第209話 空挺降下
Side:天道レイナ
輸送機から飛び出した私は強風に煽られながら、しばらくの間全身で大自然を堪能していた。
すごい景色ね……
高度約8000メートルから見る地上は、何もかもが小さく見えた。
ゆっくりと大きく、そして鮮明になってくる地上を眺めていると、不意に寒気を感じた。
――ゾワ
「っ ! ?」
寒気は一瞬だった。
何、今の……あっちの方から感じた気がするわ。
近づいてくる真下の地面から、少し顔を上げる。
ここから少し離れた場所、熊本県に聳える巨大な山。
阿蘇山……やっぱりあそこに何かいるのね。
事前の衛星による偵察でも、阿蘇山全体が霧がかかった様に何も見えない状態だった。
他の探索者達には知らされていないけれど、A級ダンジョン制圧後は阿蘇山に行軍する計画になっている。
まあいいわ……阿蘇山に何があるかは、近いうちにわかるでしょう。
今は目の前の作戦に集中しましょう。
そうしている内に、地上がはっきりと視認できる高さまで来た。
『そろそろだな……目標地点をマークしたぜ』
オペラーターの修二がそういうと、視界がゲーム画面の様に変化する。
マジックアイの機能によって、視界に最初の制圧目標である九帝大学病院がマークされた。
建物全体の輪郭が強調され、赤い色で塗られている。
さらには今の位置から病院までの距離まで表示されている。
――3280m
そして立て続けに、修二の声が聞こえてくる。
『おっと、敵さんがウチらに気付いたみたいだぜ』
オペレーターである修二は、私の視界はもちろん、衛星映像でも地上の様子を常に見ている。
今の高度からじゃ「千里眼」スキルを持たない私では、地上のオーガ達は米粒くらいにしか見えない。
「了解……龍翼展開!」
修二の言葉に従い、龍翼を展開する。
先頭の私が翼を広げると、後ろの仲間達も翼を展開するのが横目で見えた。
そして龍翼を展開してすぐに、地上からの攻撃が始まった。
――ブオン!
私めがけて放たれた巨大な槍を、翼を操作することで回避する。
私の横を通り過ぎた大きな槍、その軌道を目で追うと、しばらくして地上に向かって落下を始めた。
事前の調査通り、オーガの槍は届いても4000mって所ね。
輸送機が撃墜される心配はない。
そして再び地上に目を向けると、地上のオーガ達が一斉に投擲を始めた。
「散開!」
私達「龍の絆」の仕事は、敵の対空攻撃を避けながら着陸して、付近のオーガを殲滅。
龍翼を持たない他の探索者の着地をサポートする事。
私は槍の雨を避けながら、降下速度を落とさずに海岸沿いの地上を目指した。
槍の攻撃が始まって20秒ほどで、もう地上が目と鼻の先まで近づいていた。
――ヒュン!
飛んでくる槍を躱し、自由落下から龍翼での飛行に切り替える。
そしてそのまま、槍を投擲したオーガめがけて飛行する。
「ハア!」
飛行速度を上乗せした剣の一撃で、あっさりとオーガの首を刎ねた。
仕留めたオーガを通り過ぎ、数10メートル離れた箱崎埠頭という場所に着地した。
「上陸完了よ。このまま海岸沿い付近のオーガを殲滅するわ」
『了解。氷室兄弟や雪嶋一門の皆さんも、無事着陸できそうだな。オーガの殲滅は早めにな。後発で空挺降下する輸送機の到着が近い』
修二からの伝令を聞いて、少し安堵した。
よし……まずは周囲のオーガを殲滅ね。
着地した箱崎埠頭は付近のオーガの殲滅後、後方支援部隊が上陸する臨時の軍港になる重要な場所よ。
さっさと制圧しちゃいましょう。
見た感じ、通常のオーガしかいないみたいだし。
「「「ウガアア!」」」
私は複数のオーガ達に囲まれているものの、居るのはC級相当のノーマルオーガのみ。
こんなの、ネメアに比べたら余裕ね……スキルを使うまでもないわ。
私は剣を力強く握り、オーガ達に斬りかかった。
「ハア!」
――スパン!
一体、また一体と、見えるオーガ達の首を次々に刎ねていく。
――スパン!
そうして手当たり次第にオーガの群れを狩っていると、違和感を感じた。
「ん?」
何か変ね……
私を囲んでいた最後のオーガの首を刎ね、その死に行く様を眺める。
首を失った体は地面に倒れると同時に、霧の様に消えていき、最後に魔石だけが残った。
この違和感は……
違和感の正体を探して周囲を見回していると、後ろから声が掛かった。
「お見事、さすがセンパイ」
「うむ! 中々の剣捌きだったぞ! 惚れてしまいそうだな!」
後ろにいたのは、氷室兄弟の二人だった。
「なんか生きてる魔物は強いとか聞いてたけど、ダンジョンの魔物と変わらないじゃん」
弟の和也は、手応えの無さにがっかりしている様子。
「うむ。確かにな! 魔石を残して死体が消える。まさにダンジョンの魔物そのものではないか!」
兄弟の会話で気付いた。
そうだわ、魔石がドロップしている事がおかしいのよ。
先日の東京大侵攻での吸血鬼達は、死体は灰となって消え、魔石は残さなかった。
今目の前で霧になっていったオーガ達は、魔石を残した。
ということは、このオーガ達はダンジョンの魔物って事にならないかしら?
思えば攻撃も単調だったし、何より全く生気を感じなかった。
こいつらがダンジョンのオーガだとしたら……どうしてダンジョンの魔物が外にいるのよ。
今までダンジョンの魔物が外に出た事例はないわ。
最近あった異常個体に関しては、地上に出てくるのが確認されていたけれど、ダンジョンの魔物は定説通りだった。
これは……何かとんでもない事が起きている気がするわね。
私がこれ以上考えても仕方ないわ。
あとは上の人達に任せて、作戦に集中しましょう。
そう切り替えると、修二からの伝令が来た。
『海岸沿いのオーガの殲滅を確認したぜ。このまま予定通り、第二陣の空挺降下が始まる。レイナ達は九帝大学病院の制圧開始と同時に、降下する部隊に攻撃が行かないようにしてくれ』
「了解よ」
箱崎埠頭は制圧したから、これで安全に後方支援部隊が上陸できるわね。
あとは修二の言った通り病院を制圧すれば、あとはA級ダンジョン制圧に向かうだけね。
「海岸沿いの制圧ご苦労様。このまま病院を制圧しに向かうわよ」
私は部隊の全員に、そう通信を入れた。
『『『了解』』』
返事を聞いた私が、氷室兄弟を連れて病院へ向かおうとした時だった。
「さあ二人共、私に着いてきて――っ!?」
急激な魔力の高まりを感知し、脳内には危険察知の警報が鳴り響く。
「っ ! ? なんだ……」
「っ ! ? これは……凄まじい圧力だな! ワクワクしてきたぞ!」
魔力の高まりを感じる方角を見るが、肉眼では何も見えなかった。
かなり遠いわね……でもこれは、A級ダンジョンがある方角だわ。
「修二、A級ダンジョン付近に何か見えるかしら」
修二にそう伝えると――
『おいおい……なんかやばそうなのがいるぞ! 映像見てくれ!』
修二の声とともに、マジックアイによって視界に衛星映像が映し出される。
博多駅の建物の屋上に、通常のオーガより飛び抜けて巨体なオーガがいた。
巨体のオーガは王冠を被り、豪華なマントを纏っている。
おそらくオーガエンペラー。
そしてそのオーガエンペラーが、巨大な槍を上空に投擲する構えをとっている。
いったい何を……
そう疑問に思った時、空からジェットエンジンの轟音が聞こえてきた。
――ゴゴゴォ!
空を見れば、後発の空挺降下部隊が乗る20機の輸送機群が、こちらに近づいてくるのが見える。
っ ! ? まさか ! ?
オーガエンペラーの意図を察知すると同時に、私は叫んでいた。
「降下中止! 今すぐ引き返して!」
そう私が叫んだと同時に、高まっていた魔力が弾けた。
――ブオン!
凄まじい力で何かを投げる音と、衝撃波が私たちを襲った。
そしてそれとほぼ同時に、大空で輸送機が爆ぜた。
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