第236話 VS 斧聖

Side:天霧 英人




 レイナ達の元へと辿り着いた時、辺りは灼熱の業火に包まれていた。 


 天へと昇る火柱からは、アッシュの魂を感じた。


「すごいな……これが火の精霊の力か」


 思わず漏れ出た俺の言葉に、シルフが続けた。


「精霊の力が強力なのは勿論だけど、アッシュ自身も人間が到達し得る最高峰の戦闘能力を持ってるのなの」


 最初に会った時、ユミレアさんやミランダさんよりも隔絶した力は感じていた。

 

 だがこれ程とはね……


 想像の数倍は、アッシュの実力は本物だった。


 これだけの実力を持った人物が味方でいてくれるなら心強い。

 その為にも、俺がしっかり手綱を握らないとな。

 

「そこまでだアッシュ」


 俺の静止の声が聞こえたのか、炎の中の人影が俺の方に振り向く。


「あん……英人って言ったか? 俺に指図すんじゃねえ。それとも何か? テメェが俺の相手をしてくれんのか?」


 そう来るか……相手をするのも悪くはないけど、それはまた別の機会だな。


「鬼王がもうすぐ目覚める。それはまた今度にしよう」


「そんな事は知ってら……鬼王は俺様の獲物だぜ。 手ェ出すなよ?」


 はぁ……ミランダさんを連れてくるべきだったかな?


 まあいい、俺の到着までの時間を稼ぐ目的は果たしてくれた。

 アッシュには一度帰ってもらおう。


「鬼王は俺がやる。――ソウルハック」


 アッシュの魂に侵入し、その動きを封じた。


 俺の魂と結びつきが強いアッシュや他の契約者の魂は、俺の権能に抵抗出来ない。


「っ ! ? テメェ! 何しやがった ! ?」


 アッシュの動きはピタリと止まり、炎の勢いも弱まっていく。


「アッシュ、今回は大人しく戻っていてくれ――送喚」


 アッシュの魂を掴み、召喚する前に居た神玉の空間へと送った。

 再びアッシュを召喚するのにソウルが必要になるけど、そのリソースはすぐに集められる。


 アッシュの体は炎と共に、跡形もなく消失した。


『やりやがったな……次に会う時は覚えてろよ?』


 そんな捨て台詞が、俺の魂に聞こえてくる。


 召喚するときは、ミランダさんに同席をお願いしよう。


 アッシュを一時的に神玉へと隔離した俺は、レイナ達の集まっている場所へと降りていった。




 地上に降りると、皆が駆け寄って来る。


「兄貴……おかえりっす。俺、兄貴の留守守れてたかわかんねえっすけど……俺なりに――」


 健からは悔しさが溢れている。

 何故だかはわからない。

 

「健、ありがとう」


 だがまあ、そんなに気負わなくてもいい。


「ミスター! いや、英人! おかえり!」


 アーサーさんは、どこか変わったな。

 とても良い事があったのか、魂からは喜びが溢れている。


「ところで、僕を見て何か気付く事はないかい? 例えばそう……思わず膝をつきたくなったりとか――」


 いつものアーサー節が炸裂しそうになると、驚く事に二人目のアーサーさんが現れた。


「兄上、そんなことより早く私を紹介して下さい」


 驚いたな……


 アーサーさんを兄上と呼ぶ、アーサーさんそっくりの人物。

 二人の魂をよく見れば、同一の魂かと間違える程に酷似していた。


 魂は人によって違う。

 説明は難しいが、色とか波長のようなものが魂にはあって、俺はそれを見分ける事ができる様になっている。

 それなのに、この二人の魂はパッと見ただけでは見分けがつかない程に似ていた。


「おっと、そうだね。彼はランスロット、僕の双子の弟だよ。どうだい? 僕に似て麗しいだろう?」


 アーサーさんには兄弟がいたのか……全然知らなかった。



 その後、軽くはじめましての人たちと挨拶を交わした。


 そしてその間、レイナは黙って俺を見ていた。

 不安や喜びが複雑に絡み合ったレイナの感情は、すぐに理解する事は難しかった。

 

 どうしたんだ? すぐに話したいところだけど……まだここは戦場だしな。


 タオさんみたいに分かり易かったらよかったんだけどな。


 いや待て……これが原因か?


 俺は未だに抱きついたままのタオさんに視線を移した。

 

「ふにゃ〜」


 だらしなく口を開けて、夢の国へトリップしているタオさんに小声で話しかけた。


「タオさん……そろそろ離れてもらえますか? これから戦わなきゃいけなんですけど……」


「嫌ネ……ウチはこのまま一生を終えるネ」


 一生このままは困る……


 俺が困っているのを察知したのか、健がタオさんの両足を掴んで引き剥がした。


「兄貴が困ってんだろが! 良い加減に離れやがれ!」


「ぐぬぬ! 何するネ! ウチはここで死ぬと決めたネ! コラやめるネ! ダーリーン!――」


 ジタバタするタオさんを、健が少し離れた所へ引き摺っていった。


 タオさんが離れていくのを見送り、再びレイナを見た。


 しかしレイナの心は、相変わらずの曇り空だった。


「レイナ……終わったら少し話そう」

 

「ええ……そうね」


 レイナはそう短く返事をした。


 レイナのことも気になるし、早くこの戦いを終わらせよう。


 俺は後ろを振り返り、鬼と他国の手勢に目を向けた。


「お待たせしました」


 杖を持った青い鬼と、ロシアの国旗がマークされた軍服を着た一団にそう言った。


「お前の事は知ってるぜ……狂犬アマギリの息子だろう?」

 

 斧を持ったモヒカンの大男が、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべて言った。


「お主がコアを取り込んだ人間かえ? ネメアとの戦いで瀕死と聞いておったんだがのう……ピンピンしておるえなぁ」


 この青鬼は相当強いな……レイナが苦戦していたというのも頷ける。


 魔力量もアッシュ程ではないにしろ、賢者オルトス・フィリデンを軽く凌駕している。

 俺と契約して普通の探索者より力があるレイナとは言え、こいつは簡単ではない。


「見ての通りだ。お前とも十分に戦えるぞ?」


 本当は死んだんだけどね。


「それは楽しみじゃなぁ」


「ひとつみなさんに提案ですが、戦いを止める気はありますか?」


 交渉は、当然ながら決裂した。


「バカ言うなよジュニア? 俺たちは九州を奪いに来たんだぜ?」


「土地なんぞ、妾はどうでもいいえなぁ……お前さんを殺すのが父上様の目的、妾はその意向に従うのみぞ」


 聞いてみただけだ。


 むしろ良かったよ……鬼王と戦う前に色々試したかった。


 それにもうひとつ――


「アーサーさん」


「どうしたんだい?」


「チャンネルでライブ配信してもらえますか?」


「ん? 良いのかい? 色々問題がありそうな気がするけど……」


 問題は起こるかもしれないが、おそらく大丈夫だ。


 むしろ見てもらわなければ……特に、各国のお偉いさん達にはね。

 

「まあ大丈夫です。お願いします」


「ふむ。了解だよ」


 アーサーさんはシーカーリングのカメラを起動し、ライブ配信を始めた。

 

「兄貴! 俺はどっちをやれば良いっすか?」


「いや、今回は見ていてくれ。ここは俺一人でやる必要がある」


「でも……いや、分かったっす」


 健は不満そうだが、引き下がってくれた。

 口ではああいってるが、みんなは割と消耗している。


「ガウェインさん。『界』で防御を固めて下さい」


「なぜ私のユニークスキルを……いえ、了解です」


 ガウェインさんは疑問を飲み込んで、俺の言う通りにしてくれた。


「さあ……はじめましょうか――」


 俺は拳を構え、新しい自分の体にソウルを流す。


「――ソウルエンハンス」


 ソウルボディとは、高密度のソウルの集合体。

 本来ソウルとは、四次元への干渉力が強く三次元への干渉力は弱い。

 

 霊的な精神体を作る事は簡単でも、物質に触れる事ができる肉体を作る事は難しい。

 普通の人間には、まずソウルが足りなくて不可能。


 だが無限に等しい膨大な量のソウルを扱える俺にだけ、それが可能になる。

 

 要はゴリ押してるんだ。

 物量で無理矢理に、ソウルに肉体の役割を持たせているって事だ。

 

 そして俺のソウルボディにソウルを供給してやれば、その性能を変えることができる。


 ______

 名前 天霧 英人

 

 筋力:40000+X

 _______


 この「+X」は、俺が自由に数値をいじれるという意味だったんだ。


 俺はソウルを練り上げ、ソウルボディを増幅させていく。


――筋力:57008


 もう少し……こんなもので良いか。

 

――筋力:70000


 ソウルボディの調整が済むと、早速モヒカンが突撃して来る。


「行くぜアマギリジュニア! 俺様が叩き潰してくれるわ!」


「斧聖」ウラジスラフ・アバルキン……大体のステータス値は2万強。


 斧聖は斧を振り上げ、瞬時に俺の正面に踊り出る。


「――聖斧・天割てんかつ!」


 濃密な魔力と神聖力が斧に付与された上段からの一撃。


 俺は斧の軌道上に腕を添えた。


――ガーン!


 斧は腕に直撃したが、俺の体は傷ひとつ付かない。

 

「っ ! ? ――聖斧・死連しれん!」


 追撃に出る斧聖は、今度は横薙ぎに斧を振るう。


 そしてその斧は、三本の斧に分裂する様に見えた。


 一本目の斧の後ろに、振り抜いた軌跡を辿る残像の斧が二本追随する。


 そして一本目の斧を再びガードすると、連続して残像の斧が衝撃を与えてきた。


――ガーン! ガンガーン!


 なるほど、遅れて二撃・三撃と衝撃がくるのか。


 ひとつめのスキルより威力は無いけど、なかなか面白い技だな。


「どうしたどうした! 防御で精一杯かあ?」


「いえ、攻撃したら勝っちゃうので……」


「テメェ……バカにしやがって――聖纏せいてん!」


 斧聖の体を神聖力が包み、ステータスが俺のものに迫ってきた。


「余裕こいてられるのも今の内だぜ! 聖斧・斧神撃!」


 これが斧聖のジョブスキルの奥義か……威力は中々だ。


 今まで以上の力を纏った斧の連撃が襲う。


 もっとソウルを集めて……


 この世界の全ては、三次元的な物質は「魔素」で、精神や魂などの高次元的なものは「ソウル」で構成されている。

 存在するものの全ては、元を辿ればこの二つのどちらかに行き着く。

 

 ソウルは魂から湧き出るエネルギー。

 普通の人間なら自分の持つソウルだけで戦う必要があるが、俺の場合は違う。


「魂の権能」の本質は、「魔素」を「ソウル」に変換できる事にある。 

 

 俺は大気中の魔素をソウルに変換し、自分のソウルボディへと還元していく。


――筋力:199765


「かち割れろ!」


 おそらく斧聖の最大火力の斧の一撃に、俺は能力値を高めた右拳を合わせる。


 俺の拳は斧と衝突した。


――ガシャーン!


 拳は、容易く斧を粉々にした。


「なにっ ! ?」


 驚愕する斧聖に、そのままラッシュを叩き込む。


 右のボディブローを、斧聖のレバーに叩き込む。


――ドスン

 

「がはっ ! ?」


「「アバルキンさん ! ?」」

 

 持ち手だけ残った斧は、斧聖の手からごぼれ落ちる。


 そして大柄の斧聖の顔面が、丁度良い高さに落ちてきた。

 

――アッパーカット  


「ゴフッ ! ?」

 

――右フック


「ゲハッ!」


 数十発の連撃の最後に、鳩尾に渾身のストレートを叩き込んだ。


「ッ……」


 斧聖の意識は既になくなり、ぐったりと俺に寄り掛かるように崩れた。

 

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