第238話 鬼神降臨

 Side:天霧 英人




 夜の空で激しく明滅し、轟いていた無数の稲妻が止んだ。


 青鬼の肉体が滅び、魂が輪廻の輪に戻ったことを確認した。


「ふぅ……」


 魔力の使用も問題ないな――


 そう一息ついた直後だった。


――ゴゴゴォオオ!


 上空に黒雲が立ち込め、再び雷が轟く。

 そして阿蘇山の方角から、極大の火柱が天へと昇った。


「来たか……」


 鬼王アルバゼオンの儀式が、おそらく完了した。


 天へと昇る火柱は激しくなっていき、周囲では暴風雨が吹き荒れた。


 俺は油断することなく、その光景を龍眼で収める。

 すると、妙な事に気付いた。


 吹き荒れる雨風、上空の雷電、そしてあの火柱。

 その全てが、魔力によって引き起こされているものではなかった。

 

「シルフ!」


「はいなの」

 

 すぐにレイナ達の所で待機しているシルフを呼び、俺の疑問をぶつけた。


「火柱や雨風から魔力を感じない。アルバゼオンはどうやってこれらを引き起こしている?」


 魔力を感じないという事は、魔法というわけじゃない。

 となると、この光景は自然現象という事になる。

 だけどこの雨風や火柱は、鬼王が引き起こしているであろうことは明白。

 

「分からないのなの……魔法の類ではない事は確かなの。でもおそらく、『権能』に近いものなの。アデン様が持っていた『力の権能』に似てるのなの」


 権能はこの世に二つ。

 俺が持つ「魂の権能」と、今はゼラが所持しているらしい「力の権能」。

 

 ソウルを支配する俺の権能とは反対に、「力の権能」は魔素を支配する。

 魔素を操るゼラは、水や火の四源に加えて光と闇など、三次元で起こる全ての現象を引き起こせる。

 

「権能に近い力か……」


 見た感じ、魔法の様に意思が乗っているわけでもない。


 そうシルフと話していると、どこからか突然声が聞こえた。

 

「これは権能じゃねえぜ? 神通力ってやつだ」


 そう声だけが聞こえた直後、遠くの阿蘇山から昇る火柱が弾けた。


 火柱が盛大に弾け、周囲には火球が散らばる。


 まるで噴火だな……それに――


「――異空転送」

 

 ソウルで四次元空間へと扉を開き、周辺一体に飛散する火球の全てを転送した。


「無駄に自然を破壊するのはやめてくれないか? 鬼王アルバゼオン」


 火柱があった場所、その宙空には一体の鬼がいた。


 そして次の瞬間には、鬼は一瞬で俺の目の前に姿を現した。


 目算で三メートル程の筋骨隆々のその鬼は、漆黒の肌で、額からは三本の角を生やしている。

 そして鬼王の背後では、三本の刀が鋒を空に向け浮遊していた。


 今の移動、転移ではないな……だけど、ただスピードが速いってだけでもない。

 動きの挙動がほとんど見えなかった。

 

「そう言うなよなぁ? 天霧英人。ただの木じゃねえかよ。人間みてえに無様に泣き叫んだりはしねえ。少なくとも、俺様にその魂の声ってのは聞こえないぜ?」


 まるで俺の心を読んでいるかの様な口ぶりだな……


 それにさっきも、俺とシルフの会話が聞こえていたような口振りだった。

 火柱の中心にいたコイツと、俺とシルフはかなり離れていたはずなのにだ。


「その通りだぜ? 今の俺様は心も読めるし、それに地獄耳だ」


「なるほどね……それはすごい」


 会話を挟みつつ、鬼王のステータスを龍眼で覗いた。


 ______

 名前:アルバゼオン・鬼神

 降霊:大嶽丸

 権能:三明さんみょう六通ろくつう

 ______

 

 見えたものはこれだけだった。

 能力の詳細もいまいち分からない。

 

 大嶽丸か……名前は聞いた事があるが、歴史にはそこまで詳しくは無い。


 すかさず「魂話」で、仲間の全員に声をかける。


『誰か大嶽丸と、三明六通について調べてくれないか?』


 奴の儀式は世界思念体へとアクセスし、神話や伝承を身に宿すとのことだった。

 つまり鬼神となったアルバゼオンの能力は、歴史や古い御伽話にヒントがあるはずだ。


「フハハ! 力の詳細を知った所で意味など無いぞ! 神とはそう言うものだろう?」


 アルバゼオンはそう言って、背後で浮遊する刀、その内の二本を両手に握る。


 左右の刀は微妙に大きさが違った。

 右手には大太刀、左手には小太刀を握る。


 あの刀はヤバいな……途轍もない力を感じる。


 俺は対抗して、手元に大剣を召喚する。


「神ね……一応は俺もそうなんだけどね」


 大剣を両手で握り、鋒をアルバゼオンに向けて構える。


「ああ……お前もゼラの野郎と同じだったなぁ? 『魂の神玉』だったか……神は俺様だけで良い! ゼラの前に、まずはてめえから殺してやるよ!――」


「っ ! ?」 


 気付けばアルバゼオンは、俺のすぐ目の前に現れていた。


 右手の大太刀が、俺の首へと横薙ぎに振られる。


――ドーン!


 なんとか大太刀を大剣で防ぐが、凄まじい衝撃波が周囲に広がった。


 広範囲で地面は抉れ、大地が悲鳴を上げる。


「フハハ! 良い気分だぜ。この全能感が堪らねえな! ――神通!」


 大太刀と小太刀による二刀の連撃に加えて、四方八方から火球や雷電が俺へと飛んでくる。


 この雷や火は、魔法の様に制御は奪えない……

 

 避けたい所だが、今はアルバゼオンの攻撃で手一杯だ。

 

――ドドドドーン!


 連撃を防御するたびに、空間が軋むような衝撃が周囲に撒き散らされていく。


 その度に、周辺の虫や植物達がその魂を散らしていく。

 

 そしてその事で気を散らしているせいで、雷電や火球が俺に直撃しつづけている。


――バァーン!


 チッ! 俺のソウルボディは強度を上げれば問題ない!


 周囲の魔素をソウルに変換し、ソウルボディへと流していく。

 

――耐久値:357578

 

――耐久値:1204567 

 

 これくらいでいい。

 俺に当たる炎や雷電は、これで無視できる。

 

 一旦はアルバゼオンに集中しよう……


 大地の悲鳴に対して、耳を塞ぐ事はできない。

 そもそもその手段がない俺は、彼らの散り行く叫びを聞き続けなければならない。

 

 だけどそれに意識を向けなければ、多少は楽になる。


 必ずアルバゼオンに勝つ……それくらいの責任は果たすさ。

 

 耐久面は十分だ……このままコイツを観察し、まずは攻略の糸口を探る――


 大剣と二本の刀がぶつかる中、交差する剣の隙間からアルバゼオンの顔が見えた。


 口元は三日月に歪み、そこから鋭い牙を覗かせる。


 ニヤリと笑うアルバゼオン、そしてその口が動いた。


「耐久は十分だって? 甘いぜ小僧――天眼てんげん!」


 その瞬間、左手の小太刀が僅かに輝いた。


 それに意識が向いた、その一瞬の出来事だった。


 既に小太刀は、俺の胸に深く突き刺さっていた。

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