第217話 世界を牛耳る者
Side:オルトス・フィリデン(アメリカ合衆国)
どうやらワシの知らない間に、日本への出兵が決まっていた様だ。
此度の九州での一件、不干渉を貫くと言っておったではないか。
ローガンめ……
旧友であり現合衆国大統領でもあるローガン・F・スミスに、ワシは憤りを覚えている。
ワシは友であるローガンに直接話を聞くために、ホワイトハウスにまでやって来た。
「何者だ! 止まれ!」
門前に立つ警備兵が武器をワシに向けるが、すぐに姿勢を正し敬礼をする。
「賢者様 ! ? これは失礼いたしました!」
「よい。ローガンはおるか?」
「はい、いらっしゃいますが……現在はお客様がいらっしゃっておりますので、誰も通すなと……」
こんな時、権力を得ていて良かったとつくづく思う。
「その『誰も』に、ワシは含まれておらんだろう?」
ワシとローガン、聖者と大統領は対等な存在であると、連邦法で定められておる。
「で、ですが……あっ、お待ちください賢者様!」
埒が開かぬと思ったワシは、無言で中へと歩いて行く。
そして真っ直ぐと、ローガンのいるであろう執務室に向かった。
ワシが執務室の扉を開けた時、中にいた人物達はワシの方を向いていた。
まるで、来ることが分かっていたかのように。
執務室にいたのは大統領のローガンともう一人、白と黒の仮面を被った人物だった。
ワシはこの部屋に入った時から、白黒の仮面の男に釘付けだった。
左半分は黒、右半分が真っ白の仮面。
視界を確保する為の目の穴も無く、その仮面はただ、白と黒に塗られているだけ。
そして顔の一切が見えないこの男に、私が会うのは二度目だ。
「やあオルトスくん、久しぶりだね。四捨五入したら50年ぶりかな? 君も歳をとったねぇ……」
なんだ……この男は……
「あ、ああ……フェルナール殿、お久しぶりでございます。フェルナール殿は変わりませんな?」
仮面に覆われていない首元や手の甲、見える限りの肌からは、50年の老化を一切感じ無いのだ。
フェルナールという男は、50年前の当時と変わらぬ姿でそこにいる。
「そんなことないさ……仮面の下はしわくちゃだよ」
声色も、当時のままだ。
大抵は歳をとって声に渋みが出たりもするが、そんな様子もない。
そして当時の未熟なワシは、この男の異様さに気付いていなかった。
フェルナール殿からは、禍々しい邪悪な気配と、同時に膝をつきたくなるような神聖な気配を感じる。
私の頬に冷や汗が伝う。
なんなのだ……この男は ! ?
ワシがフェルナール殿の気配に困惑していると、ローガンが声を発した。
「オルトス、何か用があるのだろう?」
そう聞かれ、ワシは一旦ここに来た目的を消化する事に決めた。
「あ、ああ。ローガン、九州に軍を送り込んだと聞いた。此度は干渉しないはずではなかったのか?」
ローガンはワシの問いに、堂々とした態度で答えた。
「その予定だったんだがね。フェルナール殿が、開発したという新製品のデータを取りたいと言うのでな」
「新製品じゃと?」
フェルナール殿が開発した新製品、その言葉だけで、ワシは全てを察した。
フェルナール殿の名前は、表の世界で知る者は少ない。
大勢の人に分かる様に言うのなら、「
レグナ社とは、ダンジョンが現れてすぐの頃に突然現れた魔道具開発企業。
50年前の当時、魔物を倒して得られる魔石は、どの分野の科学者が研究しても何も成果は得られなかった。
その時現れたフェルナールという男が、魔石から魔力というエネルギーを抽出し、それを利用する技術を発表した。
それまで用途不明だった魔石というただの石ころに、あらゆる資源を超える価値が付いた。
家電から兵器まで、ありとあらゆる場面で魔石が消費されている。
今では世界のエネルギーは、ほぼ100%を魔石が供給している。
そして同時に、魔石を排出するダンジョンという存在が、恐怖の対象から金の成る木へと変わった。
こうしてエネルギー革命を起こしたフェルナール殿は、その後も今日に至るまで、あらゆる分野で誰も成せなかった技術を開発してきた。
そしてその技術は、未だにこの男にしか扱えない独占技術。
そんな得体の知れぬ天才が、また何かを開発したと言う。
「私から説明するよ」
ローガンに代わり、フェルナール殿が説明を始めた。
「今回開発したのは、肉体活性剤というものでね……簡単に言えば、ジョブを持たない兵士でも、上級ジョブを超える身体能力が手に入ると言う代物さ。今回はそれの、ちょっとした実験だよ」
肉体活性剤じゃと……
何がちょっとした実験か、ただの人体実験ではないか。
「いやぁ、最近面白いものが手に入ってねぇ。試作品が出来たから、これを機に実験させてもらおうと思ってね」
フェルナール殿は、飄々とした態度でそう言った。
悪意は感じられない、本当に、ただの実験だとしか思っていないのだろうな。
「ローガン……分かっておるのか? そのちょっとした実験で、敵も味方もどれだけ犠牲が出るか」
その肉体活性剤とやらが、なんの副作用も無いなんてことは無いじゃろう。
「分かっているとも。たとえ犠牲が出たとしても、その犠牲はより良い未来の糧なのだ」
「いやぁ、大統領のおっしゃる通りだ。話のわかる人で助かるよ」
ローガン……
もう何を言っても聞かぬな。
ワシはそれ以上は何も言わず、執務室を出ようと扉に向かった。
「どこへ行く? オルトス」
「お主には関係なかろう」
立ち止まり、旧友にそう一言だけ告げて、ワシはホワイトハウスを後にした。
フェルナール……奴はいったい……
一人の男が気掛かりではあったが、ワシは目の前の事態を収めることを今は優先した。
***
Side:レオナルド・オルティリオ
アメリカへと帰国した俺は、FBIと連携して、最近発生していた上位探索者殺人事件の捜査を行なっていた。
そしてその犯人と思われる三人の男女と、S級ダンジョンの12層で対峙していた。
「やあ君達、俺が捜査に加わったのが運の尽きだったね。もう逃げられないよ?」
大樹の枝の上から三人の男女にそう告げると、三人は一斉に俺の方を向いた。
「誰? あんた……まさか、剣聖?」
身の丈に合わない巨大な斧を持った小柄な女が、俺の顔を見るやそう言った。
「あいつが剣聖……リカちゃん、早く貸してくれ。あいつは僕が殺す」
槍を持った、一見すると好青年な男が、訳のわからないことを言った。
貸してくれ……いったい何をだ?
まあこういう、意味不明な会話をする時は、大体がユニークスキルのことなんだけどね。
大方リカちゃんと呼ばれた女は、他人にバフをかけるスキルの持ち主なんだろう。
それにリカちゃんか……こいつらやっぱり、日本人で正解っぽいね。
「ばか! 逃げるわよ! 剣聖に会ったら逃げろって、あの男に言われてるでしょ!」
あの男? 誰だろうね……まあいいや、後でじっくり聞いてやろう。
「逃げるの? 確か日本には、鬼ごっこって遊びがあったよね? 面白そうだ。やってみようか!」
当然鬼は俺だ。
俺が誰かから逃げることなんてあり得ないからね。
「じゃあ10秒数えるから――」
その時、もう一人いた骨と皮だけのゲッソリとした顔のゾンビ男が俺に飛びかかってきた。
「目ぇえ! 剣聖の目玉ぁああ!」
目? シリアルキラーの考えることはわかんないね……
顔を右に傾けると、ゾンビ男の顔がすぐ近くにあった。
男の赤く染まった目と俺の目が合う、そして涎を撒き散らしながらナイフを俺の目元に差し込もうとしている。
遅いなぁ……止まって見えるよ。
男の手首を切り落とし、その手に握られたナイフを奪い、そしてゾンビ男の目に刺した。
「あ? ぎゃあぁあ! 目がぁあ!」
一瞬何をされたかわからなかった様子だったが、直後に目を押さえて落下していく。
「チッ ! ? あのバカ! あいつ置いて逃げるわよ!」
「ぐっ、仕方ない……」
その間にリカちゃんと好青年くんが逃走を開始した。
「1、2、――8、9、10」
10数え、大樹の枝を思い切り踏み抜く。
因果をねじ曲げ、追いついた後の結果を導く。
逃げる二人の男女の正面に現れた俺が、二人の足首を斬ろうとした時だった。
「「っ ! ?」」
驚愕する二人と俺の間に、マジシャンの様な格好をした男が現れた。
「せっかく眷属にしたというのに、ここで殺されては困りますねぇ」
――キーン!
俺の剣を、マジシャンの格好をした男が軽々と受け止めた。
「誰? お前……」
本気で斬り込んだ訳じゃないけど、こうも簡単に止められると腹が立つね。
「ふむ……あなたにはまたお会いしそうですね。私はルアンと申します」
ルアン? どっかで聞いたような……
どこで聞いたか思い出そうとしたその一瞬だった。
ルアンを含む全員が、霧のように揺らいだ。
「ククク……では、またいずれ。剣聖レオナルド」
気付けば、ルアンという男の声だけが響いていた。
すごいね、一瞬で気配も何もかもが消えた。
「鬼ごっこは俺の負けだね……」
少しばかり苛立っていると、誰かから通信が入った。
「はい。どちら様?」
誰からの通信かも確認せず起動したシーカーリングからは、馴染みのある声が聞こえた。
『坊、ワシだ。手を貸してほしい』
オルトスの爺さんからだった。
珍しく苛立った声色の爺さんが、これまた珍しく俺に手を貸してほしいと言った。
「何があったのさ? 俺今さ、久々の依頼の最中なんだよね」
『九州でのことは聞いておるか?――』
爺さんから詳しく聞けば、九州がオーガに占領されたらしい。
普段ニュースとか何もみないし、殺人事件の任務中で全く知らなかった。
そしてオーガに加えて、九州を奪おうと各国が軍を派遣した。
俺の属するアメリカも、妙な科学兵器を使った軍を派遣。
なんだよなんだよ……俺の知らないところで、また楽しそうなこと始めちゃってさ。
「オッケー。もちろんすぐいくよ」
任務なんてしている場合じゃないね。
それにまたあいつらを見つけたとしても、さっきみたいに逃げられるだろうしね。
だったら今度は俺も、しっかり混ぜてもらおう。
英人はそろそろ目覚めたかな?
あの戦いで、お互い成長したはずだ。
今度の模擬戦は、今まで以上に白熱すること間違い無し!
楽しみだなぁ……
俺は大急ぎで爺さんの元に向かった。
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