第218話 理想・開戦へ


Side:天道レイナ




 会議があった翌日、気が付けば朝になっていた。


 朝日がちょうど顔を出し、暗かった世界が明るくなり始めた頃、もうすぐ夏が来ると思わせるジメジメとした早朝だった。


 今日から阿蘇山への行軍が始まるけれど、朝のトレーニングはしっかりやったわ。


 そしてトレーニングを済ませた頃に、昨日の夜と同じ様に瀬戸長官から報告が入った。


『ユミレア殿とリュウキ殿が、共に敵軍の第一陣を撃退した。今は戦闘は行われていないが、しばらくは散発的に戦闘が行われるだろう。予定通り、我々は北側の制圧に集中する』


 リュウキとユミレア師匠が九州の南側を抑えてくれているおかげで、私達や自衛軍の戦力を北側に回すことができている。


『既に北九州の部隊は行軍を開始した。そちらも予定のルート通り、拠点を確保しながら行軍せよ』


「了解しました」


 大地達北九州の部隊は、中津→別府を経由して大分市を目指す予定になっているわ。

 私達は博多から、久留米市→大牟田おおむた市を経由して熊本市を目指す。


 それから熊本市と大分市の中間にある阿蘇山を挟撃する作戦ね。


 道中では街道に放棄された魔導車や戦闘跡の瓦礫を撤去しながら、支援物資や増援部隊の輸送経路を確保する。


 だから、熊本市までは何日かかかるかしらね。


 瀬戸長官との通信を終え、アイテムや装備を確認した私は、予定時刻のAM7時に熊本市に向けて出発した。


 


 熊本市を目指しながら道中の街道を整備し、各市街地を拠点にしながら行軍を続けて2日が経った。

 私達の部隊は大牟田市を超え、あと数時間で熊本市内という所まで来た。


 最終目標地点である阿蘇山にもかなり近づいているわ。


 私は遠くに見える山を眺めながら、龍馬に揺られて街道を進んでいる。


 空は良く晴れ、東京ではあまり感じられない自然の香りが心地良い。

 それに道中では、オーガや他国の軍との戦闘は一度も無くここまでこられた。


 これだけならピクニックの様な気分になれたかもしれないけれど……たった一つの嫌な感覚が、私の警戒心を解かせなかった。


 行軍開始からずっと、阿蘇山の方角から視線を感じる。


 輸送機から空挺降下した時にも感じた、寒気を催す嫌な視線。


 何かにずっと見られている感覚がする。


 多分気のせいじゃないわね。

 今の所アーサーと私しか気付いていない様だけれど、確実に敵に見られている。


 敵は何を窺っているのか、私達の接近に気付いているはずなのに、なぜか手を出してこない。


 阿蘇山の方角を睨みながらそう考えていると、アーサーが並走して声をかけてくる。


「ミスレイナ、そんなに思い詰める必要は無いさ。敵はビビっているのさ! もちろん僕にね」


 いつもの様に、アーサーは真っ白な歯をキラリとさせながらそう言った。

 

 最近、アーサーのことが少し分かってきた気がするわ。


 能天気で馬鹿なセリフを吐くけれど、内心は私と同じで、不安や緊張と闘っている。


 その証拠に、アーサーの笑みはどこかぎこちない気がする。


「あなたも、無理しなくて良いわよ。どんな敵が来ても、私がなんとかするわ」

  

「何を言っているんだい? それはこっちのセリフさ。もし君が死ぬような事になれば、ミスターが悲しむじゃないか。だから、無理は僕の役目なのさ」


 そう言って、アーサーは後方に下がって行った。


 やっぱりアーサーは馬鹿ね。


 死ぬのがもしあなたでも、英人は同じ様に悲しむはずよ。

 

 まあいいわ……私達の部隊はソウルスキルを持つ私とアーサー、そして戦也君が要。

 だから、それぞれが緊張感を持っているのは良い事なはず。


 それよりも向こうが心配ね……大地の方は大丈夫かしら。


 私は山の向こう側にいる仲間を思い、阿蘇の方角をしばらく見つめていた。




 

***

Side:弥愁未来

 

 


 北九州市を出発して2日、私がいる大地さんの部隊は、大分市に無事辿り着いた。

 ここまで経由してきた中津市も別府市も、そして今いる大分市も、敵の襲撃は無かった。


 それに加えて私達は、一切の民間人の姿も見なかった。


 無人となっていた大分市内は、今は探索者と自衛軍の人達で溢れている。


 大分市に到着して数時間で夜になり、私達は近くの公園や宿泊施設を借りて休息を取っていた。

 

 そして旅館の一室で、久しぶりにキンちゃんと夜のお喋り会を開いていた。

 それになんと、今日は大地さんもいる。

 

「大地ちゃん? そんなに緊張しなくて良いのよん?」


「緊張なんてしてない……」


「あらそ〜お? 顔が怖いわよん?」


「……元からだ」


 キンちゃんなりに、大地さんの緊張を解そうとしているんだと思う。


 大地さんはあんまり喋る人じゃないから、同じクランの私達がしっかりサポートしないとね。


「大地さん。あの……すごかったです! エンペラーとの戦い」


 ちょっと緊張したけど、勇気を出して話しかけてみた。


「それは……お前の未来予知のおかげだ。やっぱりソウルスキルはすごいな……アンタはどうやって、ソウルスキルに目覚めたんだ?」


 大地さんが、キンちゃんの方を見てそう言った。


「アンタじゃなくて、キンちゃんって呼びなさい! それかお姉様でも良いわよん?」


「……」


「あら? どうやって目覚めたか、知りたくないのかしらん?」


 ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、キンちゃんは大地さんを煽る。


「……キン……ちゃん。教えてくれ……ください」


 すごく不服そうな顔をしながら大地さんがお願いすると、キンちゃんは笑顔で話し始めた。

 

「もっと素直になりなさいな。ソウルスキルだったわねん? アタシの場合……そうね、目の前の少女を助けたいと、ただそう思ってたわ――」


 キンちゃんがソウルスキルに目覚めたきっかけとなった、吸血鬼との戦いの様子を話した。


「――その少女はすでに死んじゃってたんだけどね……死後の肉体をおもちゃみたいにされていたのよ。それでね、アタシの尊敬する人達なら、どうするか考えたのよん。その瞬間からね、体が熱くなって……気づいたら倒してたわよん」


 尊敬する人達のようになりたい。


 そんな心の願いが、スキルとして現れたってことかな?


「ミランダちゃんとユミレアちゃんが言ってたでしょう? 後天的に目覚めるソウルスキルは、魂の叫びだって」


 私の「未来視」と違って、キンちゃんみたいに後から発現するソウルスキルは、その人の思いが強く能力に現れるらしい。


「あなたもその内目覚めるわよん。それまで、心が折れないように踏ん張るのよん?」


「ああ……そうだな」


 少し空気がしんみりし始めた時、私は別のことを考えていた。


 そしてその考えを、キンちゃんに聞かずにはいられなかった。


「ねえキンちゃん。キンちゃんのソウルスキルってさ、もしかしてモデルがいるの?」


 キンちゃんが言う尊敬している人達って、前に話してた臨時講師の先生なんじゃないかな?


 キンちゃんの「極知極体」は、身体能力が上がる「極体」と、魔法能力が上がる「極知」がある。


「あの筋肉ムキムキになる『極体』のモデルは、多分臨時講師の先生じゃない?」


 喋り方も男性の口調になるし、言うなれば、キンちゃんの理想の男の姿なんじゃないかな?


「未来、あなた意外と賢いのねん?」


 ちょっと失礼だよ?


 そう言いかけたけど受け流して、私は続きを話した。


「理想の男と理想の女がキンちゃんにはいるんだよね? だったら、『極知』のリカちゃんモードの方は、誰がモデルなのかなって……」


「まあそうね……大体合ってると思うわ。私の中の男としての理想と女としての理想が、『極知極体』となって現れたんだと思うわ。リカって言うのは、私の親友だった女の子の名前よん」


 やっぱりそうだったんだね。


 でもキンちゃんから今まで、その親友の話を聞いた事はない。


 何かあったのかな?


「その人は……その……」


 言葉に詰まった。


 もしかしたらもうその人は……


「ああ、別に死んでないと思うわよん……多分ね。今頃何してるかしらねぇあの子……」


 初めて見た、キンちゃんの暗い表情。


「まあ、今度ゆっくり話してあげるわよん。それより今は敵に集中しましょう。もうそろそろでしょう?」


 キンちゃんは、無理して笑顔を作ってそう言った。


「そうだな。外へ出よう」


 空気に耐えられなかった大地さんは、そう言って席を立つ。


 すっかり頭から抜けていた。

 私の未来視によると、もうすぐこの大分市に中国軍の兵士達が攻め込んでくる。


 それに備えて、夜になっても私達は装備を外さず、一時の休息を取っていた。

 

 つい話に夢中になって、大事なことが疎かになっていた。


 気を引き締めなくちゃ……


 そう気を取り直すも、私は少し落ちこんだ。

 

 私、余計なこと言っちゃったかな……


 そう考えると同時に、夜の街に警報が鳴り響いた。


――ウー!


 それと同時に、見張り役のクランから通信が入る。


『すげえな! 本当に敵襲だぜ! どうやったか知らねえが、あちらさんはもう港に上陸してやがるぞ! 敵戦艦の砲撃に注意してくれ!』


 私の未来視が的中した興奮と、すぐそこまで敵軍が迫っている緊張が同時に伝わってきた。


 頑張らなくちゃ……


 そう心の内で気合を入れていると、キンちゃんが私の頭に手を乗せる。


「アタシがカバーするから、あなたは安心して戦ってちょうだい」


「うん」


 もう何もできない私じゃない。


 私達は敵軍を迎え撃つべく、敵兵士の迫る港に向かった。

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