない。
まあ結局のところ、これらは人間の想像が生んだ力だ。
その内容が、都合の良い様に拡大解釈されていても不思議ではない。
(例えば……『過去や未来を斬れる』とかな?)
心が読まれることを利用して奴を少しだけ観察すると、アルバゼオンは少しだけ口角を上げた。
「それは正解ってことかな?」
「確かめてみたらどうだ?」
オッケー……少しだけ攻略の目処が立ったよ。
「面白い……やってみろ」
イヴァ様の記憶から継承したのは、ソウルの扱い方のみ。
それをどう使うかは、俺の解釈や想像力、応用力にかかっている。
つまり「魂の権能」は、俺次第で無限の可能性を秘めている。
まずは読まれる思考からだ……
思考は脳で行われている以前に、魂でも行われているとシルフは言ってた。
今の俺の肉体は死んでいるから、奴は魂の思考をも読み取っている事になる。
奴の読心術を止める手段は、原理が不明な段階では難しい。
ならば読まれる前提で、奴の混乱を誘発する。
「――多次元思考」
魂の内部では、思考を司る領域が存在するらしい。
本来一つしかない思考領域を、ソウルで無数に複製する。
新たに生まれた思考領域では、それぞれ全く異なる俺の思考が行われている。
――大剣の上段斬り
――背後からの転移による奇襲
――魔素領域支配術を使った雷の攻撃
ありとあらゆる攻撃手段を同時に思考する。
(((どれが本物の思考か分からないだろう?)))
「チッ! 小賢しい真似を……だが俺様は別に、『他心通』に頼りきりなわけじゃねえ!」
大分混乱しているな……効果はまずまずだな。
「――龍纏!」
全身と大剣に龍気を纏わせる。
大剣が蒼く煌めき、咆哮が空気を振るわせる。
ちなみに「龍気」とは、「ソウル+魔素+意志(2:1:1)」で構成されるエネルギー。
ソウルの配分が大きい故に、ソウルボディとの相性は生身の肉体の時より良くなっている。
耐久力の上昇は多分意味無いけど、スピードを上げることには意味があるはず。
奴の認知速度を上回る事ができれば、当然ながら反応は遅れる。
俺は龍翼を展開し、大剣を構えて腰を落とす。
大地を踏み締め――そして鬼神に向けて跳躍した。
周りの景色は線となり、奴の側面に躍り出る。
まるで時が止まったかの様。
周囲の人間はきっと、瞬きでさえ始まっていない。
目の前の鬼神ですら、一ミリたりとも動いてはいなかった。
俺は静止する鬼神の首を、そのまま大剣で薙ぎ払った。
――が、あっさり勝利とはならなかった。
大剣の刃が鬼神の首に触れた次の瞬間だった。
まるで煙を斬った様に、鬼神の姿は黒雲となって掻き消えた。
そして黒雲が完全に消えた直後、少し離れた場所に鬼神はいきなり現れた。
――ドーン!
遅れてやってきた衝撃波と同時に、鬼神の笑い声が響き渡る。
「フハハ! 少しヒヤッとしたぞ?」
能力を発動する暇も与えなかった自信がある……なのになぜ回避された?
多次元思考をフル回転させることで、その理由はすぐに察しがついた。
――未来を見たのか
過去・現在・未来を司る剣の力に加えて、全てを見通す「天眼通」を使えばおかしな話ではない気がする。
全く……昔の人は面倒なおとぎ話を考えてくれたもんだ。
俺の想定通り、読心術の次はあの剣をどうにかしないといけないらしい。
「中々多芸だろ? わざわざ地球で儀式を行った甲斐があったぜ。他の星では神は想像されねぇからな」
イヴァとアデンという二人の神が実際にいるから、地球の様に神を想像する思念が弱いんだったな。
「多芸なら、俺も負けてないぞ?」
俺には力を貸してくれる人が大勢いる……
お前の力みたいに、無理やり命を奪って得た様な仮初じゃなくてな。
潤さん……兄貴の残した力、使わせてもらいます。
「――玉聖剣『
大剣が淡い黄金を纏い、その輝きは温かく世界を照らした。
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