第215話 漏洩
SIde:天道レイナ
ジンが転移魔法陣の向こう側を調査する様子は、急造のこの会議室はもちろん、作戦本部でも映像で確認していた。
「最後に出てきた赤と青のオーガ、あれはヤバそうだね」
「うむ、俺は赤い方と戦いたいな!」
横で氷室兄弟がそう溢した。
ヤバいのは間違いないけど、実際どうなのかしら。
そう思い、ジンを呼んで直接尋ねた。
「ジン、あのオーガ二体はどうだった?」
セツナさんの影から、ジンの別の分身体が姿を現す。
「あの赤い鬼と青い鬼、どちらも吸血鬼で言えば、最低でも侯爵クラスの力はあるだろう」
ジンの言い方が少し気になった。
「最低でも?」
「ああ。単体でももちろん侯爵クラスだが、オーガは二人一組で動いてくる可能性が高い」
ジンの言いたいことが分かった。
さっきのオーガエンペラーもそうだったけど、オーガは男女の番で行動する可能性があるってことね。
「二体同時に相手をすることになるのね……」
「おそらくな。見た所メスが後衛の魔術師、オスの赤い鬼が前衛だろう。村雨や金太郎、未来につけている俺の分身でも、エンペラーとエンプレスを確認した」
ジンの言葉で、大地達の様子が気になった。
転移魔法陣やらで、北九州の方に意識が回らなかったわ。
「大地達の様子はどう?」
「ん? ああ、あっちなら問題無い。未来の予知のおかげで、死人はゼロだ。エンペラーとエンプレスももう時期――おっと、丁度村雨の親子がトドメを刺したところだぞ」
ジンがそう言ったと同時に、全員の通信魔道具に伝令が入る。
『瀬戸だ。福岡と北九州の制圧を確認した。両面共に作戦の終了を宣言する。皆良くやった』
瀬戸長官が第一上陸作戦の終了を伝えると、歓喜の声が聞こえてきた。
「おお!」
「しゃあ!」
歓喜の声が聞こえるのは、この会議室の外からだけだった。
この部屋でジンの偵察を見ていた者達は、ここから先が修羅場であることをちゃんと分かっていた。
「まだ敵の本隊もいるし、外国の勢力が残ってるけど……まあ、ひとまず喜んでおこうよ」
「うむ、そうだな……おっしゃー!」
病院のこの会議室にいるのは、各クランの主要メンバーのみ。
「僕はオーガキングまでしか戦っていないからね。不完全燃焼だったけど、僕の勇姿は明日以降にとっておこう」
「アーサー様の勇姿が楽しみです」
「……うむ、そうだな」
娘を微妙な目で見る雪嶋師範は、小さい声でそう呟いた。
外の歓声が落ち着いてきた頃に、瀬戸長官からの通信が再び入った。
『早速で悪いが、30分後に明日以降の作戦会議を始める。各前線基地の会議室には、それぞれクランの代表は集まるように。以上だ』
「「「了解」」」
瀬戸長官の言葉から、あっという間に30分が経った。
その間に制圧した箱崎埠頭からは続々と後方支援部隊が到着し、この前線基地は本格的に稼働し始めた。
そして病院の院長室を使った急造の会議室には、再び主要メンバーが集まった。
「皆様、作戦ご苦労様です。フランスより、我が同盟国の支援に馳せ参じました。『聖女』ルーシー・ルーと申します。以降の作戦ではこの前線基地にて、負傷者の回復に尽力させていただきます」
「私は聖女様の護衛兼、フランス軍後方支援部隊指揮官のアンナ・ベルナールだ。よろしく頼む」
ルーシー様とアンナさんもこの前線基地に到着した。
「よろしく……お願いします」
和也はいつも通り生意気な挨拶をしかけたが、慌てて言葉遣いを正した。
「おお! あなたが聖女様か! 今度手合わせ――ンン ! ?」
バカの無礼な発言を、氷で口を塞いで止めた。
「ルーシー様はヒーラーよ? バカな事言わないでちょうだい」
「ふふ、氷室戦也さんですよね? 元気が有り余っている御様子。私の回復は不要そうですね」
え?
ルーシー様の以外な発言に驚いた。
ルーシー様を見れば、女神の様に微笑んではいるけれど、目の奥は笑っていない。
意外とこういった、ナチュラルに無礼なタイプは嫌いなのかしら?
『お前は怪我をしても、回復魔法はかけてやらないぞ?』
さっきのは翻訳すればこうなりそうね。
英人は誰に対しても比較的丁寧だから、ウイルス事件の時のルーシー様はいつも機嫌が良さそうで、こんな発言を聞いたことはなかった。
と、内心でルーシー様の一面に驚いていると、瀬戸長官の通信が入る。
『集まった様だな。各基地、通信状況は問題無いな? それでは、これより明日から開始される作戦の会議を始める』
気を引き締め、瀬戸長官がいる呉の作戦本部の映像に目を向ける。
モニターには、瀬戸長官と父の天道会長の二人が写っている。
私たち福岡の会議室と、北九州では大地達の部隊が同じ映像を見ているはず。
『ジン殿の転移魔法陣の向こう側の偵察によって、衛星では確認できなかった阿蘇山周辺の様子が確認できた――』
阿蘇のカルデラ地形になっている平原に、九州全体の人口と思われる捕虜となった市民達を発見した。
そこにはオーガの他に、人狼種と呼ばれるライカンスロープの姿もあった。
そして敵本陣となる阿蘇山には、二体の強力なオーガの個体を発見。
さらには、おそらく敵の首領と思われるアルバゼオンという名前の鬼がいる。
『――魔物の勢力の中で要注意の危険個体は、現状では青鬼と赤鬼、それから敵首領の三体となる。しかし、これ以外にも危険な個体が潜んでいる可能性は十二分にあるだろう――』
要注意なのは三体だけと言っても、氷室兄弟や雪嶋師範、大地の父である村雨空悟以外にとっては、エンペラーでも十分に危険な個体よ。
それに、警戒するべきなのはオーガだけじゃない。
『――オーガ以外にも、各国の勢力にも注意しなければならない。第一上陸作戦では介入は無かったものの、明日以降の作戦では介入が予想される――』
中国の大艦隊との交戦が日本海上で始まったらしいけれど、中国軍は必要以上には日本の領海に侵入してきていないらしいわ。
まるで何かを待っている様に、日本の領海付近で進軍と撤退を繰り返している。
そしてフランスとイギリスを除くEU連合の空母や、東南アジアの潜水艦隊までも、日本の領海ギリギリで待機している。
アメリカ軍はというと、衛星ではまだ動きは見えないみたい。
『以上の事から、各前線基地に防衛戦力を残しつつ、陸路で阿蘇山を目指す。各市町村を安全地帯に加えながら、数日かけて阿蘇山を目指すことになる』
空路での行軍はエンペラー以上の個体がいる現状では、「龍の絆」以外が撃墜されるのがオチ。
なら転移魔法陣での奇襲はと言えば、既に転移魔法陣は機能していない。
ジンの偵察が気づかれたからか、会議までの30分の間に、転移魔法陣は輝きを失い機能を停止した。
よって、私たちは陸路での行軍しか選択肢はない。
『福岡前線基地と北九州基地に残す部隊、それから阿蘇山に向かう部隊を告げる――』
福岡前線基地には、呉で待機していた真壁さん率いる「新ブレイバーズ」が駐屯。
北九州には、クラン「村雨」が駐屯することに決まった。
そして阿蘇への行軍の主戦力は、私達「龍の絆」とその他クラン連合と自衛軍の部隊。
阿蘇への道中、各市町村に自衛軍とクランを配置しながら、安全圏を広げて行く。
『他国の勢力の動きに関しては、随時報告が行われる。道中で戦闘になるだろう。心して掛かるように……以上だ。行軍は明日早朝、今日はゆっくり休んでおけ。解散』
部隊の編成や物資、装備や支援の確認事項を一通り終え、会議は終了した。
そして、会議を終えたその夜のことだった。
時刻はちょうど二十三時、瀬戸長官から通信が入った。
私は自室となった病室で、ジンに声を掛ける。
「ジン、音の遮断を」
「任せろ」
ジンがそう言うと、部屋全体に闇の魔力が張り巡らされる。
盗聴を警戒し、瀬戸長官の通信に応答する。
『天道隊長。夜遅くにすまないが、やはり動き出したようだ』
「そうですか……やはり他国に内通する者が?」
瀬戸長官は、内通者の存在を疑っていた。
第一上陸作戦では、外国の勢力は介入してこなかった。
EU連合も中国も、何かを待つように領海ギリギリで待機していた。
「ああ、その様だ。EU連合の空母から戦闘機が発進し、現在は鹿児島付近に上陸している。そして東南アジア連合の潜水艦からは、軍隊が宮崎市に上陸した。時期にリュウキ殿やユミレア殿と交戦状態に入るだろう」
各国が内通者の情報提供を待っていると踏んだ瀬戸長官は、会議でユミレア師匠達については触れなかった。
リュウキとユミレア師匠がドラゴニュートの部隊を引き連れて、宮崎市と鹿児島市を制圧していることを、龍の絆と一部の人以外は知らない。
さっきの会議では、九州の南側には日本の部隊は居ないと、ユミレア師匠達の動きを知らないとそう考えるはず。
仮に内通者がいたとすれば、南側から上陸すれば安全に上陸できると他国に情報提供が入るはず。
瀬戸長官がそう考えていた所、その通りになった。
『中国軍は動きを見せないが、EUと東南アジアは釣り出せた。おそらく中国には、我が国が保有する衛星と並ぶ高性能の衛星があるのだろう。おそらくユミレア殿達の動きはバレているのだろうな』
EUも東南アジアも、比較的ダンジョンが少ないから、国力的に用意できなかったのかしらね?
『内通者はおそらく、作戦に参加している探索者達の中にいる。明日以降の行軍では注意されたし……では、報告は以上だ。ゆっくり休め』
「はい」
通信が終わり、ジンに防音の魔術を解除させた後、ベッドに横たわる。
ユミレア師匠やリュウキは問題ないと思うわ。
それよりも内通者ね。
怪しいのは……一回目の会議で見た二人組の……名前なんだっけ?
桐……桐谷……違う、えっと……
思いの他疲労していたのか、私はいつの間にか眠っており、次に目を開けた時には朝になっていた。
***
Side:リュウキ
:宮崎市A級ダンジョン前
マジできやがったぜ……
俺の前に、見たことない装備を纏った兵士達が現れた。
先頭の隊長らしき人物が右手を上げると、後ろに続く大勢の動きが止まった。
「チッ……情報はガセだったか。ん? 角か……何者だ? オーガには見えないが……」
俺のなりを見て、人間ではない事がわかると、兵士達の警戒が強まった。
「オーガと一緒にすんじゃねえよ……」
俺はそう言って、兵士達の前に一列に大楯を召喚した。
――ドスン! ドスン!
弟の大楯を横一列に壁の様にして召喚し、兵士達に告げる。
「そっからこっちに一歩でも入ったら命は無え! 来んなら覚悟決めな!」
なんでだ……なんで俺が! 俺達龍が、人間を殺さなきゃなんねえんだ!
俺たち龍は、人間同士のいざこざをどうにかする為に産まれたんじゃねえ!
気に入らねえぜ……
なんでイヴァ様は、こんな人間を愛したんだよ。
「怯むな! 奴は一人だ! 突撃!」
隊長がそう喝を入れると、大楯の隙間を通って、人間達の軍勢が雪崩れ込んできた。
馬鹿野郎どもが……
『僕ら龍族は、イヴァ様を守るのもそうだけどね。それに加えて人間達を守る役割もあるんだよ』
俺の頭には、前世の主人である龍王様の言葉が蘇る。
『だからイヴァ様の愛した人族が困っていたら、できるだけ助けてあげてほしいな』
そんな言葉が脳内に響く中、俺はユルングルを振った。
「くそがあああ!」
夜でよかった。
この斧が崩壊の力でよかった。
俺に向かってくる人間達の悲鳴も聞こえないし、流れる血も見なくて済んだ。
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